過去で君に恋をした~32歳で死ぬ君を救うために
第14章 潜入の夜
病院での取材から戻った翌日、凛は田中部長のデスクに向かった。
「部長、少しお時間よろしいでしょうか」
「おう、水瀬。どうした?」
田中部長は、パソコンから顔を上げた。
「昨日の取材なんですが」
凛は、手に持った資料を見せた。
「宮下医師から、非常に興味深いお話を伺いました」
「ほう」
田中部長は、興味を示した。
「それで?」
「患者支援について、もっと深く取材したいと思うんです」
凛は、真剣な顔で言った。
「連載企画として、薬害患者の支援活動を追いかけるのはどうでしょうか」
田中部長は、少し考えた。
「薬害患者、か」
「はい。地域医療の中でも、特に重要なテーマだと思います」
凛は、さらに説得を続けた。
「宮下医師は、薬害患者の治療に力を入れていらっしゃいます。その活動を追うことで、当社の社会貢献もアピールできると思うんです」
田中部長は、頷いた。
「なるほど。確かに、社会貢献は重要だな」
「ありがとうございます」
凛は、内心ほっとした。
「ただし」
田中部長は、凛を見た。
「薬害の話は、慎重にな。変に当社を巻き込むような内容にはするなよ」
凛は、複雑な気持ちになった。
でも、表面上は笑顔で答えた。
「もちろんです。慎重に進めます」
「よし。じゃあ、やってみろ」
田中部長は、許可を出した。
凛は、デスクに戻ると、すぐにパソコンを開いた。
悠真へのメールを書く。
「宮下先生、先日はありがとうございました。水瀬です。患者支援について、もう少し詳しくお話を伺いたいのですが、再度取材のお時間をいただけないでしょうか」
凛は、メールを送信した。
しばらくして、スマホが震えた。
メールの通知。
悠真からだ。
凛は、すぐにメールを開いた。
「水瀬さん、ご連絡ありがとうございます。喜んでお話しします。今週の金曜日の午後6時以降であれば、お時間を取れます。病院近くのカフェでお話ししましょうか」
凛は、胸が高鳴った。
会える。
また、悠真に会える。
凛は、すぐに返信した。
「ありがとうございます。金曜日の午後6時、お願いします」
送信。
凛は、スマホを握りしめた。
金曜日。
あと3日。
凛は、深呼吸をした。
金曜日の午後6時、凛は病院近くのカフェに向かった。
小さなカフェ。
落ち着いた雰囲気。
凛は、店内を見回した。
窓際の席に、悠真が座っていた。
白衣ではなく、私服。
カジュアルなシャツとジーンズ。
凛は、その姿を見て、少しドキッとした。
「宮下先生」
凛は、悠真に声をかけた。
悠真は、顔を上げて笑顔を見せた。
「水瀬さん。お待ちしてました」
凛は、悠真の向かいに座った。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。患者支援について、もっと多くの人に知ってもらえるのは嬉しいです」
悠真は、メニューを見ながら言った。
「何か飲みますか?」
「じゃあ、コーヒーをお願いします」
凛は、メニューを見た。
悠真は、店員を呼んでオーダーした。
「それで」
悠真は、凛を見た。
「患者支援について、何をお聞きになりたいですか?」
凛は、ノートを開いた。
「前回の取材で、薬害患者のお話をされていましたが、具体的にどのような患者さんがいらっしゃるんですか?」
悠真は、少し表情を曇らせた。
「実は、最近増えているんです」
「増えている?」
「はい。特に、ある新薬を服用した患者さんです」
悠真は、声を落とした。
「めまい、頭痛、倦怠感……ひどい方は、呼吸困難も」
凛は、息を呑んだ。
メディアジールの副作用だ。
「その新薬というのは……」
凛は、恐る恐る尋ねた。
悠真は、少し躊躇した。
「名前は、ここでは控えますが……」
悠真は、凛を見つめた。
「この薬、何かおかしいんです」
凛の心臓が、激しく鳴った。
「おかしい、とは?」
「副作用の報告が、製薬会社に届いているはずなのに、公式には認められていない」
