薔薇と初恋~10年間、ずっと守られていたなんて知りませんでした~
第1話「最悪な誕生日を塗り替えてくれた人」
第1話「最悪な誕生日を塗り替えてくれた人」
◯マンションの屋上・昼(過去の記憶)
顔のぼやけた中学生の男の子「大丈夫。君には必ず幸せな未来が待っているから」
男の子はヒロイン・椎名真白(当時9歳)の頭をなでて微笑む。
風が吹き、バラの花びらが空を舞う。
◯木造のアパート・夜(現在)
真白の住む木造4階建てのアパートが火に包まれている。
消防士による消火活動を少し離れた場所から見守る住民の姿。
自分の住むアパートが燃えている事実に愕然とする真白。
《Tシャツに薄手のパーカー、パンツとラフな格好。セミロングの黒髪をシュシュでひとつにまとめている》
バイト帰りの真白はケーキの入った紙袋を地面へと落とした。
真白「嘘⋯⋯でしょ」
真白(19歳の誕生日。私は住む場所を失った──)
◯街中にあるおしゃれなケーキ屋・真白のバイト先(夜)
お店のドアにはCLOSEDのボードがかけられている。
店長・桃井《40代女性》「お家が火事だなんて⋯⋯。大変だったわね、真白ちゃん」
未だに呆然とする真白をイスに座らせたあと、ブランケットをかけてホットミルクを手渡す桃井。
真白「⋯⋯こんな遅くに連絡してすみません。他に頼れる人がいなくて」
桃井「何言ってるの! こういうときは大人に頼っていいのよ」
桃井は真白を抱きしめる。
真白「桃井さん⋯⋯」
真白も目に涙を浮かべながら、桃井を抱きしめ返した。
真白(9歳の頃から児童養護施設で育った私は1か月前、高校卒業と同時に一人暮らしを始めた。立派な社会人になって、お世話になった先生たちに恩返しをしたい。そして、何よりも子供たちが安心して過ごせる場所をこれからも守り続けたい。そのためにもまずは大学生活を頑張ろうと思っていたのに、アパートが火事になるなんて⋯⋯)
真白(生活用品も、大学の教材も、何もかも燃えてしまった)
真白(この先、どうやって生きていけばいいんだろう)
カランカランとベルが鳴り、ドアが開く。
桃井「すみません。今日はもう閉店⋯⋯」
店内に足を踏み入れたのはスーツを着たふたりの男性だった。
先に店に入ってきたのは、八神樹。
《八神グループの社長。24歳。182cm、黒髪、目鼻立ちのはっきりとしたイケメン。スーツ姿》
八神グループはホテルや飲食店などを運営している。
真白が働くケーキ屋も八神グループが運営。
八神の後ろには秘書の鮫島。
《23歳。179cm、黒髪、塩顔イケメン。スーツ姿》
桃井「社長⋯⋯!」
桃井は八神の来店に目を見開いた。
真白は社長の来店に慌てて椅子から立ち上がる。
真白(この人が八神グループの社長⋯⋯。若手イケメン社長としてメディアに取り上げられているのを何度か見たことがあるけど、本当に芸能人みたい)
八神「外を通りかかったらまだ明かりがついていたから、何かあったのかと心配になって」
八神は桃井に柔らかな表情で尋ねる。
桃井は真白に一瞬、目線を移した。
真白「桃井さん。私が説明します⋯⋯」
閉店時間を過ぎてもお店が開いたままだった理由と、頼れる人がいないことを話す真白。
テーブルを囲んで座る4人。
八神「⋯⋯そう。それは大変だったね。行くあてはあるの?」
真白「⋯⋯」
桃井「真白ちゃんさえよければうちに来ない? 旦那と息子がいるから手狭だけど」
桃井が真白の手を握る。
真白「ありがとうございます。だけど、これ以上、桃井さんに迷惑をかけるわけにはいきません」
真白(そうは言ったけど、住む場所も頼れる人もいない。今日はホテルかネットカフェを探すとして明日は? 明後日は?)
八神「⋯⋯それなら、うちに来る?」
真白「⋯⋯えっ?」
八神「社員やアルバイトの皆も八神グループにとって大切な家族だ。困っているなら力になりたい」
八神が真剣な表情で真白を見つめる。
真白「で、でも⋯⋯」
八神「うちなら部屋も余ってるし、女性のお手伝いさんもいるから安心して」
桃井が真白に耳打ち。
桃井「真白ちゃん、ここは八神社長に甘えてみたらどうかしら? 私、社長のことは昔から知ってて、信頼できる人だと思ってるわ」
真白「ほ、本当にお世話になってもいいんでしょうか⋯⋯?」
八神「ああ、もちろんだよ」
八神がにっこりと微笑む。
真白「あ⋯⋯りがとうございます。⋯⋯八神社長」
真白は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
◯店先
桃井「何か困ったことがあったら、いつでも連絡してね」
真白「ありがとうございます、桃井さん」
八神「それじゃあ行こうか」
真白「はい」
真白は桃井に会釈する。
高級外車の運転席に鮫島が乗り込む。
八神「どうぞ」
八神は後部座席のドアを開けて、真白をエスコートした。
真白「ありがとうございます。し、失礼します」
真白(こ、こんな車乗ったことがない⋯⋯)
車に乗り込んだ真白はシートベルトを締めようとするけど緊張で手が震える。
そんな真白を見て、代わりにシートベルトを締める八神。
近づく距離に真白の心臓が跳ねた。
八神からはバラのいい香りがする。
真白(いい匂い。バラかな⋯⋯?)
