あやかし案内所みちしるべ
プロローグ
わたしの名前は渡辺直《わたなべなお》。もうすぐ中学生。
「直」って名前は真っ直ぐな人になるようにって願いをこめて大好きなおじいちゃんがつけてくれたんだ。
お父さんとお母さんはお仕事で毎日大忙し。だからわたしは学校が終わるといつもおじいちゃんの家に帰っていた。そのおじいちゃんの家はなんと、子供たちが大、大大好きなだがし屋さん。お店の名前は「みちしるべ」っていうの。
道しるべっていうのは、道路とかにたってる道をおしえてくれるカンバンのこと。
どうしてお店にそんな名前をつけたのかおじいちゃんに聞いたら――。
『もし困ったり、迷ったりすることがあったらこのお店にきてほしい』ってステキな思いがこめられてるって教えてくれたんだ。
みちしるべにはおかしを買いにくる子以外にも、迷子の子や、家のカギを忘れて帰れなくなった子がくることがあった。
「名は体を表す」っていうのがおじいちゃんの口グセだったんだけど、だがし屋「みちしるべ」は本当に皆の「道しるべ」になっているんだ。
わたしは「みちしるべ」が大好き。だって、おじいちゃんはお店にずっといるからお父さんやお母さんがいなくてもさびしくない。それに、お店には学校の友だちや、他の学校の子が遊びにくるから、友だちもたくさんできる。それにおかしもおいしいしね。
だからわたしの将来の夢は――。
「わたし、大きくなったらこのお店を継ぐの! わたしもお客さんの道しるべになりたい」
「それは頼もしいなあ。おじいちゃんがいなくなっても、直がいてくれたら安心だな」
おじいちゃんは嬉しそうに笑ってわたしの頭を撫でてくれた。しわしわの大きくてあたたかい手が大好きだ。
「もうすぐわたしも中学生だから、春休みになったらお店のお手伝いするよ」
「直が手伝ってくれたら百人力だ。じゃあ、春休みになったらお店のこと色々教えなきゃだな。直ももうお姉さんだから、そろそろ教えてもいいころだろう」
「一生懸命お手伝いするよ。おじいちゃん、約束だからね」
そう、約束したはずなのに。
春休みになる前に、おじいちゃんは死んじゃった。
おじいちゃんは心臓の病気があって、家でたおれてたところをお友だちのお兄さんが見つけてくれたんだって。そのまま病院に運ばれたけど、おじいちゃんは二度と目を覚ますことはなかった。
おじいちゃんのお葬式にはたくさんの人がきてくれた。
わたしも、お父さんも、お母さんも。お葬式にきてくれた人たちは皆泣いてた。おじいちゃんはたくさんの人に愛されていたんだ。
おじいちゃんがいなくなったから、だがし屋「みちしるべ」もなくなってしまう。
まだ小学生のわたしがお店を継ぐことはむずかしくて、お店はシャッターで閉ざされてしまった。
もうおじいちゃんの笑顔も見られない。皆で遊んだにぎやかな声も聞こえない。
わたしは帰る場所がなくなったみたいに悲しかった。むねがぎゅうっと苦しくなった。
道しるべがなくなって、わたしはどこにいったらいいかわからなくなっちゃったんだ。
*
1話「みちしるべにドロボーさん」
春休み。学校もお休みで、春休みだから宿題もない。
お父さんとお母さんはお仕事で、わたしは家で一人お留守番。ゲームもつまらなくて、本も読む気になれなくてソファごろごろしてる。
本当なら今ごろ、みちしるべでお手伝いしてたんだろうなあ。けど、おじいちゃんはもういない。そのことを考えると悲しくなってきて目に涙があふれてきちゃう。
だめだめ。いつまでも死んだ人のこと考えて泣いていたら、おじいちゃんがわたしのこと心配で天国にいけないってお母さんがいっていたから。
「泣いちゃダメ。泣いちゃダメ」
ぱちぱちとほっぺたを叩いて、洗面所の冷たい水で顔をあらう。
なんとか涙は止まったけど。それにしても……。
「ヒマだなあ……」
つい心の声が口からもれちゃった。
――ピロリン。
そのとき、わたしのスマホが鳴った。あわててスマホを見にいくと、友だちの葵《あおい》ちゃんからの電話だった。
「もしもし、葵ちゃん?」
『あ、もしもし。直ちゃん? こんにちは、葵だよ』
葵ちゃんとは1年生のころからずっと一緒のクラス。頭がよくて、とても優しい女の子。
「どうしたの?」
『あのね。今お母さんと買い物に行くとちゅう、車でみちしるべの前通りかかったんだけど……』
電話のむこうから聞こえる葵ちゃんの声はどことなく不安げだ。みちしるべになにかあったのかな。
『お店が開いてたんだけど……再開したのかな』
「――えっ!?」
わたしはおどろいて思わず大きな声を出してしまった。
「みちしるべが開いてるってどういうこと?」
『中に入ったわけじゃないからわからないけど、シャッターは開いてたよ。直ちゃんが知らないってことは、再開したわけじゃないんだね』
「う、うん」
だってみちしるべはおじいちゃんが一人でやっていた。おばあちゃんが生きていたころは二人だったみたいだけど。でも、お父さんもお母さんもお店は継がないっていってた。わたしが継ぎたかったけど、子どもには無理だってわかってた。
だから、おじいちゃんがいなくなったからみちしるべは閉店になったはず。シャッターが開いているなんてどう考えたっておかしい。
「わたし、今からみちしるべに行ってみる」
『直ちゃん一人で? ドロボーかもしれないよ。危ないからやめたほうがいいよ』
電話の向こうの葵ちゃんが心配そうにしている。
「でも、お店が開いてるなんて気になるよ。お父さんもお母さんもお仕事だから、わたしがみちしるべを守らなきゃ!」
『わたし、一緒に行けないけど……気をつけてね。なにかあったら大人に連絡してね』
「うん。大丈夫だよ。葵ちゃん教えてくれてありがとう!」
『どういたしまして。本当に気をつけてね』
葵ちゃんからの電話を切った。
わたしはすぐに着がえて出かける準備をする。
みちしるべはおじいちゃんがずっと守ってきた大切なお店。わたしはお店を継げなかったけど、守ることくらいならできるはず。おじいちゃんの代わりにわたしがお店を守らなくちゃ。
洗面所に立って、鏡を見ながら気合を入れて髪をむすぶ。一つむすびのポニーテールはわたしのトレードマークなんだ。
身じたくも整えて、家のカギを首からかけて、自転車のカギをもっていざ出動--。
「……っと、その前にお母さんに連絡しなきゃ」
留守番中にもしお友だちの家や公園に遊びに行くときは必ずお母さんにメッセージを送らなきゃいけない。メッセージを送って、お父さんかお母さんから返事が返ってきたら外出オッケーになる。
わたしは玄関でくつをはきながら、スマホでメッセージアプリをたちあげる。
【みちしるべが開いてるってアオイちゃんが教えてくれた。ドロボーだったらこまるから、今から様子見にいってくるね】
渡辺家のグループメッセ。
いつもならすぐ既読になるんだけど、二人ともお仕事が忙しいのか中々既読にならない。
一秒でも早く家を出たいのに、画面といくらにらめっこしても全然既読になってくれない。
「あー……もうっ、早く返事返してよっ!」
既読がつかないもどかしさに、わたしはその場で足踏みをする。
三分、五分と時間だけがすぎていく。わたしが今こうしている間に、悪いドロボーがみちしるべに悪さをしているのかもしれない。
「……もう、行っちゃえ! お父さん、お母さん、ごめんなさい!」
【ごめんなさい、外に出ます!】
もう一度メッセージを送って、わたしは家の外にとびだした。
お父さんとお母さんのいいつけをやぶったのはこれがはじめて。怒られるかもしれないけれど、みちしるべの緊急事態だからきっと許してくれるはず。
「戸じまりヨシ! じゃあ、行こう!」
家のカギをしめて、わたしは愛車の水色の自転車にまたがった。家からお店までは自転車で五分くらい。
「……っ、ドロボーめ。待ってなさい!」
わたしは必死にペダルを漕いで、全速力でみちしるべに向かうのだった。
*
「……っ、はあっ。はあっ」
それから五分。みちしるべの前でブレーキをかけて止まった。
「……シャッター、開いてる」
私の目の前には、古き良きといった感じの古い建物。レトロな看板には大きく「駄菓子屋みちしるべ」とお店の名前が書かれてる。
そして。お店の入り口を塞いでいたシャッターは、葵ちゃんが教えてくれたとおり開いていた。
(まさか、本当にドロボー?)
