花は通る、恋もまた―――未来へ続く45分
補助試験が始まる。
ルーペで拡大し、紫外線ライトを当てる。
淡い蛍光が葉の表面に浮かび上がる。
芹葉は器具を受け渡す役を務める。
無菌手袋越しに触れた瞬間、手の甲に、僅かに電気が走ったように感じた。
ぴくっと、心臓が跳ねる。
「臭気テストを」
蒼志が短く指示する。
芹葉は試薬を滴下し、鼻を近づける。
微弱な異臭。
花の香りとは違う、金属的な匂い。
「……少し、変な匂いがします」
芹葉は声が震えないように、必死に堪える。
蒼志は顕微鏡から目を離し、芹葉を見た。
「欠陥は必ずしも不良じゃない。耐性があれば通る」
その言葉は、三年前と同じ声音だった。
芹葉は思わず口を開いた。
「未熟でも、通したい」
その言葉は、自分自身のことだった。
声が弱々しく、視線はみるみる降下して……。
蒼志は少しだけ間を置き、言葉を続けた。
「雨の夜でも咲き続ける灯りのように。耐える力があれば、花は通る」
その比喩に、芹葉の胸がきゅっと熱くなる。
花の話なのに、自分自身のことを言われているようで。
「……私も、そうなりたい」
心の奥から漏れた言葉に、蒼志は何も返さなかった。
ただ、視線が一瞬揺れた気がした。
芹葉のスマホが震える。
検疫室の静寂の中で、バイブ音だけが響く。
開店準備のメッセージが立て続けに届く。
芹葉は通知を切り、目の前の花を見据えた。
(今、通るかどうかが、明日に繋がるかどうか )
芹葉の心の声は、白光に消えていった。
染色液の発色が曖昧だった。
蒼志が顕微鏡から目を離し、短く告げる。
「判定保留に移行します」
壁のタイマーは『21:47』を示し、数字は容赦なく減ってゆく。
芹葉の胸の鼓動も、連動するように速くなる。
——この花が通るかどうか。
——私自身が、通れるかどうか。
顕微鏡室の白光の中で、二人の沈黙だけが響いていた。