何百回でも思う。君に恋してる
君とふたりで
ープロローグー
「何十年先もずっと一緒だ」
そう言った親父は2年後、俺と母さんを置いて家を出て行ってしまった。
なんでも、俺が嫌だったらしい。
だから、自分は誰かを傷つけることしかできない存在なんだと思った。
それからは誰とも関わらないようにした。
でも、お前はそれでも俺に関わろうとした。
「本当は優しいんでしょ、成瀬くん」
何度も突き放したはずなのにいつのまにか隣にいて。
でも、俺もいつのまにか好んで栞奈といるようになった。
これが特別な感情だとわかっていた。
けれど、なにかはわからない。
この答えはきっと、君だけが知ってる。
「あのね、私成瀬くんが好きなの」
その感情と俺の感情は同じなのか?
わからない。
でも、栞奈の笑顔を独り占めしたいと思った。
これは孤独な俺と、一匹狼の君との物語。
ー何百回でも思う。君に恋してるー 始
雨でも降りそうな不穏な天気の中。
今日から俺はここ英高校に転校することになった。
俺は成瀬晴、高校2年生。
光を通さない真っ黒な髪に、薄い茶色の瞳、整った顔立ち。
そんな容姿を持つ俺は前の学校で問題を起こして退学にされた、いわゆる“問題児”だ。
これで転校は7回目。
全部問題行動を起こし退学。
まあ、全部濡れ衣だけど。
英高校でもそうなる未来しか見えないけど、こればっかりは仕方ない。
俺は人を傷つけてしまう存在なのだから。
でも、この高校はいいな。
なぜって?
それはもちろん——。
「晴様。お迎えにあがりました」
「ああ、叶羽か。はよ」
いつもつるんでいる奴らが在校生だからだ。
こいつは赤羽叶羽、2年生で同学年だ。
ツンツンとした金色の髪の前髪はあげていて、深緑の瞳が特徴の常に無表情に奴だ。
母さんが有名な経営会社の社長で、俺はいわゆる御曹司ってやつだから護衛権世話係みたいなのをつけたいって話だったんだ。
それが幼馴染の叶羽になったってわけ。
「おはようございます。荷物お持ちしますよ」
俺はその言葉に甘えて、荷物を渡す。
すると、今度は後ろから声がかかった。
「あれ、晴じゃん。転校って今日だっけ?」
「ほんとだ」
「えっ、ちょっと目立つから話しかけなくていいって…!!」
俺が振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた3人。
「琥珀と柊弥。それに心結も今日は来たのか」
藍色の髪が特徴の黒マスクをつける女顔のこいつは、郁野琥珀。
華道の郁野家の跡取りで、ちょっと口が悪くて女嫌い。
その隣で俺を見ているオレンジ色のチャラそうなこいつは、上月柊弥。
こんな見た目だけどずっと無口で無愛想。
まあ、俺らに対してはすごい優しいけど。
あとその隣で迷惑そうに俺を見ている金髪ショートの女は、上月心結。
柊弥のひとつ下の妹だ。
サバサバした性格だけど臆病で、クラスメイトにいじめの標的にされてるんだ。
この3人と叶羽もあわせて幼馴染なんだ。
俺が唯一近くにいようと思える存在だ。
それから、柊弥が近づいてきて俺に言った。
「おはよ。てか、クラス聞いた?」
「いや、聞いてないな。でも叶羽と柊弥と同じクラスだといいな」
叶羽と柊弥は同じクラスで、俺と同じ学年の2年。
ちなみに琥珀と心結は1年だから。
「やめてよね!」
そう言って俺たちの間に入ってきた心結。
それから、俺を睨んできた。
「晴がお兄ちゃんと同じクラスになったら、また目立っちゃうじゃん!」
「あそ。まあ、俺はどうでもいいから。じゃあ行くわ」
俺はギロリと心結を見下ろした。
これ以上言っても面倒なだけなので、俺は3人から離れた。
叶羽だけは俺の後を追ってきたけど。
こいつらはちょっと特別なだけ。
俺と関わったら、どうせ不幸になるんだから近づかないほうがいい。
だから、一定の距離を保つんだ。
「晴、変わってないな。俺たちといたくないのかな」
「さあ、どうだろ。でも、それが晴の意思なら仕方ないよね」
そんな言葉は俺には聞こえなかった。
***
俺はそのまま職員室に向かい、扉をノックした。
コンコンッ。
「失礼します。転校生の成瀬晴です。担任の先生いらっしゃいますか?」
そう聞くと、俺に視線が集まった。
そして、奥に座っていた教師が俺の方に来た。
染めてんのかと思うほど明るい茶色の髪に、メガネをかけた無表情の先生。
「初めまして。俺がキミの入るA組の担任、江花晟だ。よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺は一応返事をし、頭を軽く下げた。
それから、江花先生が俺に言った。
「じゃあ教室に行こうか。そういえばキミ、さっき赤羽と上月と話してるの見たけど知り合い?」
教室に向かいながら、先生がそんな質問をしてきた。
そういえば、職員室から正門が見えるんだっけ。
俺は素直に頷いた。
「はい。幼馴染なんです」
「そうか。なら、クラス同じでよかったな」
そう言われて、初めてふたりと同じクラスだと気がついた。
あいつらたしかA組って言ってたな。
俺たちは無言で廊下を進んでいく。
どうやら、教室は階段を上がってすぐ右だったみたいだ。
職員室は2階で、教室は3階。
迷わず教室に入る先生の背中を見て、俺は戸惑った。
「俺も入っていいんですか?」
「ん?ああ、いいよ」
なんともてきとうな先生だ。
そう思いながらも、俺は教室の中に入った。
俺が入ったと同時にしんとするのもいつものことで慣れた。
それから、先生に自己紹介するよう言われた。
「えっと、初めまして。成瀬晴です。よろしく」
先生は頷いた後、俺の席を指定した。
どうやら学級委員女子の隣らしい。
後ろの席なのは感謝だ。
俺は席に座り、カバンを横にかける。
そのタイミングで、隣の女が話しかけてきた。
