恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない
第一章
第一話
ハンガーにかかった制服を眺めていると、いつのまにか新年になっていた。
スマホの画面を見るが、通知は特にない。
「まぁ勉強中だと思って、気をつかってくれている……んだよね?」
わたしは、机の上の写真立てを手に取ると。
並んだ顔のひとつひとつに、語りかけてみるものの。
……当たり前だが、返事はない。
自身の大学受験の年を迎えておきながら。
深夜まで勉強をしたわけでもなく、かといって睡眠中でもなくて。
ただ制服を眺めていただけなんて……。
いったいわたし……なにをやっているんだろう……。
たった三日、いや日付が変わったので四日目だけれど。
ハンガーにかかった『それ』は、ずっと動かないままだ。
そもそも年末年始だし、おまけに受験生なのだから。
当たり前だろうと……頭では理解しているものの。
……ただどうしても。制服が気になってしまうのだ。
「原因は先生だよ! ほんと!」
わたしは、写真の右端で。
とびきり笑顔でこちらを見ている藤峰佳織。
わたしの心を惑わした、張本人の顧問の名前を声に出す。
佳織先生は、受験も恋もなんであろうと。
いつだってわたしを応援してくれるといってくれて。
実際色々と、構ってくれてはいる。
ただ……そうはいっても。
「あの余分なひとこと、いや絵文字は……タイミング的にどうなんですか?」
いつものこととはいえ。
思わず、そう口にせずにはいられない。
『少し早いけどよいお年を! 英語の質問ならいつでも受け付ける!』
二十九日に届いたメッセージ『だけ』なら、ありがたい激励で済んだのに。
『……なんですか、これ?』
なぜだか、最後に。
謎の絵文字が添えられていて。
『ボタン』
それは洋服のボタンだと返信がきた。
『……どういう意味ですか?』
気になって、わたしが質問しても。
先生はそれきり返事をしてくれない。
まぁきっと、合格のおまじないでもしてくれたのかと。
自分なりに納得していたのだけれど……。
『卒業式!』
大晦日の夕方、いきなりそんな返信が届いていて。
「卒業式と、ボタン?」
その意味がわからなくてわたしはつい……検索してしまった。
……『大好きな人の、制服の第二ボタン』
卒業式で、女子から思い切って告白してから受け取るもよし。
逆に男子からその想いとともに、渡されるもよし。
もし自分に『関係なければ』。
きっと甘酸っぱい、青春のひとコマで済むことだけれど。
思いっきり『渦中にいる』わたしにとっては。
あぁ……とんでもないことを、知ってしまった。
それ以外に、言葉はない。
……ねぇ。いったい、どうしたらいい?
わたしは、写真の中の海原昴君に問いかける。
ただあの海原君が……わたしも知らなかったそんな『文化』に。
ともて造詣があるとは思えないから。
「あの……都木先輩、よかったら僕のボタンをどうぞ」
そんな光景は……まったく想像できない。
かといって、同じ写真に映る『あの女子たち』をひとりひとり眺めていると。
「美也ちゃん……どうして海原くんのボタンを?」
「えっ? 昴君のボタンですよねそれ?」
「ちょっと! ど・う・し・て?」
「なんでアイツのボタンを……」
あぁ……とてもではないが。
穏やかに卒業式を、終えられる気がしない。
ちなみに彼のようにブレザーの場合は。
ネクタイをもらうという手も、あるらしいけれど。
海原君は、来年も使うのだから……この場合はどうするのだろう?
先にかわりを買っておけばいい?
売っているのは購買、それとも制服指定店?
海原君の代から制服が変わったから、よく勝手がわからない。
だったらあとで、ネクタイ代を払うのはどうだろう?
なんだかどれも……違う気がしてきて。
この際、いっそわたしのボタンを渡すのも手だけれど……。
きっと海原君のことだ。
「ええっ! ボタン外したら、制服着られなくなりますよっ!」
「えっと……卒業するから、もう着ないけれど?」
「じゃぁせめて。僕のボタンと交換させてくださいっ!」
あぁ……この展開は。
余計に周囲の騒ぎが大きくなりそうだ……。
「……というかわたし、全部もらえること前提だ」
そう思うと、恥ずかしくなってきた。
でも、続いて。
「なんだか、あっというまに補充されちゃいそう……」
周囲の子たちが針と糸とボタンを持って。
隣でスタンバイしている光景が頭に浮かんできて。
「そんなの絶対嫌だぁ〜!」
わたしはベッドに飛び込み、頭を枕にうずめると。
誰も見ていないのをいいことに、足をバタバタさせてみる。
あぁ……なんだかこのミッションは。
……ある意味で大学入試よりも、難問に思えてきてしまう。
「都木美也、ピンチだねぇ……」
わたしはもう一度、顔をあげると。
写真立てのガラスに反射する自分に向かって、そうつぶやいてから。
「卒業式……どうしよう?」
新年早々、そんなことを考えていた。
ところで。
そんなわたしが恋する海原君とその仲間たちは。
この年末年始、わたしが妄想中のこの時間も含めて。
なんと夜通し、副顧問の高尾響子先生の実家で『社会奉仕活動中』だ。
高校生が先生の実家で徹夜中?
それっていったい、どういうこと?
普通は疑問に、思うところだろう。
でもそれが逆に『平常運転』なのが、わたしたち。
そこそこ大きな地方都市にある、私立『丘の上』高等学校放送部の日常だ。
響子先生の実家は、中身はともなく構えは立派な神社で。
夏休みにはみんなの合宿場所でもあった。
副顧問がいるということは、その親友で悪友で。
わたしや海原君たちを悩ますあの顧問もいるということで。
要するに、安全でも安心でもないけれど。
ある意味で……『無事』ではあるだろう。
ただ、学校の便利屋・放送部として。
これまでこき使われたり、感謝されることは多々あれど。
『社会奉仕活動中』という言葉の響きには、これまで馴染みのなかったことだ。
……さてさて。わたしの話しが、思いのほか長くなったけれど。
それでは、時計の針を昨年に少し戻そう。
なぜなら放送部、いや海原君たちが。
学校から『処分』されることとなった出来事から。
今回の物語は、はじまっていくのだから……。
