3回目の死に戻り令嬢、氷の軍人公爵と結婚したら、陰謀と灰を溺愛で吹っ飛ばしました

第一話:灰に沈む終わりの時からの✕✕✕

 ――こんなはずじゃなかった。

 想定外の事が起こったのは、満月が雪原を昼間のように照らす、珍しく風のない夜だった。

「……公爵閣下? 何故、私の部屋へいらっしゃったの?」

 私は、勝手に開けられた扉の方を向き、深夜の闖入者に低い声で警戒を示す。

「二人の時までそんな堅苦しい呼び方をするな、アイリーン」
 
 形だけの夫婦でいようと言ったのは、「氷の軍人」と称される、このヴァルター・フォン・ブラウトリートだ。
 今まで夜を共にした事など一度もないと言うのに、どうしたというのだろう?

 感情の見えないアイスブルーの瞳と、プラチナブロンドの流れる髪が、今夜はやけに艶めいて見える。


「ではヴァルター様、ここは貴重な私の研究室でもあり、一人の時間を満喫する空間なのです。直ぐに退室なさってください」

 突然、プライベートを侵してくるなんてヴァルターらしくない。
 私達は、″ある目的″の為に一緒にいるだけで、夫婦の営みをするような愛情は、お互いないはずだ。

 なのに、ヴァルターは、後退りする私にジリジリと歩み寄ってくる。

「お前が言う″世界の終わり″が近付いているのなら、危機感から子孫を残す生殖本能が活発化してもおかしくはないだろう」

 もっともらしい事を言って、ヴァルターが私の腰を抱く。このままソファーの上に組み伏せられそうな雰囲気だ。

「ヴァルター様。それは迷信です。人は生命の危機が差し迫った時、己の防御反応でいっぱいいっぱいになるのです」

「では、お前を抱きたいと思うこの感情はどう説明する? これは愛情ではないのか?」

 ――知らない。

 私は愛など知らずに三度目の″アイリーン″を生きているのだ。

 ヴァルターの熱い吐息が耳を掠め、反して冷たい唇が私の頬に触れる。
 目を閉じれば、今に至るまでの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡った。

 思えば、誰からも必要とされない人生だった。



    ◇◇◇




「……三度目はあるのかしら」

 私、アイリーン・フォン・ストラウスの呟きは、民衆の罵声と断頭台を吹く乾いた風にかき消されていく。

 いつだって、私の声には、誰も耳を傾けてくれなかった。
 継母や義妹が現れるまでは人並みに可愛がってくれていた父でさえも……だ。
 仕方ない。
 自分でも分かっている。
 何も知らない人からすれば、突拍子もない事を言っている、と。

 近いうち、この国が「灰の洪水」に飲み込まれ、文明が埋没するなど誰が信じよう。

 伯爵令嬢でありながら、淑女教育より古代の遺物を解体に明け暮れる私は、家族や社交界からは「変わり者」として扱われてきた。
 それでも私が研究をやめなかったのは、今はアイリーンとしての人生が二度目で、一度目に「灰の洪水」を経験したからだ。

 しかし、私の行為は民衆の不安を煽った罪と聖遺物冒涜罪にあたるらしく、身に覚えのない死霊術(死者の魂や肉体を呼び出し、操ることを目的とした魔術の一種)の嫌疑までかけられてしまった。

 処刑台から広場を見下ろすと、民衆が狂ったように叫んでいた。

「魔女なんてとっと殺してしまえ!」

「俺達の地代でくだらない解体なんてしてんじゃねぇよ!」

 私の裁判に関与した王族や教会上部の人間までも、処刑現場に足を運んでいる。恐らく政治的なパフォーマンスだろう。その側には、私を庇うどころか一緒になって断罪した実父達の姿も。

「アイリーン、お前の狂言は愚か過ぎた。灰で世界が沈むなど、神を冒涜したも同じだ」

 父、エリッヒ・フォン・ストラウスが嘆いている。

「お姉様の解析した遺物は、私が有効活用してあげるわ」

 異母妹のローテが嘲笑う。
 彼女らははじめから、私が解析した「古代遺物の利権」が欲しかっただけなのではないか? そのために私を異端として処刑し、成果だけを奪い取るつもりなのもしれない。