そっと入り口からお店の中をのぞいてみる。お店の中に人はいなかった。
だがし屋とおじいちゃんのお家はつながっていて、レジの奥にあるのれんをくぐるとおじいちゃんの家だ。誰もいないけど、かすかに誰かがいる気配は感じる。もしかしたらドロボウはおじいちゃんの家で悪さをしているのかもしれない。
「……わたしが、守らなきゃ」
気配をけして、ぬき足さし足でそーっとお店の中に入る。
お店の中はまだたくさんのお菓子が並んでいてかなりせまい。ぶつからないように、物音をたてないように気をつけながらわたしはおじいちゃんがいつも座っていたレジ台の方へ向かう。
「あった……!」
レジ台の裏にはおじいちゃんの竹刀があった。
わたしのご先祖様には悪い鬼を退治した人もいるっておじいちゃんから聞いたことがある。その証拠かどうかはわからないけど、おじいちゃんは剣道の達人でとってもとっても強かった。わたしもおじいちゃんに剣道を習っていて、これでも大会で何回も優勝したこともあるんだから。
おじいちゃんの孫だもん。もしドロボーがいても、わたしがこの竹刀で倒してみせる。
わたしは竹刀をかまえて、ドロボーを探すために店の中をぐるりと見回した。
「…………あ?」
背中から声が聞こえた。あわてて振り返ると、おじいちゃんの家に続くのれんをくぐって少し年上に見える男の子が現れた。
背が高い彼は竹刀を構えているわたしを不思議そうに見下ろしている。耳にはシルバーのピアス。目つきはとても悪い。人を見た目で判断しちゃいけません、っていわれているけど――どうみても怪しい人にしか見えない。
「………………ど」
「ど?」
わたしは竹刀をぎゅっとにぎり、そして思い切り振りかぶる。上段。頭を狙う、面の構え。
「ドロボー!!」
そう叫びながら、わたしは思い切りドロボーに向けて竹刀をふりおろした。
――バシッ!!
「いってええええええええええええ!」
わたしが放った面は、見事ドロボーの頭に直撃。お店の中に絶叫がひびきいた。
「痛いな! いきなりなにしがやる!」
ドロボーは目になみだをうかべて、痛そうに頭を押さえながらわたしをどなりつけた。
「ドロボー! ここはおじいちゃんの店だよ! 早くぬすんだものをおいて出ていきなさい!」
ばしっ。ばしっ。ばしっ――!
わたしはドロボーに向かって何度も竹刀を振り下ろす。
男の人に子供の力がかなうわけがない。はんげきされたらわたしに勝ち目はないから、必死にこうげきを続けた。
「待て、待て待て、落ち着けって! 俺はどろぼうなんかじゃないっつの!」
「おじいちゃんが死んじゃったからみちしるべは終わったの! だからお店が開くはずないの!」
「いてっ! おちついて話を聞いてくれ! たのむからその、竹刀で叩くのやめてくれないか。お前らのこうげきは俺には痛すぎるんだって!」
ドロボーは涙目になって本当に痛そうにしている。
「……………………」
なんだか弱いものいじめをしている気分になって、わたしはドロボーを叩くのをやめた。
「今すぐ警察に……」
わたしは持っているスマホで警察に連絡しようとした。
「だから俺は店に勝手に入ったわけでもないし、どろぼうでもないって」
「じゃあ、お兄さんはだれなの?」
「広にこの店をまかされたんだ。みちしるべの、新しい店主だよ」
広――おじいちゃんの名前。
お兄さんの言葉にわたしはぽかんと口を開ける。新しい店主? おじいちゃんにお店をまかされた?