「初めまして成瀬くん。私は春名栞奈、学級委員長だから困ったらなんでも聞いてね」
そう言ってニコリと笑った。
本当はなにか返事をするとこだが、好かれるのはもう嫌なので俺はふいっと春名とは反対を向いた。
その後、春名が話しかけてくることは無くなった。
休み時間になると、主に女が俺の席に来て話をする。
「成瀬くん、どこから来たの?」
「神奈川」
「そうなんだ〜。結構都会の方だよね。ていっても、ここ東京で都会だけどさ」
「そう」
極力喋らないようにしたが、飽きもせず話しかけてくる。
面倒だと思った俺は、女たちをギロッと睨んでいった。
「あのさ、俺お前らと仲良くする気ないから。話しかけてくんなよ」
空気が凍ったのがわかった。
それから、中心だった女が言った。
「あ、ごめんねぇ。初日で疲れてるよね〜」
そう言って俺の周りから人が離れていった。
去り際。
「ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ」
そう言われた。
別に、これでいい。
誰かを傷つけるよりマシだ。
その時、俺は横から視線を感じた。
春名が俺をじっと見つめていた。
俺はギロッと睨んで言い捨てた。
「うざ」
これで、こいつもきっと関わらなくなる。
そうして、授業開始のチャイムが鳴った。
放課後になり、俺が横にかけたカバンを取ると叶羽と柊弥が俺のところに来た。
「晴様。カバンをお持ちします」
「帰ろうぜ〜」
俺が叶羽にカバンを渡そうとすると、突然女から声がかかった。
「成瀬くん。今日この後、私に時間くれない?」
声の主は春名だった。
俺はため息をついた。
こいつ、まだ話しかけてくんのか。
「無理」
「あ、いきなり言われても困るよね。あのね、先生に校舎の案内を頼まれたの」
そういうことか、と納得した。
後ろからは先生が冷たい視線で俺たちを見てくる。
俺が断れば、なにか言われるのは春名の方だろう。
「わかった。じゃあ、頼む」
そう言うと、春名はホッとした表情を見せた。
俺のせいで気分悪くされるのは嫌だから。
それがわかっていたように、叶羽と柊弥は俺を見つめてきた。
「おい、お前ら。視線がうるさい」
「申し訳ありません。でも、校門でお待ちしておりますので」
「俺はお先」
そう言ってふたりは教室から出ていった。
相変わらず、って感じだな。
***
「ここが第一音楽室。これで教室全部まわったけど、なにか質問とかあるかな?」
「いや、ない」
「そっか。じゃあ、帰ろうか」
部活動まで紹介してくれて、30分以上かかった。
けれど、助かったのは事実だ。
「ありがと」
俺は一応お礼を言っておいた。
その言葉に、春名は目を大きく見開いて立ち止まった。
それから、春名が真剣な顔になって言った。
「ねえ成瀬くん。ひとつ、質問していい?」
「…なに」
「成瀬くん、本当は優しいんでしょ」
「は…?」
突然意味不明なことを言われて、俺は固まってしまった。
俺が、優しい?
嫌な態度ばかりとる俺のどこが優しいと言うのだろうか。
「だって、本当に悪い人だったらお礼なんて言わないし。そもそも、私のことを考えて校舎案内してって言わないでしょ?」
そこまで気がついていたのか、と少し驚く。
でも、ダメだ。
これ以上こいつに踏み込ませれば、こいつは不幸になる。
そんなことあっちゃいけない。
俺は無視して春名の横を通り過ぎた。
「だから、そういうのうざい」
その後すぐに再開することになるなんて、思いもしなかった。
***
叶羽に下宿先まで送ってもらい、俺は家のドアを開けた。
「あら、おかえりなさい。夕飯できてるから」
リビングのソファに座っている紬希さんの姿が見えた。
彼女はここの管理人で、すごく穏やかな人だ。
昨日からここに下宿した俺の面倒を見てくれることになっている。
「ただいまです。今日もありがとうございます」
「いいのよ〜。あ、そうだ。昨日紹介できなかった娘を紹介したいの。ちょっと待っててね〜」
紬希さんは娘と隣の家に住んでいる。
そうして、紬希さんは数分後娘と一緒に戻ってきた。
桃色の髪と澄んだ茶色い瞳、その全てを俺は知っていた。
「春名…」
俺は彼女の名前を呼んだ。
娘と言って紬希さんが連れてきたのは、春名栞奈だった。
俺は驚きで言葉が出てこない反面、春名はニコリと微笑んだ。
「さっきぶりだね、成瀬くん」
「あら栞奈知り合いなの?」
きょとんとして聞いてくる紬希さんに、春名は平然と答えた。
「クラスが一緒だったんだ。私、学級委員だから面倒を見てくれって頼まれたんだよ」
「あら〜そうだったの!だったら仲良くできそうね。安心したわ〜」
「そう…だね」
今度は歯切れの悪い言い方をしていた。
きっとさっきの態度が効いたのだろう。
これでいい。
紬希さんには悪いけど、春名と仲良くすることはできない。
「春名、俺はお前と仲良くする気はないから。部屋戻ります」
こうなっては紬希さんにも嫌われるしかない。
俺はふたりを突き放すように、視線を飛ばした。
「えっ!ちょっと晴くん!?」
追いかけてくる紬希さんをよそに、俺は部屋に戻って鍵をかけた。
そのまま俺はズルズルと床に座り込んだ。
仕方ない、こうなるのは当たり前なんだ。
自分にそう言い聞かせる他なかった。
きっとまた追い出されて、転校する羽目になる。
なにを期待していたんだろう。
バカバカしい。
そのままリビングには戻らずベッドに横になり、眠ってしまった。
***
朝早くに目が覚め、俺は飲み物を取りにリビングに行った。
すごく静かで誰もいない。
当たり前か、まだ5時だもんな。
俺はコップ一杯の水を飲み、ラフな格好に着替えて外に出た。
習慣づけされた散歩だ。
ホッと一息ついたところで、声をかけられてしまった。
「成瀬くん?」
「…春名か」
避けてこなかったことに疑問を持った。
俺、昨日きつい態度とったよな?
