婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
 第三温室には、温かな日差しが降り注いでいた。

 手入れの行き届いた温室には夏の花が咲き乱れ、かぐわしい香りを漂わせていた。

 エースはミラジェーンの手を包み、彼女の顔を覗き込んだ。


「ミラ、ずいぶん手が冷えているし、食事の前に温かいお茶でも用意させようか」


 エースは顔を上げ、ミラジェーンと自分の侍女にそれぞれ目配せした。

 どちらも素早く頷き、下がった。


「……お気遣い、ありがとうございます殿下」

「ミラ、今日の昼食なんだけど北部の特産品なんだ。男爵から観光における食事の重要性について力説されてね」


 エースは穏やかな笑顔で、テーブルに並べた食事の説明を始めた。

 ミラジェーンは小さく頷きながら静かに話を聞いていた。

 すぐに侍女が戻り、温かな茶がミラジェーンの前に差し出された。


「……いい香りですわ」

「気に入ってくれたかな。本当は食後に出そうと思っていたのだけど、これも北部の品なんだ」

「ありがとうございます……とても、美味しいです」


 エースは微笑んだ。

 それを合図に、侍女たちが食事を二人の前に並べていった。

 ミラジェーンは茶をすべて飲むと、少し頭がすっきりした。

 ゆっくりと息を吸って吐く。

 いつの間にかミラジェーンの目の前には、色とりどりの野菜が並べられていた。


「殿下、こちらのお野菜はなんという品でしょうか」

「これはね」


 二人はいつもより静かだったが、それでもぽつぽつと話しながら食事を進めた。



 食後、ミラジェーンはエースに手を引かれ、温室の奥のベンチへと連れて行かれた。

 並んでベンチに腰掛けると、エースはミラジェーンを覗き込んだ。


「ミラ、何があったか聞いていいかい?」

「……なにも」

「君は嘘をつくのが下手だな」


 くすくすと笑うエースに、ミラジェーンは視線を彷徨わせた。


「ミラ、この間言ったことをもう忘れたのかい?」

「この間、言ったこと……ですか?」

「うん」


 ミラジェーンは俯いて指先を握りしめた。


「ミラ」


 耳元に優しい声が落ちた。

 息がかかるほどの距離でささやかれたそれは、砂糖菓子よりも甘かった。

 ミラジェーンが思わず顔を上げると、すぐ傍で微笑んでいたエースと目が合った。


「……あの」

「うん」

「わたくし、婚約者のいる身ですので、離れていただいて」

「ごめんね。ミラが心配なんだ」

「それは……ありがたく存じますが」

「で、この間のことだけど、『俺は第二王子としても、一人の男としても、常に君の味方だ。それを覚えておいてほしい』って言った」


 ミラジェーンは少しポカンとしてから、ゆっくりと頷いた。

 エースはそれを確認してから続けた。


「だから、ミラが辛い思いをしているのなら、その理由を教えてほしい」

「……ですが、わたくしには婚約者がおりますし、他の殿方に頼るのは」


 ミラジェーンは困ったように微笑んだ。

 エースは唇を噛み、椅子から降り、流れるようにミラジェーンの足元に跪いた。


「ミラジェーン・ブライズ嬢」

「で、殿下!? おやめください、そのようなことを!!」


 驚いたミラジェーンは、慌てて椅子から滑り降り、エースの前に座り込んだ。


「俺じゃ、頼りにならないかもしれないけど」

「そんなことは、決してありません!」

「そう?」

「はい、殿下はとても頼りになるお方です!」

「じゃあ」


 エースは立ち上がり、ミラジェーンに手を差し出した。


「何が君をそんなにも悲しませているのか、教えてくれるかい、ミラ」


 ミラジェーンは顔を上げたが、逆光でエースがどのような表情で自分を見ているのか分からなかった。
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