「そんなのウソ! おじいちゃんが知らない人にお店まかせるはずないもん!」
「知らない人じゃないって。俺と広は昔からの友だちなんだ。お前は広の孫の直だろ?」
「……なんで、わたしの名前知ってるの? わたし、あなたのこと知らないよ」
わたしはお兄さんのことを知らない。でも、お兄さんは私のことを知っているみたいだ。
「お前のじいちゃんからよく話は聞いてたよ。それに……覚えてないかもしれないけど、小さいときに一度会ってる」
「……え」
全然覚えてない。彼の顔をよぉく見ても、会った記憶がない。
「まぁ、まだほんの小さなころだったから覚えてなくて当然だけどな。というか、俺がこの店をはじめるって親から聞いてないのか? 知ってると思うんだけど……」
わたしは大きく首を横に振った。お母さんからもお父さんからもそんな話一つも聞いてない。
そもそも小さな頃って、わたしたちの年齢はそんなに変わらないようにみえるけど。
そのとき持ってきたスマホの音が鳴った。もしかしたらお母さんからかもしれない。
【ごめんね。いい忘れてたけど、みちしるべはおじいちゃんのお友だちのイバラキさんって人が続けてくれることになったの。だからドロボーじゃないと思うよ】
メッセージはお母さんからだった。
「お母さん……」
わたしは思わずため息をついた。
お母さんはたまに大切なことをいい忘れることがある。こんな大切なこといい忘れるなんて、あり得ない。
「おじいちゃんのお友だちがお店を続けるって……お母さんが」
「な? だから、俺がそのおじいちゃんの友だちの茨木なの」
「そう……だったんだ」
ようやく分かってくれてよかったよ、とお兄さんはほっと胸をなでおろしている。
それじゃあわたしは、お店を続けてくれていたイバラキさんを勝手にドロボー扱いして、竹刀で何回も叩いちゃったんだ。
「ドロボーだってうたがって、何回も叩いちゃって……ごめんなさい!」
わたしはイバラキくんに謝った。
自分が悪いことをしたときはすぐに謝る。これはおじいちゃんやお母さんたちからの教え。
ドロボーあつかいして、何度も叩いちゃった。イバラキくんはきっと怒ってる。
「そんな気にするなって。直はこの店を守ろうとしたんだろう。ずっとおじいちゃんがいたのに、いきなり知らないヤツがいたら誰だってどろぼうだとおもって当然だ」
イバラキくんは笑って許してくれた。
怖い人だと思っていたけれど、笑うととても優しそうに見える。
「お兄さん……えっと、イバラキくんは本当にみちしるべを継いだの?」
「ああ」
「あの……よかったら、お店手伝わせてください」
「……手伝う?」
イバラキくんが首をかしげると、わたしはゆっくりとうなずいた。
わたしが思い出したのは、おじいちゃんが元気だったときにした約束のこと。
「春休みからお店のお手伝いするっておじいちゃんと約束してたの。わたしはもう中学生になるから、色々教えてくれる……って」
「あー……そういうことだったのか」
わたしの言葉に、茨木くんはなるほどとつぶやきながら頭をかいた。
「俺も春休みから表に出るようにいわれてたんだ。広は本当に直に色々教えるつもりだったんだな」
「じゃあ……」
「別に直が頭下げる必要はねえよ。お前は広の孫だから、実質この道しるべのオーナーだろ?」
「オーナー?」
「この店の持ち主ってこと。将来は、みちしるべを継ぐんだろ? 直が大人になるまで、この店を守ってくれってじいちゃんに頼まれてたんだからな」
「……本当に!?」
おじいちゃんはわたしの夢を覚えててくれたんだ。
じゃあ、大人になったらわたしはこのお店の店主になれるんだ。
「じゃあ、明日からびしばし働いてもらうぞ。よろしくな、オーナー」
「よろしくおねがいします!」
こうしてわたしのみちしるべでのお手伝いの日々がはじまろうとしていた。
だけど、みちしるべに大切な秘密があっただなんて、そのときの私は全然知らなかったんだ--。
わたしの名前は渡辺直《わたなべなお》。もうすぐ中学生。
「直」って名前は真っ直ぐな人になるようにって願いをこめて大好きなおじいちゃんがつけてくれたんだ。
