【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。

「はっ?」

 なんで建築? とステイシーの唐突な発言に素で返すクラヴィル。
 不可解、とばかりに眉間に皺が寄ってそうだとクスクス笑ったステイシーは、

「だって、旦那さまは先程から見事に死亡フラグばかり立てられるので」

 てっきり建築の心得があるのかと、とステイシーはニヤニヤと口角をあげる。

「なんだ、その死亡フラグって」

「いやだって。いきなり柄にもなく電話してきて、声が聞きたいだの、激重い過去語りだの、日常に戻りたいだの、と。フラグ乱立しまくりじゃないですか」

 どうせ立てるなら恋愛フラグ立ててくれます? と揶揄って、

「あと、私は私の推しを貶めるような発言は許しません、とお伝えしましたよ?」

 ダメ押しのようにため息をつくステイシー。
 雰囲気ぶち壊しの発言の連続に、しんみりした空気が一掃されたところで。

「今更、ですよ。あなたが守ってるのは、私だけじゃないですし」

 と、さも当然のようにステイシーは言い切る。

「デートした日に見た王都の夜景を覚えていますか?」

「ああ」

 学院の裏手の高台にあるあの場所はステイシーのとっておき。

「沢山の人がいて。沢山の生活がある。あの中で当たり前に使われている魔道具はヒトの願いが形になったものなんです」

 生活を豊かにする魔道具に込められた願い。その術式は沢山の試行錯誤の末に編まれたものだ。

「でも、安心して生活できるヒトの暮らしが成立しなければ、そこには文化もゆとりも生まれません。だからあの景色があるのは、旦那さま達騎士様が御身を賭して平和を維持しているからですよ」