悠真は、苦しそうに言った。
「患者さんたちは、苦しんでいます。でも、製薬会社は動かない」
凛は、唇を噛んだ。
やっぱり。
会社は、副作用を隠蔽している。
「先生は、どうされているんですか?」
凛は、動揺を隠しながら尋ねた。
「できる限りの治療をしています」
悠真は、真剣な顔で答えた。
「でも、根本的な解決には、製薬会社が副作用を認めることが必要です」
凛は、ノートに何かを書きながら、心の中で葛藤していた。
自分の会社だ。
自分の会社が、悠真の患者を苦しめている。
「水瀬さん」
悠真が、凛を見た。
「大丈夫ですか?」
凛は、顔を上げた。
「はい。大丈夫です」
凛は、笑顔を作った。
「詳しく教えてください。その患者さんたちのこと」
悠真は、頷いた。
そして、患者たちの状況を、詳しく語り始めた。
凛は、その全てを、ノートに書き留めた。
メディアジールの副作用。
被害者の数。
症状の詳細。
全部、記録する。
これが、証拠になる。
凛は、心の中で誓った。
必ず、この副作用を明らかにする。
そして、悠真と患者たちを、救う。
その日の夜、凛は会社に残った。
オフィスには、もう誰もいない。
蛍光灯が、半分消されている。
凛は、自分のデスクに座り、パソコンを起動した。
悠真の話が、頭から離れない。
患者たちの苦しみ。
会社の隠蔽。
全部、確かめなければいけない。
凛は、社内データベースにアクセスしようとした。
でも、通常のアカウントでは、副作用報告にはアクセスできない。
制限がかかっている。
凛は、以前、偶然見た管理者用のパスワードを思い出そうとした。
あの時、コピー機の前で見た報告書。
そこに、何か書いてあった気がする。
凛は、目を閉じて記憶を辿った。
パスワード。
数字と英字の組み合わせ。
凛は、キーボードに手を置いた。
試してみる。
「mediagile2024」
エラー。
違う。
凛は、また考えた。
汗が、額に滲む。
「excel2024」
エラー。
また違う。
凛は、焦りを感じた。
何度も間違えたら、ロックされるかもしれない。
落ち着け。
凛は、深呼吸をした。
もう一度、記憶を辿る。
あの報告書には、何が書いてあった?
凛は、目を閉じた。
「メディアジール・副作用症例報告書(社外秘)」
社外秘。
もしかして……。
凛は、キーボードを叩いた。
「confidential2024」
エラー。
凛は、唇を噛んだ。
違う。
もう一度。
今度は、日本語のローマ字で。
「syagaihi2024」
画面が、変わった。
アクセス成功。
凛は、息を呑んだ。
入れた。
社内データベースに、入れた。
凛は、副作用報告のフォルダを探した。
たくさんのファイルが並んでいる。
「メディアジール副作用報告_2023」
「メディアジール副作用報告_2024」
凛は、そのファイルを開いた。
画面に、膨大なデータが表示された。
症例番号、患者の年齢、性別、症状、報告日。
凛は、スクロールしていった。
89件。
いや、それ以上だ。
データは、100件を超えている。
凛は、唇を噛んだ。
やっぱり、隠蔽されていた。
公式発表では「軽微なもの数件のみ」だったのに。
凛は、カバンからUSBメモリを取り出した。
パソコンに挿す。
データをコピーする。
転送中。
凛は、周りを見回した。
誰もいない。
でも、心臓が激しく鳴っている。
ドキドキという音が、耳に響く。
転送バーが、ゆっくりと進んでいく。
50パーセント。
60パーセント。
凛は、手が震えるのを感じた。
早く。
早く終わって。
その時、廊下から足音が聞こえた。
凛は、固まった。
誰か来る。
凛は、パソコンの画面を見た。
まだ80パーセント。
足音が、近づいてくる。
凛は、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
どうしよう。
見つかったら……。
足音は、オフィスのドアの前で止まった。
