A D2245からの逃亡者。未来からやってきた彼は、亡き恋人の生まれ変わり?
第3章
障害のある恋ではないのに、なぜこんなに思い詰めてるのか。
理由は分かってる。レオの亡き恋人、マリへの嫉妬心のせいだ。
由衣は鬱々とした気分で、鍵穴にキーを差し込む。と同時に、着信音が鳴った。
玄関ドアを開け、部屋に入るとバックからスマホを取り出す。
電話は母からだ。
「由衣、どうしてるの? 忙しいの? この前、夏には帰ってこなかったけど、年末年始はどうなの? 帰ってこれるの?」
「サービス業なんだから、年末年始は無理だって、いつも言ってるじゃない。正月が過ぎたら休めるけど」
帰省しなかったのには理由がある。
帰省する度に結婚の話しを持ち出されるのに、正直うんざりしていたからだ。
未だに弘樹への想いが根強く残っているため、母が持ってきたお見合い写真を見せられても、ちっとも心が動かなかった。むしろ、迷惑だった。
「由衣、まだ弘樹さんのこと、忘れられないの? 気持ちは分かるけど、もうすぐ25になるんだから、そろそろ結婚を考えないと」
「私、まだ23だよ。それに、まだやりたいこともあるし、もちろん弘樹のことも、まだ忘れられない。今は結婚のことは考えられないの」
本当の理由を、母に伝えるのは時期尚早だ。
レオと巡り会ってしまったから、今は他の人との結婚なんて考えられない。
「まあ、由衣の気持ちも分からないわけじゃないけど。とにかく、正月が終わってからでもいいから、帰ってきてね。由衣の顔も見たいし」
「うん、分かった。考えておくね。じゃあね」
円満に電話を終わらせるため、由衣は納得したふりをする。
電話を切るとベッドに横になり、溜め息をつく。
(母がレオを見たら、きっとびっくりするわね。誰が見たって、レオは弘樹にそっくりだもん)
今の由衣の頭の中は、レオが弘樹で、弘樹がレオ、と混同している。要するに、両者は同一人物になっている。
または、弘樹が生き返ったという錯覚もある。
それより、さっき母には年始には帰省するふりをしたが、どうしようか?
何か、帰省できない口実を考えなくてはいけない。
※ ※ ※
先日、レオと気まずい雰囲気になったのを、由衣はまだ気にしていた。
そこで、あることを思いつく。
今日は休みだし、仲直りの意味を込めて、レオに手料理を持って行こうか。
レオが喜ぶ顔を想像すると、自然と顔が綻ぶ。
(いや、それより、向こうのキッチンを借りて、レオとレオの仲間達のぶんも作ってあげようか?)
彼らの、何となく心を病んでるような表情が由衣の心に残っている。
手料理で、少しでも彼らを癒すことができたらいい。
と、そこでふと思う。
(でも、もし迷惑だったらどうしよう。
親切の押し売りみたいに思われるだろうか?)
一度、マサトに聞いてみようか。
キッチンを借りて、皆に料理を振る舞ってもいいものかどうか。OKなら、皆のぶんは次回に作ることにしよう。
とりあえず、今日はレオのぶんだけ作って持っていこうか。
由衣は早速スーパーマーケットに出かけ、食材を揃えた。冷めてもそのまま食べられるように、メニューはポテトサラダと唐揚げにした。
もともと料理は得意ではないが、レオのためなら頑張れる。
帰宅すると、すぐさま調理に取りかかる。
好きな人のために材料を刻んだり、茹でたり、油で揚げる、それら全てに由衣は幸せを感じる。レオが美味しそうに食べる姿を想像し、満たされる。
調理を終えると粗熱を取り、タッパーに詰める。バックに入れ、お気に入りの水玉模様のワンピースに着替える。
アパートを出ると、駅へ向かう。
好きな人に会いに行く。それだけで気分が高揚する。
こんな気持ちになるのは、久しぶりだった。弘樹と死別して以来、恋とは無縁だったせいだ。
(あぁ、早くレオに会いたい)
レオのもとに到着すると、由衣はすぐさま部屋に向かう。ドアをノックする。ドキドキしながら、レオが現れるのを待ち構える。が、反応がない。もう一度ノックする。結果は同じだった。
(いないのかしら? それとも、寝てるのかな?)
ドアノブを回す。鍵はかかっていない。
「レオ、開けるわよ」
部屋に入る。ベッドはもぬけの殻だった。
(出かけてるのか。それとも仕事が決まって、早々に勤務してるのかしら?)