こいつはいつもそうだ。
なにもなかったような顔をして笑う、今もだ。
「おはよう。昨日夕飯食べにこなかったけどお腹減ってない?」
「俺の心配してるわけ?やめろよそういうの。うざいって何度も言った」
そう言うと、春名は笑顔をなくして俺に言った。
「それってさ、本心で言ってる?私にはそう聞こえないんだよね」
「っ…!どうでもいいだろ」
俺は春名とは反対方向に歩き出した。
図星だった。
本心で言うわけないだろ。
でも、俺は誰かを傷つける存在だから。
俺のせいで誰かが傷つくのは嫌なんだ。
春名は俺に背中をじっと見つめていた。
***
次の日、春名が俺になにかを言ってくることはなかった。
そのことに、少しだけほっとした。
こいつと話すのは危険だと、そう心が言っているから。
放課後になり、俺は叶羽と柊弥と正門を通った。
そんな時、ふと教室が気になって振り返った。
自分でもどうしてこんな行動をとったかなんてわからない。
そこには春名がいた。
様子が変だった。
春名は俺を見つめていた。
「たすけて」
そう口が動いた気がした。
気のせいということにすればよかったはずなのに。
——抗えない。
「叶羽、柊弥。教室に戻る。送りはいらないから帰れ」
「はっ!?ちょ、晴!?」
そんな声も、もう俺には聞こえていなかった。
俺は教室に向かって走り出した。
「行ってしまいましたね」
「いやいや、あいつどうしたの?めっちゃ焦ってなかった」
「さあ?なんでしょう」
「お前絶対わかってるだろ…」
叶羽にはわかっていた。
成瀬晴にとって、春名栞奈という人間が特別な存在になりつつあるのを。
***
俺は教室の扉の前で立ち止まって身を隠した。
中からはクラスの中心的女子3人と春名がいた。
「やっぱり最近調子乗ってるよね〜?お前みたいな奴が成瀬くんに関わっていいわけないでしょ!」
「そうよそうよ!成瀬くんは柚葉のものなんだから!」
その言葉にイラッとした。
なんこか前の学校でもこういうことがあった。
まるで俺と恋人であるかのように接して、気持ち悪い視線で、声で言った。
『晴くんは私のものでしょ…?どうしてそうやって私を拒否するの?』
その後そいつを突き放した。
それがダメだったのだろう、後日俺はそいつに暴力を振るったということで退学になった。
ここでもそうなのかと思った。
こいつらにとって俺はまるで“ブランド品”で、顔にしか興味ないのだ。
そんなことを考えていると、春名が言った。
「成瀬くんはあなたのものじゃないでしょ?そして、私のものでもない。そうやって無意識に彼を傷つけてしまうあなたでは、不釣り合いだよ」
真っ直ぐな言葉とは裏腹に、春名の手は震えていた。
恐れている、こいつらを。
おそらく日常的にいじめを受けているのだろうと思った。
春名は今までの女子とは違うなにかを持ってる。
なにか特別な感情を持ち始めていることに、自覚した瞬間だった。
俺は勢いよく教室の扉を開けた。
ガラッ。
大きな音がすると共に、春名をいじめていた女子が俺を見た。
その瞬間顔が青ざめた。
「誰がお前のものだって?言ってみろよ」
威圧的な態度で俺は主犯のやつの前に立った。
それからひどく冷たい視線で見下ろす。
「あ…えっと…」
「言葉を出てこないってか?ふざけんなよ。俺はお前のものになったつもりはねぇよ。あと、今後春名を傷つけるようなことしてみろ?絶対許さねぇから」
その言葉をを言うと、女子たちは慌てた様子で教室を出ていった。
そうしてしばらくして、春名がその場に崩れ落ちた。
俺は春名に声をかけた。
「おい、大丈夫か!?」
「えっと…。だ、大丈夫。慣れてるから。でも、安心しちゃって」
そう言って無理矢理笑顔を作った。
すごく胸が苦しかった。
そんな顔させたかったわけじゃないのに。
俺は春名を抱きしめた。
「へっ?ちょ、ちょっと…!」
「ごめん。助けんの遅くなって。それに、俺のせいだよな…」
そう言って優しく春名の背中を撫でた。
俺の肩が濡れていくのがわかった。
——春名が泣いている。
「違うよ…!成瀬くんのせいじゃっ…ない…から。もともといじめられてて…それで…」
その後の言葉は出てこなかった。
ずっと耐えてきたんだ。
それを悪化させてしまったのは俺だ。
それが悔しかった。
やっぱり俺は誰かを不幸にすることしかできない。
そう絶望した。
そんな俺に春名が言った。
「心配してくれてありがとう。もう一度言うけど、これは成瀬くんのせいじゃないから」
いつの間にか春名は泣き止んでいた。
その瞳は真っ直ぐ俺を捉えていた。
きっと嘘は言ってない。
でも、またこんなことがあったら?
俺は耐えられない。
「春名がそう思ってたとしても、これから先俺の存在が春名を傷つけるかもしれない。そうなったら…俺は自分を許せない…!!」
そう言った俺の手を、春名が優しく包んだ。
まるで、大切なものを扱うように。
「じゃあ、成瀬くんが守ってよ。一緒にいられないのは嫌だな」
そう言ってふわりと笑った。
——守る。
俺にそんなことができるんだろうか。
「もし、守りきれなかったら…」
「じゃあ、さっき助けてくれた時の気持ちは嘘だったの?」
「違う…!!」
とっさに言葉が出た。
「違う。嘘なんかじゃない。俺は春名を守りたいって、助けたいって思ったんだ」
「そっか。うん、ありがとう。その気持ちだけでとっても嬉しいよ。だから、大丈夫」
俺に優しい笑顔を見せてくれた。
そうか、助けられたんだ。
そう気がついた。
「春名が傷つかなかったならよかった」
そして、俺の言葉に春名が固まった。
まるで時が止まってしまったような、そんな錯覚を受けた。
春名の唇がゆっくりと動いた。
「好き」
そう言った後、春名は慌てて自分の口を塞(ふさ)いだ。
無意識のうちに出たのだろう。
なら、今の言葉の意味は?
