M

キスしてほしい

仕事帰りに俊也《としや》がよく寄る立ち飲み屋は今日も繁盛していた
よく寄るといってもここ数週間くらいのもので、それまでは外で飲む習慣などはなかった
のれんをかき分け覗き込むとカウンターの中から
「ちょっと待っててね」
と、女将さんが静止する
その声が聞こえたのか1人の男性が
「オレ、もう出るよ。おあいそお願い」
そう言ってカウンターを背にした

空いた隙間に身体を滑りこませ
「瓶ビールと煮込みちょうだい」
「アサヒとキリン、サッポロがあるけど?」
「赤星小瓶で」
そうやって何度か繰り返した会話が交わされる
この会話を繰り返すたびに自分が少し大人になって、徐々に社会へと馴染んでいる感覚があった
まだ24歳の俊也にとってはこれが目一杯の背伸びだ

不思議なことにこのカウンターでは仕事の愚痴をもらす客はなく
見知らぬもの同士たのしく会話をしていた
これも女将の人柄だろう

時間の経過とともに1人、また1人と客が入れ替わる
残されたものは奥へ詰め、新規の客は入口近くへと身体を挟み込む
そうやって奥から4番目に来た時、ふたつ隣に明衣子《めいこ》はいた
「だから、おじさんがそうやって変なことばっか言うから(笑)」
目の前に吸いかけのタバコを置き、ふくよかな身体をふるわせてケタケタと頬をほころばせた笑顔が印象的だなあと俊也は思った

そうこうしてると奥から3番目の客が帰り
明衣子の隣に俊也はきた
できるだけその身体にふれぬよう、カウンターに対し斜めに立って梅干しハイのグラスを傾ける
ちょっと肩がふれただけでも痴漢と呼ばれるご時世だ
そうやって斜めに立った俊也がグラス越しに目にしたのは、ショートカットにピアスの後ろ姿
背の小さな明衣子が目一杯背伸びをして
一番奥のサラリーマンと情熱的なキスをしている姿だった

キスしてほしい/THE BLUE HEARTS
https://youtu.be/BT-8_TFxohI?si=BEcI_tP51h4Cz-8z

< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

妻を愛するたったひとつの方法

総文字数/7,159

恋愛(純愛)4ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
君が願うならばどんな願いでも叶えてあげたい 他人にはとても出来ないことでも

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop