推しが壁から出てきたので共に暮らします~最後の夏、最高の君と秘密の同居〜

隠された涙

「ただいまぁー」
「おかえり」

帰宅すると、腕まくりした白シャツ姿の高瀬くんが迎えてくれた。
テーブルには、彼が作った肉じゃがメインの和定食が並んでいる。

「美味しい……! 高瀬くん、料理まで天才なの!?」
「そんなことまで書いてあんだ?」

日焼けした肌と鍛えられた筋肉。
「汗臭いと思うから、あんま近寄んないで」なんて苦笑いする仕草。
いちいちセクシーすぎて、大人として意識を保つのが必死だった。

だけど。
「素振りしかできることねえから」
そう言って少し寂しそうに眉を下げる彼を見て、私の胸が痛んだ。

四月になっても、帰る方法は見つからなかった。
ある日の深夜二時。
ふと目を覚ますと、高瀬くんがウィンドブレーカーを羽織って、物音を立てずに部屋を出ていくのが見えた。

慌ててコートを羽織って追いかける。
辿り着いたのは、近所の小さな公園だった。

冷たい夜気の中。
高瀬くんは、一人でバットを構え、綺麗なフォームで何度も何度も鋭いスイングを繰り返していた。
ぶん、ぶん、と静まり返った公園に音が響く。その姿があまりに美しくて、見惚れてしまう。

「くしゅんっ」

思わず出た私のくしゃみに、高瀬くんがハッと振り返った。
猛ダッシュで駆け寄ってきて、自分のウィンドブレーカーを私の肩にバサッと被せる。

「なにやってんの、そんな格好で。危ねーじゃん」
「高瀬くんこそ。高校生なんだから、補導されちゃうよ」
「……向こうとは違うんだもんな」

遠くを見つめる、少し寂しそうな横顔。

「天才だから、って言えたらいいんだけどな。人の倍やんなきゃ勝てねえ」

強い眼差し。
そうだ。彼の「何とかなる」は、裏での努力ゆえの「何とかする」なんだ。

「だせーとこ見られちまった」
「ださくないよ!」

私は全力で否定した。

「私は、高瀬くんのそういうところに救われたの。本当にカッコイイよ」
「松崎さん……」

高瀬くんは一瞬驚いたように目を見張ったあと、からっと笑って本音を漏らした。

「俺さ、この世界で出会ったのが松崎さんでよかったと思ってるんだ。悪くねえなって思ってんだけど、やっぱ……帰りてえ。帰って、アイツらと野球がしてえんだ」

弱冠十七歳の男の子の、切なすぎる言葉。

(この人を、絶対に元の世界に帰さなきゃ!)
それが私の確固たる目標になった。
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