俺はそれが知りたくなった。
「それ、どういう意味?」
俺の言葉に、春名は赤くなった顔を隠した。
かわいい。
ふと、そんなことを思った。
「やっ…あの、えっとその…。い、今のは…!友達としての好き…で」
すごく自信のない声、しどろもどろで聞き取りづらい。
でも、はっきり聞こえた。
なんとなく嘘なような気もしたが、確信はなかったのでこれ以上聞けない。
「ごめん、変なこと聞いた。忘れ——」
「う、嘘だよ…!!」
立ちあがろうとした俺の腕を思いっきり掴んだ。
俺はバランスを崩し、また座ってしまった。
春名と視線がしっかり合った。
「違うの!今の好きは、異性として…です…。成瀬くんのこと、好きになっちゃったみたい…」
少し不安そうな顔で俺を上目遣いで見てきた。
きっと、俺がまた突き放すんじゃないかと不安に思っているのだろう。
でも、俺はそんなこともうしない。
春名ともっと仲良くなりたいって思ってる。
この気持ちに名前をつけることはまだできない。
かといって、ここでフリたくない。
どうか、曖昧な俺を許してほしい。
「春名に対して、今は同じ気持ちは持ってない気がする。でも、ここで春名を突き放したくない。ごめん、こんな曖昧な答え方で」
「う、ううん。全然いいよ」
そうして、俺たちは一言も交わすことなく家に帰った。
けれど、その時間は苦痛ではなかった。
むしろ俺は心地いいとさえ思った。
ー春名栞奈sideー
火曜日の夜はお母さんとゆっくり話ができる唯一の時間。
お母さんは忙しいから。
私はこの時間が大好きだった。
でも、今はなんだか違う。
それもこれもきっと、成瀬くんに告白してしまったからなんだろう。
気持ちを自覚したら、思わず口に出てしまった。
私がため息をついていると、お母さんがきた。
「あら、今日はため息が多いのね?なにかあったの?」
「お母さん…」
私の前に座るお母さんの姿を眺めてから聞いた。
「あのさ、成瀬くんってどうしてあんなふうにしてるのかな?」
「…それは、どういう意味?」
少し間を置いて、お母さんが私にそう言った。
「だって、成瀬くんはとっても優しいんだよ。今日も困ってた私を助けてくれたの。でも、嫌われようとしているように見えるの。お母さんは、なにか知ってるんじゃないの?」
お母さんは成瀬くんの秘密を知っている。
直感だけど、そう思ったんだ。
すると、お母さんはニコッと笑って言った。
「栞奈は成瀬くんのことが好きなのね!」
「えっ!?い、いや別に…」
「隠さなくていいのよ〜?いいと思うわ!栞奈と成瀬くん」
私をからかうような口調で言うお母さんに対して、私はプクッと頬を膨らませた。
その様子を見てくすくすと笑った。
そして、お母さんは話してくれた。
「そうね。成瀬くんがいくつもの学校を退学になってここに来たのは知ってるでしょう?」
私はコクコクと頷いた。
「問題行動を起こして退学ってなってるけど、全部濡れ衣なのよ」
「え…?」
思わずそう声が漏れてしまった。
問題行動を起こしてばかりの問題児。
噂でもそう聞いていた成瀬くん。
でも、全部濡れ衣…?
「前の学校ではいじめがあって、いじめられてた子を成瀬くんがかばったみたいなの。その時先生に見つかってね。『成瀬くんがいじめた』って言葉を信じた先生が上に報告して、退学になったみたいなの」
言葉が全く出てこなかった。
彼はただ人を助けただけなのに、無実なのに罰を受けたというのだろうか。
どうしてそれを受け入れてしまったのだろうか。
「私もね、なんで本当のこと言わなかったんだろうって思ったのよ。そうして調べたら、ひとつ悲しい事実が出てきたのよ」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「父親がね、『晴がお父さんとお母さんを不幸にしたんだ。お前のせいだ』って言って出ていってしまったみたいなの」
息が止まった、そう錯覚を受けた。
成瀬くんが人を避ける理由がわかった気がした。
誰かを傷つけるのが怖いんだ。
「成瀬くんのお母さんが教えてくれたのよ。それ以来自分は誰かを不幸にするんだ!って言って、誰とも関わらなくなってしまったんだって」
「そう…なんだね。そんなことないのにね」
でも、幼かった成瀬くんはお父さんの言葉を信じてしまったんだ。
言葉は人を簡単に傷つける。
きっと、こういうことを指すのだろう。
成瀬くんには深い傷が心にあるんだ。
それを私が一緒に背負っていけたらいいのに。
「私、成瀬くんには幸せになってほしいな。いい人だもん。私が守ってあげられたらいいな」
「…そうね。栞奈が成瀬くんのそばにいてあげて」
そう言ってお母さんは微笑んでくれた。
私が成瀬くんを守れる存在になろう。
そして、いつか彼の恋人になれるといいな。
ー春名栞奈side 終ー
次の日の朝、俺はいつもより早く起きて支度をした。
昨日の夜紬希さんが作ってくれた食事を食べてから、カバンを持って隣の家に向かった。
自分でもらしくないことをしている自覚はある。
けれど、今度こそ守り抜きたいって思うから。
また春名がいじめられないように俺が守る。
そう決意して、俺はチャイムを鳴らした。
「はいはーい。どちら様…って、成瀬くんじゃない〜い。おはよう。どうしたの?」
そう言ってニコッと微笑んでくれた紬希さん。
俺はいつものように無愛想な態度で言った。
「おはようございます。春名を迎えに来ました。まだいますよね?」
そう俺が言うと、とても驚いた表情をされた。
その後ニコッと笑って、家の中に招いてくれた。
「準備までもう少しかかると思うから、リビングで待っていて!そのうち来るから〜」
俺はありがたくリビングで待たせてもらうことにした。
しばらくして、2階から春名が降りてきた。
「おはようお母さん。…えっ!?な、なんで成瀬くんがいるの!?」
俺を見るなり目を丸くした春名。
すでにメイクがされていて、服も制服、髪もきれいに整っていた。
「迎えにきたんですって〜。ほら、早く朝ごはん食べちゃって!」
「う、うん!」
そうして、急いでイスに座るなり朝食を食べ始めた。
それはその様子を正面から見つめる。
すると、春名の動きがピタリと止まった。
「ね、ねえ…なんでそんなに私を見てるの?」
そう言って不思議そうに首を傾げた。
どうやら、見つめすぎたみたいだ。
俺はそれを隠すみたいに、フイッと顔を横に向けた。
「別に」
「…そう」
春名は食事を再開させた。
俺の方を見ていないのを感じて、再び春名に視線を戻した。
それから、俺は言った。
「あんまり無理すんなよ。なんかあったら頼っていいから」
俺の言葉に驚いたように顔をあげた。