「これよりアイリーン・フォン・ストラウスの処刑を執行する!」

 執行官の合図に歓声が湧いた。
 足枷のついた重い足で階段を登り、待ち構える黒光りした大きな刃を見上げた。

 ――火炙りよりいい。

 生きたまま炎に焼かれるよりも、苦しまずに済む。
 恐怖よりも諦めの気持ちが大きかった。
 首を固定する板のくり抜いた部分へ頭を入れようとしたその時――

「……あ……」

 遠くの山が鳴いた気がした。
 続けてドン! と貫くような衝撃が走り、断頭台と空が大きく揺れた。

「地震だ!」

 この国で地震が起こる事は稀で、広場に居た者達がパニックに陥いる様子が見えた。
 そして、見たくはないものが私の視野に飛び込んできた。
 地平線から迫り来る波は、泥と灰で真っ黒だった。

 ―――また、か。

 間に合わなかった。

 私はまた「灰の洪水」で死んでしまう。

 もっと強く訴えていれば、誰も死なせずに済んだのに。
 視界が完全に真っ暗になる。重苦しさで窒息する。
 私は意識を失い、冷たい泥の底へと沈んでいった。


   ◇◇◇



「――アイリーンお嬢様、起きてくださいまし」

 メイドのグレーテの声がやけに懐かしい。
 目を開けて直ぐに口に手を当てた。

 口に砂や灰が残っている気がしたが、そんなことはなかった。

 ゆっくりと部屋を見渡せば、ストラウス家の自室だった。

 ――……三度目、あったわ。

「お嬢様ったら、また徹夜で研究をされていたのですか? 旦那様に叱られますよ」

 グレーテが呆れたように部屋の隅にある作業台に視線を移した。
 親しみやすい、ベテランメイドの彼女が今度の人生でも自分に仕えてくれているのは嬉しい。

「ええ、わかってるわ。なのでお父様には秘密にしておいてね」

 グレーテは肩をすぼめて洗顔用の温水を運んで来た。

「楽器を演奏しないのに工具は使い熟し、外国語は話せないのに古文書は読み解くなんて、これじゃあ十八歳になられたというのに、社交界で浮いてしまうのも当然ですよ」

 小言を挟みながらも、着替えのサポートと寝具の整理まであっという間に済ませて出て行った。

 十八歳か。
 やはりそこに戻って来てしまうのね。

 私は、作業台の遺物を眺める。
 地層の一部にクリスタル(水晶)、古い魔導書、男の子が喜びそうな剣なんかも台に並んでいた。

 ――今度も少し魔法が使えるみたい。
 それでも、やはり王族や上位貴族しか使えないのかしら?

 なにはともあれ、前世(二回目の人生)のように魔女扱いされないようにしなくては。

 神々しく光る古代の水晶を摘んで、私は呟く。

「ジオ・メモリー(地脈記憶)。崩壊の波動を察知したら教えて」

 ジオ・メモリーとは私が石に付けた名前だ。
 砂や泥、灰に含まれる特殊な鉱物成分や、地下から放射される波動を察知すれば色や光が変化するのは分かっている。
 だから、大災害が起こる前には、地脈エネルギーの急激な変化も分かるはずだ。

 私はドレスが汚れないようにエプロンをし、魔導書を解読しながら、水晶に様々な呪文を投げかけた。


 そういえば。
 二度目の「灰の洪水」は、北の方からやって来ていた。
 辺境の大地に、何かしら災害のトリガーがあるのかもしれない。

 ――行ってみようかしら?

 ふと、思い立ったその時、ノックも無しに突然部屋のドアが開けられた。

「お姉様!」

 異母妹のローテだ。
 彼女が入ってきた途端、甘い果物の匂いが部屋に広がった。朝の紅茶タイムでフルーツパイでも食べていたのだろう。
 私は、急いでタペストリー用の布を台に被せた。

