あなたの声は推しの声〜アイドルの彼が私を呼ぶ理由
「握手会に並ばれる方は、こちらへどうぞ。」
ライブ終えたSEVALIVEは、お客さんと握手を交わしている。マネージャーの私は、列の最後尾に立ってお客さんを案内していた。
ここは、都会から離れた郊外のショッピングモールの一角。この前のライブよりも、確実にお客さんの数が増えている。
まだ大きな会場でのライブはできないけれど、いつかは彼らもドームライブをする日が来るはずだ。
「ありがとうございます。また来てくださいね。」
爽やかで明るい声が聞こえてきて、ステージに顔を向けると、赤い衣装を纏った晃樹くんが笑顔を振りまいていた。
彼は私にとって特別な存在。なぜなら、彼の声はSORAくんにそっくりだから──
♢♢♢
SORAくんは、私が熱心なリスナーだったVtuber。水色の髪に愛嬌のあるくりっとした瞳でいつも笑顔。苦しい時も楽しい時もそばにいて、私の心を癒し、支えてくれた。
だけど、SORAくんは突然消えた。
最後に見た配信では、いつものように「次の配信をお楽しみに」と言っていた。それなのに、待てど暮らせど新しい動画は出てこない。SNSも毎日何度もチェックしたけれど、同じように更新は無かった。
活動休止の報告も引退の報告もない。SORAくんがいなくなり、私は何をしてもやる気が出ず、ため息ばかりついていた。仕事中も上の空で、鬱屈とした日々を過ごしていたある日、私はSORAくんの声を聞いた。
それが晃樹くんの声だった。
♢♢♢
「あずまりちゃん。これ、みんなの部屋に届けてくれる?」
思い出に浸っていると、衣装も作れる万能美女・牧田さんに声をかけられた。
「わかりました。行ってきます!」
私はダンボールを抱えて事務所の脇にある階段を上がった。
事務所の上は、SEVALIVEのメンバーが住む居住フロア。インターホンを押すと扉が開いて、ちょっとだけ髪の乱れた晃樹くんが顔を出した。
「あずまり?あ、次の衣装?」
「はい。保管をお願いします!」
うちの事務所はとても狭いので、衣装の一部を個人で管理してもらっている。
「全員に配るの?手伝うよ。」
「大丈夫です。これくらいできますから。」
「その代わり、あとで部屋に来てくれない?」
そう言って、晃樹くんは微笑んだ。晃樹くんが私を部屋に呼ぶのはいつものこと。でも、なんだか毎回心臓がむずむずする。
「わかりました。牧田さんの手伝いが終わったら来ますね。」
「ありがとう!」
これは、マネージャーの仕事の一環。私は自分に言い聞かせた。ちゃんと自分を律していないと飲み込まれてしまうかもしれない。晃樹くんの声はSORAくんの声なのだから。
「牧田さん、他に何かありますか?」
一通り仕事を終えて声をかけると、牧田さんはガサゴソと袋を漁って赤色のリボンを取り出した。
「ごめん。これ、つけ忘れちゃったから晃樹に渡しておいて。それが終わったら今日はおしまい。」
「わかりました。お疲れ様でした。」
私は牧田さんから受け取った赤いリボンをカバンにしまい、晃樹くんの部屋へ向かった。
♢♢♢
インターホンを押すと、満面の笑みの晃樹くんが出迎えてくれた。今回はちゃんと髪が整っている。
「入って。」
「お邪魔します。」
私は晃樹くんの部屋に入り、いつものようにベッドの前にある小さな丸いテーブルについた。晃樹くんは正座をして目を伏せている。
「この前のライブのことですか?」
「うん……お願いします。」
晃樹くんは視線を一瞬だけこちらへ向けて、再び下へ戻した。
「わかりました。」
私はコホンと咳払いをして息を大きく吸い込んだ。そして──
「晃樹くん……この前のライブ、すっごくカッコよかったです!歌は前よりずっと良くなってました!ボイトレ増やして、低音のレッスンしてもらった成果が出てたと思います!ダンスの見せ場はアドリブがいい感じで、メンバーの驚いた顔がすっごく面白かったです!常連さんも満足していましたし、新規のファンも増えたと思います。この調子で頑張ってください!応援しています、晃樹くん!」
言い終えると、一息置いてから晃樹くんは両手で顔を覆った。隠しきれていない両耳が、ほんのり赤く染まっている。
晃樹くんが私を部屋に呼ぶ理由はこれ。ライブが終わった後、私は必ず晃樹くんを褒めている。
「ありがとう……!やっぱり、あずまりの言葉が一番効く。」
こうして私が晃樹くんを励ますようになったのは、SEVALIVEが結成されて、初めてのライブを終えた後のこと──
「気にするな、晃樹!」
「そうだよ。これも経験のうちだ。」
肩を落として項垂れる晃樹くんの周りで、メンバーが代わる代わる慰めの声をかけている。初めてのライブで、晃樹くんはとんでもなく緊張したらしい。歌詞を飛ばし、何度も振り付けを間違えた。
見ているお客さんなんてほとんどいなかったから、気にする必要はないのだけれど、晃樹くんはこれでもかというほど落ち込んで、喋らなくなってしまった。
アイドルをやる以上、ライブの緊張感には慣れてもらうしかない。放っておいても良かったのだけれど、私にとって、晃樹くんが喋らないというのは一大事だった。
(SORAくんの声が聞けなくなってしまう!)