それから、控えめに頷いた。
「う、うん…!ありがとう!」
春名の表情が和らいだ気がした。
人に関わりたいだなんて、久しぶりに思った気がする。
春名のおかげで、前に進めている気がする。
俺がふわっと笑うと、春名は顔を赤らめた後下を向いた。
俺は春名の食事が終わるのをじっと見つめながら待っていた。
ようやく春名の準備が終わって、俺たちは学校への道を歩き出した。
英高校は家から近いから徒歩で行ける。
俺たち以外にもそういう奴はいるわけで、学校に近づくにつれ生徒が増えてきた。
春名が居心地悪そうにしている。
周りの目を気にしているんだろう。
「ねえ、あれって成瀬くんと春名さん?一緒に登校してるよ?」
「え〜付き合ってるのかな〜?成瀬くんのこと狙ってたのに」
「絶対不釣り合いだって!」
春名の悪口を言う奴を見つけて、俺は冷たい目で睨んだ。
噂をしていた女子たちは、そさくさと校舎に入っていった。
「あ、あのっ…ありがとう」
春名に礼を言われたので、軽く頷いた。
それから春名の手を引いて、一緒に校舎に入っていった。
そのまま一緒に教室に入った。
教室に入ると俺たちに視線が集まる。
シンとした空間の空気が重苦しい。
そんな空気を破ったのは、柊弥の一声だった。
「晴〜おはよ。あ、春名さんもおはよう」
いつもとなにも変わらない様子で、俺はどこかホッとしていた。
それから、叶羽も俺たちのところに来て言った。
「おはようございます晴様。それに春名さんも」
ふたりはなんら変わる様子がなかった。
だから、俺はこいつらとつるむのがいいと思ってるんだ。
噂には絶対影響されない。
「おはよ。春名も席つけよ」
そう言って、俺は自分の席に向かった。
その後も、俺は極力春名と一緒にいるようにした。
朝の陰口の件もあるし、俺と一緒に春名がいることをいいと思っていない奴も少なくはないだろう。
手を出せないように一緒にいることにした。
そうして、今日1日を終えた。
ー??side 始ー
「あー、ほんっとムカつく!!なにあの女!晴様の近くにいていいとも思ってんの!?そこは私の場所なのに…!」
私はあの春名栞奈とかいう女にムカついている。
だって、私の晴様に手を出したんだもの。
あいつに向ける視線だけ、なぜか特別なように感じる。
だから許せない。
晴様を追って転校までしてきたのに、なにも意味がなくなってしまう。
——奪わなければ。
晴様の隣は私のものなの。
あんなブスにその座を取られるわけない。
と、そんなふうにイライラしていると。
突然甘い声が私にかかった。
「ほんとそう〜!晴くんに近づくなんておこがましいよね」
そう言って笑顔で近づいてきた女の顔に、見覚えがあった。
上月心結…?
でも、なんとなく違う気がした。
「初めて会うよね〜!私は上月咲舞!心結の双子の姉っ!」
そう言われて理解した。
心結と顔はそっくりだが、性格がまるで違う。
サバサバしていてかわいげのない心結と、甘い声のかわいらしい咲舞。
全く違う。
「ねえねえ、あなたは晴くんのこと好きなの?だから、近くにいて彼女ヅラする栞奈が憎い?」
そうニヤニヤ聞いてくるのが、少し不愉快だった。
「憎いに決まってるでしょ!?あんなブスが認められるなんておかしいもの!!」
一瞬、咲舞は恐ろしいほど冷たい目を私に向けた。
怒っているとはまた違う、まるで視線で殺せそうなほど冷たい視線だった。
けれどすぐにそれはなくなって、ニコッと笑った。
「そっかぁ。じゃあさ、私と手を組まない?私も栞奈ちゃんのことは嫌いなんだよね〜。だから、ドン底に落としてあげよ!」
その言葉にグラッと揺れてしまった。
差し出されたその手を、とってしまった。
すると、咲舞が私をグッと引き寄せて言った。
「私たち仲間だね!じゃあ、栞奈ちゃんなんか、すぐに排除しちゃお!」
恐ろしかった。
そんな言葉で表せないほどの執着がそこにはあった。
なにか裏があることはわかった。
でも、栞奈に痛い目を合わせるためだから。
そう自分に言い聞かせて、彼女の手を取ってしまったが運の尽き。
私はもう咲舞の思う壺だった。
ー??side 終ー
次の日の昼休み、突然俺らのところに心結が来た。
珍しいこともあるんだなと思っていると、なにやら焦った様子で俺と距離を詰めて言った。
「晴!!どうしよう…咲舞が…」
その名前を聞いて嫌な汗が出た。
俺は咲舞のことが苦手だ。
ガサツだけど面白くて兄想いな心結とは違って、咲舞は策略的でちょっと狂ってるところがある。
あいつはどの学校でも俺に付きまとってきた。
あいついわく、「晴くんが好きだから」らしいけど本当にそうなのか。
俺に近寄る女を徹底的に排除した後、俺の罪を被せてきた張本人だ。
まさか、今度は栞奈を狙ってるんじゃないか。
すぐにそう思った。
「また咲舞が来たのか?」
「う、うん…。明日からこの学校に転校生として通うって。…晴のクラスで」
やっぱりか。
俺のクラスというのもなにか裏があるだろう。
「たぶん、また晴の近くにいる女たちを排除する気だよ!!最初に狙われちゃうのは栞奈ちゃんかも…どうしよう!?」
「落ち着け…!取り乱してどうする」
心結はハッとした表情をした後、うつむいて黙ってしまった。
心結は姉なのに、いつも咲舞を抑えることができないと責任を感じている。
「ごめんね。本当にごめん」
「…そう思ってるなら、俺に協力してくれるか?」
「も、もちろん!」
俺は心結の頭を優しく撫でた。
「俺に作戦がある。心結、頑張れるか?」
心結はコクコクと頷いた。
***
次の日の朝、心結が言っていたように本当に俺のクラスに咲舞が転校してきた。
「初めまして!上月咲舞だよ〜!みんなと仲良くしたいな!よろしく」
ニコッと満面の笑みで笑った。
バカな男たちはずいぶんとチョロいらしく、あいつをかわいいだとかなんだとか言ってる。
あいつはかわいくなんてねーんだよ。
咲舞が手を振ってきたが、俺は無視した。
面倒なことになると思ったから無視したのに、先生がその様子を見て面倒なことを起こした。
「上月は成瀬と知り合いなのかな?じゃあ、上月の席は成瀬と隣で」
「は?なんで俺の隣なんすか?」
俺は江花先生を睨んで言った。
あいつと隣の席なんて絶対拒否だ。
「知り合いが近くにいたほうがいいだろ?ほら、転校してきて後ろの席で隣もいないんだからいいだろ?」
そうやって勝手に進んでいき、結局は咲舞は俺の隣の席になった。
俺が動きにくくなったせいで心結の負担が増えるな。
そんなことを思ったが、まあ仕方ない。
それから、咲舞は突然俺の手を握ってきた。
「わ〜い。また席隣だね!よろしく——」
バシッ!!
