さよならの代わりに授かった宝物
第十六章:記憶の檻、優しき嘘
その夜、勇気は、まばゆい閃光の中で「すべて」を思い出した。
断片だった記憶が、ひとつの輪郭を持って繋がっていく。
冷徹な警視としての自分。
社長令嬢だった萌香を欺いたあの日々。
そして、雪原で炎に包まれた、あの夜。
(……そうだ。俺は)
隣で眠る萌香の横顔を見る。
長い睫毛の先に、乾いた涙の跡が残っているのが見えて、胸が締めつけられた。
(この人の人生を、地獄に引きずり込んだのは……俺だ)
すべてを思い出した今、
「愛している」と口にする資格など、自分にはない。
真実を告げれば、彼女は再び過去に縛られ、傷つく。
――なら。
(知らないままでいい。
……俺が、全部を背負えばいい)
勇気は、静かに目を閉じた。
翌朝。
キッチンから、朝食の香りが漂ってくる。
萌香がフライパンに向かいながら、背後に気配を感じて振り返った。
「おはよう、勇気さん。
よく眠れた?」
勇気は、昨日までと変わらない――
少し影のある、けれど彼女だけを映す瞳で微笑んだ。
「ああ。……萌香が隣にいてくれたから」
それだけで、萌香の胸が少し温かくなる。
勇気は自然な仕草で近づき、そっと腕を回した。
離れないことを確かめるように。
「……勇気さん?」
戸惑いを含んだ声に、彼は少しだけ力を緩める。
「ごめん。
ただ……君がいなくなるのが、怖くて」
静かな告白。
「俺には、君と蓮のことしか……大切だと思えるものがないんだ」
――嘘。
すべてを思い出している。
それでも、この言葉だけは本心だった。
萌香は何も言わず、彼の手にそっと触れた。
「大丈夫よ。
私は、ここにいるわ」
その一言が、胸に深く刺さる。
朝食のテーブルに、蓮が駆け寄ってくる。
「パパ、おはよ!
今日も一緒に遊べる?」
「……ああ」
勇気は膝に乗せ、優しく頭を撫でた。
「たくさん遊ぼう」
小さな体温。
実の息子だと知った今、その重みが胸を潰す。
(許されなくていい。
……それでも、守り抜く)
夕暮れ。
窓辺に差すオレンジ色の光の中で、萌香は勇気を見つめていた。
彼が時折見せる、研ぎ澄まされた視線。
そして、寝言で零れた「……すまない、萌香」という言葉。
「ねえ、勇気さん」
静かに、問いかける。
「本当に……何も、思い出していないの?」
一瞬、空気が張りつめた。
勇気は視線を逸らし――
けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべ、萌香の指先に触れた。
「思い出す必要がないくらい……
今が、幸せなんだ」
低く、甘い声。
「それじゃ……ダメかな?」
萌香の胸に、小さな違和感が残る。
それでも、彼の温度は確かで、嘘だと断じることができなかった。
「……そうね」
萌香は小さく笑った。
「今が大事、よね」
二人の間に流れる、穏やかな沈黙。
それは、世界でいちばん優しくて、
同時に、いちばん残酷な嘘。
こうして二人は――
形を変えた「契約」を、静かに更新していく。
永遠に続くかもしれない、偽りの中で。
断片だった記憶が、ひとつの輪郭を持って繋がっていく。
冷徹な警視としての自分。
社長令嬢だった萌香を欺いたあの日々。
そして、雪原で炎に包まれた、あの夜。
(……そうだ。俺は)
隣で眠る萌香の横顔を見る。
長い睫毛の先に、乾いた涙の跡が残っているのが見えて、胸が締めつけられた。
(この人の人生を、地獄に引きずり込んだのは……俺だ)
すべてを思い出した今、
「愛している」と口にする資格など、自分にはない。
真実を告げれば、彼女は再び過去に縛られ、傷つく。
――なら。
(知らないままでいい。
……俺が、全部を背負えばいい)
勇気は、静かに目を閉じた。
翌朝。
キッチンから、朝食の香りが漂ってくる。
萌香がフライパンに向かいながら、背後に気配を感じて振り返った。
「おはよう、勇気さん。
よく眠れた?」
勇気は、昨日までと変わらない――
少し影のある、けれど彼女だけを映す瞳で微笑んだ。
「ああ。……萌香が隣にいてくれたから」
それだけで、萌香の胸が少し温かくなる。
勇気は自然な仕草で近づき、そっと腕を回した。
離れないことを確かめるように。
「……勇気さん?」
戸惑いを含んだ声に、彼は少しだけ力を緩める。
「ごめん。
ただ……君がいなくなるのが、怖くて」
静かな告白。
「俺には、君と蓮のことしか……大切だと思えるものがないんだ」
――嘘。
すべてを思い出している。
それでも、この言葉だけは本心だった。
萌香は何も言わず、彼の手にそっと触れた。
「大丈夫よ。
私は、ここにいるわ」
その一言が、胸に深く刺さる。
朝食のテーブルに、蓮が駆け寄ってくる。
「パパ、おはよ!
今日も一緒に遊べる?」
「……ああ」
勇気は膝に乗せ、優しく頭を撫でた。
「たくさん遊ぼう」
小さな体温。
実の息子だと知った今、その重みが胸を潰す。
(許されなくていい。
……それでも、守り抜く)
夕暮れ。
窓辺に差すオレンジ色の光の中で、萌香は勇気を見つめていた。
彼が時折見せる、研ぎ澄まされた視線。
そして、寝言で零れた「……すまない、萌香」という言葉。
「ねえ、勇気さん」
静かに、問いかける。
「本当に……何も、思い出していないの?」
一瞬、空気が張りつめた。
勇気は視線を逸らし――
けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべ、萌香の指先に触れた。
「思い出す必要がないくらい……
今が、幸せなんだ」
低く、甘い声。
「それじゃ……ダメかな?」
萌香の胸に、小さな違和感が残る。
それでも、彼の温度は確かで、嘘だと断じることができなかった。
「……そうね」
萌香は小さく笑った。
「今が大事、よね」
二人の間に流れる、穏やかな沈黙。
それは、世界でいちばん優しくて、
同時に、いちばん残酷な嘘。
こうして二人は――
形を変えた「契約」を、静かに更新していく。
永遠に続くかもしれない、偽りの中で。