恋するニッターくんと、あべこべマフラーの交換っこ

完璧な彼が選んだのは、いびつな「好き」でした。

「あのー新田くん、もしお願いできればなんだけど……」

私が恐るおそる尋ねると、彼は一旦手を止めて振り向いた。
部室では、彼の他に女子が五名、作業に精を出している。

「え、君もマフラーかな? クリスマス用?」
「あ、やっぱ予約でいっぱいかな?」
「そうだな……ケーブル編みとかでよければ、イブまでなら何とかなると思う」
「え! 今からケーブル編みで! アタシなんかリブ編みでもムリなのに……助かる」

私は自分の顔の前でバチッと手を合わせて新田くんを拝んだ。

「ちょっとケイ、情けないわね。あんた同じ手芸部員なんだから、自分の力で何とかしなさいよ。プライドとかないの?」

そこに部員でクラスメイトのミチが割って入ってきた。

「いやー、自分で何とかしようと思ってたんだけど、全然進まなくって……」
「まったく計画性がないわね、だいたいケイあんたさ、渡す人いるの?」
「そ、そんなんじゃないよ」

ミチが疑い深そうな目でジロリを私を睨む。

「彼氏?」
「だから違うって!」

「たぶんあれね。第一候補は、『あわよくば渡すチャンスがあれば』って感じで、クラスのタカ君、渡すのに失敗したら自分使いか家族にプレゼントってとこね」
「ち、ちがうわよ。もともと『自分へのご褒美』のつもりよ」
「そんなこと言ってー! ……さては、もし渡せなかった時の予防線張ってるな、おヌシ?」
「だから、タカ君のこと、何とも思ってないってば!」

「じゃあ、クリスマスにこだわることないじゃん。これ以上新田くんを忙しくさせないでくれる? アタシがお願いしているの、遅れるじゃないの」
「ええ! ミチ、あなた偉そうなこと言って、自分でもお願いしてるんじゃない!」
「ハハハ、バレたか」

「ああ、僕ならなんとか大丈夫だよ。あと、これだけやれば、だいたい目途が立つし」

当のご本人がこともなげに答える。
彼の座っているテーブルには、ユザワヤなどの手芸店のロゴが入って紙袋が四つ置かれていた。

ミチが部室内を見回す。
「……ひょっとして、これ全部、ここにいる手芸部員からの頼まれたもの?」
部屋で編み物をしていた女子達が一瞬手を止め、首をすくめた。
「ああ、一つは君のも入っているけどね」
「ぐう……」

そうなのだ。
彼、新田くんに頼むと、仕上がりも期日も間違いない。
彼は、いわゆる『手芸男子』で、特に手編みが得意なので、『ニッター(新田)くん』とも呼ばれ、校内じゃちょっと有名だ。

何でも、彼には二人のお姉さんがいて、家にいるときは手編みを手伝わされ、そのうち見よう見まねで覚えたらしい。
お姉さんたちは途中で飽きてしまったが、編み物にハマった彼は今でも続けている。

わが手芸部の誰も、彼にはかなわない。
噂を聞きつつけた多くの女子達が冬になると毛糸を持ち込んで彼に製作を依頼する。

彼は三年生になっても部活を続けていたが(私とミチもだけど)、さすがに受験が始まる三学期からは勉強に専念するとのことなので、バレンタイン需要には応えられない。
惜しい人材を失くしたものだ。まあ、本当はクリスマス用に編み始めていたのをめいめい頑張って間に合わせるしかない。

『ニッターくん』は、部員の女子が編み方をいろいろ質問してくるのに丁寧に答えながらも、手際よく自分の作業を進めていく。

手編みを男子がするのは変じゃない? とか今どき手編みのマフラーをプレゼントする重くない? とか世間では言われているが、彼の取り組む姿と仕上がった編み物をみると、そんな偏見なんか吹き飛んでしまう。

実は……私がマフラーを頼んだのは、『ニッターくんから私』へのプレゼントが欲しかったからだ。
他に頼んでいる子も、きっと本心ではそうに違いない。

彼は誰とでも同じように親切に接してくれるので、好きな子がいるのかいないのか誰にもわからないし、聞けない。
それこそ、クリスマスなんかに手編みのマフラーやら手袋やらセーターやらを彼にプレゼントしたいところだが、どう考えても太刀打ちできない。



下校アナウンスとBGMが流れ、部員はめいめいキリのいい所で作業を終えて教室を出て行く。
私はミチの片づけを手伝わされ、部室を出るのが遅くなってしまった。

「ああ、ニッターくんの卒業までに編み物うまくなって、何とか彼のハートを……」
「……もう十分手遅れなんですけど」
ミチの妄想をパシャリとシャットアウトする。

生徒玄関まで来た時、ミチが無理やり私の手を引っ張って、下駄箱の影に身を潜めさせられた。

「なにごとよ!?」
「シッ、あれ見てみ」

三年生の下駄箱のブロックの前で佇み、向き合う二人。
噂のニッターくんと、もう一人は……トモちゃん。手芸部員の一年生だ。

物陰から聞き耳をたて、覗う私たち。

「あの……新田先輩。前から不思議に思ってたんですけど……あんなに編み物が得意なのに何でマフラーをしてないんですか?」
「ああ? アハハハ、それはね、僕がマフラーをしていると、『それいいね、よかったら売ってくれる?』ってみんなからせがまれるので、マフラーするの、やめちゃったんだ」
「……そういうことだったんですか……よし、それなら大丈夫……」
「大丈夫って?」

ニッターくんが首を傾げていると、トモちゃんは手提げ袋をごそごそと探って何やら取り出した。

「……これ、先輩に差し上げます。受験勉強、頑張ってください」
そう言って差し出したのは、カラシ色のマフラーだ。初心者向けのガーター編みでシンプル。遠目に見ても、ちょっと形がイビツだ。

「ちょっ、ちょっと、 あの子正気なの!? あんなの受け取ってくれるわけないじゃん!」
ミチが、大音量のヒソヒソ声でうめいた。
固唾を飲んで、成り行きを見守る。

「こんなマフラーなら、誰も欲しいって言わないと思います……あ、こんなヘタッピなの巻くのやだったら、無理に貰わなくていいです」

ニッターくんはマフラーを手にとり、しげしげと見て、顔を上げた。

「トモちゃん、これ部室で一生懸命編んでたマフラーじゃないか……僕なんかが貰っていいの?」
「……はい。先輩のこと思いながら一生懸命編みました、嫌じゃなかったら差し上げます」

それを聞いて、ニッター君はマフラーを自分の首に巻いた。それから自分のカバンをごそごそと漁りだした。

「カバンに押し込んでたんで、ちょっと縮こまっちゃったけど、お返しにこれをあげるよ。みんなにとられないように隠し持ってたんだ」

それは、白と上品な紫、ピンク色が配色された、ガーター編みのマフラーだ。この編み方はハイレベルだ。

彼は、それを広げ、トモちゃんのハーフコートの上からぐるりと巻いた。
一年生の手芸部員の女の子は、その感触を両手で確かめる。

それ以上は見ていられなかった。
私とミチは下駄箱に背を持たせかけ、その場にへたりこんだ。

「何と言うか……わらしべ長者って、こういうことか」

「ケイ、それちがーう! 今この状況を表現する言葉として全然間違っている!」

「……わかってるわよ。やっぱ、気持ちって大事よね」
「あんな風に、思っている男子の首元を温められるなら、下手っぴも愛嬌かもね……自信を持て! 私」

「……教訓だね」
「うん……教訓だ」


おしまい。
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