晃樹くんの声はSORAくんの声。せっかく見つけたSORAくんをまた失うなんてことは、あってはならない。
「晃樹くん。今回のこと、すごく良い経験になったと思いませんか?初めてのライブなんですから、失敗するのは仕方がありません。SEVALIVEはこれがスタートです。今回よりも次、次よりもその先に進んでいくんです。」
無言を貫く地蔵のような晃樹くんに声をかけると、晃樹くんは表情を変えずに、私の方を向いた。
「それに、晃樹くんが間違ったところをみんなでカバーして、すごく良いグループになったなって思いました。晃樹くんも失敗した後、ちゃんと挽回していましたよね!あんなファンサができるなんて知りませんでした。あれはすごくよかったです!あの目線の使い方は秀逸でしたね。あんなこと自然にできるなんて、晃樹くんは根っからのアイドルなんですから。元気を出してください!」
また以前のように声を聞かせて欲しい。そう思って励まし始めたら、言葉が止まらなくなってしまった。
「ちょっと暑苦しかったですかね……はは。」
急に恥ずかしくなってはぐらかそうとすると、晃樹くんは勢いよく私の手を握りしめた。
「!?」
驚いて手を引こうとするも、晃樹くんは両手でしっかり握りしめて、離さない。
「あずまり、これからもお願いできない?」
「な、何をでしょうか……?」
晃樹くんは私の顔をじっと見つめている。
「俺のこと、褒めて欲しいんだ。あずまりの言葉を聞いたら、すごく元気になったから。」
『コメントありがとう!すごく元気になったよ!』
いつかの配信で、私のコメントを読んでくれたSORAくんの声が聞こえた。晃樹くんの顔にSORAくんの笑顔が重なる。
「わかりました、任せてください!晃樹くんのために頑張ります!」
私は反射的にそう答えていた。それ以来、晃樹くんはライブが終わると、褒めて欲しいと頼んでくるようになった。
だけど、最近は少し思うところがある。
今の晃樹くんは、失敗して落ち込むことはない。たとえ歌詞を忘れたり、振りを忘れたりしても、うまくカバーして余裕すら感じさせる。私が褒める必要は、もうないと思う。
マネージャーとして、メンバーを励ましたり褒めたりすることが必要な時もあると思う。だけど、わざわざ部屋に行ってまでやることなのだろうか……
私はしみじみと褒め言葉を噛み締めている晃樹くんを見据えた。
「晃樹くん、もう終わりにしませんか?」
「えっ……なにを?」
「晃樹くんの部屋に来て、こうして褒めることです。もう落ち込むことはないですよね?」
「そんなことない。失敗したら自信が無くなるし凹む。あずまりが褒めてくれないと無理だよ。」
SORAくんに引き留められているみたいで、決意が揺らぎそうになる。私はテーブルの下で手を握りしめた。
「もっとたくさんの声を聞いてみたらどうでしょうか。ライブに来てくださるお客さんが増えていますから、SNSを見れば感想が聞けると思います。試しに他のメンバーのSNSを……」
「俺はあずまりに褒められたい。俺にはあずまりが必要なんだ。」
晃樹くんの声が私の言葉を遮った。高くもなく、低くもない、ちょうど良い音域の声が、私を包み込んでいく。
晃樹くんの声は、心の支えにしていたSORAくんの声。SORAくんが私を求めてくれている──そんな感覚になってホワホワと体が浮かんでいく。あぁ、なんて幸せなんだろう。
「私は晃樹くんの声が好きです。だから……」
いつまでも聴いていたい。晃樹くんの声を守ることが、SORAくんを守ること。私は──
「ふふふ。まだ褒めてくれるんだ。ありがと。」
はっとして顔を上げると、晃樹くんは嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。目の前にいるのは晃樹くんであって、SORAくんではない。途端に恥ずかしくなって、顔が熱くなっていく。
「あ、えっと……すごくいい声だな〜っていつも思ってるんです。晃樹くんだったら、Vtuberとかやっても人気が出たんじゃないかな〜なんて考えちゃうことがあったりして……あは、あはは。」
(何言ってんの私……!)
