婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
翌週の週末、ミラジェーンは両親と共にオリン公爵家を訪れた。
「よくぞお越しくださいました」
客間に通されると、オリン公爵夫妻が笑顔で三人を迎え入れた。
「今回は改まった場ではありませんから、どうぞくつろいでください。ミラさんのお話は、ルーシーからも聞いていますよ」
「ありがとうございます。わたくしもルーシー様には大変お世話になっております」
ルーシーはエリオットの姉で、第一王子と正式に婚約している。
そのため、ミラジェーンが登城した際に雑談を交わしたり、お茶を共にしたりと親交があった。
内容は、第一王子とののろけや愚痴が主であったが、それはそれでミラジェーンは楽しんでいたし、雑談と見せかけて城内の情勢や噂話も漏れ聞かされるので彼女はルーシーとは積極的に交流していた。
「エリオット。あなたも挨拶なさいな」
「はい、母上」
オリン公爵夫妻の後ろから現れたのは、ほっそりとした男性だった。年の頃は十代後半で、ミラジェーンとは同世代だ。
しかしミラジェーンの知る、勝ち気な表情を見せることの多いルーシーとは違い、少し気弱そうな緊張の面持ちだった。
「ミラジェーン・ブライズ嬢、本日はよくぞお越しくださいました」
「ご丁寧にありがとうございます、エリオット様。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ミラジェーンが頭を下げると、オリン公爵が笑顔を向けた。
「ミラ嬢の手腕は常々お伺いしております。その若さでお父君と共に、王家と国家、両方の財務管理を担っていらっしゃる。ブライズ卿がうらやましい限りですな」
「とんでもない」
ブライズ侯爵が笑って肩を竦めた。
「まだまだふつつかな娘でございます。先日も些細な計算ミスで、大騒ぎをしておりまして」
「嫌ですわ、お父様。そんな恥ずかしいこと、将来のお義父様には内緒にしてくださいまし」
「ご謙遜が上手でいらっしゃる」
そう穏やかに微笑むオリン公爵は国王陛下の右腕として名高い人物であり、同時に人徳の高さでも有名だ。清廉潔白、高名篤実――そんな傑物でありながら、驕ることなくミラジェーンにも親切に接した。
その隣で、エリオットは困ったように微笑んでいた。
「エリオット様は、どのようなお仕事をなさっているのですか?」
「ぼ、僕は父や姉の手伝いをしたり、母に教わったりしながら、家督を継ぐための修行中の身でして」
「まあ、励んでいらっしゃいますのね」
ミラジェーンはにこりとエリオットに笑みを向けた。
エリオットは、安心したようにミラジェーンに微笑みを返した。
「そう言っていただけると、やる気が出ます。常日頃は母と姉にどやされてばかりですので……あなたのように、優しく立ててくださる方がいらして、嬉しく思います。ミラ嬢は……」
その後は、ミラジェーンとエリオット、そして両家の父母がそれぞれ歓談し、解散となった。
「ミラ嬢は王城でもお仕事をなさっていて、とても努力家でいらっしゃるんですね。ですが、オリン公爵家にいらした暁には、そのような無理なことはなさらず、どうか女性として気楽にお過ごしください」
「お気遣いありがとうございます。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
ミラジェーンは軽く頭を下げ、両親と共にオリン公爵家を後にした。
馬車に乗り、自宅へと帰る途中、ミラジェーンは無言で外を見ていた。
窓の外はすっかり夕方で、がたがたと揺れる車内からも、陽が暮れなずむ様子が見える。
彼女の頭に浮かぶのは明日登城した際に行うべき仕事のことだけだ。
オリン公爵家に嫁ぐに際し、王城で彼女が任されていた仕事からは手を引かなくてはならなかった。
政治を担うオリン家に属するものが、金銭面の管理を担うのは不正に繋がりかねないとオリン公爵から告げられたからだ。
……彼女をよく知る第二王子であれば、彼女の仕事を「そのような」「無理」「女性として」などとは絶対に言うまいと、ミラジェーンは唇を噛んだ。
「ミラ、エリオットくんはどうだね?」
ブライズ侯爵が気遣うように声をかけた。
「……悪い方ではないと思いますよ」
「仲良くできそうかい?」
「努力いたします」
