恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない

第九話


 ……海原(うなはら)君が、佳織(かおり)先生の『奴隷』になって約一週間後。

 寺上(てらうえ)つぼみ校長が、放送室に飛び込んできた。


「取材よ、取材!」
「えっ! わ・た・しですか!」
姫妃(きき)じゃないでしょ」
 隣の玲香(れいか)が、秒で否定したけれど。

「え? どうしてか・な・〜?」
 わたしは負けじと、笑顔で返す。

 実際のところ、なにも心当たりはないけれど。
 きっとわたしの女優への、サクセス・ストーリーのはじまりだ。
 そんなことを……勝手に想像していたら。

「海原君、大手柄よ!」
 えっ……?
 海原君なの?



 どうやら、先日の推薦入試の日に。
 どこかの中学生が受験校を間違えたものの。
 海原君が『機転を効かせて』試験にまにあわせて。
 無事に、合格することができたらしい。

 そんな話しが、いつのまにか『美談』となって。
 地元の新聞社とテレビ局から、『丘の上』に取材依頼が届いたそうだ。


「あぁ! 『わたし』の五千円が、『海原君』のお手柄なんだぁ〜」
 佳織先生は最初、完全に不貞腐れていたけれど。

 ところが、寺上先生が。
「はい、五千円」
「えっ、つぼみちゃんくれるの?」
「学校の宣伝になりましたから、予備費から出すことにしました」
 そういった瞬間、『現金な』佳織先生は。
「海原君! さすがわたしが顧問なだけあるよね!」
 突然手放しで彼をほめだした。


「それだけでなくて、保護者のかたと。先方の学校からもね……」
 両校の校内行事等が落ち着いた際に、改めてお礼をしたいと。
 そんな提案まできたのだという。

「ということで本日の夕方、まず二社が来校するのですけれど」
 ただ、せっかくの機会を。
「あの……遠慮させていただいても、よろしいでしょうか?」

 ……断ってしまうのが、や・っ・ぱ・り海原君だ。


 とはいえ、どうやらつぼみ先生も。
 ある程度断られることを予想していたみたいで。

「そうね……無理にとはいいませんので。かわりに佳織が受けますか?」
「えっ、わたし?」
「当事者でしょ、一応」
 もうひとりにも、話しを振ってみたものの。

「わたしもパス。お金返ってきたから、それでいいでしょ」
 こちらもあっさりと。
「よし海原君、奴隷期間をあと一週間に縮めてあげる!」
「えっ……まだ続くんですか……」
「当たり前でしょ。利息分はきちんと奉仕してよねー」
 海原君以外には、執着しないらしい。

 ……でも取材なのに、もったいなくないのかな?


「宣伝になるかと思ったのに、しかたがないわね」
 寺上先生は、そういうと。
 ただ『もうひとつのほう』はまた、いずれ相談しますねと伝えて帰っていく。


「ね・ぇ、海原君。これで本当によかったの?」
「えっ? 波野(なみの)先輩、ダメでしたか?」
「別に……『らしく』ていいけ・ど」
 ただ、わたしは・ね。

 いつかわたしが『取材』を受けたとき。
 海原君はどう思うかが……気になった・だ・け。





 ……なんだか、珍しい子が印刷室に入っていった。

「姫妃がやるなんて、なんだか貴重な光景よねぇ〜」
 わたしとしては、ひとこと声をかけるだけだったつもりが。

「あ・の……」
 どうやら、悩みごとでもあったようで。
響子(きょうこ)先生なら、どう思いま・す・か?」
 まっすぐな瞳が、わたしに喰らいついてくる。


「女優になってからの、取材ねぇ……」
「無理だろとか、そういう顔ですか?」
「違う違う、夢は応援するものだからね」

 姫妃が目指してみたらいいことだから。
 無理だとかは、まったく思わない。


「そういえば大学では、モデルの子とか。女優になった先輩とかいたねぇ」 
「えっ、先生の知り合いですか?」
「同じ学部とかだけど、その程度かな〜」
「じゃぁ先生と同じくらい、かわいかったですか?」
「いや、もっとでしょ」
「まぁ、そうですよねぇ……」

 こらこら、最後のはちょっと失礼だよ。
 でもまぁ、わたしはモデルでも女優でもないから構わないか。


「都会だと、高校生でもモデルの子とかいるからなぁ〜」
「だったら新幹線で、かよっちゃう?」
「部活があるから、無理ですよ」
 姫妃がサラリと、最優先が部活だと決めているのが少し面白い。

「女優にはあとでなれても、部活はいましかないじゃないですか?」
 女優になる過程については、よくわからないけれど。
 いまは、みんなといたい。
 もっといえば、たぶん『あの彼』と過ごしていたい。
 それが姫妃の、いまの選択なのだろう。

「取材の可否も、それぞれの選択でしょ。だから未来の姫妃が取材されたら」

 ……みんな、うれしいんじゃないかな?





「……じゃ姫妃、ちょっと放送室のぞいてくるね」
「は〜い。先生、お付き合いあ・り・が・と!」
 先生に感謝の一回転をしてから、印刷機のスイッチを押すと。
 わたしは大きく深呼吸をする。

 将来について、参考になることがいっぱいあるおしゃべりだった。
 響子先生は、やさしくて。
 わたしについて、真剣に考えて話してくれた。

 ただ、だからこそ。


 ……少しわたしは、傷ついた。


 わたしが女優になるのは、応援する。
 将来もし、わたしのインタビューとかの記事が出たら。
 きっと響子先生は大喜びして、その雑誌を何冊も買ってくれるだろう。

 でも、とっても真面目に考えてくれたからこそ。
 『海原君とわたし』の未来については。


 ……なにも口にしてくれなかった。


 意地悪とかじゃなくて、先生はずっと。
 ほかの誰かさんと、海原君のことを応援している。

 だからたぶん、無意識のうちに。
 響子先生の描く海原君の未来の舞台では。
 わたしの出番が……ないのだろう。


 でも、わたしは負けない。

 ……だってまだ台本さえ、未完なんだから。



 印刷を終えて、放送室に早足で戻ると。
「未来なんて、どうなるかわ・か・ら・な・い・のっ!」
 わたしはそういって、勢いよく放送室の扉を開く。

「な、波野先輩? なんですかいきなり?」
「ね・ぇ・海原君!」
 驚く彼に向かって。
 彼だけを見て、一直線に歩いていくと。

「もう少しちゃんと、書類の整理とか教・え・て!」
 彼にだけ、わたしの声を届ける。

「えっ……? それはほかの……」
 案の定、そう答える彼を無視して。
「いいから、お・し・え・て・っ!」
 もう一度彼にだけ声を届ける。


「まずはこ・れ・か・ら!」
 それから、海原君の目の前にある書類の束を指さすと。
 意地でも、いますぐ教えて欲しいと。

「お願いっ!」
 わたしとしては『ひさしぶり』に。


 ……彼に駄々を、こねてみた。




< 28 / 30 >

この作品をシェア

pagetop