言うつもりのなかった言葉が口をついて出てきて、余計に慌ててしまう。ワタワタする私を見て晃樹くんはいつもみたいに笑い飛ばしてくれるだろうと思った。だけど、その場の空気はどんどん冷たくなっていく。
「嫌いなんだよね、Vtuberって。」
聞いたことのない硬い声が重く響き、大きな音を立ててガラスが砕け散った。割れたガラスの破片は、グサグサと私の心に突き刺さっていく。
「そ、そうなんですね……すみません、変なこと言っちゃって……失礼します……」
晃樹くんの顔を見ることができず、逃げるように部屋を出て、階段を駆け降りた。けれど、途中で足が動かなくなった。
「嫌いなんだよね、Vtuberって。」
耳の奥で反響している。晃樹くんはSORAくんではない。晃樹くんとSORAくんは関係ない。私が勝手に晃樹くんの中にSORAくんを見ているだけだ。
「わかってるよ、そんなこと……」
晃樹くんがVtuberを嫌いだなんて知らなかった。不必要なことを言ったのは私。じわじわと視界が歪んでいく。私はその場にしゃがみ込んで、涙が落ちる前に顔を伏せた。
♢♢♢
「Vtuber、か……」
マネージャーのあずまり、こと東莉乃が部屋を出て行った後、ベッドの上に無造作に置かれていたスマホを手に取った。
あずまりに励まされると不思議と回復できる。メンバーや他の人に褒められるのと少し違う。嬉しくて楽しくて、何より心が満たされる。だからいつも頼んでしまう。
「晃樹、少しずつでいいから自分でやってみない?ずっとあずまりちゃんに頼り続けることはできないのよ?」
あずまりを呼び出していることを知られ、牧田さんに釘を刺された。
だが牧田さんの言う通りだ。このままではいけない。あずまりもこの関係を良いとは思っていないのだろう。だからもう終わりにしないかと言ってきた。
手の中にあるスマホをじっと見つめる。しかし、アプリを開こうとすると手が震え始めた。
(自分でなんとかしないと。)
まだ無理かもしれない──その思いに気づかないふりをして、アプリをタップした。
すると、文字の列が一気に脳内を埋め尽くした。その文字は読んでもいないのに強い言葉に変化して、全身を支配していく。
──ガタンッ
床にスマホが転がり、呼吸ができなくなった。まだ早かった。まだ見てはいけなかった。
そして視界は真っ黒に染まっていった。
♢♢♢
「あ、リボン渡すの忘れちゃった。」
床に置かれたカバンから、赤いリボンがのぞいている。リボンを届けに行ったのに、目的を忘れてしまっていた。私はふーっと強く息を吐き出して立ち上がった。
Vtuberが嫌いなのは仕方がないこと。晃樹くんにはSEVALIVEの赤担当として、これからも元気に活動して欲しい。
「そのために、私はできることをやるっ。」
晃樹くんが必要だと言うのなら、これからも褒め続ければいい。それがマネージャーの仕事であり、SEVALIVEに必要なことだ。私は涙を拭って再び晃樹くんの部屋へ向かった。
しかし、インターホンを鳴らしても晃樹くんは出てこない。
「あれ?」
もう寝てしまったのだろうか。いや、そんな雰囲気ではなかった。だったらお風呂だろうか。いや、晃樹くんはお風呂に入っていても、インターホンが鳴れば平気で出てくる。過去に酷い目にあったからわかる。
(部屋にいるはずだよね……?)
