【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
「はぁーーやっと終わったぁぁあーーー」

 やり切った感いっぱいのステイシーは馬車の中でうーんと大きく伸びをする。
 動きやすいドレスに着替えたステイシーは、

「それにしてもいいなぁ、このウィッグ。学生の時に欲しかったです」

 サンプルとして持ち帰り中のウィッグを愛でる。
 非常にご満悦なステイシーを見て、

「そんなにか?」

 クラヴィルは不思議そうに問いかける。

「髪色髪型一つで随分印象が変わるのは、旦那さまも先程ご覧になったでしょう? 女の子にはこっそり活動したい時もあるのです。例えば、壁になりたいときとか」

 ふふふふっと楽しげに笑うステイシー。
 壁になりたいってどんな時だよ、と内心で突っ込んだクラヴィルは、

「……俺は、本当にステイシーのことを何も知らないな」

 ぽつり、と静かにそう漏らす。

「え?」

 驚いたように大きく丸くなった栗色の瞳に苦笑して、

「結婚を命じられた時、俺は絵姿すら見なかった」

 そう言ったクラヴィルはステイシーを濃紺の瞳に映す。

「誰であっても変わらない、と興味もなかったし。縛り付けられるのはごめんだ、とただただ憂鬱で。金で全てを解決しようと思っていた」

 それは、明確な拒絶で。そうすることに、何の疑問も抱かなかったけれど。

「ステイシーは目の前にいる俺のことをきちんと見ていなかったと、謝ってくれたのに。俺は勝手に決めつけて何も見ようとしなかった」

 ステイシーは今でも悪夢にみるような、自分を傷つけてきた相手ではないというのに。
 我ながら酷い態度を取ったものだと本当に呆れてしまう。

「心を揺さぶられる相手に出会ったら手放してはダメだとステイシーは言うが、そんな相手に出会ったとしても俺には手放さずに済む方法が分からない」

 このままならステイシーはいつか彼女が宣言する通り、自分の目の前からいなくなってしまうのだろう。
 ステイシーがいなくなることを現実の出来事として自覚した途端、彼女がいる毎日を失いたくないと思った。
 だけど。

「君がうちに来てもう数ヶ月経つのに、ステイシーが何を考えているのかも、今まで君がどんな風に生きてきたのかも、俺は何も知らない」

 どうして振動暗号が使えるのか?
 何故魔術式を組み立てられるのか?
 カードゲームのイカサマなんてどこで覚えて来たのか?
 どうしてそんなに"恋物語"とやらが好きなのか?
 沢山、知りたい事はあるけれど。

『愛する事はない』とそう告げた自分が、今更気になるのだと。

 そう伝えて良いのかすら分からないクラヴィルには、ステイシーを引き留める言葉を見つけることはできなくて。
 後悔だけが募って、身動きがとれなくて……。

「情けない、な」

 そう言って、クラヴィルは窓の外に視線を逸らした。

「旦那さまって」

 クラヴィルからぽつりぽつりと落ちて来た言葉を静かに聞いていたステイシーは、

「面倒くさいですね。ものすごく」

 ふむ、とひとつ頷いて、クラヴィルの苦悩をざっくり一言でまとめた。

「はっ?」

 思いがけず、間の抜けた返事をしてしまったクラヴィルに、

「いや、だってそうでしょ」

 ステイシーは、はぁーとこれみよがしにため息をついて、大袈裟に肩をすくめる。
 ティアリスも言っていたが確かにこれは面倒くさい。

「あなたのソレは単に経験不足です」

 クラヴィルに人差し指を突きつけたステイシーは、

「みんな人との関わりの中で悩みながら相手との距離感を学ぶものなんですよ。今まで逃げて来たツケですね」

 固まるクラヴィルにズバッと容赦なく指摘する。
 とはいえ、クラヴィルの今までを思えば無理もないけれど。

「私だって、旦那さまの事を知りません。何を考えているのかも、好きなものも、嫌いなものも、どういう風に生きてきたのかも」

 小説の中で描かれていたクラヴィル・ヘイリスのことは知っている。
 だが、それらは彼を構成するほんの一部で。原作では軽くしか触れられていなかったけれど、きっとクラヴィルは自分の想像を遥かに超えた傷を抱えている。
 心の傷は外からは見えず、ついた傷は治らない。
 クラヴィルはこれから先もソレを抱えて生きていくしかない。

「あなたは私を愛さない、と言いましたけど。愛って一つの形じゃないんですよ」

 愛、という目に見えないそれらの感情は、対象によって名前を変える。

「私達は所謂"普通の夫婦"とやらにはなれないでしょうけど。でも、"友人"くらいにならなれるんじゃないでしょうか?」

 しがない読者で、当て馬妻である自分では、クラヴィルの心を救ってあげることはできないが。

「……友人?」

「はい! 例えば、腹の探り合いなしで会話を楽しみながらお茶をして、愚痴をこぼしたり、相談できるような」

 同じ世界にいるのなら、ファンレターを綴るように言葉を届けることはできるから。

「私は旦那さまの"これから"を応援しています! マイナススタートなんて伸び代しかないんですから、むしろ"推す"一択でしょ?」

 そう言ってステイシーは応援コメントを送る。

「言ったでしょ。旦那さまの"恋物語"は長期戦だ、って。付き合いますよ、最後まで」

 私完読派なので、とドヤ顔で言ったステイシーに、

「初めて言われたな、そんなこと」

 クラヴィルは濃紺の瞳をゆっくり瞬かせる。

「ふふ、旦那さま友達少なそうですものね」

 ステイシーの物言いは相変わらず失礼だけど。ステイシーとのやり取りは嫌ではないから。

「旦那さまはどうされたいのですか?」

「俺は、ステイシーを信じたい」

 最悪から始まったこの関係がどう変わっていくのか、クラヴィル自身が物語の先を見てみたくなった。

「まぁ、光栄ですね。では、まずは"良き隣人"からはじめてみませんか?」

「ああ、そうだな」

 ステイシーから差し出された手と彼女の優しい栗色の瞳を見比べて、クラヴィルはその手を取る。
 握り返されたクラヴィルの手は震えていなかった。

「ふふっ、不束者ではありますが、改めてよろしくお願いしますね。旦那さま」

 差し出されたクラヴィルの信頼を裏切らず、読者として推しの物語を堪能しようと満足気に微笑んだステイシーは、

「というわけで、これからは旦那さまを使い倒す所存なので覚悟してください。とりあえず寝ます。無事家まで連れて帰ってください」

 限界です、と言い残し馬車の壁に持たれかかる。

「……本当に寝た」

 相変わらずのマイペース。
 きっとこれが彼女なりの信頼の返し方なのだろうと解釈したクラヴィルは静かに微笑む。

「こちらこそ、末長くよろしく頼む」

 スヤスヤと寝息を立てるステイシーにつぶやいたクラヴィルの本音は、ガラガラという馬車の音と共に消えていった。
< 21 / 73 >

この作品をシェア

pagetop