「ローテ、おはよう。朝からどうしたの?」

「お姉様こそ朝からエプロンなどして何をしていらしたのかしら?」

 挨拶もなしにローテがヅカヅカと作業台に歩み寄る。

「こんなもの隠したって、お姉様の悪事はバレてるのよ!」

「悪事? 私は法に触れるような真似はしてないわ」

「いいえ、お姉様のなさってる事は罰せられる内容だわ」

 鼻息荒く、ローテがタペストリーを剥いだ。

「これよ、これ!」

「古代遺物の解体は違法ではないわ」

 嫌な予感がした。
 同時に、今度は継母と父が一緒に入ってきた。

「アイリーン。お前には失望させられっぱなしだよ」

「汚れ作業に没頭して何をしているのかと思ったら、こんなだいそれた事を」

 継母が演技がかった声色で非難し、首を横に振っていた。

「……″だいそれた?″ とは?」

 今度はどんな罪をなすり付けられるのだろう?
 身構える私の目の前に、ローテがある物を差し出す。

「そこの作業台からコレを見つけたわ」

それは、絹のようなブロンドの髪を数十本ほど紐で束ねたものだったが、私は見覚えがなかった。

「まぁ! それ、ローテの髪の毛じゃないの!」

 継母が悲鳴に近い声を上げる。

「そう! このしなやかなブロンドの髪の毛は間違いなく私の髪よ! お姉様はコレを密かに入手して私の事を呪い殺そうとしてたんだわ」

 ―――……は、い?

「やっぱり! それでローテは最近体調を崩してきたのね」

 合点がいったと言わんばかりの、継母とローテのおかしな演技は続いた。
 ローテがコホンコホンとわざとらしい咳までしてみせた。

「お父様! きっとアイリーンお姉様は私の事を妬んで禁忌の術式を行ったのですわ! さっき部屋に入る前に不気味な呪文が聞こえましたもの!」

 ギクリ、と私は僅かに体を震わせた。
 呪文は確かに口にした。
 しかし、それは水晶に観測の力を与える為のものだ。

「アイリーン。お前は昔から嘘がつけない娘だったな。今、目を泳がせただろう」

 父まで、ガックリきたような演技をする。
 どうしても皆で私を貶めたいようだ。

「誤解です。確かに呪文を唱えましたが、それは近々やって来る ″灰の洪水″の予測をしようとしただけで……」
「それが余計な事だと言ってるんだ!」

 父の目がカッと見開いた。呪いそのものよりも、逆鱗に触れてしまったようだ。

 何故だろう?
 過去の人生でも、″灰の洪水″は禁句となっていた。
 天災を予測する事はそんなにいけない行為なのだろうか?

「だとしても、私はローテを恨んだり妬んだりなどしていません、たった一人の妹ですから」

 我儘で表裏の激しい彼女を、けして可愛いとも思っていないけれども。

「嘘よ。お姉様の婚約者であるベルンハルト様が、近頃は私に言い寄っていたのを妬んでいたに違いないんだから!」

 ―――は、?


 婚約者なんて、今回はそんなオマケも付いてるの?

 ベルンハルトとは、親交の深い伯爵家の嫡男、ベルンハルト・フォン・アウグスブルクの事だろう。

 社交界で疎まれている私と政略的に婚約しながらも、愛らしい妹に惹かれてしまい、邪魔になった私には何らかの罪をなすり付けて婚約破棄にする――と言うお粗末なストーリーは、魔術師じゃなくても予測出来た。


「変わり者だというだけでなく、君にそんな恐ろしい一面があったなんて驚いたよ、アイリーン」

 ほら。
 まだ朝早いというのに、ちゃっかり婚約者様のご登場だ。(計画してスタンバイしていたんでしょ)

 いかにも嘆かわしい表情で部屋に入ってきた。

「確かにローテを好きになってしまった僕にも非があるが、禁忌の術式で彼女を呪い殺そうとした君とは、さすがに結婚は出来ないよ」

「婚約破棄だけでは済まないわ。家族を呪い殺そうとしたんだから」

 ギュッとローテを抱き締める継母が、父に目で訴えている。
 父は頷き、私に人指し指を向けて、舞台役者のように台詞を吐いた。

「アイリーン! お前のような不気味な娘はストラウス家、いや我が国には不要だ。今すぐ凍土の北の地へ消えるがいい!」

 茶番劇の舞台となった自室を、「廃嫡と追放」という断罪を受けて追い出されたのは、その後間もなくの事だった。



    ◇◇◇

 馬車を降りた途端、毛皮や帽子で隠しきれない皮膚が痛くなった。
 まさか、三回目の人生で鼻の穴が凍る体験をしようとは。

 馬車は後ろ髪引かれる素振りも見せずに、私を置いて行ってしまった。

 歯をカチカチ言わせながら、あてもなく凍土の大地を、鞄を引きずりながら歩いていく。凶器のような暴風雪が歩行を妨げる。

 寒い。
 怖い。
 淋しい。

『旦那様、付き人も傭兵も伴わずに辺境地へ追放なんてあまりにも非情ではありませんか? せめて私の同伴を許可お願い致します!』

 父に異議を申し立ててくれたグレーテの優しさを思い出せば、負の感情に拍車が掛かった。

『メイドの分際で歯向かうのか? そもそもお前のような老いた女が付き添っても足手纏いになるだけだ。真っ先に獣の餌食になるぞ』

 それでも付いて行くと言ってくれたグレーテは、今、無事だろうか?