 それがあるのは、魔物や他国の脅威から守ってくれるクラヴィル達のおかげなのだとステイシーはクラヴィルが守ってきたものを告げる。

「あと、実家から便りが来たのですけれど、今年は順調に葡萄が成長しているようです」

 約束通りクラヴィルが支援をしてくれていなければ、きっとエルネア領は未だ立ち行かない状態だったことだろう。

「弟が留学できるよう口利きをしてくださったそうですね。エルネア領に必要な人材も派遣してくださったとか」

 ステイシーは机に広げていた実家からの手紙を大事に撫で、

「エルネア家のために旦那さまがこれほどご助力くださっていたなんて、私全然知りませんでしたわ」

 と把握していなかったエルネア領の近況をクラヴィルに告げる。

「大したことはしてない。それにステイシーから自由と夢を奪った代償には安すぎるくらいだ」

「だから、勝手にヒトのこと被害者にするのやめてくださいって言ってるじゃないですか」

 本当にヒトの話聞きませんね? と舌打ちするステイシー。

「うちの領地にご助力頂き、本当にありがとうございます」

 クラヴィルに感謝を伝えるステイシーだが、セリフが棒読み。

「なぁ、怒ってないか?」

 感謝されてる感ゼロなんだが、と苦笑するクラヴィルに、

「怒ってなどおりません。やる前にきちんと報連相くらいしろや、とは思っておりますが」

 キパッと言い切るステイシー。

「……やっぱり怒ってるじゃないか」

「怒ってません。ただ私が一方的に借りがある状態が好きじゃないだけで」

 ギブアンドテイクの関係の方が好きなんです、と言ったステイシーは、

「そんなわけで、ちゃんとお顔を拝見して文句もお礼を言いたいですし、受けた恩はお返ししたい。なので、旦那さまが帰ってきてくださらないと私非常に困ります」

 死亡フラグ立ててる場合じゃないですよ、と諌め、

「帰って来なかったら、草の根掻き分けて探し出してでも借りの精算いたしますから」

 利子付きで♡と楽しげに笑う。

「タチの悪い借金取りみたいだぞ」

 なんで返される側が追われるんだよ、とツッコむクラヴィルに、

「あらまぁ、大変。貸し借りは計画的に♡」

 私は執念深いですよ? とステイシーが応戦したところで、噴き出すように二人同時に笑い出した。

「感謝はしてますよ?」

「分かってる。それに俺が罪悪感を消したくて勝手にしたことだ。だが、次からはステイシーの意向を聞いてからにする」

「……次、ありますか?」

「ある。すでに帰ったらステイシーに相談しなくてはならない事案があるし」

 場合によっては負担をかけるかもしれない、と事案の詳細は語らず、言葉を濁したクラヴィルは、

「だから、予定通りにうちに帰らないとな」

 強く帰還を心に誓う。

「ほら、またそうやって安易に死亡フラグ立てる」

 クスクス、と揶揄いを含んだステイシーの声が部屋に響く。

「…‥じゃあ、どうしろと」

 不満気な声をあげたクラヴィルに、

「せっかくなので、生存フラグも立てておきましょうか」

 とステイシーは提案する。

「生存フラグって」

「例えばそうですねぇ。旦那さまにあげた刺繍。あれ実は古くからある簡易防御魔法の術式なんですよ」

 魔力が入ってないだけで、とステイシーはクラヴィルに渡したお守りの正体を明かす。

「アイビーの花言葉は"不滅"。剣に絡め、地に留めることで"絶対帰って来い"という願いが込められています」

 他にもアイビーに込められた意味は色々あるけれど、と口の中で転がして。

「魔道具はヒトの願いが形になったものだと言ったでしょう? それを動かす"魔術式"もまたヒトの思いからできているんです」

 長い歴史の中で、多くのヒトが願い、抗い、託し、そして試行錯誤の末に生まれた"叡智"。
 それらは今もこの国の生活に根付いている。

「願いが積み重なって、今がある。こうなりたいと努力できる人間が、私は一番強いと思っています。旦那さまみたいに」

 自分に嘘はつけないのでしょう? とステイシーはいつかの夜に準えてクラヴィルに思いを伝える。

「違いない」

『やった事しか、身にならない。それだけは、間違いない』

 そう言ったのはクラヴィル自身。

「必要なら魔力を込めてもらってくださいませ。エルネア産のワインに釣られる方もいるでしょうし」

「なるほど、そのためのワインか」

 すでに一瓶ないけどと苦笑したクラヴィルは、ステイシーが込めてくれた刺繍をそっと指先で撫でる。

「そうか、俺はもう」

 孤りではないのだ、とクラヴィルは急に実感する。
 多くの仲間と、託された思い。そして自分で積み重ねて得た"力"が確かにこの手にあるのだから。

「負ける気がしないな」

 好戦的にそう言ったクラヴィルに、

「当然ですわ。だって、あなたは私の」

 自慢の旦那さまだから、と言いかけた言葉を慌てて飲み込んだステイシーは、

「"推し"ですから。微力ながら応援しておりますわ」

 大丈夫、と続ける。

「今夜、君の声が聞けて良かった」

 伝言石でかけてきた時よりも、明らかに明るくなったクラヴィルの声を聞き、

「ふふっ、それは光栄ですわ」

 と応えたステイシーは、

「名残惜しいですが、そろそろ寝ましょうか」

 明日が来る前にと時計を見て終わりを告げる。

「ああ。そうだな」

 おやすみ、を言い残し伝言石から光が消える。
 静寂を取り戻した部屋で、伝言石を握りしめぽすっとベッドに横たわったステイシーは、

「推しがカッコ可愛くてしんどい」

 とつぶやく。
 アイリーとの接触後、あれほどささくれ立っていた気持ちがクラヴィルの声を聞いただけで驚くほど落ち着いている。
 否、今は別の意味で落ち着かない。

「始まる前から詰んでるのは、私も一緒か」

 早くなった心音を自覚しながらステイシーはぽつりとつぶやく。
 この気持ちに名前をつけたりしないから、と。

「仕方ない。慰謝料の増額は諦めますか」

 私は読者、と改めて心に誓ったステイシーは、

「旦那さまがお戻りになったらもう一度セリフアンコール(ファンサのおねだり)しようかな」

 初めてこの屋敷に来た時に対峙したクラヴィルのことを思い出す。
 "愛することはない"と。
 クラヴィルの口から告げられるその言葉なら、彼に悟られる事なく自分の気持ちに区切りをつけられそうな気がした。

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