危険すぎる恋に、落ちてしまいました。3

1.高3の春

三度目の春が、やってきた。
駅へ続く道を覆うように、桜並木がやわらかなピンク色に染まっている。
風が吹くたび、花びらは空を泳ぐように舞い、朝の光を受けてきらきらと瞬いた。
「わぁ……」
思わず、美羽は足を止めた。
腰まで伸びた髪が、春の風に揺れて頬をくすぐる。
胸いっぱいに吸い込んだ空気は、少しだけ冷たくて、でもどこか甘い匂いがした。
「桜、綺麗……」
その言葉は、誰に向けるでもなく零れ落ちた。
髪をそっと耳にかけた瞬間、左手の薬指が朝日にきらりと光る。
——椿とお揃いの、指輪。
見るたびに、胸の奥がきゅっと温かくなる。
高校三年生。
一緒に迎える、三度目の春。
「……って、やば!」
時計を見て、美羽ははっとする。
「遅れちゃう!」
制服のスカートを軽く押さえ、桜の下を駆け出した。
花びらがぱらぱらと足元に落ちて、まるで見送ってくれているみたいだった。

駅に着くと、いつもの場所に、いつもの人がいた。
壁にもたれて立つ椿は、去年より少し背が伸びて、どこか大人びて見える。
さらさらの髪が風に揺れて、無意識に目を奪われる。
(……椿くん、今日もかっこいい)
美羽の胸が、自然と高鳴った。
「はよ。美羽、遅ぇぞ」
椿はそう言って、少しだけ口角を上げる。
その笑顔が、朝の光よりもまぶしくて。
「おはよ、椿くん!」
美羽は思わず、にこにこと笑った。
「どーせ、また寝癖直してたんだろ?」
「うーん、正解! でもね、今日は可愛くできたの!」
胸を張る美羽に、椿は呆れたように、でも優しい目を向ける。
「……ばーか」
そう言って、ぽん、と美羽の頭に手を置いた。
「俺の前だけにしろよ」
その一言で、美羽の頬が一気に熱くなる。
「ふ、ふふ……はーい」
照れ笑いしながら、自然に手を伸ばす。
椿も当たり前のように、その手を取った。
指が絡み合う感触が、心までつないでくれるみたいで。
ふたりは並んで、ゆっくりと学校への道を歩き出した。
桜並木が続く道。
花びらがひらひらと舞い落ちて、春の時間が流れていく。
「ね、椿くん。ほんとに綺麗だね」
「……ああ」
椿は短く答えながら、美羽を横目で見つめる。
その頭に、ひらりと一枚の花びらが落ちたことに、美羽は気づいていなかった。
「美羽」
呼び止められて、美羽はきょとんと首をかしげる。
「どうしたの?」
椿は何も言わず、そっと手を伸ばした。
美羽の髪に触れる気配に、条件反射のように目を閉じる。
(……き、キス!?)
どきどきしていると、
「花びら、ついてた」
指先に乗せられた桜を見せられて、美羽は目を開いた。
「……なーんだ」
少し不服そうにする美羽に、椿はふっと笑う。
「なんだ? キスしてほしかったのか?」
「っ!! ち、ちがうし!!」
ぷいっと背を向けた瞬間、腕を掴まれた。
「美羽」
振り向いた、その一瞬。
ちゅっ、と軽い感触が頬に落ちる。
「……っ!?」
「こっちは、また後で。な?」
唇に人差し指を当てて、椿は悪戯っぽく笑った。
「もう……椿くんの、意地悪……」
真っ赤な顔で歩き出す美羽の後ろで、椿は楽しそうにクスクス笑っていた。

その光景を、少し離れた場所から見つめる影がひとつ。
「へぇ……」
青年は、口元に意味深な笑みを浮かべる。
「椿、見せつけてくれるねぇ……」
その呟きは、風に溶けるように消え——
しかし、なぜか椿の耳に、微かに届いた。
「……?」
椿は足を止め、振り返る。
そこには、春の光と桜並木だけ。
「椿くん? 早くいくよー?」
前から聞こえる声に、椿は小さく首を振った。
「……ああ」
再び歩き出すふたりの背中に、桜の花びらが舞い落ちる。
こうして——
ドタバタで、甘くて、ほんの少しだけ…何かが動き出す気配を孕んだ
高校三年生の春が、静かに幕を開けたのだった。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop