八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 祖父が言った通り、俺は社会人になってから何回もお見合いを勧められた。

 だが芳乃しか好きにならないと決めた俺は、頑なに拒み続けてきたのだ。

『好きな女性は高校生の時から片思いをしていた、三峯芳乃さんという人で、今は〝エデンズ・ホテル東京〟のフロントとして勤めています。当時から外見も精神的にも変わったので、彼女は今の俺を見ても思いだしていません。でも好意は持ってくれていると思っています』

 店の買収など、精神的に遠慮する状況を作ってしまったのは事実だが、同棲する理由を作りたかっただけで、借金の肩代わりに自分を好きになれと言うつもりはなかった。

〝大人の恋人ごっこ〟についても、無条件で店を助ければ『見ず知らずの人がなぜ?』といぶかしまれるから、下心ありきと思わせたほうが納得できるのでは……と思ったからだ。

『今は俺のマンションで同棲していて、時間をかけて気持ちを通じ合わせれば、いいお付き合いができると信じています』

 祖父は深い溜め息をついたあと、眼鏡の奥からジロリと俺を睨む。

 ――分かってるよ。『いきなり囲うな』って思ってるんだろ?

 ――自分でも急すぎたとは思ってるけど、あんなに魅力的な芳乃を、これ以上手放しておくのは危険だ。

『三峯さんは、昔の事は覚えていないのか?』

『青葉台の家で暮らしていた時、心を閉ざしていた関係から、彼女に本名を名乗らず接していました。芳乃さんは俺が神楽坂グループの子息である事を知りません。……それに昔と今では見た目が違うし、恐らく俺から説明しなければ、自然に思い出すのは難しいのでは……と思っています』

 会社の不祥事があった頃、俺が学校でいじめに遭い他人を拒絶していた事は、祖父も両親から聞いていたようで、何度か『調子はどうだ?』と青葉台の家を訪れて来た事があった。

 あの事件について、祖父や父は直接関与しておらず、何も悪くないと理解していても、フラッシュが焚かれるなか〝世間様〟に頭を下げた姿を見て、どう接したらいいか分からずにいたのも事実だった。

 俺にとって祖父と父は目指すべき立派な人物で、〝世間〟から責められて頭を下げていい人ではなかったからだ。

 青臭いガキは、大人には謝らなければならない時もあるのを呑み込めず、尊敬すべき二人に心の壁を作ってしまっていた。

 でも今は二人と良好な関係を結べていて、働きぶりについても認められつつある。

『芳乃さんは当時の俺を救ってくれました。調子のいい時だけ寄ってくる人は大勢いますが、彼女はブレない価値観を持っています。俺は彼女を信頼していますし、パートナーになってくれたら、絶対に上手くやっていけると信じています』

 俺の言葉を聞いた祖父は溜め息をつき、お茶を一口飲む。

 着物姿の祖母は、いつものように微笑んで話を聞いている。

『そこまで想っているなら、特に反対はしない。だが三峯さんに恋人はいないのか? お前の一方的な気持ちで振り回していないか?』

 痛いところを突かれ、俺は髪を掻き上げる。

(いつも俺は、芳乃さんが絡むとやりすぎてしまう)

『……恋人はいないと言っていました。振り回していないかについては、自信を持って〝ない〟と言い切れません』

 正直に言うと、祖父は呆れたように溜め息をつく。

『なら、まずは隠し事はなしの関係になりなさい。お前にも守りたいプライドはあるだろう。だが格好悪い所を隠しても、いずれボロが出る。結婚は自分の良い面だけでなく、欠点も隠さずに見せ、それでも受け入れてくれる人とすべきものだ。どうするかは暁人に任せるが、三峯さんにすべて受け入れてもらったあと、もう一度報告しなさい』

『はい。ありがとうございます』

 ひとまず、祖父にこう言ってもらえたのは良かった。

 あとは俺と芳乃の問題だ。





 そう思っていたのだが、芳乃の心を手に入れるのは、想像以上に難しかった。

 俺を意識しているのは分かるし、抱いた時も我慢している様子はなかった。

 だがウィリアム・ターナーにつけられたトラウマがあるせいか、心の壁はなくならない。

 彼の事は芳乃と再会する前から知っていて、以前からビジネスの話を持ちかけられて、プロジェクトが動きつつあった。

 しかし芳乃を弄んだ男だと分かったあと、腸が煮えくり返るような想いをした俺は裏で手を回す事にした。

 そして秋になり、ウィリアムが婚約者を伴ってホテルに訪れた。

 芳乃には傷付いてほしくないから、彼らが滞在している時は休んでもいいと言ったが、『一流のホテリエはお客様を選びません』と言われた。

 そのプライドは高く評価したが、相手が芳乃の誇りを尊んでくれるとは限らない。

 案の定、スカーレットは芳乃が逆らえないのをいい事に、部屋に呼びつけて無理難題を押しつけ、挙げ句の果てに暴行を加えていた。

 芳乃が泣きながら部屋を出て行ったあと、俺は嫉妬に狂った女と対峙する。
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