一旦部屋を出て、食堂に行ってみる。
こんばんは、と言いながら中に入る。何人かが食事中で、その中にマサトがいた。
由衣はマサトの隣に座り、
「こんばんは、食事中すみません。レオは、もう仕事してるんですか?」
「あっ、由衣さん、だっけ? こんばんは。もう食べ終えたよ。うん、レオは仕事決まって、今日から働いてる。もう帰って来てるんじゃない? 部屋にいなかった?」
「さっき行ったら、いなかったんです」
「えっ、おかしいな。確か、仕事は5時までと言ってたけど。残業かな」
マサトは腕時計に目を向ける。
「そうなんだ。レオ、仕事決まったんだ。良かった。何の仕事?」
「地下鉄の工事のバイトって言ってたよ。地下なら、未来からの追っ手に捕まる確率が低いからね」
「そっか、やっぱり肉体労働にしたんだ」
「ここにいる皆は、だいたいそうだよ。身元が曖昧だから、公務員や大手企業に就職するのは、まず無理だからね」
マサトの言葉に、由衣は頷く。
「じゃあ私、レオの部屋で待ってます」
由衣は食堂を出ると、レオの部屋に向かう。ベッドに腰を下ろし、周りを見渡す。まだ、家具も何もなくて殺風景だ。
(いつかレオと一緒になれたなら、どこに住んで、どんな部屋にしようかしら)
だけど、住むとなると、やはり地下? になるのだろうか?
レオはいつまで、未来の追っ手から逃げ続けなければならないのだろうか。
たぶん、この時代に住んでる限り、ずっと? かもしれない。
でも、それだと気が休まらないのではないか?
由衣も、常に警戒することになるだろう。
また、両親にも、レオの境遇を説明しなければならない。レオは未来から来たと言ったら、両親は驚くだろう。イヤ、その前に、弘樹が生き返った? と驚愕するかもしれない。
それより、と由衣はスマホで時刻を確かめる。間もなく20時になろうとしている。建設業の現場は残業が多いのだろうか? よく分からないが、ちょっと不安になってくる。
そうしているうちに少し眠気を感じ、由衣はベッドに横になった。
そのうち帰ってくるよね、そう自分に言い聞かせる。
廊下を通る人々の足音や話し声を、聞くともなしに聞いているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのか、由衣はハッとして目覚める。半身を起こし、隣を見る。レオはいない。スマホで時刻を見ると、22時を過ぎていた。
(仮に残業だったとしても、ちょっと遅すぎるんじゃない?)
由衣はベッドから立ち上がり、とりあえず食堂を見て見ることにする。
入り口に立つと明かりは消えている。
中に入ると無人だった。
トイレットやシャワールームも確認してみたが、無人だ。
一旦廊下に出て、はて、どうしたものかと佇んでいると、部屋から出てきたマサトが由衣に気づく。
こちらに向かって来ると、
「あれ、レオはまだ帰ってないの?」
「そうなんです。何かあったのかな」
由衣は不安そうな顔をする。
「うん、こんなに遅くなるのはおかしいね。さっきレオに譲ったスマホに電話してみたけど、何回かけても出ないんだよ」
「えっ……」
「レオ、もしかしたら部屋にスマホを忘れていったんじゃないかな? 今確認してみるよ」
マサトはレオの部屋に向かった。由衣も後に続く。
マサトはベッドの下や、マットレスの間を調べる。
「あった!」
マサトはベッドの下から、スマホを拾い上げる。
「やっぱり忘れていったんだな」
連絡が取れない原因が分かり、由衣はホッとした。とはいえ、問題が解決したわけではない。
レオの帰りを、ただここで待つだけ、というのは落ち着かない。
「帰って来る途中で、事故にでもあったのかしら?」
ぽつり、と由衣は呟く。
「う~ん。ん? まさか、イヤ……」
マサトが言葉を濁す。
「何? 心当たりあるの?」
由衣が尋ねる。
「何か、嫌な予感がする。可能性はゼロではないだろうな」
マサトは腕を組み、神妙な目つきになる。由衣はそんなマサトを、じっと見る。不安が、ますます膨らむ。
「上官達が、再びレオを捕まえようとしてる、というのも考えられる」
「えっ、だとしたら、大変だわ! どうしよう……。その、上官達ってしつこいのね」
「そうだね、レオはまだ逃亡して日が浅いから、上官達はまだ諦められずにいるのかもしれない」
「私、駅の近辺とか、ちょっと様子を見に行こうかな」
「女性が1人で外出するには、時間的に危険だよ。僕も一緒に行く。車があるから、すぐ準備するよ」
助手席に由衣が乗り込むと、マサトはすぐさま発進させる。
由衣は車内を見回し、
「やっぱり、車があると便利よね」
「そうだね、この時代に来てから2年になるけど、車買ったのは、つい最近なんだ。中古ですごい安かったんだよ。免許証は偽造だけど、未来ではよく運転してたから大丈夫だよ」
「そうだったんだ。じゃあ、警察に免許証を見られる機会を作らないよう、違反しないように気をつけないとね」
「うん、ホントそうなんだよ」
マサトが笑う。
「まずは、駅の方に行ってみるか」
