『ドレスに宿る誓い』―Elara & Lanois 王国を変えた仕立て屋たち―
そんな父が、ある日、慎重に切り出した。
「シルヴィア。……ラノイ侯爵家の嫡男エルヴィン殿を、覚えているかい?」
名を聞いて、彼女は一瞬だけ首を傾げる。
遠い親族の式典で見かけた、
背筋の伸びた青年
――それが唯一の記憶だった。
「ええ……真面目そうな方でした」
「そうだ。噂話に興じず、誠実でね。……私は、彼を信頼している」
父の声音に、いつもより強い響きがあった。
シルヴィアは胸の奥で、
小さく波立つものを感じた。
まもなく伯爵は続けた。
「ラノイ侯爵家から、正式に縁談の話が来ている。もちろん無理強いはしない。だが……彼なら、お前を大切にしてくれるのではないか、と父は思うのだ」
その言葉に、
シルヴィアの胸はそっと締め付けられる。
――大切にしてくれるかもしれない。
その可能性だけで、
涙が出そうになるほど嬉しかった。
だが、真実は少し違っていた。
ラノイ侯爵家は伝統こそあるものの家計は逼迫し、
提示された高額の持参金に、
侯爵夫妻が飛びついたというのが真相だ。
エルヴィン本人は、
彼女を好きでも嫌いでもなかった。
というか、
ほとんど社交界に出てこない彼女を
単純に知らなかった。
ただ、親に強く押し切られ、
静かなため息とともに婚約を受け入れただけだ。
「シルヴィア。……ラノイ侯爵家の嫡男エルヴィン殿を、覚えているかい?」
名を聞いて、彼女は一瞬だけ首を傾げる。
遠い親族の式典で見かけた、
背筋の伸びた青年
――それが唯一の記憶だった。
「ええ……真面目そうな方でした」
「そうだ。噂話に興じず、誠実でね。……私は、彼を信頼している」
父の声音に、いつもより強い響きがあった。
シルヴィアは胸の奥で、
小さく波立つものを感じた。
まもなく伯爵は続けた。
「ラノイ侯爵家から、正式に縁談の話が来ている。もちろん無理強いはしない。だが……彼なら、お前を大切にしてくれるのではないか、と父は思うのだ」
その言葉に、
シルヴィアの胸はそっと締め付けられる。
――大切にしてくれるかもしれない。
その可能性だけで、
涙が出そうになるほど嬉しかった。
だが、真実は少し違っていた。
ラノイ侯爵家は伝統こそあるものの家計は逼迫し、
提示された高額の持参金に、
侯爵夫妻が飛びついたというのが真相だ。
エルヴィン本人は、
彼女を好きでも嫌いでもなかった。
というか、
ほとんど社交界に出てこない彼女を
単純に知らなかった。
ただ、親に強く押し切られ、
静かなため息とともに婚約を受け入れただけだ。