婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
「殿下は、私のことをエスコートしてくださいますか」

「俺が君をエスコートしなかったことはないし、生涯にわたって君だけの手を引く所存だ」


 ミラジェーンは顔をくしゃりとゆがめ、うつむいた。自分の視界に入った、インクで薄汚れた指先が滲んでよく見えなかった。


「私が仕事をしているのはおかしくないと思われますか」

「もちろんだ。君と君の父君には、父上共々長年にわたって世話になっている。君が王家の金庫番として采配を振るってくれるから、父上も兄上も、そして俺も安心して国政に集中できるんじゃないか」

「……わたしのことを、大事にしてくださいますか」


 小さな拳が、ミラジェーンの膝の上で白くなるほどに握られていた。そこにポタポタと雫が落ちる。

 エースは立ち上がり、彼女の前に跪いた。

 胸元のハンカチを取り出し、ミラジェーンの目元に当てた。


「生涯、ミラジェーン・ブライズを大切にする。病めるときも健やかなるときも、君が笑顔でいてくれるよう、俺は努力を惜しまないと誓う。愛している、ミラ」


 静まりかえった部屋に、ミラジェーンがかすかにしゃくり上げる声だけが響いていた。

 財務官たちは落ち着かず、仕事も手につかないまま遠巻きに様子をうかがっており、エースもミラジェーンの手を取り、静かに彼女が泣き止むのを待っていた。


 やがて落ち着いたミラジェーンは、ハンカチで目元を拭った。


「殿下」

「うん」

「このハンカチを、返してください」

「嫌だよ」


 エースはハンカチに素早く手を伸ばしたが、ミラジェーンはそれを握りしめ、背中に隠した。


「返してくれ。それは俺が最愛の人からもらった大事な品なんだ」

「返しません。月末のパーティまでに新しく作り直してお贈りします」

「……本当に?」


 跪いたまま、エースは笑みを浮かべてミラジェーンを見上げた。

 ミラジェーンも、まだ目元を赤くしたままエースに向かって微笑んだ。


「はい、必ず。お約束いたします」

「わかった。じゃあ、さっそくだけど」


 エースは立ち上がり、ミラジェーンに手を差し出した。


「昼食をご一緒してくださいませんか、レディ?」

「よろこんで」


 二人の手が重なった途端、財務官たちが拍手をし、ミラジェーンは真っ赤な顔で手を振り払おうとしたが、エースは断固として離さなかった。
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