安い中古車でも特に支障はなく(たぶん、スズキのアルト?と由衣は思っている)スムーズに加速している。
「レオ、道に迷ったりとかしてるのかしら」
由衣は車窓から、左右の歩道に目を向ける。
「その可能性もあるかもなぁ。レオはこの時代に来てまだ日が浅いしね。でも駅から僕らの住居までは単純な道のりだから、迷うとしたら職場というか、工事現場の方角だろうな」
だいぶ夜もふけて、通行人はほぼ皆無だ。
マサトの予想通り、レオは未来の上官達に捕らえられたのか? と不安が増す。
「レオが働いてる現場って、どこなの?」
由衣はマサトに尋ねる。
「詳しい場所は分からないな。ちゃんとレオから聞いておくべきだった」
最寄りの駅が見えてきた。
駅前には数名の通行人がいるが、その中にレオらしき姿は見えない。
「この辺りにはいないようだな」
そうマサトは言うと、駅を通り過ぎる。
その時、反対側の車線をバイクが猛スピードで迫って来た。耳をつんざくほどの爆音に、由衣とマサトはびくっとする。
「ずいぶんスピード出してるな、危ないな」
マサトが呟く。
バイクがマサトの車の横を通り過ぎる瞬間、2人は同時にそちらを見る。ヘルメットはしていなかった。
「あれ?! レオじゃないか?」
マサトが叫ぶ。
顔が見えたのは一瞬だが、由衣もレオではないのかと思った。細い鼻梁が、レオの雰囲気と一致していた。
マサトは急ブレーキを踏むと、車を回転させた。すぐさまバイクの後を追った。
「あいつ何でバイク乗ってんだよ」
「レオ、やっぱり上官達に追いかけられてるのかもね? 初めて私と会った時も追いかけられて、逃げる途中でバイクを盗んだの」
「えっ、そうだったの?」
マサトが驚く。
「ヤバいな。上官達は、どの辺りにいるんだろう。逃げきれるかな?」
バイクのスピードが早すぎて、バイクとマサトの車との距離がどんどん開いていく。
バイクは猛スピードで前方の交差点を左折した。が、手前でスピードを緩めずに左折したため、曲がりきれなかった。
バイクは激しく転倒した。
「大変だ!」
「レオ!」
2人は同時に叫んだ。
マサトはただちに、バイクが転倒した場所へと車を走らせる。
バイクの横に車を停車させると、2人は素早く降りて駆け寄る。顔を見ると、やはりレオだった。
腰の辺りを強打したらしく、レオは横になったままうめき声を上げていた。
由衣はしゃがみこむと、悲痛な面持ちで声をかけた。
「レオ、大丈夫?」
マサトも声をかける。
「レオ、もしかして上官達に追われてるのか?」
レオは顔を歪めたまま、頷く。
「大変だ、すぐにここから離れよう。由衣さん、レオの両足を持ってくれ」
由衣は頷き、レオの両足を掴む。
マサトはレオの両脇に手を入れ、上半身を起こす。2人かがりでレオを持ち上げると、車の後部座席に寝かせた。
マサトはバイクを歩道に移動させると、急いで車に戻り、すぐさま発進させる。
「ありがとう、助かったよ……」
レオが絞り出すような声で言う。
「無理に喋らなくていい。後で聞くよ」
マサトはそう言うと、車を加速させる。
由衣は振り返り、レオを心配そうに見つめる。
「レオ、見つかって良かった……」
レオも由衣を見つめる。笑みを浮かべ、頷く。
マサトは度々、バックミラーに視線を移し、
「今のところ、背後には誰もいないようだな」
程なく地下の住居に到着し、マサトは車を停める。
「由衣さん、またレオの足を持ってくれ」
マサトが声をかける。
「さっきより少し楽になったから、たぶん歩けると思う」
レオが言う。
「そうか? 無理するなよ」
マサトはレオを車から降ろすと、肩に手を回し、抱き抱えるようにする。由衣もレオの背に手を添えて支える。
3人は地下への階段を慎重に下りて行く。やっとの思いで下りると、2人かがりでレオを部屋に入れ、ベッドに寝かせた。レオは安心したように、ふ~っと溜め息をつく。
「転んだところ、痛いか?」
マサトが聞く。
「まだ痛みはあるけど、少し和らいだみたいだ」
「そうか。でも念のため、明日病院に行ったほうがいいだろうな。もし骨折してたら大変だし」
「レオの帰りが遅くて、心配してたのよ」
由衣はレオに語りかける。
「ごめんよ、心配かけて。7時まで残業して、それから駅に向かったけど、初めての街だから道に迷ってしまったんだ。あちこちうろついているうちに、また上官達に見つかって逃げたんだ。で、また途中でバイク盗んで逃げた。マサトが見つけてくれて助かったよ、ありがとう」
「いや、礼はいいよ。とにかく、捕まらなくて良かった。通勤の行き帰りは、当分気をつけないといけないな。それとも、一旦仕事は辞めたほうがいいのかもしれないな。あいつらは、またしつこく探し回ると思う」
「そうだな、通勤初日からあいつらに追いかけ回されて、さんざんな目にあったよ」
レオは眉をひそめる。
「そうだ、痛いところ、冷やしたほうがいいな。確か氷枕があったはず。探してくるよ」
「すまん、マサト」
マサトが出て行くと、由衣はレオの顔を覗き込む。