八神「どうかした?」
真白「い、いえ! 何も」
八神「そう?」
真白(社長からした香りに気を取られてました。なんて口が裂けても言えない。だけど、なんだろうどこか懐かしい香りがしたな──)
◯八神の家・タワーマンション
モデルルームのような部屋にキョロキョロとしてしまう真白。
キッチンの奥から姿を現したのは、50代の女性。
八神「塩田さん、今日からここに住むことになった椎名真白さん。そして、こちらはお手伝いの塩田さん」
相田「塩田と申します」
真白「今日からお世話になります、椎名真白です。よろしくお願いいたします」
真白は深々と頭を下げる。
八神「困ったことがあったら、俺か塩田さんに聞いて」
真白「ありがとうございます」
塩田は真白を空いている部屋へと案内した。
部屋にはベッドや机、クローゼットなど必要最低限のものが置いてある。
真白「⋯⋯私、本当にここで生活するんだ。⋯⋯八神社長の家で」
コンコンとドアのノックが響いてドアを開けると、塩田が立っていた。
塩田「こちらお着替えとアメニティセットになります。シャワールームは廊下を右に曲がった突き当たりにございます」
真白「ありがとうございます」
シャワーを浴びて、部屋に戻ってきた真白。
真白「シャワーの水質まで違った」
サラサラになった髪を見ながら、ぼそりとつぶやく真白。
グーとお腹の音が鳴る。
真白「そういえば、夕食まだだった。そうだ、ケーキ!」
真白の誕生日にお店の小さなホールケーキをプレゼントした桃井。
箱からケーキを出すと、落とした衝撃で崩れていた。
ケーキにフォークを突き刺そうとしたとき、コンコンとドアをノックする音がした。
ドアを開けると、八神が立っていた。
八神「これ、シャワールームに置き忘れたんじゃないかと思って」
八神の手の平の上には真白がシャワールームに忘れたシュシュ。
真白「届けてくださって、ありがとうございます」
八神「ケーキ⋯⋯?」
テーブルに置かれたケーキを見て、不思議そうにする八神。
真白「桃井さんからいただいたものなんです。落としたせいで、ちょっと形が崩れてしまって」
真白(誕生日だってことは、言わなくてもいいよね)
八神「そのケーキ借りてもいい? あと少しだけ時間をくれない?」
真白「はい⋯⋯?」
真白は八神を見ながら首を傾げる。
リビングで待っていると八神がケーキを持って現れた。
八神「お待たせ。少しアレンジさせてもらったよ」
八神がテーブルにケーキを置く。
崩れていたケーキは綺麗に形が整えられ、フルーツが盛り付けられていた。
真白「これがさっきのケーキですか⁉ すごい」
八神「大したことはしてないよ。それよりも、お誕生日おめでとう。1日遅れになっちゃったけど」
いつの間にか0時を過ぎていた。
中央には『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたチョコレートのプレートが刺さっている。
真白「社長がどうして私の誕生日を⋯⋯」
八神「車内で身分証を見せてくれたときに見えたんだ」
真白「あっ⋯⋯」
自分が怪しいものではないということを示すために、身分証を提示していた真白。
真白(私が今、差し出せるものはそれしかなかったから)
八神「さぁ、食べて」
八神からフォークを受け取る真白。
真白「ありがとうございます。あの⋯⋯社長も一緒にどうですか? って、こんな時間から食べませんよね」
時刻は夜中の2時。
八神「俺も食べてもいいの?」
真白「もちろんです!」
八神と真白は一緒にケーキを食べる。
真白「社長⋯⋯」
八神「ん?」
真白「最悪だった私の誕生日を素敵なケーキと思い出で塗り替えてくださってありがとうございます」
真白の笑顔に八神は一瞬、動揺する。
八神「あ、ああ⋯⋯。そう思ってもらえたならよかったよ」
八神は視線を真白からケーキへと移した。
真白(私も八神社長みたいに困っている人がいたら迷わず手を差し伸べられる人になりたいな)
◯八神の部屋
ベッドやテーブル、パソコンなど必要最低限のものと一輪のバラしか置いていない。
八神「もしもし」
誰かに電話をかける八神。
八神「今日は連絡をくれてありがとう。これからも、真白のことを頼むよ」
桃井「はい、社長」
電話の相手は桃井だった。
この部屋には不釣り合いなうさぎのマスコットキーホルダーをなでる八神。
八神「こんな形で再会する予定じゃなかったんだけどな──」
< 1 / 5 >