お父さんとお母さんはお仕事で毎日大忙し。だからわたしは学校が終わるといつもおじいちゃんの家に帰っていた。そのおじいちゃんの家はなんと、子供たちが大、大大好きなだがし屋さん。お店の名前は「みちしるべ」っていうの。
道しるべっていうのは、道路とかにたってる道をおしえてくれるカンバンのこと。
どうしてお店にそんな名前をつけたのかおじいちゃんに聞いたら――。
『もし困ったり、迷ったりすることがあったらこのお店にきてほしい』ってステキな思いがこめられてるって教えてくれたんだ。
みちしるべにはおかしを買いにくる子以外にも、迷子の子や、家のカギを忘れて帰れなくなった子がくることがあった。
「名は体を表す」っていうのがおじいちゃんの口グセだったんだけど、だがし屋「みちしるべ」は本当に皆の「道しるべ」になっているんだ。
わたしは「みちしるべ」が大好き。だって、おじいちゃんはお店にずっといるからお父さんやお母さんがいなくてもさびしくない。それに、お店には学校の友だちや、他の学校の子が遊びにくるから、友だちもたくさんできる。それにおかしもおいしいしね。
だからわたしの将来の夢は――。
「わたし、大きくなったらこのお店を継ぐの! わたしもお客さんの道しるべになりたい」
「それは頼もしいなあ。おじいちゃんがいなくなっても、直がいてくれたら安心だな」
おじいちゃんは嬉しそうに笑ってわたしの頭を撫でてくれた。しわしわの大きくてあたたかい手が大好きだ。
「もうすぐわたしも中学生だから、春休みになったらお店のお手伝いするよ」
「直が手伝ってくれたら百人力だ。じゃあ、春休みになったらお店のこと色々教えなきゃだな。直ももうお姉さんだから、そろそろ教えてもいいころだろう」
「一生懸命お手伝いするよ。おじいちゃん、約束だからね」
そう、約束したはずなのに。
春休みになる前に、おじいちゃんは死んじゃった。
おじいちゃんは心臓の病気があって、家でたおれてたところをお友だちのお兄さんが見つけてくれたんだって。そのまま病院に運ばれたけど、おじいちゃんは二度と目を覚ますことはなかった。
おじいちゃんのお葬式にはたくさんの人がきてくれた。
わたしも、お父さんも、お母さんも。お葬式にきてくれた人たちは皆泣いてた。おじいちゃんはたくさんの人に愛されていたんだ。
おじいちゃんがいなくなったから、だがし屋「みちしるべ」もなくなってしまう。
まだ小学生のわたしがお店を継ぐことはむずかしくて、お店はシャッターで閉ざされてしまった。
もうおじいちゃんの笑顔も見られない。皆で遊んだにぎやかな声も聞こえない。
わたしは帰る場所がなくなったみたいに悲しかった。むねがぎゅうっと苦しくなった。
道しるべがなくなって、わたしはどこにいったらいいかわからなくなっちゃったんだ。
*
1話「みちしるべにドロボーさん」
春休み。学校もお休みで、春休みだから宿題もない。
お父さんとお母さんはお仕事で、わたしは家で一人お留守番。ゲームもつまらなくて、本も読む気になれなくてソファごろごろしてる。
本当なら今ごろ、みちしるべでお手伝いしてたんだろうなあ。けど、おじいちゃんはもういない。そのことを考えると悲しくなってきて目に涙があふれてきちゃう。
だめだめ。いつまでも死んだ人のこと考えて泣いていたら、おじいちゃんがわたしのこと心配で天国にいけないってお母さんがいっていたから。
「泣いちゃダメ。泣いちゃダメ」
ぱちぱちとほっぺたを叩いて、洗面所の冷たい水で顔をあらう。
なんとか涙は止まったけど。それにしても……。
「ヒマだなあ……」
つい心の声が口からもれちゃった。
――ピロリン。
そのとき、わたしのスマホが鳴った。あわててスマホを見にいくと、友だちの葵《あおい》ちゃんからの電話だった。
「もしもし、葵ちゃん?」
『あ、もしもし。直ちゃん? こんにちは、葵だよ』
葵ちゃんとは1年生のころからずっと一緒のクラス。頭がよくて、とても優しい女の子。
「どうしたの?」