「明日、必ず病院に行ってね。見た目は何ともなくても、心配だから」
「うん、マサトに車で連れて行ってもらうよ」
マサトが氷枕を持って入ってくる。
「あったよ、氷枕。良かった」
レオの腰の辺りに、マサトは氷枕を置いた。
「じゃあ、ひとまず寝るよ。何かあったら呼んでくれ」
「ありがとう、マサト。恩に着るよ」
マサトが出て行くと、由衣はハッとする。
「そうだ。私、レオに食べてもらいたくて、 作って持ってきたのがあるのよ」
由衣は床に置いたバックから、タッパーを取り出す。
「えっ、由衣の手作りの料理?」
レオの表情が、パッと明るくなる。
「レオの好みかどうか、分かんないけど」
「大丈夫だよ、好き嫌いないから。腹も減ってるし。何なのか、ワクワクする」
由衣はベッドの端にタッパーを置き、蓋を開ける。
「すごい! 美味しそうだね」
レオは満面の笑みだ。
由衣は割り箸を割り、レオに渡す。
「体、起こせる?」
「うん、できると思う」
レオは慎重に半身を起こす。痛みが生じたのか、顔を歪めた。
「大丈夫? 無理しないでね」
「うん。どっちから食べようかな」
レオは少し迷ったあと、ポテトサラダに箸を伸ばす。ひとくちぶんをすくい取り、口に入れた途端、レオの顔が綻ぶ。
「美味しい。口の中でとろけるよ」
レオの満面の笑みに、由衣は満足する。
好きな人が手料理を噛みしめ、美味しいと思ってくれるのは、この上ない幸せだった。
レオは唐揚げも口に入れる。
「唐揚げも、スパイスが効いていて美味しいね!」
「そう? ありがとう! レオが美味しいと思ってくれるのか、ちょっと不安だったの。嬉しいわ」
「由衣の手作りなら、何でも美味しいに決まってるよ」
「えっ、そんなこと言って、大丈夫? まだ2種類しか食べてないのに」
由衣はレオを、じ~っと見つめる。
「大丈夫。じゃあまた試しに、何か作ってきてほしいな。あっ、でも由衣が余裕のある時でいいよ」
いつの間にか、レオは全部平らげ、
「ごちそうさま。美味しかったよ。僕のために作ってくれて、ありがとう」
「うん、レオが喜んでくれて、私も満足してる」
「こんなに美味しいのを食べたの、すごく久しぶりなんだよ。兵役に就いてからは合成たんぱく質のペーストや、全ての栄養が詰め込まれたサプリメントしか与えられなかったから、感動してる」
「そうだったんだ。じゃあ、食べる楽しみはなかったのね。それだと、つまらないよね」
「うん、もう絶対にあの時代には戻りたくないよ」
遠くを見るようなレオの瞳に、由衣の胸がチクッと痛む。
「レオは、ずっとここにいてほしい」
「僕も、そうしたいよ。由衣の傍がいい」
熱を帯びた2人の視線が、一時絡み合う。
「レオ、もう横になって休んだほうがいいんじゃない?」
「うん、そうするよ。今日は逃げ回っていたから疲れたし、まだ腰も痛いし……」
「私は、隣のベッドで休むね」
レオが横になるのを見届けると、由衣もベッドに入った。
(レオの打撲の箇所が気になるが、無事に戻って来てくれて良かった)
やがてレオの寝息が聞こえてくる。
(レオ、おやすみなさい……)
由衣も安心し、緩やかに眠りに落ちていった。
翌朝、目覚めると、由衣はレオのベッドを覗き込む。
気配に気づいて目覚めたレオに、由衣は声をかける。
「おはよう、レオ。腰の具合、どう?」
「おはよう。昨日よりは楽になったよ。でもまだ少し痛みが残ってる」
「そっか、やっぱり病院行ったほうがいいね。心配だから、絶対行ってね。じゃあ私、仕事があるから行くね」
由衣は小さく手を振ると、レオの部屋を後にする。
食堂を覗くと、マサトがいるのが見えた。
由衣はマサトに近寄り、
「おはようございます。レオ、まだ痛みがあるみたい。病院に連れて行ってもらえますか?」
「あっ、由衣さん。おはよう。うん、連れてくよ。安心して」
マサトは笑顔で答える。
「それから、今度ここのキッチンを使わせてもらえますか? 皆に食事を作ってあげたいと思って」
由衣は聞いてみる。
「えっ、それはありがたい! 皆、自分で適当に作って食べてるから助かるよ。特に料理が上手な人、いないんだよ。冷蔵庫にはたいしたもの入ってないから、材料は買ってきてくれる?」
「はい、買ってきます。良かった。あっ、私そんなに料理は得意ではないから、期待はしないで下さいね」
「作ってくれるなら、何でもいいよ。皆、手料理に飢えてるし」
笑いながら、マサトが言う。
「じゃあ私、仕事があるから行きます」
「うん、レオは病院に連れてくから、安心して」
由衣は頷き、マサトに手を振る。
※ ※ ※
レオにのめり込んでいくに従い、弘樹への罪悪感が増している。
弘樹の死後、もう誰も愛さないと自分にに誓った。それなのに弘樹が亡くなって、まだ3年しか経ってないのに、レオに心を奪われている。こんなにも簡単に、心が移り変わっていくことに驚く。
これだとまるで、二股しているみたいだ。
由衣は胸の奥に住む弘樹に語りかける。
(弘樹、ごめんね。きっと私のこと、軽い女だと思ってるよね?)