凛は、息を止めた。
ドアが、開く。
警備員だ。
「あれ? まだ誰かいるのか」
警備員は、オフィスの中を見回した。
凛は、慌ててパソコンの画面を最小化した。
「はい。残業してました」
凛は、笑顔を作った。
でも、声が震えている。
警備員は、凛を見た。
「水瀬さんか。遅くまで大変だね」
「はい。もうすぐ終わります」
凛は、必死に平静を装った。
警備員は、頷いた。
「無理しないでね。じゃあ、また見回りに来るから」
「はい。ありがとうございます」
警備員は、ドアを閉めて去っていった。
凛は、ほっとして椅子に座り込んだ。
危なかった。
凛は、パソコンの画面を戻した。
転送完了。
100パーセント。
凛は、USBメモリを抜いた。
データを確認する。
全部、入っている。
副作用報告。
患者の情報。
全部。
凛は、USBメモリをカバンにしまった。
これが、証拠だ。
凛は、パソコンをシャットダウンした。
アクセス履歴を消す。
痕跡を残さないように。
凛は、荷物をまとめた。
オフィスを出る。
廊下を歩く。
エレベーターに乗る。
1階に降りる。
ロビーを出ようとした時、また警備員に会った。
「お疲れ様です」
警備員が、声をかけてきた。
「お疲れ様です」
凛は、笑顔で答えた。
でも、心臓は激しく鳴っている。
警備員は、特に怪しむ様子もなく、手を振った。
「気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」
凛は、ビルを出た。
外の冷たい空気が、顔に当たる。
凛は、そこで立ち止まった。
膝が、震えている。
力が、抜けていく。
凛は、ビルの壁に手をついた。
やった。
データを取った。
でも、これは不正アクセスだ。
犯罪だ。
凛は、カバンの中のUSBメモリに手を触れた。
でも、引き返せない。
もう、引き返せない。
凛は、深呼吸をして、歩き始めた。
「部長、少しお時間よろしいでしょうか」
「おう、水瀬。どうした?」
田中部長は、パソコンから顔を上げた。
「昨日の取材なんですが」
凛は、手に持った資料を見せた。
「宮下医師から、非常に興味深いお話を伺いました」
「ほう」
田中部長は、興味を示した。
「それで?」
「患者支援について、もっと深く取材したいと思うんです」
凛は、真剣な顔で言った。
「連載企画として、薬害患者の支援活動を追いかけるのはどうでしょうか」
田中部長は、少し考えた。
「薬害患者、か」
「はい。地域医療の中でも、特に重要なテーマだと思います」
凛は、さらに説得を続けた。
「宮下医師は、薬害患者の治療に力を入れていらっしゃいます。その活動を追うことで、当社の社会貢献もアピールできると思うんです」
田中部長は、頷いた。
「なるほど。確かに、社会貢献は重要だな」
「ありがとうございます」
凛は、内心ほっとした。
「ただし」
田中部長は、凛を見た。
「薬害の話は、慎重にな。変に当社を巻き込むような内容にはするなよ」
凛は、複雑な気持ちになった。
でも、表面上は笑顔で答えた。
「もちろんです。慎重に進めます」
「よし。じゃあ、やってみろ」
田中部長は、許可を出した。
凛は、デスクに戻ると、すぐにパソコンを開いた。
悠真へのメールを書く。
「宮下先生、先日はありがとうございました。水瀬です。患者支援について、もう少し詳しくお話を伺いたいのですが、再度取材のお時間をいただけないでしょうか」
凛は、メールを送信した。
しばらくして、スマホが震えた。
メールの通知。
悠真からだ。
凛は、すぐにメールを開いた。
「水瀬さん、ご連絡ありがとうございます。喜んでお話しします。今週の金曜日の午後6時以降であれば、お時間を取れます。病院近くのカフェでお話ししましょうか」
凛は、胸が高鳴った。
会える。
また、悠真に会える。
凛は、すぐに返信した。
「ありがとうございます。金曜日の午後6時、お願いします」
送信。
凛は、スマホを握りしめた。
金曜日。
あと3日。