微笑むミラジェーンを見て、ブライズ侯爵夫妻は同じように眉をひそめ、顔を見合わせた。
「よくぞお越しくださいました」
客間に通されると、オリン公爵夫妻が笑顔で三人を迎え入れた。
「今回は改まった場ではありませんから、どうぞくつろいでください。ミラさんのお話は、ルーシーからも聞いていますよ」
「ありがとうございます。わたくしもルーシー様には大変お世話になっております」
ルーシーはエリオットの姉で、第一王子と正式に婚約している。
そのため、ミラジェーンが登城した際に雑談を交わしたり、お茶を共にしたりと親交があった。
内容は、第一王子とののろけや愚痴が主であったが、それはそれでミラジェーンは楽しんでいたし、雑談と見せかけて城内の情勢や噂話も漏れ聞かされるので彼女はルーシーとは積極的に交流していた。
「エリオット。あなたも挨拶なさいな」
「はい、母上」
オリン公爵夫妻の後ろから現れたのは、ほっそりとした男性だった。年の頃は十代後半で、ミラジェーンとは同世代だ。
しかしミラジェーンの知る、勝ち気な表情を見せることの多いルーシーとは違い、少し気弱そうな緊張の面持ちだった。
「ミラジェーン・ブライズ嬢、本日はよくぞお越しくださいました」
「ご丁寧にありがとうございます、エリオット様。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ミラジェーンが頭を下げると、オリン公爵が笑顔を向けた。
「ミラ嬢の手腕は常々お伺いしております。その若さでお父君と共に、王家と国家、両方の財務管理を担っていらっしゃる。ブライズ卿がうらやましい限りですな」
「とんでもない」
ブライズ侯爵が笑って肩を竦めた。
「まだまだふつつかな娘でございます。先日も些細な計算ミスで、大騒ぎをしておりまして」
「嫌ですわ、お父様。そんな恥ずかしいこと、将来のお義父様には内緒にしてくださいまし」
「ご謙遜が上手でいらっしゃる」
そう穏やかに微笑むオリン公爵は国王陛下の右腕として名高い人物であり、同時に人徳の高さでも有名だ。清廉潔白、高名篤実――そんな傑物でありながら、驕ることなくミラジェーンにも親切に接した。
その隣で、エリオットは困ったように微笑んでいた。
「エリオット様は、どのようなお仕事をなさっているのですか?」
「ぼ、僕は父や姉の手伝いをしたり、母に教わったりしながら、家督を継ぐための修行中の身でして」
「まあ、励んでいらっしゃいますのね」
ミラジェーンはにこりとエリオットに笑みを向けた。
エリオットは、安心したようにミラジェーンに微笑みを返した。
「そう言っていただけると、やる気が出ます。常日頃は母と姉にどやされてばかりですので……あなたのように、優しく立ててくださる方がいらして、嬉しく思います。ミラ嬢は……」
その後は、ミラジェーンとエリオット、そして両家の父母がそれぞれ歓談し、解散となった。
「ミラ嬢は王城でもお仕事をなさっていて、とても努力家でいらっしゃるんですね。ですが、オリン公爵家にいらした暁には、そのような無理なことはなさらず、どうか女性として気楽にお過ごしください」
「お気遣いありがとうございます。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
ミラジェーンは軽く頭を下げ、両親と共にオリン公爵家を後にした。
馬車に乗り、自宅へと帰る途中、ミラジェーンは無言で外を見ていた。
窓の外はすっかり夕方で、がたがたと揺れる車内からも、陽が暮れなずむ様子が見える。
彼女の頭に浮かぶのは明日登城した際に行うべき仕事のことだけだ。
オリン公爵家に嫁ぐに際し、王城で彼女が任されていた仕事からは手を引かなくてはならなかった。
政治を担うオリン家に属するものが、金銭面の管理を担うのは不正に繋がりかねないとオリン公爵から告げられたからだ。
……彼女をよく知る第二王子であれば、彼女の仕事を「そのような」「無理」「女性として」などとは絶対に言うまいと、ミラジェーンは唇を噛んだ。
「ミラ、エリオットくんはどうだね?」
ブライズ侯爵が気遣うように声をかけた。
「……悪い方ではないと思いますよ」
「仲良くできそうかい?」
「努力いたします」
微笑むミラジェーンを見て、ブライズ侯爵夫妻は同じように眉をひそめ、顔を見合わせた。