女宇宙人の恋
 都内某所にある会員制喫茶店ベリーズカフェには美男美女が集うことで知られているが、十二月十二日の正午過ぎ、店内に現れたカップルほど見目麗しい二人はいなかっただろう。すらっとした長身の男は地味だが高級なスーツを着こなし、厳しい表情で向かいに座る美女を見つめていた。その瞳は氷のように冷たい。声にも温かな響きはなかった。
「用は何だ?」
 美女は微笑んだ。
「そんなに睨まないでよ。宇宙警備隊シークレット・エージェントのフェカズーリベさんは、悪い奴には滅法怖いけど、女子供には優しいって聞いてるわ」
「相手による。俺の正体を知っている君は、何者だ?」
 女は悪戯っぽく笑った。
「ふふ、当ててみて」
「遊びに来ているんじゃない。揶揄うのなら帰らせてもらうぞ」
 伝票に伸ばしかけたフェカズーリベの手を、女がつかむ。
「地球から見えない月の裏側に私のUFO艦隊が待機しているわ。私からの命令があれば、すぐさま地球を攻撃する手はずになっているから」
 フェカズーリベは唾をごくりと飲み込んだ。
「地球攻撃だと?」
「ええ。そうなれば、地上は火の海になるでしょうね」
 女はゆっくりと男の手を放した。フェカズーリベは伝票から手を放した。テーブルの上で両手の指を組む。
「君は地球征服を企む宇宙人か?」
「その通りよ」
「侵略行為は銀河憲法第九条違反だ。警告する。俺は違反者を絶対に見逃さない」
「その法律を破ったら、あなた……私を逮捕する?」
「勿論だ」
 女は瞳を伏せた。
「それじゃ、侵略を諦めたら?」
「逮捕しない」
 顔を上げて女は言った。
「私たちの母星は環境が悪化して居住できなくなっているの。移民可能な星を探して宇宙を彷徨い続けているわ。大人も子供も老人もも病人も皆、苦しんでいるのよ」
「同情するよ」
「それなら、私たちの侵略行為を見逃してくれない?」
「それとこれは話が別だ」
「あなた、冷たい男なのね」
「そう思ってくれて構わない」
「私たち、戦い合うしかないのかしら? 愛し合うことは、できないの?」
「俺の任務は地球防衛だ。地球を攻撃しようとする女と愛し合うことはできない」
「男と女の関係には、絶対なれないのね」
 男は、わずかに顔を背けた。物憂げな表情で、女は言った。
「私、あなたみたいな男、嫌いじゃないわ」
 フェカズーリベは何も言わなかった。女は手を伸ばし、テーブルの上に置かれた彼の手を指先で触れた。
「もしも、こういう出会いじゃなかったら、私たち恋人同士になれたかな?」
 一瞬の間があった。
「分からない。俺には分からない」
 間の抜けたことを言うフェカズーリベに、女は言った。
「私たちは、あなたの弱点を知っているわ。地球での活動時間は、ほんの数分だけなんでしょ? その数分間で、私たちのUFO艦隊全部を片付けられるの? この星の運命は、そのわずかな時間で決まるわ。違うかしら?」
 フェカズーリベは答えられなかった。そんな彼に代わって女が言う。
「この星を、たった一人で守ってるんでしょ。宇宙警備隊本部に応援を求めるのなら、そうして。でも、急に応援は来ないでしょ? 今は何処も人手不足だから、大変でしょうね」
 フェカズーリベは苦い笑いを浮かべた。
「分かっているなら、攻めて来ないでくれよ」
 女はすまし顔で言った。
「あら、本当は警告なしで攻撃するつもりだったのよ。でも、私があなたを気に入ったから、まず話し合おうと思って呼び出したの」
「美女のお誘いほど物騒なものはないと親父が言ってたのを思い出したよ」
 そう言ってフェカズーリベは伝票に手を伸ばした。女は先に伝票を取った。立ち上がる。
「ここは私が払うわ。その代わり次に会った時、あなたの命を貰うから」
 女は立ち去った後に残り香が漂った。堪らなくなるほど欲情がそそられる雌の匂いだった。フェカズーリベは無性に煙草が吸いたくなった。しかし、ここは禁煙である。彼はグラスの水を飲み干した。残った氷を噛み砕く。
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