『あのね。今お母さんと買い物に行くとちゅう、車でみちしるべの前通りかかったんだけど……』
電話のむこうから聞こえる葵ちゃんの声はどことなく不安げだ。みちしるべになにかあったのかな。
『お店が開いてたんだけど……再開したのかな』
「――えっ!?」
わたしはおどろいて思わず大きな声を出してしまった。
「みちしるべが開いてるってどういうこと?」
『中に入ったわけじゃないからわからないけど、シャッターは開いてたよ。直ちゃんが知らないってことは、再開したわけじゃないんだね』
「う、うん」
だってみちしるべはおじいちゃんが一人でやっていた。おばあちゃんが生きていたころは二人だったみたいだけど。でも、お父さんもお母さんもお店は継がないっていってた。わたしが継ぎたかったけど、子どもには無理だってわかってた。
だから、おじいちゃんがいなくなったからみちしるべは閉店になったはず。シャッターが開いているなんてどう考えたっておかしい。
「わたし、今からみちしるべに行ってみる」
『直ちゃん一人で? ドロボーかもしれないよ。危ないからやめたほうがいいよ』
電話の向こうの葵ちゃんが心配そうにしている。
「でも、お店が開いてるなんて気になるよ。お父さんもお母さんもお仕事だから、わたしがみちしるべを守らなきゃ!」
『わたし、一緒に行けないけど……気をつけてね。なにかあったら大人に連絡してね』
「うん。大丈夫だよ。葵ちゃん教えてくれてありがとう!」
『どういたしまして。本当に気をつけてね』
葵ちゃんからの電話を切った。
わたしはすぐに着がえて出かける準備をする。
みちしるべはおじいちゃんがずっと守ってきた大切なお店。わたしはお店を継げなかったけど、守ることくらいならできるはず。おじいちゃんの代わりにわたしがお店を守らなくちゃ。
洗面所に立って、鏡を見ながら気合を入れて髪をむすぶ。一つむすびのポニーテールはわたしのトレードマークなんだ。
身じたくも整えて、家のカギを首からかけて、自転車のカギをもっていざ出動--。
「……っと、その前にお母さんに連絡しなきゃ」
留守番中にもしお友だちの家や公園に遊びに行くときは必ずお母さんにメッセージを送らなきゃいけない。メッセージを送って、お父さんかお母さんから返事が返ってきたら外出オッケーになる。
わたしは玄関でくつをはきながら、スマホでメッセージアプリをたちあげる。
【みちしるべが開いてるってアオイちゃんが教えてくれた。ドロボーだったらこまるから、今から様子見にいってくるね】
渡辺家のグループメッセ。
いつもならすぐ既読になるんだけど、二人ともお仕事が忙しいのか中々既読にならない。
一秒でも早く家を出たいのに、画面といくらにらめっこしても全然既読になってくれない。
「あー……もうっ、早く返事返してよっ!」
既読がつかないもどかしさに、わたしはその場で足踏みをする。
三分、五分と時間だけがすぎていく。わたしが今こうしている間に、悪いドロボーがみちしるべに悪さをしているのかもしれない。
「……もう、行っちゃえ! お父さん、お母さん、ごめんなさい!」
【ごめんなさい、外に出ます!】
もう一度メッセージを送って、わたしは家の外にとびだした。
お父さんとお母さんのいいつけをやぶったのはこれがはじめて。怒られるかもしれないけれど、みちしるべの緊急事態だからきっと許してくれるはず。
「戸じまりヨシ! じゃあ、行こう!」
家のカギをしめて、わたしは愛車の水色の自転車にまたがった。家からお店までは自転車で五分くらい。
「……っ、ドロボーめ。待ってなさい!」
わたしは必死にペダルを漕いで、全速力でみちしるべに向かうのだった。
*
「……っ、はあっ。はあっ」
それから五分。みちしるべの前でブレーキをかけて止まった。
「……シャッター、開いてる」
私の目の前には、古き良きといった感じの古い建物。レトロな看板には大きく「駄菓子屋みちしるべ」とお店の名前が書かれてる。
そして。お店の入り口を塞いでいたシャッターは、葵ちゃんが教えてくれたとおり開いていた。
(まさか、本当にドロボー?)