理由は分かってる。レオの亡き恋人、マリへの嫉妬心のせいだ。
由衣は鬱々とした気分で、鍵穴にキーを差し込む。と同時に、着信音が鳴った。
玄関ドアを開け、部屋に入るとバックからスマホを取り出す。
電話は母からだ。
「由衣、どうしてるの? 忙しいの? この前、夏には帰ってこなかったけど、年末年始はどうなの? 帰ってこれるの?」
「サービス業なんだから、年末年始は無理だって、いつも言ってるじゃない。正月が過ぎたら休めるけど」
帰省しなかったのには理由がある。
帰省する度に結婚の話しを持ち出されるのに、正直うんざりしていたからだ。
未だに弘樹への想いが根強く残っているため、母が持ってきたお見合い写真を見せられても、ちっとも心が動かなかった。むしろ、迷惑だった。
「由衣、まだ弘樹さんのこと、忘れられないの? 気持ちは分かるけど、もうすぐ25になるんだから、そろそろ結婚を考えないと」
「私、まだ23だよ。それに、まだやりたいこともあるし、もちろん弘樹のことも、まだ忘れられない。今は結婚のことは考えられないの」
本当の理由を、母に伝えるのは時期尚早だ。
レオと巡り会ってしまったから、今は他の人との結婚なんて考えられない。
「まあ、由衣の気持ちも分からないわけじゃないけど。とにかく、正月が終わってからでもいいから、帰ってきてね。由衣の顔も見たいし」
「うん、分かった。考えておくね。じゃあね」
円満に電話を終わらせるため、由衣は納得したふりをする。
電話を切るとベッドに横になり、溜め息をつく。
(母がレオを見たら、きっとびっくりするわね。誰が見たって、レオは弘樹にそっくりだもん)
今の由衣の頭の中は、レオが弘樹で、弘樹がレオ、と混同している。要するに、両者は同一人物になっている。
または、弘樹が生き返ったという錯覚もある。
それより、さっき母には年始には帰省するふりをしたが、どうしようか?
何か、帰省できない口実を考えなくてはいけない。
※ ※ ※
先日、レオと気まずい雰囲気になったのを、由衣はまだ気にしていた。
そこで、あることを思いつく。
今日は休みだし、仲直りの意味を込めて、レオに手料理を持って行こうか。
レオが喜ぶ顔を想像すると、自然と顔が綻ぶ。
(いや、それより、向こうのキッチンを借りて、レオとレオの仲間達のぶんも作ってあげようか?)
彼らの、何となく心を病んでるような表情が由衣の心に残っている。
手料理で、少しでも彼らを癒すことができたらいい。
と、そこでふと思う。
(でも、もし迷惑だったらどうしよう。
親切の押し売りみたいに思われるだろうか?)
一度、マサトに聞いてみようか。
キッチンを借りて、皆に料理を振る舞ってもいいものかどうか。OKなら、皆のぶんは次回に作ることにしよう。
とりあえず、今日はレオのぶんだけ作って持っていこうか。
由衣は早速スーパーマーケットに出かけ、食材を揃えた。冷めてもそのまま食べられるように、メニューはポテトサラダと唐揚げにした。
もともと料理は得意ではないが、レオのためなら頑張れる。
帰宅すると、すぐさま調理に取りかかる。
好きな人のために材料を刻んだり、茹でたり、油で揚げる、それら全てに由衣は幸せを感じる。レオが美味しそうに食べる姿を想像し、満たされる。
調理を終えると粗熱を取り、タッパーに詰める。バックに入れ、お気に入りの水玉模様のワンピースに着替える。
アパートを出ると、駅へ向かう。
好きな人に会いに行く。それだけで気分が高揚する。
こんな気持ちになるのは、久しぶりだった。弘樹と死別して以来、恋とは無縁だったせいだ。
(あぁ、早くレオに会いたい)
レオのもとに到着すると、由衣はすぐさま部屋に向かう。ドアをノックする。ドキドキしながら、レオが現れるのを待ち構える。が、反応がない。もう一度ノックする。結果は同じだった。
(いないのかしら? それとも、寝てるのかな?)
ドアノブを回す。鍵はかかっていない。
「レオ、開けるわよ」
部屋に入る。ベッドはもぬけの殻だった。
(出かけてるのか。それとも仕事が決まって、早々に勤務してるのかしら?)
一旦部屋を出て、食堂に行ってみる。
こんばんは、と言いながら中に入る。何人かが食事中で、その中にマサトがいた。
由衣はマサトの隣に座り、
「こんばんは、食事中すみません。レオは、もう仕事してるんですか?」
「あっ、由衣さん、だっけ? こんばんは。もう食べ終えたよ。うん、レオは仕事決まって、今日から働いてる。もう帰って来てるんじゃない? 部屋にいなかった?」
「さっき行ったら、いなかったんです」
「えっ、おかしいな。確か、仕事は5時までと言ってたけど。残業かな」
マサトは腕時計に目を向ける。
「そうなんだ。レオ、仕事決まったんだ。良かった。何の仕事?」
「地下鉄の工事のバイトって言ってたよ。地下なら、未来からの追っ手に捕まる確率が低いからね」
「そっか、やっぱり肉体労働にしたんだ」
「ここにいる皆は、だいたいそうだよ。身元が曖昧だから、公務員や大手企業に就職するのは、まず無理だからね」
マサトの言葉に、由衣は頷く。
「じゃあ私、レオの部屋で待ってます」
由衣は食堂を出ると、レオの部屋に向かう。ベッドに腰を下ろし、周りを見渡す。まだ、家具も何もなくて殺風景だ。
(いつかレオと一緒になれたなら、どこに住んで、どんな部屋にしようかしら)
だけど、住むとなると、やはり地下? になるのだろうか?
