婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
 エースは再びミラジェーンの隣に腰を下ろしたが、今度は少し距離を置いていた。


「別に急がなくてもいい。君の引き継ぎ期間はまだ半年ほどあるし、エリオットくんが引き留めようとしたところで、王命には逆らえないさ。まあ、式の準備もあるから、婚約破棄にするなら早いほうがいいけど」


 くすくすと笑い、エースは下からミラジェーンを覗き込んだ。


「ご要望とあらば、俺は式の途中で乱入して『ミラを迎えに来た』と叫び、君を連れ去っても構わないよ。劇作家たちがこぞって次の劇場のネタにしてくれるさ」

「まあ」


 突拍子もない話に、ミラジェーンも思わず微笑んだ。


「殿下、わたくしを連れ出した後はどうなさいますの?」

「北部にでも行こうか。俺が指示して整えた行路で観光でもしよう。そこでコルセットとハイヒールを投げ捨て、紫のドレスと銀のリボンを身につけて、半年ほど遊んで暮らす」

「半年なんですか」

「ああ、半年だ。もう少し短くても構わない」


 エースは背筋を伸ばして、真剣な顔でミラジェーンを見つめた。


「君、そんなに長い間そろばんを弾かずにいられるのかい?」

「……無理です」

「だろ?」


 ミラジェーンは再び目の前の花壇を眺めた。

 紫の花が多いが、ときおり白や青、桃色の花も咲き誇っていた。

 ミラジェーンは目を閉じ、ゆっくり開けた。

 花は咲いていた。 


「殿下、エリオット様の噂に関して、ご存じのことを教えていただけますか?」

「もちろん」


 エースが近くにいた侍女に目配せをすると、侍女はエプロンのポケットからベルを出して鳴らした。

 一分も経たないうちに、エースの秘書官が書類を抱えてやってきた。


「ミラに全部渡して」

「かしこまりました、我が主」


 ミラジェーンは黙って紙の束を受け取った。

 秘書官は静かに侍女と共に並んで待つ。


 エースは足と手を大きく伸ばした。

 しばらく伸びをしてから、そっとミラジェーンの横顔を見つめる。

 そこにはなんの感情もなかったけれど、だからこそエースはわざと体をミラジェーンの方に倒した。


「まあ、なんですの殿下」

「疲れちゃった。読み終わったら教えて。誰か毛布持ってきて。俺、しばらく寝てるから」

「かしこまりました」


 侍女が素早く薄手の毛布を持ってきてエースに差し出した。

 秘書官が小さく「殿下、甘え方が気持ち悪いですよ」と呟いたが、ミラジェーンは書類に目を通すのに忙しくて聞いていなかった。エースは秘書官を軽く睨んで、そっぽを向いた。 
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