八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



大学に進学したら、一人暮らしを始めると決めていた。
瞳子さんは、李人くんを育てるために家事全般を完璧にこなしているはずだ。
そんな彼女を幸せにするなら、僕も同じくらい家事ができることが大前提だと思った。


僕に無関心だった母が、僕の独立には強く反対した。
いつも通り濃い化粧を施し、ブランドの服を身につけた母が、僕の部屋へやってくる。

「祐二、勝手に家を出ることは許さないわ」

「母上になんと言われようと、僕は家を出ます」

「祐二は、この家を継ぐ人間だと教えたわよね?」

その言葉に、僕の手がビクッと止まった。
だけど、すぐに緊張は解ける。

「母上がかけた呪いは、とっくの昔に解けています。僕はもう、自分を取り戻しました」

「あら、大口を叩けるまで成長したのね。なら、しばらく自由にしてあげる」

母がコツコツとヒールを鳴らし、僕の正面へ回り込む。

「世間の現実を味わってきなさい。でも、あなたは朝倉家のしがらみからは逃れられない。きっといつか、ここに舞い戻ってくるわ」

母の言葉は、いつも心に痛みを伴って突き刺さる。
故意なのか、不器用なだけなのか。
僕には最後までわからなかった。

僕は久しぶりに、母の顔を正面から見据えた。

(母は、僕を愛してくれていたのだろうか)

でも、すぐに首を振った。
もう、そんなことはどうでもよかった。

「残念ですが、母上の思い通りにはなりません。僕は希望を見つけてしまったので、二度とここには戻りません」

「そんな自由、私は与えない」

母が一歩、また一歩と僕に近づいてくる。
僕は荷物を詰めながら、その距離を見ていた。

もう、母に抱きしめてもらいたいとは思わなかった。

僕の人生を縛りつけようとする母は、やっぱり魔人だったから。

「僕はあなたから自立したんです。もう、邪魔をしないでください」

最後の荷物を抱え、僕は部屋を出た。

横を通り過ぎる瞬間に見た母の表情は、無表情だった。

この人には、本当に親としての感情があるのだろうか。

僕は、ひどく虚しかった。


※

お坊ちゃまの一人暮らしは、皆に心配されたけど、意外にも楽しかった。
瞳子さんは、何が好きかな。

「女の子は、素材にこだわったドレッシングが好きなんだ。じゃあ、今日はニンジンドレッシングに挑戦!」

僕はタブレットで料理指南を受けながら、ニンジンをすりおろしていく。

「よし……できた」

完成したドレッシングを味見して、僕は思わず笑った。

「祐二、これ、美味しい!」

瞳子さんが頬に手を当て、目を輝かせている。
そして、僕にニコリと笑ってくれる。

そんな彼女を妄想しながら料理をする時間が、楽しすぎた。

この頃から、僕は瞳子さんとの結婚生活まで夢見るようになった。
それが、僕にとって何より幸福な時間だった。

だから、ほかの女性は目に入らなかった。
進学した大学は共学で、女性から声をかけられる機会も増えた。

けれど、瞳子さんを越える人なんて、一人もいなかった。
下心が見えたり、中身のない会話をする女性には、むしろ嫌悪感すら覚えた。

僕の心は、もう瞳子さんに決まっていた。



そして、資金が貯まった僕は、さらに見聞を広げるため、いよいよ海外留学をすることにした。
家を出る前、黒川と兄に留学の相談をした。


「坊ちゃま! お一人での海外生活は危険でございます」

家を出てからも、黒川にとって僕は、まだ幼いお坊ちゃまだった。
大切に思ってくれているのはありがたい。
でも僕には、一人の女性を守るために、どうしても挑戦したいことがあった。
そんな僕の背中を押してくれたのは、兄だった。

「自分から世界に飛び込む気概があるのは素晴らしいことだよ。祐二、たくさん学んでおいで」

兄は、ある留学団体を教えてくれた。

それが『青年ドリームメイク財団』だった。

「この団体の設立には、父上が関わっていたそうだ」

「父上が……」

「才能と将来性のある青年をバックアップするための財団だ。これに申請してみなさい。祐二に価値があれば、認められるはずだよ」

姿も声も知らない、自分の父。
そんな父との繋がりを感じて、胸の奥が妙に熱くなった。

僕は迷わず申請した。
そして審査を通り、自分の力で留学への切符を手に入れた。




海外では、人見知りなんてしていたら相手にされない。
僕は積極的に人と交流し、自分から人との繋がりを築いていった。

「富士山を見たことがあるかい? 僕は登ったことがあるんだ」

そんな話をきっかけに、知らない国の人とも会話を交わした。
古い歴史から現代の新しい文化まで幅広く学び、世界が何によって動いているのかを必死に考えた。

金融は、世界経済や政治と切り離せない。
だからこそ、広い視野を持つことが必要だった。


すべては、瞳子さんに会うため。
彼女に相応しい男になるため。

僕は着々と、瞳子さんに会うための準備を進めていった。

そして、自信をつけた僕には、もう一つ、具体的な目標があった。

それは──

二十歳になったら、瞳子さんに会いに行くことだった。






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