【番外編】あなたが白制服に着替えたら、それが愛のはじまり

「故郷の方角をみながら泣く新妻を見つけるの成瀬さんで三人目」

小林ママはそう言って、ははっと口を開けて笑った。
今、夏帆はお隣の小林宅にお邪魔している。
温かいジンジャーティーを頂きながら。

突然のお誘いに夏帆は戸惑ったが、朱里は学校で3歳の琴美は昼寝中だから大丈夫と言われお誘いを受けることにしたのだ。


「そんなに泣いている奥さんがいるんですか?」

自分だけではないと安心する反面、意外と同じ行動をとる妻がいるのだなと夏帆は驚いた。

「いるよー。だって、みーんな地方から来てるから。私は長崎だけど柳田さんは北海道、綾香ママは京都でしょう。涼くんママは山口だったかな」

小林ママは指を折り数えながら教えてくれた。

「そうなんですね…。みんな同じなんだってわかったら、ちょっと楽になりました」

自分だけが辛いわけではなかった。それを知れただけでも夏帆の気分は軽くなった。

「こっちに来てちょうど一ヶ月くらいでしょう。きっと、ホームシックね」

「…ホームシック…。言われてみればそうかもしれませんね…」

夏帆はゆっくり復唱してから、そういうことだったのかと納得した。
どおりで故郷の味が恋しくなったり景色や人を思い出すはずだと。

「一時的なものよ。地のものをたくさん食べて遊んでいれば、そのうち身体も心も馴染んでくるわ。それに妊娠したら青森に里帰りするんでしょう?」

きっともうすぐよと優しい気遣いを見せてくる小林ママに、夏帆は本当のことを告白するべきが迷った。
でも小林ママなら引かずにいてくれると思った。

「…私、小さい頃に母を亡くしていて…。だから、里帰りはしないかもしれません」

正直な気持ちを伝えてしまう。
すると小林ママの動きが止まり、夏帆をじーっと見てきた。


(やっぱり、暗い話だったかなっ)

夏帆は焦った。しかし小林ママはおもむろに立ち上がった。

「ちょっと待ってて」と言い残し隣の部屋へ入っていった。
そして資料の束を手に持ち再び夏帆の前にやって来た。
そしてその資料をどさりと置き一部のパンフレットを差し出した。

「ここね”産後ケアセンター”っていうの。医療専門スタッフがいてママが赤ちゃんと寝泊まりできるのよ。産後の育児不安とか健康管理をママと一緒にやってくれて、最長3か月まで利用できるの」

「すごい…。今はそんな施設があるんですね…」

そう言ってパンフレットを開いてパラパラめくって読んでみる。

「すごくいいけど…利用料金が高いですね…」

夏帆は眉をさげて驚いてしまう。

「私も琴美が産まれた時に旦那にお願いして使わせてもらったよ。一人目の時にがんばり過ぎちゃって辛かったからね」

「あ…」

がんばり過ぎて空回りしがちな夏帆にその言葉はかなり響く言葉だった。

「産後の肥立ちが悪いとその後ずーっと苦労するわ。だから育児を助けてもらえないママたちが利用するみたい。育児を頑張るママを守るための施設ね。だからワガママじゃない。旦那にはこういうところにお金を使ってもらわないとね」

「ええ…」
魅力的だが気軽に頼める金額ではないといつもの夏帆の思考が出てしまう。

「まぁ2人目以降になると里帰りが面倒って官舎から動かないママも多いのよ。だからここにはそんな先輩ママがたくさんいて心強いわよー」

小林ママはなぜが肘を曲げ二頭筋を作り逞しさアピールをしてくる。
そのカラッした性格と何気ない気遣いに夏帆の心が晴れるのが分かった。

「小林さん…ありがとうございます。なんだか心が軽くなりました」

夏帆は久しぶりに自然と笑顔がこぼれた。


「マーマー」

奥の部屋からお昼寝を終えた琴美が目をこすりながら起きてきた。
手に本を持ちながら。
そして夏帆をみるなり、

「なるせさん…」
と棒読みで名前を呼ばれた。

「おはよう。私は夏帆っていうの。琴美ちゃん、よろしくね」

幼稚園で培った笑顔が自然と出た。
琴美はその声かけが嬉しく持っていた本を夏帆に差し出し、
「かほちゃん。これよんで」
とお願いしてきた。
その本は綺麗な海と島が紹介されている旅行雑誌だった。

「私も夏帆さんって呼んでいい?」
小林ママが夏帆に確認する。
「もちろんどうぞ」

「琴美はね、人見知りしない子でさー。夏帆さん付き合わなくていいよ、後で私が読むから」

「私、幼稚園で働いていたんです。だから小さい子供は大好きなんです。よかったら一緒にあそぼう、琴美ちゃん」

「あーがとう」
琴美はウキウキで夏帆の隣に座り本を手渡してきた。

広げてみると、それは鹿児島の離島の紹介雑誌であった。

鹿児島は有名な種子島や屋久島のほかに28もの有人島がある。
日本の南部にあるため青く美しい海に囲まる島ばかりだ。

「綺麗な場所だね。これは琴美ちゃんも何度も見たくなっちゃうねー」

島の名前を一つ一つ琴美に教えてゆく。

そして、とある一つの島で夏帆の声が止まる。
それはとても小さな島だった。
今まで聞いたことがない島。

なのになぜか、夏帆はその島にひきつけられてしまう。

「あの小林さん。この島って観光できるんですか?」

どうしても気になった夏帆は小林ママに向かって訊ねた。

「たしかこの島には連絡船は通っているけど、メジャーな観光地ではないわよ」

「行けるんですね…」

夏帆は再び本に視線を落とした。
理由はわからないけど夏帆はものすごくこの島に行ってみたいと思った。

その後、夏帆は琴美と折り紙やおえかきをして遊び小林家を後にした。


自宅に戻った夏帆はさっそくあの島について検索し始める。
民宿は一軒だけあった。
しかし、連絡船の運行は金曜日と月曜日のみであった。

(ここに…行きたい)

最近の自分には気力がなかったのにこの島に行くためのエネルギーなら沸き上がってくる。
それはまるで”ここにおいで”と島に呼ばれているかのようだった。

”行ってみようか”ではなく、夏帆の中ではすでに”柊慈さんに相談してみよう”になっているのだった。






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