そっと入り口からお店の中をのぞいてみる。お店の中に人はいなかった。
だがし屋とおじいちゃんのお家はつながっていて、レジの奥にあるのれんをくぐるとおじいちゃんの家だ。誰もいないけど、かすかに誰かがいる気配は感じる。もしかしたらドロボウはおじいちゃんの家で悪さをしているのかもしれない。
「……わたしが、守らなきゃ」
気配をけして、ぬき足さし足でそーっとお店の中に入る。
お店の中はまだたくさんのお菓子が並んでいてかなりせまい。ぶつからないように、物音をたてないように気をつけながらわたしはおじいちゃんがいつも座っていたレジ台の方へ向かう。
「あった……!」
レジ台の裏にはおじいちゃんの竹刀があった。
わたしのご先祖様には悪い鬼を退治した人もいるっておじいちゃんから聞いたことがある。その証拠かどうかはわからないけど、おじいちゃんは剣道の達人でとってもとっても強かった。わたしもおじいちゃんに剣道を習っていて、これでも大会で何回も優勝したこともあるんだから。
おじいちゃんの孫だもん。もしドロボーがいても、わたしがこの竹刀で倒してみせる。
わたしは竹刀をかまえて、ドロボーを探すために店の中をぐるりと見回した。
「…………あ?」
背中から声が聞こえた。あわてて振り返ると、おじいちゃんの家に続くのれんをくぐって少し年上に見える男の子が現れた。
背が高い彼は竹刀を構えているわたしを不思議そうに見下ろしている。耳にはシルバーのピアス。目つきはとても悪い。人を見た目で判断しちゃいけません、っていわれているけど――どうみても怪しい人にしか見えない。
「………………ど」
「ど?」
わたしは竹刀をぎゅっとにぎり、そして思い切り振りかぶる。上段。頭を狙う、面の構え。
「ドロボー!!」
そう叫びながら、わたしは思い切りドロボーに向けて竹刀をふりおろした。
――バシッ!!
「いってええええええええええええ!」
わたしが放った面は、見事ドロボーの頭に直撃。お店の中に絶叫がひびきいた。
「痛いな! いきなりなにしがやる!」
ドロボーは目になみだをうかべて、痛そうに頭を押さえながらわたしをどなりつけた。
「ドロボー! ここはおじいちゃんの店だよ! 早くぬすんだものをおいて出ていきなさい!」
ばしっ。ばしっ。ばしっ――!
わたしはドロボーに向かって何度も竹刀を振り下ろす。
男の人に子供の力がかなうわけがない。はんげきされたらわたしに勝ち目はないから、必死にこうげきを続けた。
「待て、待て待て、落ち着けって! 俺はどろぼうなんかじゃないっつの!」
「おじいちゃんが死んじゃったからみちしるべは終わったの! だからお店が開くはずないの!」
「いてっ! おちついて話を聞いてくれ! たのむからその、竹刀で叩くのやめてくれないか。お前らのこうげきは俺には痛すぎるんだって!」
ドロボーは涙目になって本当に痛そうにしている。
「……………………」
なんだか弱いものいじめをしている気分になって、わたしはドロボーを叩くのをやめた。
「今すぐ警察に……」
わたしは持っているスマホで警察に連絡しようとした。
「だから俺は店に勝手に入ったわけでもないし、どろぼうでもないって」
「じゃあ、お兄さんはだれなの?」
「広にこの店をまかされたんだ。みちしるべの、新しい店主だよ」
広――おじいちゃんの名前。
お兄さんの言葉にわたしはぽかんと口を開ける。新しい店主? おじいちゃんにお店をまかされた?