俺は咲舞の手を思いっきり振り払った。
「触んな」
俺は冷たい目で咲舞を睨んだ。
転校初日の時のように、教室が静まり返ったのがわかった。
でも、こいつを庇ったりする理由はない。
俺はフイッと横を向いた。
「あ…ごめんね!晴くんはそういうの嫌いだったよね〜」
ちょっと崩れてきてる。
内心よく思いながら、俺は表情を崩さなかった。
「ッチ。なんでいつもそんな態度取るんだよ!!」
こいつの本性も知ってる。
叶羽と柊弥も同じだからこそ、俺に心配するような視線を向けてきた。
『気にすんな』
俺は目でそう伝えておいた。
事件はすぐ起こることになる。
***
昼休みになり、俺はいつものように春名のところに行った。
「今日も食べるだろ?」
「うん!」
春名は弁当を持って立ち上がった。
俺も弁当の入った袋を持って、一緒に教室を出て行こうとすると——。
「ねぇ〜、ふたりはいつも一緒に食べてるの?」
咲舞が俺たちに話しかけてきた。
ずいぶんと行動が早い。
おそらく、すでに春名と俺が親しいことを知っていたんだろう。
俺は咲舞の質問には答えずに行こうとすると、クラスの女子が声を上げた。
「そうだよ〜!栞奈ってば、いつも晴くんを独り占めしてるんだよ〜!!最低だよね!!」
俺は声を上げた女子のことを見る。
たしか春名をいじめる主犯の硴水柚葉だ。
初日に俺のところに寄ってきた奴だ。
硴水の声に、取り巻きが反応した。
「柚葉の言う通りなんだけど〜。彼女でもないのに厚かましいっていうかぁ」
「だよね〜!成瀬くんは優しいだけっていうか!あ、勘違いしてる〜?かわいそ!」
取り巻きの女が手を叩いて笑った。
クラスメイトも同じように笑い出した。
「春名さんってもともとお高く気取ってたもんなぁ」
「勘違いするのも無理ないって!」
クラスメイトも春名をよく思っていないのだろう。
春名は一歩後ろに下がった。
その時、俺は見ていた。
咲舞がニヤリと口角を上げたのだ。
全てこいつがやったことだと悟った。
「あ…私……」
春名の顔が青ざめている。
俺はそんな春名を守るように一歩前に出た。
「お前らうるせぇんだよ。黙れよ」
教室内が、シンと静まり返った。
その数秒後、春名は背を向けて走り出した。
「ごめんなさい…」
「っ…!春名!!」
俺も春名に続いて教室を出て、走り出した。
その頃教室内では——。
「あんなふうになる晴、初めて見たわ」
「そうですね。よほど春名さんが気に入っているのでしょう。さてと、私も失礼しますね」
叶羽は立ち上がり、心結に報告をするために教室を出ていった。
その姿を、咲舞は冷たい目で睨んでいた。
「どうしてうまくいかないのよっ…!?」
***
「春名っ…!待って!!」
「っ…!」
パンッと乾いた音が鳴って、俺の手が弾かれた。
今まで当たり前に触れられたはずの春名の手が、今は触れられない。
拒絶される。
「ご、ごめん…。今はひとりにしてほしいっ」
そう言って春名は駆け足でどこかに行ってしまった。
俺はその場にしゃがみ込んだ。
春名は、俺以上に傷ついた表情をしていた。
そんな顔させたのは俺なんだ。
やっぱり春名を守れなかった。
俺は誰かを傷つけることしかできない…!