レオはいつまで、未来の追っ手から逃げ続けなければならないのだろうか。
たぶん、この時代に住んでる限り、ずっと? かもしれない。
でも、それだと気が休まらないのではないか?
由衣も、常に警戒することになるだろう。
また、両親にも、レオの境遇を説明しなければならない。レオは未来から来たと言ったら、両親は驚くだろう。イヤ、その前に、弘樹が生き返った? と驚愕するかもしれない。
それより、と由衣はスマホで時刻を確かめる。間もなく20時になろうとしている。建設業の現場は残業が多いのだろうか? よく分からないが、ちょっと不安になってくる。
そうしているうちに少し眠気を感じ、由衣はベッドに横になった。
そのうち帰ってくるよね、そう自分に言い聞かせる。
廊下を通る人々の足音や話し声を、聞くともなしに聞いているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
どれくらい時間が過ぎたのか、由衣はハッとして目覚める。半身を起こし、隣を見る。レオはいない。スマホで時刻を見ると、22時を過ぎていた。
(仮に残業だったとしても、ちょっと遅すぎるんじゃない?)
由衣はベッドから立ち上がり、とりあえず食堂を見て見ることにする。
入り口に立つと明かりは消えている。
中に入ると無人だった。
トイレットやシャワールームも確認してみたが、無人だ。
一旦廊下に出て、はて、どうしたものかと佇んでいると、部屋から出てきたマサトが由衣に気づく。
こちらに向かって来ると、
「あれ、レオはまだ帰ってないの?」
「そうなんです。何かあったのかな」
由衣は不安そうな顔をする。
「うん、こんなに遅くなるのはおかしいね。さっきレオに譲ったスマホに電話してみたけど、何回かけても出ないんだよ」
「えっ……」
「レオ、もしかしたら部屋にスマホを忘れていったんじゃないかな? 今確認してみるよ」
マサトはレオの部屋に向かった。由衣も後に続く。
マサトはベッドの下や、マットレスの間を調べる。
「あった!」
マサトはベッドの下から、スマホを拾い上げる。
「やっぱり忘れていったんだな」
連絡が取れない原因が分かり、由衣はホッとした。とはいえ、問題が解決したわけではない。
レオの帰りを、ただここで待つだけ、というのは落ち着かない。
「帰って来る途中で、事故にでもあったのかしら?」
ぽつり、と由衣は呟く。
「う~ん。ん? まさか、イヤ……」
マサトが言葉を濁す。
「何? 心当たりあるの?」
由衣が尋ねる。
「何か、嫌な予感がする。可能性はゼロではないだろうな」
マサトは腕を組み、神妙な目つきになる。由衣はそんなマサトを、じっと見る。不安が、ますます膨らむ。
「上官達が、再びレオを捕まえようとしてる、というのも考えられる」
「えっ、だとしたら、大変だわ! どうしよう……。その、上官達ってしつこいのね」
「そうだね、レオはまだ逃亡して日が浅いから、上官達はまだ諦められずにいるのかもしれない」
「私、駅の近辺とか、ちょっと様子を見に行こうかな」
「女性が1人で外出するには、時間的に危険だよ。僕も一緒に行く。車があるから、すぐ準備するよ」
助手席に由衣が乗り込むと、マサトはすぐさま発進させる。
由衣は車内を見回し、
「やっぱり、車があると便利よね」
「そうだね、この時代に来てから2年になるけど、車買ったのは、つい最近なんだ。中古ですごい安かったんだよ。免許証は偽造だけど、未来ではよく運転してたから大丈夫だよ」
「そうだったんだ。じゃあ、警察に免許証を見られる機会を作らないよう、違反しないように気をつけないとね」
「うん、ホントそうなんだよ」
マサトが笑う。
「まずは、駅の方に行ってみるか」
安い中古車でも特に支障はなく(たぶん、スズキのアルト?と由衣は思っている)スムーズに加速している。
「レオ、道に迷ったりとかしてるのかしら」
由衣は車窓から、左右の歩道に目を向ける。
「その可能性もあるかもなぁ。レオはこの時代に来てまだ日が浅いしね。でも駅から僕らの住居までは単純な道のりだから、迷うとしたら職場というか、工事現場の方角だろうな」
だいぶ夜もふけて、通行人はほぼ皆無だ。
マサトの予想通り、レオは未来の上官達に捕らえられたのか? と不安が増す。
「レオが働いてる現場って、どこなの?」
由衣はマサトに尋ねる。
「詳しい場所は分からないな。ちゃんとレオから聞いておくべきだった」
最寄りの駅が見えてきた。
駅前には数名の通行人がいるが、その中にレオらしき姿は見えない。
「この辺りにはいないようだな」