胸騒ぎがして私は扉のノブに手をかけた。鍵はかかっていない。ゆっくり扉を開くと、うつ伏せに倒れている晃樹くんの姿が目に飛び込んできた。
「晃樹くん────!!」
ライブ終えたSEVALIVEは、お客さんと握手を交わしている。マネージャーの私は、列の最後尾に立ってお客さんを案内していた。
ここは、都会から離れた郊外のショッピングモールの一角。この前のライブよりも、確実にお客さんの数が増えている。
まだ大きな会場でのライブはできないけれど、いつかは彼らもドームライブをする日が来るはずだ。
「ありがとうございます。また来てくださいね。」
爽やかで明るい声が聞こえてきて、ステージに顔を向けると、赤い衣装を纏った晃樹くんが笑顔を振りまいていた。
彼は私にとって特別な存在。なぜなら、彼の声はSORAくんにそっくりだから──
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SORAくんは、私が熱心なリスナーだったVtuber。水色の髪に愛嬌のあるくりっとした瞳でいつも笑顔。苦しい時も楽しい時もそばにいて、私の心を癒し、支えてくれた。
だけど、SORAくんは突然消えた。
最後に見た配信では、いつものように「次の配信をお楽しみに」と言っていた。それなのに、待てど暮らせど新しい動画は出てこない。SNSも毎日何度もチェックしたけれど、同じように更新は無かった。
活動休止の報告も引退の報告もない。SORAくんがいなくなり、私は何をしてもやる気が出ず、ため息ばかりついていた。仕事中も上の空で、鬱屈とした日々を過ごしていたある日、私はSORAくんの声を聞いた。
それが晃樹くんの声だった。
♢♢♢
「あずまりちゃん。これ、みんなの部屋に届けてくれる?」
思い出に浸っていると、衣装も作れる万能美女・牧田さんに声をかけられた。
「わかりました。行ってきます!」
私はダンボールを抱えて事務所の脇にある階段を上がった。
事務所の上は、SEVALIVEのメンバーが住む居住フロア。インターホンを押すと扉が開いて、ちょっとだけ髪の乱れた晃樹くんが顔を出した。
「あずまり?あ、次の衣装?」
「はい。保管をお願いします!」
うちの事務所はとても狭いので、衣装の一部を個人で管理してもらっている。
「全員に配るの?手伝うよ。」
「大丈夫です。これくらいできますから。」
「その代わり、あとで部屋に来てくれない?」
そう言って、晃樹くんは微笑んだ。晃樹くんが私を部屋に呼ぶのはいつものこと。でも、なんだか毎回心臓がむずむずする。
「わかりました。牧田さんの手伝いが終わったら来ますね。」
「ありがとう!」
これは、マネージャーの仕事の一環。私は自分に言い聞かせた。ちゃんと自分を律していないと飲み込まれてしまうかもしれない。晃樹くんの声はSORAくんの声なのだから。
「牧田さん、他に何かありますか?」
一通り仕事を終えて声をかけると、牧田さんはガサゴソと袋を漁って赤色のリボンを取り出した。
「ごめん。これ、つけ忘れちゃったから晃樹に渡しておいて。それが終わったら今日はおしまい。」
「わかりました。お疲れ様でした。」
私は牧田さんから受け取った赤いリボンをカバンにしまい、晃樹くんの部屋へ向かった。
♢♢♢
インターホンを押すと、満面の笑みの晃樹くんが出迎えてくれた。今回はちゃんと髪が整っている。
「入って。」
「お邪魔します。」
私は晃樹くんの部屋に入り、いつものようにベッドの前にある小さな丸いテーブルについた。晃樹くんは正座をして目を伏せている。
「この前のライブのことですか?」
「うん……お願いします。」
晃樹くんは視線を一瞬だけこちらへ向けて、再び下へ戻した。
「わかりました。」
私はコホンと咳払いをして息を大きく吸い込んだ。そして──
「晃樹くん……この前のライブ、すっごくカッコよかったです!歌は前よりずっと良くなってました!ボイトレ増やして、低音のレッスンしてもらった成果が出てたと思います!ダンスの見せ場はアドリブがいい感じで、メンバーの驚いた顔がすっごく面白かったです!常連さんも満足していましたし、新規のファンも増えたと思います。この調子で頑張ってください!応援しています、晃樹くん!」
言い終えると、一息置いてから晃樹くんは両手で顔を覆った。隠しきれていない両耳が、ほんのり赤く染まっている。
晃樹くんが私を部屋に呼ぶ理由はこれ。ライブが終わった後、私は必ず晃樹くんを褒めている。
「ありがとう……!やっぱり、あずまりの言葉が一番効く。」
こうして私が晃樹くんを励ますようになったのは、SEVALIVEが結成されて、初めてのライブを終えた後のこと──
「気にするな、晃樹!」
「そうだよ。これも経験のうちだ。」
肩を落として項垂れる晃樹くんの周りで、メンバーが代わる代わる慰めの声をかけている。初めてのライブで、晃樹くんはとんでもなく緊張したらしい。歌詞を飛ばし、何度も振り付けを間違えた。
見ているお客さんなんてほとんどいなかったから、気にする必要はないのだけれど、晃樹くんはこれでもかというほど落ち込んで、喋らなくなってしまった。
アイドルをやる以上、ライブの緊張感には慣れてもらうしかない。放っておいても良かったのだけれど、私にとって、晃樹くんが喋らないというのは一大事だった。
(SORAくんの声が聞けなくなってしまう!)