母さんだって、俺のせいで1番愛していた親父を失った。
俺のせいだ。
そうひたすらに自分を責めている時、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「晴?」
俺はハッとして顔をあげた。
すぐそこに琥珀が立っていた。
弁当箱を抱えていたが、俺の表情を見るなりそれを床に落として駆け寄ってきた。
「どうした…!?なにかあった?」
心配している表情。
俺はそれにすがりたくなってしまって、琥珀の腕をつかんで言った。
こんな弱気な姿、初めて見せる。
「俺…春名を傷つけたかもしれない。俺のせいでっ…みんな不幸になってく!」
俺がそう言うと、琥珀は優しい表情で俺の背中をさすった。
「落ち着いて晴。なにがあったか話して。じゃないと僕もわかんない」
そうだった。
琥珀はいつも俺らの心に寄り添ってくれる奴だった。
俺は一度深く気を吸って、一息ついてから言った。
「咲舞が転校してきたことが聞いたか?」
「え?あ…うん。心結からなんとなく聞いたかも。って、もしかしてもう転校してきてる!?」
琥珀は他人にあまり興味のないタイプだ。
どうでもいい話は聞き流しているんだろう。
特に、心結とはライバル視をしているため仲がいいとはあまりいえないかもしれない。
そんな相手の話は聞いていなかったんだろう。
俺はコクリと頷いた。
その行動で大体がわかったのだろう。
琥珀はため息をひとつついた。
「はぁ…なるほどね。もしかして、咲舞先輩が春名先輩になんかしたわけ?」
「ああ。昼休みにふたりで昼飯食おうとして教室を出る時、咲舞が仕掛けてきやがって。多分、クラスメイトもグルだった」
俺の言葉に、琥珀は暗い表情をした。
「春名先輩は悪女って言われて嫌われてるんだよね。噂だけど、いじめられてるって話も…。その様子だと、本当みたいだね」
春名の噂については知っていた。
周りもそれを信じているからこそ、のっかってきたんだろう。
春名はそんな奴じゃない。
「その話ってさっきのことでしょ?だったらさ、春名先輩と晴が一緒にいないのはおかしいんじゃないの?」
突然そんなことを言われ、俺は首を傾げた。
「いや、だって俺のせいで…」
「晴の悪いところはそこなんだよ」
いつもより強いその言い方に、俺は固まった。
「なんでも自分のせいにすんなよ。自分のせいじゃないって証明して見せろよ。晴は、ただ逃げてるだけだろ。相手に傷ついてほしくない。それ以上に、自分が傷つきたくないだけだろ。そういうのやめろよ。春名先輩を守れよ!好きなんだろ?」
その言葉に俺はハッとした。
琥珀はいつにもなく真剣な顔をしていた。
そうだ、俺はずっと逃げてたんだ。
「俺…ずっと逃げてたみたいだ…」
「今さらじゃん。でも、気づいたんでしょ?なら行きなよ。守って、春名先輩を」
俺がグッと下唇を噛んでから、勢いよく立ち上がった。
それから、琥珀に真剣な顔で言った。
「うん。ありがと、気がつかせてくれて。春名は俺の初恋だ。この気持ちを大事にする。だから、俺の手で必ず守る」
琥珀はふっと笑って、俺の背中を軽く押した。
「うん。行って」
俺は駆け出した。
春名を見つけるために。
side春名栞奈
なぜか流れてしまう涙をふきながら、私は人通りの少ない場所まで来てしまった。
あんなのはいつものことのはずなのに、なぜかいたたまれなくなった。
成瀬くんに聞かれたくなかったからかもしれない。
怖くなってしまった。
私は立ち止まり、また涙をふいた。
——嫌われちゃったかな。
あんなふうに逃げ出す姿を見せたから。
振り返ってみるけど、そこには誰もいない。
成瀬くんが来てくれるのを期待してるのかな。
すごく気持ちが沈んで、私はうつむいた。
とその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ここまで来てなにしに来たの〜?あはっ、結局晴くんは来ないもんね?」
そこにいたのは、にやにやと嫌な笑みを浮かべる上月さんだった。
きっと教室であんな声をあげたのは、彼女の計算のうちだったのだろう。
そう思うと、なんだか悔しい。
なにも変わってないじゃないか。
成瀬くんと出会って、少しは強くなれたって思ってたのに。
「ねえ!!なんとか言ったらどうなの?」
さっき以上に威圧的な態度で、壁を蹴った上月さん。
私はそれに大きく反応してしまった。
それが効いたと確証したのだろう。
上月さんは私にジリジリと近寄って言った。
「あんたさー、実は超弱虫でしょ?そんなんだから、晴くんにも愛想尽かされるんだって。かわいそぉ〜。いい?勘違いしてるみたいだから教えてあげる。晴くんはね、私のことが好きなの」
その言葉に、まるで思いっきり頭を殴られたような衝撃が走った。
成瀬くんは上月さんのことが好き?
きっと冷静に考えたら、嘘だって言えたのだろう。
でも、今の私には冷静さを保つことはできなかった。
「私も親の都合で転校を繰り返してるんだけど、よく晴くんと一緒になるの。晴くんは、私を特別って言ってくれるの〜!」
成瀬くんが上月さんと付き合うなんて耐えられない。
私がいいなんて、わがままなの?
「咲舞!!いい加減にして!!!」
突然、大きな声が廊下に響いた。
現れたのは上月さんの妹、上月心結ちゃんだった。
心結ちゃんは上月さんの肩をつかんで言った。
「全部あんたの自惚れなんだよ!いい加減気がついて!都合のいいように解釈しないで!!」
その言葉にイラついたのか、上月さんが強い口調で言い返した。
「はぁ!?あんただって、晴くんが好きなんでしょ!?だったら、あたしの気持ちだってわかるでしょ!!」
私はその言葉に1番驚いた。
心結ちゃんと言えば、成瀬くんと常に一緒にいるうちのひとりだった。
ふたりとも親友みたいな感じで、距離がすごく近いのは見ていてわかった。
だけど、まさか成瀬くんのことが好きだったなんて。
「わかんないよ!!どうして咲舞は、晴を傷つけてまで自分のものにしたいって思うの?好きなら、晴の幸せちゃんと願ってあげてよ!!」
聞いたこともない大きな声。
それと同時に、心結ちゃんがどれだけ成瀬くんを好きなのか伝わってきた。
私は成瀬くんには釣り合わない。
そう感じさせる言葉だった。
「心結…」
そして、現れたのは成瀬くんだった。
その声に反応して、心結ちゃんは振り返って成瀬くんを見つめた。
「あ…」
そんな声をもらして、固まってしまった。
「なにも聞かないでね」
すがるように震えた声だった。
今にも消えてしまいそうだな声だった。
「…ああ」
私は動くことすらできなかったのに、成瀬くんは当たり前かのようにそう言った。
その絆の深さに直面した気がした。
私は少しだけ嫉妬してしまった。
私は、いつの間にこんなに欲張りになっていたのだろう。
心結ちゃんの方が、よっぽど成瀬くんとお似合い。
成瀬くんは、私のためにここにきたんじゃない気がする。
だから、もう成瀬と付き合うなんて望んじゃいけない。
極端な気はするけど、そんなふうに言われているようでならなかった。
「咲舞、行くよ」
うつむいている私をよそに、心結ちゃんは上月さんを連れてどこかに行ってしまった。
「春名、大丈夫か?」
そんなふうに声をかけてくれたけど、黙っていることしかできない。
「咲舞になにされた」
「別に…なにも…」
上月さんは成瀬くんが自分のことを好きだと言った。
それは本当なの?
