各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
「笑わないと約束しましたよね?」

 じっとりとした視線を横目で送る。

「ごめんごめん。でも弁当を笑ったんじゃない。実花子の反応がかわいくてつい」
「かわっ! ……からかわないでください」

 深呼吸をして動揺を胸の奥に押し込み、どうにか冷静な顔を作る。「もういいです」とふたを閉めようとしたら手を掴まれた。心臓がドキッと跳ねる。

「お弁当がおいしそうなのは本当。見たときから腹の虫が騒ぎ出している。これ以上お預けされたら盛大に鳴かれそうだから、ぜひとも食べさせてほしい」

 クールなイケメンのお腹の音はちょっと聞いてみたい気もするけれど、上司にそこまで言わせておいて断れるほど私の神経は太くない。「どうぞ」とお弁当に箸を添えて渡した。

 課長はまず卵焼きを口に入れた。咀嚼している彼を、私は固唾をのんで見守る。
 卵焼きは何度も練習をした。やっとそれなりに巻けるようになったけれど、まだ表面を焦がしてしまう。慎士には『まだまだだな』と言われ続けていた。

「うまい!」
「よかったあ……」

 第一声にホッと胸をなで下ろす。

「料理は苦手で……。甘い卵焼きは平気ですか?」

 私の作る卵焼きは甘めだ。慎士には不評だったけれど、実家の卵焼きが甘かったのでついこっちを作ってしまう。そもそも私には出汁巻き卵はハイレベルすぎて無理だ。

「実は、卵焼きは甘め派なんだ」
「そうなんですか⁉」

 驚いた声を上げた私に、課長は「甘党なんだ」とちいさな声で言った。

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