凛は、深呼吸をした。
金曜日の午後6時、凛は病院近くのカフェに向かった。
小さなカフェ。
落ち着いた雰囲気。
凛は、店内を見回した。
窓際の席に、悠真が座っていた。
白衣ではなく、私服。
カジュアルなシャツとジーンズ。
凛は、その姿を見て、少しドキッとした。
「宮下先生」
凛は、悠真に声をかけた。
悠真は、顔を上げて笑顔を見せた。
「水瀬さん。お待ちしてました」
凛は、悠真の向かいに座った。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。患者支援について、もっと多くの人に知ってもらえるのは嬉しいです」
悠真は、メニューを見ながら言った。
「何か飲みますか?」
「じゃあ、コーヒーをお願いします」
凛は、メニューを見た。
悠真は、店員を呼んでオーダーした。
「それで」
悠真は、凛を見た。
「患者支援について、何をお聞きになりたいですか?」
凛は、ノートを開いた。
「前回の取材で、薬害患者のお話をされていましたが、具体的にどのような患者さんがいらっしゃるんですか?」
悠真は、少し表情を曇らせた。
「実は、最近増えているんです」
「増えている?」
「はい。特に、ある新薬を服用した患者さんです」
悠真は、声を落とした。
「めまい、頭痛、倦怠感……ひどい方は、呼吸困難も」
凛は、息を呑んだ。
メディアジールの副作用だ。
「その新薬というのは……」
凛は、恐る恐る尋ねた。
悠真は、少し躊躇した。
「名前は、ここでは控えますが……」
悠真は、凛を見つめた。
「この薬、何かおかしいんです」
凛の心臓が、激しく鳴った。
「おかしい、とは?」
「副作用の報告が、製薬会社に届いているはずなのに、公式には認められていない」
悠真は、苦しそうに言った。
「患者さんたちは、苦しんでいます。でも、製薬会社は動かない」
凛は、唇を噛んだ。
やっぱり。
会社は、副作用を隠蔽している。
「先生は、どうされているんですか?」
凛は、動揺を隠しながら尋ねた。
「できる限りの治療をしています」
悠真は、真剣な顔で答えた。
「でも、根本的な解決には、製薬会社が副作用を認めることが必要です」
凛は、ノートに何かを書きながら、心の中で葛藤していた。
自分の会社だ。
自分の会社が、悠真の患者を苦しめている。
「水瀬さん」
悠真が、凛を見た。
「大丈夫ですか?」
凛は、顔を上げた。
「はい。大丈夫です」
凛は、笑顔を作った。
「詳しく教えてください。その患者さんたちのこと」
悠真は、頷いた。
そして、患者たちの状況を、詳しく語り始めた。
凛は、その全てを、ノートに書き留めた。
メディアジールの副作用。
被害者の数。
症状の詳細。
全部、記録する。
これが、証拠になる。
凛は、心の中で誓った。
必ず、この副作用を明らかにする。
そして、悠真と患者たちを、救う。
その日の夜、凛は会社に残った。
オフィスには、もう誰もいない。
蛍光灯が、半分消されている。
凛は、自分のデスクに座り、パソコンを起動した。
悠真の話が、頭から離れない。
患者たちの苦しみ。
会社の隠蔽。
全部、確かめなければいけない。
凛は、社内データベースにアクセスしようとした。
でも、通常のアカウントでは、副作用報告にはアクセスできない。
制限がかかっている。
凛は、以前、偶然見た管理者用のパスワードを思い出そうとした。
あの時、コピー機の前で見た報告書。
そこに、何か書いてあった気がする。
凛は、目を閉じて記憶を辿った。
パスワード。
数字と英字の組み合わせ。
凛は、キーボードに手を置いた。
試してみる。
「mediagile2024」
エラー。
違う。
凛は、また考えた。
汗が、額に滲む。
「excel2024」
エラー。
また違う。
凛は、焦りを感じた。
何度も間違えたら、ロックされるかもしれない。
落ち着け。
凛は、深呼吸をした。
もう一度、記憶を辿る。
あの報告書には、何が書いてあった?