晃樹くんの声はSORAくんの声。せっかく見つけたSORAくんをまた失うなんてことは、あってはならない。
「晃樹くん。今回のこと、すごく良い経験になったと思いませんか?初めてのライブなんですから、失敗するのは仕方がありません。SEVALIVEはこれがスタートです。今回よりも次、次よりもその先に進んでいくんです。」
無言を貫く地蔵のような晃樹くんに声をかけると、晃樹くんは表情を変えずに、私の方を向いた。
「それに、晃樹くんが間違ったところをみんなでカバーして、すごく良いグループになったなって思いました。晃樹くんも失敗した後、ちゃんと挽回していましたよね!あんなファンサができるなんて知りませんでした。あれはすごくよかったです!あの目線の使い方は秀逸でしたね。あんなこと自然にできるなんて、晃樹くんは根っからのアイドルなんですから。元気を出してください!」
また以前のように声を聞かせて欲しい。そう思って励まし始めたら、言葉が止まらなくなってしまった。
「ちょっと暑苦しかったですかね……はは。」
急に恥ずかしくなってはぐらかそうとすると、晃樹くんは勢いよく私の手を握りしめた。
「!?」
驚いて手を引こうとするも、晃樹くんは両手でしっかり握りしめて、離さない。
「あずまり、これからもお願いできない?」
「な、何をでしょうか……?」
晃樹くんは私の顔をじっと見つめている。
「俺のこと、褒めて欲しいんだ。あずまりの言葉を聞いたら、すごく元気になったから。」
『コメントありがとう!すごく元気になったよ!』
いつかの配信で、私のコメントを読んでくれたSORAくんの声が聞こえた。晃樹くんの顔にSORAくんの笑顔が重なる。
「わかりました、任せてください!晃樹くんのために頑張ります!」
私は反射的にそう答えていた。それ以来、晃樹くんはライブが終わると、褒めて欲しいと頼んでくるようになった。
だけど、最近は少し思うところがある。
今の晃樹くんは、失敗して落ち込むことはない。たとえ歌詞を忘れたり、振りを忘れたりしても、うまくカバーして余裕すら感じさせる。私が褒める必要は、もうないと思う。
マネージャーとして、メンバーを励ましたり褒めたりすることが必要な時もあると思う。だけど、わざわざ部屋に行ってまでやることなのだろうか……
私はしみじみと褒め言葉を噛み締めている晃樹くんを見据えた。
「晃樹くん、もう終わりにしませんか?」
「えっ……なにを?」
「晃樹くんの部屋に来て、こうして褒めることです。もう落ち込むことはないですよね?」
「そんなことない。失敗したら自信が無くなるし凹む。あずまりが褒めてくれないと無理だよ。」
SORAくんに引き留められているみたいで、決意が揺らぎそうになる。私はテーブルの下で手を握りしめた。
「もっとたくさんの声を聞いてみたらどうでしょうか。ライブに来てくださるお客さんが増えていますから、SNSを見れば感想が聞けると思います。試しに他のメンバーのSNSを……」
「俺はあずまりに褒められたい。俺にはあずまりが必要なんだ。」
晃樹くんの声が私の言葉を遮った。高くもなく、低くもない、ちょうど良い音域の声が、私を包み込んでいく。
晃樹くんの声は、心の支えにしていたSORAくんの声。SORAくんが私を求めてくれている──そんな感覚になってホワホワと体が浮かんでいく。あぁ、なんて幸せなんだろう。
「私は晃樹くんの声が好きです。だから……」
いつまでも聴いていたい。晃樹くんの声を守ることが、SORAくんを守ること。私は──
「ふふふ。まだ褒めてくれるんだ。ありがと。」
はっとして顔を上げると、晃樹くんは嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。目の前にいるのは晃樹くんであって、SORAくんではない。途端に恥ずかしくなって、顔が熱くなっていく。
「あ、えっと……すごくいい声だな〜っていつも思ってるんです。晃樹くんだったら、Vtuberとかやっても人気が出たんじゃないかな〜なんて考えちゃうことがあったりして……あは、あはは。」
(何言ってんの私……!)