そうマサトは言うと、駅を通り過ぎる。
その時、反対側の車線をバイクが猛スピードで迫って来た。耳をつんざくほどの爆音に、由衣とマサトはびくっとする。
「ずいぶんスピード出してるな、危ないな」
マサトが呟く。
バイクがマサトの車の横を通り過ぎる瞬間、2人は同時にそちらを見る。ヘルメットはしていなかった。
「あれ?! レオじゃないか?」
マサトが叫ぶ。
顔が見えたのは一瞬だが、由衣もレオではないのかと思った。細い鼻梁が、レオの雰囲気と一致していた。
マサトは急ブレーキを踏むと、車を回転させた。すぐさまバイクの後を追った。
「あいつ何でバイク乗ってんだよ」
「レオ、やっぱり上官達に追いかけられてるのかもね? 初めて私と会った時も追いかけられて、逃げる途中でバイクを盗んだの」
「えっ、そうだったの?」
マサトが驚く。
「ヤバいな。上官達は、どの辺りにいるんだろう。逃げきれるかな?」
バイクのスピードが早すぎて、バイクとマサトの車との距離がどんどん開いていく。
バイクは猛スピードで前方の交差点を左折した。が、手前でスピードを緩めずに左折したため、曲がりきれなかった。
バイクは激しく転倒した。
「大変だ!」
「レオ!」
2人は同時に叫んだ。
マサトはただちに、バイクが転倒した場所へと車を走らせる。
バイクの横に車を停車させると、2人は素早く降りて駆け寄る。顔を見ると、やはりレオだった。
腰の辺りを強打したらしく、レオは横になったままうめき声を上げていた。
由衣はしゃがみこむと、悲痛な面持ちで声をかけた。
「レオ、大丈夫?」
マサトも声をかける。
「レオ、もしかして上官達に追われてるのか?」
レオは顔を歪めたまま、頷く。
「大変だ、すぐにここから離れよう。由衣さん、レオの両足を持ってくれ」
由衣は頷き、レオの両足を掴む。
マサトはレオの両脇に手を入れ、上半身を起こす。2人かがりでレオを持ち上げると、車の後部座席に寝かせた。
マサトはバイクを歩道に移動させると、急いで車に戻り、すぐさま発進させる。
「ありがとう、助かったよ……」
レオが絞り出すような声で言う。
「無理に喋らなくていい。後で聞くよ」
マサトはそう言うと、車を加速させる。
由衣は振り返り、レオを心配そうに見つめる。
「レオ、見つかって良かった……」
レオも由衣を見つめる。笑みを浮かべ、頷く。
マサトは度々、バックミラーに視線を移し、
「今のところ、背後には誰もいないようだな」
程なく地下の住居に到着し、マサトは車を停める。
「由衣さん、またレオの足を持ってくれ」
マサトが声をかける。
「さっきより少し楽になったから、たぶん歩けると思う」
レオが言う。
「そうか? 無理するなよ」
マサトはレオを車から降ろすと、肩に手を回し、抱き抱えるようにする。由衣もレオの背に手を添えて支える。
3人は地下への階段を慎重に下りて行く。やっとの思いで下りると、2人かがりでレオを部屋に入れ、ベッドに寝かせた。レオは安心したように、ふ~っと溜め息をつく。
「転んだところ、痛いか?」
マサトが聞く。
「まだ痛みはあるけど、少し和らいだみたいだ」
「そうか。でも念のため、明日病院に行ったほうがいいだろうな。もし骨折してたら大変だし」
「レオの帰りが遅くて、心配してたのよ」
由衣はレオに語りかける。
「ごめんよ、心配かけて。7時まで残業して、それから駅に向かったけど、初めての街だから道に迷ってしまったんだ。あちこちうろついているうちに、また上官達に見つかって逃げたんだ。で、また途中でバイク盗んで逃げた。マサトが見つけてくれて助かったよ、ありがとう」
「いや、礼はいいよ。とにかく、捕まらなくて良かった。通勤の行き帰りは、当分気をつけないといけないな。それとも、一旦仕事は辞めたほうがいいのかもしれないな。あいつらは、またしつこく探し回ると思う」
「そうだな、通勤初日からあいつらに追いかけ回されて、さんざんな目にあったよ」
レオは眉をひそめる。
「そうだ、痛いところ、冷やしたほうがいいな。確か氷枕があったはず。探してくるよ」
「すまん、マサト」
マサトが出て行くと、由衣はレオの顔を覗き込む。
「明日、必ず病院に行ってね。見た目は何ともなくても、心配だから」
「うん、マサトに車で連れて行ってもらうよ」
マサトが氷枕を持って入ってくる。
「あったよ、氷枕。良かった」
レオの腰の辺りに、マサトは氷枕を置いた。
「じゃあ、ひとまず寝るよ。何かあったら呼んでくれ」
「ありがとう、マサト。恩に着るよ」
マサトが出て行くと、由衣はハッとする。
