危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編
ひんやりした風が中庭を抜け、木漏れ日がベンチを優しく照らしていた。

美羽は――ぼんやりと瞼を開けた。

目に飛び込んできたのは、青空と、椿の制服の胸元。
自分は椿の膝枕で寝ていたらしく、心臓が変な音を立てる。

(夢……? あれ……?私、さっきまで……)

赤いリボン、空き教室、秋人の笑み、椿が怒ってドアを蹴り破って……

「(……あれ絶対アウトなやつじゃん!!)」

美羽は心の中で絶叫しながら、ゆっくり身体を起こした。

椿が、いぶかしげな視線をこちらに向けてくる。

「変な夢でも見たか?」

「う、ううん!そうみたい!あははは!!」

乾いた笑いが中庭に響く。
冷や汗が背中を伝い、笑顔の筋肉がひきつった。

椿は眉を寄せ、ほんの少しだけ拗ねて言った。

「なんだよ、俺に言えねぇ内容なのかよ。」

「えっ!?そんなんじゃないよ!?
えっと、その……前にあったバレンタインの時の夢だったみたいで!」

(美羽の見た夢はほぼフィクションです。)


「あぁ、あの美羽のチョコ旨かったな。」


「そ、そう?ありがとう!」


美羽は冷や汗たらたらである。




椿はため息をつき、視線を外す。

「……美羽。今日がなんの日だか覚えてねぇの?」

「え?」

しばらく考える。
数秒後、美羽は青ざめた。

(し、しまったあああああ!!
今日ホワイトデーだ!!なのに私……寝てた!?
しかも、椿くんとの尊い時間を!!最低じゃん!!)

「ご、ごめん!椿くん!!そういえば今日ホワイトデーで……私っ――」

言い終わる前に、美羽の身体がベンチに軽く押し倒された。

「へっ!? ちょ、椿くん!?」

一瞬で距離がゼロになり、息が止まる。
上から見おろす椿の表情は、怒っているようで、でもどこか楽しんでいるようでもあった。

(こ、これは……正夢!?
いや待って落ち着け私!!)

椿が美羽の耳元に顔を近づけ、低く囁く。

「お前、寝言で秋人の名前言うのはひでぇだろ。
夢の中で堂々と浮気か?」

「っ!!ち、ちがうよ!!そんなんじゃ……!」

耳が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

椿はクスッと意地悪く笑った。

「はっ、どーだか。」

「浮気なんてしてないよ!!
私は、椿くんのことが大好っ……!」

その瞬間――
椿の唇が、美羽の言葉をふわりとさらった。

「んっ……!」

世界がまるごと、ふわりと溶け落ちるようだった。
ホワイトデーの青空がにじんで、風の音だけが耳に残る。

椿はゆっくり唇を離し、息が触れる距離で微笑んだ。

「で? 美羽のホワイトデーは、"俺"で充分だよな?」

「……~っ!!」

顔が一瞬で真っ赤になり、美羽はベンチでジタバタ暴れた。

「つ、椿くんのバカっ!!」

「バカはねーだろ。」

「だってぇ!!」

「美羽。」

「な、なによ!」

椿は目を細めて、微笑んだ。

「可愛い。もっかいキスさせろ。」

「も、もぉ~~~~~っ!!」

中庭に響く美羽の声と、椿の低い笑い声。

春の光がふたりを包むように降りそそぎ、
美羽の胸はくすぐったいほど幸せで満たされていった。

――こうして、
バレンタインとホワイトデーの甘々イベントは幕を閉じた。

けれど。

(……来年も、再来年も、ずっと隣にいたいな。)

美羽はそっと指輪を撫で、
誰にも聞こえないように小さく微笑んだ。





そんなふたりを見まもるように、青空が澄みわたっていた。

< 6 / 18 >

この作品をシェア

pagetop