凛は、目を閉じた。
「メディアジール・副作用症例報告書(社外秘)」
社外秘。
もしかして……。
凛は、キーボードを叩いた。
「confidential2024」
エラー。
凛は、唇を噛んだ。
違う。
もう一度。
今度は、日本語のローマ字で。
「syagaihi2024」
画面が、変わった。
アクセス成功。
凛は、息を呑んだ。
入れた。
社内データベースに、入れた。
凛は、副作用報告のフォルダを探した。
たくさんのファイルが並んでいる。
「メディアジール副作用報告_2023」
「メディアジール副作用報告_2024」
凛は、そのファイルを開いた。
画面に、膨大なデータが表示された。
症例番号、患者の年齢、性別、症状、報告日。
凛は、スクロールしていった。
89件。
いや、それ以上だ。
データは、100件を超えている。
凛は、唇を噛んだ。
やっぱり、隠蔽されていた。
公式発表では「軽微なもの数件のみ」だったのに。
凛は、カバンからUSBメモリを取り出した。
パソコンに挿す。
データをコピーする。
転送中。
凛は、周りを見回した。
誰もいない。
でも、心臓が激しく鳴っている。
ドキドキという音が、耳に響く。
転送バーが、ゆっくりと進んでいく。
50パーセント。
60パーセント。
凛は、手が震えるのを感じた。
早く。
早く終わって。
その時、廊下から足音が聞こえた。
凛は、固まった。
誰か来る。
凛は、パソコンの画面を見た。
まだ80パーセント。
足音が、近づいてくる。
凛は、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
どうしよう。
見つかったら……。
足音は、オフィスのドアの前で止まった。
凛は、息を止めた。
ドアが、開く。
警備員だ。
「あれ? まだ誰かいるのか」
警備員は、オフィスの中を見回した。
凛は、慌ててパソコンの画面を最小化した。
「はい。残業してました」
凛は、笑顔を作った。
でも、声が震えている。
警備員は、凛を見た。
「水瀬さんか。遅くまで大変だね」
「はい。もうすぐ終わります」
凛は、必死に平静を装った。
警備員は、頷いた。
「無理しないでね。じゃあ、また見回りに来るから」
「はい。ありがとうございます」
警備員は、ドアを閉めて去っていった。
凛は、ほっとして椅子に座り込んだ。
危なかった。
凛は、パソコンの画面を戻した。
転送完了。
100パーセント。
凛は、USBメモリを抜いた。
データを確認する。
全部、入っている。
副作用報告。
患者の情報。
全部。
凛は、USBメモリをカバンにしまった。
これが、証拠だ。
凛は、パソコンをシャットダウンした。
アクセス履歴を消す。
痕跡を残さないように。
凛は、荷物をまとめた。
オフィスを出る。
廊下を歩く。
エレベーターに乗る。
1階に降りる。
ロビーを出ようとした時、また警備員に会った。
「お疲れ様です」
警備員が、声をかけてきた。
「お疲れ様です」
凛は、笑顔で答えた。
でも、心臓は激しく鳴っている。
警備員は、特に怪しむ様子もなく、手を振った。
「気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」
凛は、ビルを出た。
外の冷たい空気が、顔に当たる。
凛は、そこで立ち止まった。
膝が、震えている。
力が、抜けていく。
凛は、ビルの壁に手をついた。
やった。
データを取った。
でも、これは不正アクセスだ。
犯罪だ。
凛は、カバンの中のUSBメモリに手を触れた。
でも、引き返せない。
もう、引き返せない。
凛は、深呼吸をして、歩き始めた。