夜と最後の夏休み

15.なみなみ

 夕方、庭で天体望遠鏡を設置していると美海がやってきた。

 髪は肩の下で揺れていて、白いブラウスと青いふわっとしたハーフパンツがよく似合っている。そんなふうにまず考えるのは、詩音に服装について聞かれたからかもしれない。


「こんにちは、美海。こんばんは?」

「んー、こんばんは、かな。ねえ夜。今いい?」

「もちろん」


 美海はちょっとしょんぼりした顔をしていた。なにかあったのだろうか。


「ちょっと待ってて」


 縁側に美海を待たせて家に入る。麦茶を持って戻ると美海は少し嬉しそうにしてくれた。


「ありがと」

「暑いから」


 僕は庭に戻って望遠鏡の設置を再開する。東の空の方にレンズを向けてピントを合わせたり、星座盤で最初に見えそうな星を確認する。


「夜はさ、したいことってある?」

「南十字星が見たい。もっと高いところに星を見に行きたい」

「そうじゃなく、将来の話」


 今したいことを言ったら、どうも違ったらしい。


「将来? それもいろいろあるなあ。プラネタリウムで働くのもいいし、宇宙航空系の研究施設も憧れる。気象衛星系の研究所だって気になる」

「すごい」


 美海ため息を吐いた。


「別にすごくない。僕は僕の好きなことや興味のあることを並べているだけ。そのためになにかしてるわけじゃない」


 振り返ると、美海はうつむいて足をぷらぷらさせていた。


「どしたの」


 望遠鏡がぐらついてないことを確認して、美海の横に座った。美海は顔を上げない。


「将来の夢を聞かれて、答えられなかった。詩音は受験するって自分で決めて勉強してるし、お兄ちゃんもちゃんと考えてるし、夜だってやりたいこといっぱいあるのに。私だけ、なんにもない」


 ぼそぼそとしょぼくれた声。しょんぼりした美海はあんまり好きじゃないけど、それを言っても仕方ない、僕だって美海には山ほどかっこ悪い姿を見られてきているのだ。


「匠海さんはなにか言ってた?」

「お兄ちゃんは好きな科目や好きなものから考えたらいいって」

「美海はなにが好きだっけ」

「国語と英語」


 国語と英語。そういうのが役立つ仕事ってなんだろう。


「あれだ、キャビンアテンダント。あと外国語教師。あと……えーっとあれ……ちょっと待って」


 母さんが内職と呼んで、たまにやっている仕事。名前が出てこないので聞きに行った。


「ねえ美海。翻訳だって」

「翻訳?」


 帰ってきたら、やっと美海は顔を上げてくれた。その目には涙がなみなみとたまっている。手元にハンカチもタオルもない。でもそのままになんてできない。


「きれいじゃないんだけど」


 自分のシャツの裾で美海の目元を拭いたら、こすりすぎて赤くなってしまった。


「ごめん、痛い?」

「だいじょぶ。こっちこそ、ごめん」


 また家の中に戻ってティッシュの箱を持ってきて美海に渡した。最初からそうすればよかった。


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