【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
 本日分の刺繍を終え、針をしまう。
 我ながらいい出来だ、と自己満足に浸った後。

「……何をやってるのかしらね、私は」

 急に我に返ったステイシーは自分自身にツッコミを入れる。

「線引きを誤って、推しを不快にさせるだなんて。読者あるまじき失態だわ」

 ステイシーは何度目になるか分からない猛省をつぶやきため息を落とす。
 騎士団の合同遠征前のセレモニー。今までは見る機会も興味もなかったのだけれど、ほんの数ヶ月前にここが前世で読んだ小説の世界だと気づいてしまったから。
 文面でしか知らないイベントの生鑑賞なんて、原作ファンとしては浮かれずにはいられなかった。
 それはもうガチめに楽しみで、足元が疎かになるレベルだったのだが、その結果クラヴィルを怒らせてしまった。
 当然だろう。女難で苦しめられて来たクラヴィルは、自身の見目を餌に使われるのが大嫌いなのだから。
 地雷踏みまくり、やらかした感半端ない。が、気づいたところであとの祭り。
 ピリピリしていたクラヴィルにかける言葉は見つけられず、いっそ自分なんて居ない方がクラヴィルも清々するだろうと思って家を出たけれど。

「私って、本当に要らない存在なんだな」

 ステイシーは紫色に輝く水晶をコツンと指先で弾く。
 公爵邸を出て2週間。伝言石は一度も鳴らない。

「当然よね。だって私は愛されない"当て馬妻"なんだもの」

 この時期クラヴィルが夜会に出ることはなく、パートナーを必要としていない。
 もしも、当て馬妻ではなくヒロインだったなら、クラヴィルは探してくれただろうか? なんてありもしない空想に自嘲する。

「これまでがおかしかったのよ」

 一緒に食事をしたり、仕事をしたり。
 ましてや、デートをするなんて。

「デート……か」

 あの時も失敗したな、とステイシーはくすりと笑みをこぼす。
 我ながらないなと思う店の選択だったのに、

『星屑ビターラッシュ追加で』

 可愛らしい商品名を自ら口にして、

『どう考えても、ステイシーだけで消費できないだろ』

 苦手な甘いお菓子に最後まで付き合ってくれた。
 そうかと思えば、

『少しだけ我慢して欲しい』

 展望台の最上階から一切躊躇うことなく飛び降りるなんて、非常識なことをさも当然のようにしでかす人で。
 涙目になりながらガチギレしてしまったことはまだ記憶に新しい。
 主導権を取った事に上機嫌だったのが妙に腹立たしかったので、口を利かずにそっぽを向いていたら、焦ったように何度も謝って来たその姿がまるで叱られた大型犬みたいで。
 毎度律儀に花を持ってくるのも、なんだか可愛くみえて。

『本当、素直なところは旦那さまの美点ですね』

 結局根負けして許してしまった。
 それらも全部、本来ならあり得ない話だったのだ。

「だから、ほんの少し勘違いしちゃったのよ」

 思いの外、クラヴィルと過ごした時間が楽しかったから。
 何をしても許される気がして。
 クラヴィルに怒られて、ようやく自分の立場を思い出した。
 お金と引き換えに妻役を演じているだけの、本来この場所に相応しいヒロインが現れるまでの繋ぎでしかないのだ、と。

「せめて顔を合わせない事で旦那さまが心穏やかに過ごせていればいいけれど」

 冷却期間が必要だと思って一度家を出てみれば、今度は帰るタイミングを見失った。
 それどころかこのまま別居婚もありかもしれないとすら思い始めている。
 必要なら呼び出されるだろうし、いずれは離婚するのだし。
 特に不便も感じていない。
 ただ、ほんの少しぽっかりと何かが欠けたような気がするだけで。

「正しい距離に戻っただけよ」

 自分の心を覆い隠すように、ステイシーは伝言石にパサリと布を被せた。
 小さな魔石を放り込み、切れそうだったランプに灯りを点す。
 寝る前のルーティンとして小説を手に取り、パラパラとページを捲る。
 恋物語はいい。誰も不幸にならないし、頑張るヒロインはつい応援したくなる。
 だというのに、大好きなその物語は頭にほとんど入ってこない。
 パタンと本を閉じるとステイシーはぼんやりと暗がりに視線を流す。窓には、つまらなそうな取り澄ました顔の女が映っていた。
 ステイシーは硬い表情でカーテンを引く。

『ああ、なんて醜いの。まるで枯葉じゃない』

 一度開いた心の蓋は否応なく嫌な事を思い出させる。

『ああ、可哀想に。こんな目立たない色なんて』

 髪と目の色は実母に似なかった。
 パートナーの色の宝石を贈り合う習慣のあるこの世界では、確かに好まれない色だろう。

『きっと誰にも愛されない』

 そのせいで、実母は絶えず泣いていた。

「そんなこと、ない。少なくとも、今の(・・)私の家族はこの髪と目でも愛してくれたもの」

 一歩外に出れば、アレはごく限られた人間の価値観でしかなかったのだと、今のステイシーは知っている。
 それでもエルネア伯爵家に引き取られる前の、なんの取り柄もない自分につけられた傷は、今も心の奥に残っていて。
 時折こうして暴れ出す。
 そのままの自分で受け入れられたいなんて厚かましい。お前なんて、沢山の手札を用意して役立つ事を証明し続けなければ価値がない、と。

「はぁ、今夜は眠れないかも……ね」

 こんな夜は幾度とあった。
 そんな日でも時間を潰せば朝は来る。
 簡単に身支度を整えたステイシーは、上着を羽織ると夜に消えた。

**

「……ここも違ったか」

 クラヴィルはため息をつき手帳に線を引く。
 ティアリスから手に入れたカードの店に行って分かったのは、それはステイシーが学園時代に作ったものだという事。
 疲労回復効果のあるお茶は彼女のお気に入りで、カードの制作と引き換えに手に入れていたようだった。

『見ようとしなければ何も視えない』

 ティアリスにそう言われた通りだった。
 レモングラスのオリジナルブレンドティー。
 アレを扱っているのは、王都内でかつてステイシーがアルバイトをしていたあの店だけ。
 そして、クラヴィルは過去それを飲んだことがあった。
 従兄弟にあたる王太子殿下、つまりティアリスの兄であるカルディスに呼び出され、

『女神に感謝しながら飲め』

 と有無を言わさず飲まされた。その時は気にも留めていなかったし、カルディスの指す女神はティアリスの事だろう。
 では、ティアリスにあのお茶を渡したのは?
 きっと、ステイシーとはずっと昔から繋がっていたのだ。
 知りたい、と思ってステイシーのことを見てみれば、色んなことが見えてきた。
 料理や掃除が当たり前にできるのは、ステイシーが今までソレを当たり前にやってきたから。やらざるを得なかったのだ。エルネア伯爵家の財政状況が破綻したのが最近というだけで、それまでも決して裕福な暮らしではなかったのだから。
 剣術が一朝一夕で身につかないように、魔法を使いこなすのに膨大な専門知識が必要となるように、きっとステイシーは今までそうなるための努力をしてきたに違いない。
 なら、必ずどこかにその努力の痕跡があるはずだ。特に裁縫の技術は金になる。寮生活においても持ち帰りができる仕事は重宝しただろうし、魔術師を目指していたなら手先を鍛える訓練にもなったはず。
 そうあたりをつけたクラヴィルはお針子仕事のありそうな店を片っ端から当たっていた。

「本当に、何処にいるのか」

 この考えが合っている確証はない。でも、細い細い糸を手繰ったその先に彼女がいるのなら、話したいと思った。
 過去の事も。これから先の事も。色々。

「もう、こんな時間か」

 空いている店ももうないだろう。
 今夜はここまでか、と思ったが地図に落とした店がすぐ近くだったので、場所だけでもと確認していく事にした。
 その先で、クラヴィルは足を止める。

「……っ!!」

 電灯の光りを受けていつもより明るみが増している、結い上げられたミルクティー色の髪。
 ガラス越しでも真剣な表情をしているのが分かる、一点を見つめる栗色の瞳。
 黙々と規則正しく動き続ける、様々なものを生み出せる器用な指先。
 纏う衣装はドレスでもメイド服でもないが目的の人物を見間違えるはずはなく。

「ステイシー!」

 クラヴィルはようやく見つけた彼女の名を呼ぶ。
 ガラスがあることも忘れてそのまま手を伸ばし、バンッと盛大な音を出してしまったクラヴィルに気付き、

「はっ? え、ええーー? だ、旦那さま?」

 何故、と心底驚いた顔をするステイシー。
 だが、次の瞬間には、

「はぁ、ちょっ、何やってるんですか!? ガラス高いんですよ!!」

 割れたらどうするんですか!! と即座にウィンドウガラスのひび割れ確認をするあたり非常に彼女らしいとクラヴィルは笑う。

「俺の心配じゃないんだ」

「当たり前でしょう。旦那さまはこれくらいじゃ怪我しませんし」

 よし、無傷とガラスの無事を確かめたステイシーは、

「えーっと、とりあえず中入ります?」

 作業中ですけど、とクラヴィルを招いた。
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