「そんなのウソ! おじいちゃんが知らない人にお店まかせるはずないもん!」
「知らない人じゃないって。俺と広は昔からの友だちなんだ。お前は広の孫の直だろ?」
「……なんで、わたしの名前知ってるの? わたし、あなたのこと知らないよ」
わたしはお兄さんのことを知らない。でも、お兄さんは私のことを知っているみたいだ。
「お前のじいちゃんからよく話は聞いてたよ。それに……覚えてないかもしれないけど、小さいときに一度会ってる」
「……え」
全然覚えてない。彼の顔をよぉく見ても、会った記憶がない。
「まぁ、まだほんの小さなころだったから覚えてなくて当然だけどな。というか、俺がこの店をはじめるって親から聞いてないのか? 知ってると思うんだけど……」
わたしは大きく首を横に振った。お母さんからもお父さんからもそんな話一つも聞いてない。
そもそも小さな頃って、わたしたちの年齢はそんなに変わらないようにみえるけど。
そのとき持ってきたスマホの音が鳴った。もしかしたらお母さんからかもしれない。
【ごめんね。いい忘れてたけど、みちしるべはおじいちゃんのお友だちのイバラキさんって人が続けてくれることになったの。だからドロボーじゃないと思うよ】
メッセージはお母さんからだった。
「お母さん……」
わたしは思わずため息をついた。
お母さんはたまに大切なことをいい忘れることがある。こんな大切なこといい忘れるなんて、あり得ない。
「おじいちゃんのお友だちがお店を続けるって……お母さんが」
「な? だから、俺がそのおじいちゃんの友だちの茨木なの」
「そう……だったんだ」
ようやく分かってくれてよかったよ、とお兄さんはほっと胸をなでおろしている。
それじゃあわたしは、お店を続けてくれていたイバラキさんを勝手にドロボー扱いして、竹刀で何回も叩いちゃったんだ。
「ドロボーだってうたがって、何回も叩いちゃって……ごめんなさい!」
わたしはイバラキくんに謝った。
自分が悪いことをしたときはすぐに謝る。これはおじいちゃんやお母さんたちからの教え。
ドロボーあつかいして、何度も叩いちゃった。イバラキくんはきっと怒ってる。
「そんな気にするなって。直はこの店を守ろうとしたんだろう。ずっとおじいちゃんがいたのに、いきなり知らないヤツがいたら誰だってどろぼうだとおもって当然だ」
イバラキくんは笑って許してくれた。
怖い人だと思っていたけれど、笑うととても優しそうに見える。
「お兄さん……えっと、イバラキくんは本当にみちしるべを継いだの?」
「ああ」
「あの……よかったら、お店手伝わせてください」
「……手伝う?」
イバラキくんが首をかしげると、わたしはゆっくりとうなずいた。
わたしが思い出したのは、おじいちゃんが元気だったときにした約束のこと。
「春休みからお店のお手伝いするっておじいちゃんと約束してたの。わたしはもう中学生になるから、色々教えてくれる……って」
「あー……そういうことだったのか」
わたしの言葉に、茨木くんはなるほどとつぶやきながら頭をかいた。
「俺も春休みから表に出るようにいわれてたんだ。広は本当に直に色々教えるつもりだったんだな」
「じゃあ……」
「別に直が頭下げる必要はねえよ。お前は広の孫だから、実質この道しるべのオーナーだろ?」
「オーナー?」
「この店の持ち主ってこと。将来は、みちしるべを継ぐんだろ? 直が大人になるまで、この店を守ってくれってじいちゃんに頼まれてたんだからな」
「……本当に!?」
おじいちゃんはわたしの夢を覚えててくれたんだ。
じゃあ、大人になったらわたしはこのお店の店主になれるんだ。
「じゃあ、明日からびしばし働いてもらうぞ。よろしくな、オーナー」
「よろしくおねがいします!」
こうしてわたしのみちしるべでのお手伝いの日々がはじまろうとしていた。
だけど、みちしるべに大切な秘密があっただなんて、そのときの私は全然知らなかったんだ--。