言うつもりのなかった言葉が口をついて出てきて、余計に慌ててしまう。ワタワタする私を見て晃樹くんはいつもみたいに笑い飛ばしてくれるだろうと思った。だけど、その場の空気はどんどん冷たくなっていく。
「嫌いなんだよね、Vtuberって。」
聞いたことのない硬い声が重く響き、大きな音を立ててガラスが砕け散った。割れたガラスの破片は、グサグサと私の心に突き刺さっていく。
「そ、そうなんですね……すみません、変なこと言っちゃって……失礼します……」
晃樹くんの顔を見ることができず、逃げるように部屋を出て、階段を駆け降りた。けれど、途中で足が動かなくなった。
「嫌いなんだよね、Vtuberって。」
耳の奥で反響している。晃樹くんはSORAくんではない。晃樹くんとSORAくんは関係ない。私が勝手に晃樹くんの中にSORAくんを見ているだけだ。
「わかってるよ、そんなこと……」
晃樹くんがVtuberを嫌いだなんて知らなかった。不必要なことを言ったのは私。じわじわと視界が歪んでいく。私はその場にしゃがみ込んで、涙が落ちる前に顔を伏せた。
♢♢♢
「Vtuber、か……」
マネージャーのあずまり、こと東莉乃が部屋を出て行った後、ベッドの上に無造作に置かれていたスマホを手に取った。
あずまりに励まされると不思議と回復できる。メンバーや他の人に褒められるのと少し違う。嬉しくて楽しくて、何より心が満たされる。だからいつも頼んでしまう。
「晃樹、少しずつでいいから自分でやってみない?ずっとあずまりちゃんに頼り続けることはできないのよ?」
あずまりを呼び出していることを知られ、牧田さんに釘を刺された。
だが牧田さんの言う通りだ。このままではいけない。あずまりもこの関係を良いとは思っていないのだろう。だからもう終わりにしないかと言ってきた。
手の中にあるスマホをじっと見つめる。しかし、アプリを開こうとすると手が震え始めた。
(自分でなんとかしないと。)
まだ無理かもしれない──その思いに気づかないふりをして、アプリをタップした。
すると、文字の列が一気に脳内を埋め尽くした。その文字は読んでもいないのに強い言葉に変化して、全身を支配していく。
──ガタンッ
床にスマホが転がり、呼吸ができなくなった。まだ早かった。まだ見てはいけなかった。
そして視界は真っ黒に染まっていった。
♢♢♢
「あ、リボン渡すの忘れちゃった。」
床に置かれたカバンから、赤いリボンがのぞいている。リボンを届けに行ったのに、目的を忘れてしまっていた。私はふーっと強く息を吐き出して立ち上がった。
Vtuberが嫌いなのは仕方がないこと。晃樹くんにはSEVALIVEの赤担当として、これからも元気に活動して欲しい。
「そのために、私はできることをやるっ。」
晃樹くんが必要だと言うのなら、これからも褒め続ければいい。それがマネージャーの仕事であり、SEVALIVEに必要なことだ。私は涙を拭って再び晃樹くんの部屋へ向かった。
しかし、インターホンを鳴らしても晃樹くんは出てこない。
「あれ?」
もう寝てしまったのだろうか。いや、そんな雰囲気ではなかった。だったらお風呂だろうか。いや、晃樹くんはお風呂に入っていても、インターホンが鳴れば平気で出てくる。過去に酷い目にあったからわかる。
(部屋にいるはずだよね……?)
胸騒ぎがして私は扉のノブに手をかけた。鍵はかかっていない。ゆっくり扉を開くと、うつ伏せに倒れている晃樹くんの姿が目に飛び込んできた。
「晃樹くん────!!」