「そうだ。私、レオに食べてもらいたくて、 作って持ってきたのがあるのよ」
由衣は床に置いたバックから、タッパーを取り出す。
「えっ、由衣の手作りの料理?」
レオの表情が、パッと明るくなる。
「レオの好みかどうか、分かんないけど」
「大丈夫だよ、好き嫌いないから。腹も減ってるし。何なのか、ワクワクする」
由衣はベッドの端にタッパーを置き、蓋を開ける。
「すごい! 美味しそうだね」
レオは満面の笑みだ。
由衣は割り箸を割り、レオに渡す。
「体、起こせる?」
「うん、できると思う」
レオは慎重に半身を起こす。痛みが生じたのか、顔を歪めた。
「大丈夫? 無理しないでね」
「うん。どっちから食べようかな」
レオは少し迷ったあと、ポテトサラダに箸を伸ばす。ひとくちぶんをすくい取り、口に入れた途端、レオの顔が綻ぶ。
「美味しい。口の中でとろけるよ」
レオの満面の笑みに、由衣は満足する。
好きな人が手料理を噛みしめ、美味しいと思ってくれるのは、この上ない幸せだった。
レオは唐揚げも口に入れる。
「唐揚げも、スパイスが効いていて美味しいね!」
「そう? ありがとう! レオが美味しいと思ってくれるのか、ちょっと不安だったの。嬉しいわ」
「由衣の手作りなら、何でも美味しいに決まってるよ」
「えっ、そんなこと言って、大丈夫? まだ2種類しか食べてないのに」
由衣はレオを、じ~っと見つめる。
「大丈夫。じゃあまた試しに、何か作ってきてほしいな。あっ、でも由衣が余裕のある時でいいよ」
いつの間にか、レオは全部平らげ、
「ごちそうさま。美味しかったよ。僕のために作ってくれて、ありがとう」
「うん、レオが喜んでくれて、私も満足してる」
「こんなに美味しいのを食べたの、すごく久しぶりなんだよ。兵役に就いてからは合成たんぱく質のペーストや、全ての栄養が詰め込まれたサプリメントしか与えられなかったから、感動してる」
「そうだったんだ。じゃあ、食べる楽しみはなかったのね。それだと、つまらないよね」
「うん、もう絶対にあの時代には戻りたくないよ」
遠くを見るようなレオの瞳に、由衣の胸がチクッと痛む。
「レオは、ずっとここにいてほしい」
「僕も、そうしたいよ。由衣の傍がいい」
熱を帯びた2人の視線が、一時絡み合う。
「レオ、もう横になって休んだほうがいいんじゃない?」
「うん、そうするよ。今日は逃げ回っていたから疲れたし、まだ腰も痛いし……」
「私は、隣のベッドで休むね」
レオが横になるのを見届けると、由衣もベッドに入った。
(レオの打撲の箇所が気になるが、無事に戻って来てくれて良かった)
やがてレオの寝息が聞こえてくる。
(レオ、おやすみなさい……)
由衣も安心し、緩やかに眠りに落ちていった。
翌朝、目覚めると、由衣はレオのベッドを覗き込む。
気配に気づいて目覚めたレオに、由衣は声をかける。
「おはよう、レオ。腰の具合、どう?」
「おはよう。昨日よりは楽になったよ。でもまだ少し痛みが残ってる」
「そっか、やっぱり病院行ったほうがいいね。心配だから、絶対行ってね。じゃあ私、仕事があるから行くね」
由衣は小さく手を振ると、レオの部屋を後にする。
食堂を覗くと、マサトがいるのが見えた。
由衣はマサトに近寄り、
「おはようございます。レオ、まだ痛みがあるみたい。病院に連れて行ってもらえますか?」
「あっ、由衣さん。おはよう。うん、連れてくよ。安心して」
マサトは笑顔で答える。
「それから、今度ここのキッチンを使わせてもらえますか? 皆に食事を作ってあげたいと思って」
由衣は聞いてみる。
「えっ、それはありがたい! 皆、自分で適当に作って食べてるから助かるよ。特に料理が上手な人、いないんだよ。冷蔵庫にはたいしたもの入ってないから、材料は買ってきてくれる?」
「はい、買ってきます。良かった。あっ、私そんなに料理は得意ではないから、期待はしないで下さいね」
「作ってくれるなら、何でもいいよ。皆、手料理に飢えてるし」
笑いながら、マサトが言う。
「じゃあ私、仕事があるから行きます」
「うん、レオは病院に連れてくから、安心して」
由衣は頷き、マサトに手を振る。
※ ※ ※
レオにのめり込んでいくに従い、弘樹への罪悪感が増している。
弘樹の死後、もう誰も愛さないと自分にに誓った。それなのに弘樹が亡くなって、まだ3年しか経ってないのに、レオに心を奪われている。こんなにも簡単に、心が移り変わっていくことに驚く。
これだとまるで、二股しているみたいだ。
由衣は胸の奥に住む弘樹に語りかける。
(弘樹、ごめんね。きっと私のこと、軽い女だと思ってるよね?)