 どうか処罰など、受けていませんように。

 
「人の事を心配してる場合じゃないわね」

 吐く息が霧氷となり、睫毛や眉毛に張り付いていく。このままだと凍死もあり得るが、何とか生き延びて、目的を果たさなくては――

 私は、こっそりと忍ばせた水晶をコートのポケットから取り出した。


「……ジオ・メモリー、ここに災害の予兆はある?」

 北の果てに来れば、「灰の洪水」について何か分かるかもしれないと思ったけれど、この鉛色の空の下では煌めく事もしない。ただのガラクタのように見えた。

 
「ダメだわ」

 氷点下では身体が思うように動かない。
 グレーテが、森に廃屋や教会があるはずだから、と言っていたが、そこまで辿り着けるだろうか?

 ――まず、暖を取らないと。

 持ち出しを許された荷物は、最低限度の着替えとお金、そしてガラクタと見なされた古代遺物だ。
 美しい水晶(古代のジオ・メモリーと入れ替えておいた)や剣、魔導書は取り上げられた。

 魔導書はほぼ暗記していたのでもう必要ない。
 ガラクタと評された古い杖(数百年前の貴族が使っていた)を取り出して、私は覚えている呪文を口にした。

 すると、ジワジワと熱を持ち、それを振り回せば自分の周りだけ雪が溶けていく。

 所謂、「生活魔法」という類で、昔は王族から平民まで誰でも使えたらしいのだが、ある時から王族と上位貴族しか魔法や魔術が使えなくなったようだ。

 おまけに、その力もどんどん弱まっていき、魔導書や道具が無ければ、王族でさえも使えないようになってきている。
 そんな中で、私のように古代遺物で何か発明しようとする人間は異端とされてしまうのだ。

 ――あ、あった。

 吹雪で見えづらいが、遠くに森林がある。
 廃屋がなくとも、枝があれば簡素な小屋くらいなら魔法で何とかなりそうだ。
 少しだけ希望が見えたその時、タッ、タッ、タッと雪を蹴る音と、ザーッと滑る音が迫ってきて、私は恐る恐る振り返った。

 三頭立てのソリがこちらに向かって疾走している。
 雪煙を上げて停まったソリから男が降り立った。
 大きな男性だった。

 ――軍人?

 毛皮のファー、厚手のコートの下には紺色の軍服を着ている。
 見るからに冷徹な顔立ちをしたその男の立ち姿は、銀世界に妙にマッチしていた。


「こんな所で何をしている?」

 表情を変えずに、低いが良く通る声で私を威嚇した。

「……旅の途中に道に迷ったのです」

「嘘をつくな。貴様の周りだけ雪が降らず熱を発していた」

 見られてしまったのね。
 私は杖をコートの下に仕舞った。

「魔術が使るところを見れば貴族か? 一人で辺境地にいるのだから他国のスパイだと疑われても仕方あるまい」

 険しく中央によった眉の下で、アイスブルーの瞳が鋭く私を捉えていた。
 シルバーの肩章、氷の結晶がこびりつく白銀の銃剣には、僅かに魔力が残っていると見受けられた。

 この人は、恐らく、「氷の軍人」と呼ばれる辺境伯だ。
 国境に現れる不審者は、捕らえた後は女でも老人でも、動物でも容赦なく殺すと聞いた事がある。

「閣下、私はスパイなどではありません。廃嫡され、ストラウス伯爵領を追われたアイリーンと申します」

 声が掠れた。
 この震えが寒さからなのか、恐怖からなのか分からない。

「ストラウス伯爵の娘か」

 氷の軍人が何か思い出したような顔つきをした。

「古代遺物マニアの変わった令嬢がいると噂で聞いたが……」

「私です」

 こんな辺境地にも広がっていたのか。
 それが吉と出るか凶と出るか、私は固唾を呑んで氷の軍人の反応を待った。

「それならば」

 空気を裂く氷風が、彼の声の冷たさに寄り添った。

「貴様の無駄な知識を、私の領地で活かしてみろ」

 まるで攫われるようにソリに乗せられた私は、ひとまず胸を撫で下ろしたのだった。







第一話 終















































 

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