たった100秒間の運命
お昼時。
先に休憩へいった後輩が戻るまでもう少し時間があることを確認し、お茶を入れるため立ち上がる。
向かった先の給湯室から声が聞こえた。

「斉藤さん、年明けから産休だってね」

お局と称される40代の金田さんの通る声に、ほんの少し息をひそめる。
一緒にいるのは28歳になる私よりも年上の30後半〜40歳のママさんグループ。

私の働く会社は大企業ということもあって、産後復帰や女性の働きやすさに力を入れているけれど、やっぱり実態というのはどこか働きづらさが残るものだ。

産休や育休は年上の人から取るべきだとか、何年目で結婚だなんて早いだとか。
人の人生を会社の都合で決めさせるのはどうなんだろうと思うけれど、彼女たちが若かった時代はそれが当たり前だったのだから不満に思うのも仕方ないのかもしれない。

私は小さくため息をついた。
私が本当に嫌なのは、その後に続く言葉なのだ。

「三年目でしょ?ちょっと早くない?」
「そうですよね。教育する人に申し訳ないとか思わないんですかね」

私は口元を固くする。

「本当に。高坂さんなんて可哀想よね。自分は結婚を遅らせてしっかり働いてるのに。自分が育てた子たちが先に結婚して時短勤務になっていくんだもの」

若手社員へのうっすらとした否定のムードに引き合いに出されるようになったのは、20代後半になってからだろうか。

空いたコーヒーカップを手にしたまま固まっていると、後ろから視線を感じた。
振り返ると、給湯室での束の間のお茶会で、今なお美味しいお茶菓子となっている斉藤さんが、今にも泣き出しそうな目でこちらを見つめていた。

「高坂さん……っ、私……」

大きくなってきたお腹に手を触れ、震える声を出す彼女。
私はその手に、淡くネイルを施された自分の手を重ねた。左手だけど薬指にはもちろん何もついていない。

「大きくなってきたね。生まれたら会わせてね」
大丈夫だから。と続けて微笑み、給湯室へと向き直る。

「お疲れ様です。そろそろ若手の子たち戻ってきそうなのでお昼どうぞ!」

明るい声で中に入った。
何年も社会人をしていると、心の至る所が麻痺していく。

「高坂さん。いつもありがとうね」
「このお菓子美味しいのよ。特別にあげる。みんなには内緒ね」

彼女たちは、自分たちももちろんママさんなので、時短勤務で早く上がる人もいれば、突然の発熱で早退する人も多くいる。
そのときに仕事を受け取れる私のような存在は、とても……ウケがいいのだ。

「いいんですか?ラッキー。バレないように食べますね」

ウケの良い後輩の笑顔を徹底し、私はお菓子を受け取る。
バラバラとはけて行ったお局さまご一向にふぅと息を吐き、もらったクッキーを見つめた。
そのクッキーは最近小学生に人気のキャラクターものだった。
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