「成瀬くんは、上月さんが好きなの?」
そう聞いてしまった。
成瀬くんの答えを待ってる時間が、とてつもなく長く感じた。
次の言葉を聞くのが、怖いからかもしれない。
でも、成瀬くんは言った。
「いや、好きじゃない」
そう言って成瀬くんは私の横に座った。
私はホッとした。
「咲舞とは幼馴染だよ。…あのさ、今から話す俺のこと全部信じてくれる?」
私はハッとして顔をあげて、強く頷いた。
ー春名栞奈side 終ー
俺が最初に通っていたのは、ある程度偏差値の高い私立高校だった。
母さんが会社を経営していて、うちは案外金持ちだった。
母さんは会社を継いでほしいとは一度も言わなかった。
ただ、やりたいことをやればいいって。
俺は剣道に興味があって、その私立高校に決めた。
その歯車が狂い始めたのは、入学して2ヶ月経った頃だった。
あの日、俺は屋上で弁当を食べようと思って来てみた。
そうしたら、そこでいじめられているのを見たんだ。
俺が来た途端いじめっ子たちは、なんでもないように去っていった。
俺はいじめられてた、クラスメイトの大神紅葉に近寄った。
「おい!大丈夫か!?」
「な、成瀬くん…」
大神は泣いていた。
だから、守ってあげようって思った。
いじめなんて俺がやめさせるって。
そうしているうちに、大神といる時間が増えた。
登下校だって一緒にしたし、なんならめちゃくちゃ仲良くなって土日に一緒に遊んだりした。
惹かれてたんだろうな、大神に。
だけど、それが歯車が狂った原因になった。
「晴くん、好きだよ」
「え…?」
ある日突然告げられた言葉に、驚いて頭が真っ白になっていた。
その反面、俺は嬉しいと思った。
紅葉のことが好きだったし、付き合いたいとも思っていたから。
だから、すぐに返事をした。
「俺も…紅葉が好き」
そうして付き合って1ヶ月が経った。
いつものように、俺は日直の仕事が終わった後紅葉を迎えにいった。
その時、聞いてしまった。
紅葉は、自分をいじめていた子たちと話していた。
「あんたよく晴くんと付き合えたよね。どんな手使ったの?」
またなにかされるんじゃないか、そう思って俺は教室の扉を開けようとした。
だけど、俺はピタッと動きを止めた。
「え〜ふたりが協力してくれたからじゃん!私のこと、いじめてくれてありがと!」
「ちょっと〜。その言い方、勘違いされるって」
そう言って笑っていた。
なんだ、俺は騙されてたのか。
なんだか嫌だった。
「ごめんごめん。おかげで優良物件ゲットだし、マジ感謝してるんだって」
“優良物件”。
妙にその言葉が耳から離れなくて、自分の気持ちがよくわからなくなった。
その日から、俺は紅葉を避けるようになった。
今までの日々が嘘みたいだった。
そうして日が過ぎていって、限界がきたのか紅葉が俺に電話をしてきた。
『もしもし晴くん。最近どうしたの?私、なにかしちゃったのかな…?』
少し涙声になっているその声も、どうも嘘のように感じてしまった。
そして、俺は言ってしまった。
「紅葉、別れよう」
その言葉はもう、取り返しのつかないものだった。
そして、通話越しの紅葉の声がワントーン下がった。
『は?どうして?晴くんはもう…私のこと好きじゃないの?』
「いや…信じられなくなったんだ。この前教室での会話聞いてたよ。俺が“優良物件”でよかったって言ってたよな?」
俺は少し間を開けて、紅葉に聞いた。
「紅葉は本当に俺のことが好きなのか?」
『…当たり前じゃーん。晴くん以上にいい人いないし。顔もいいし、成績もいいしみんなが羨む晴くんと恋人なんだもん。最高だよね。だから、これからも私の見せ物になってくれるよね?』
これが紅葉の本心だったのだと、ようやく気がついた。
紅葉は俺をこうやって騙していたのだ。
俺と同じ“好き”じゃなかったんだ。
「紅葉のことがよくわかったよ。だから、やっぱり別れよう」
『は?なに言ってんの?恋人ってそういうもんでしょ?てか、学校いちの美少女の私が付き合ってあげてんだから、感謝してほしいくらいなんだけど』
もう聞いていられなくて、俺は通話を切った。
その後何度も着信があったけど、全て無視をした。
そしてついに送られてきたのが——。
『絶対許さないから。覚悟してて』
というメッセージだった。
次の日から、学校でいじめが始まった。
最初は無視なんて軽いものだったけど、どんどんエスカレートしていった。
それでも、俺は学校には通い続けた。
そんなことのせいで自分が好きな勉強も学校生活も、諦めたくなかったから。
それが調子にのってるように見えたんだろう。
ある日、事は起きた。
「何十年先もずっと一緒だ」
そう言った親父は2年後、俺と母さんを置いて家を出て行ってしまった。
なんでも、俺が嫌だったらしい。
だから、自分は誰かを傷つけることしかできない存在なんだと思った。
それからは誰とも関わらないようにした。
でも、お前はそれでも俺に関わろうとした。
「本当は優しいんでしょ、成瀬くん」
何度も突き放したはずなのにいつのまにか隣にいて。
でも、俺もいつのまにか好んで栞奈といるようになった。
これが特別な感情だとわかっていた。
けれど、なにかはわからない。
この答えはきっと、君だけが知ってる。
「あのね、私成瀬くんが好きなの」
その感情と俺の感情は同じなのか?
わからない。
でも、栞奈の笑顔を独り占めしたいと思った。
これは孤独な俺と、一匹狼の君との物語。
ー何百回でも思う。君に恋してるー 始
雨でも降りそうな不穏な天気の中。
今日から俺はここ英高校に転校することになった。
俺は成瀬晴、高校2年生。
光を通さない真っ黒な髪に、薄い茶色の瞳、整った顔立ち。
そんな容姿を持つ俺は前の学校で問題を起こして退学にされた、いわゆる“問題児”だ。
これで転校は7回目。
全部問題行動を起こし退学。
まあ、全部濡れ衣だけど。
英高校でもそうなる未来しか見えないけど、こればっかりは仕方ない。
俺は人を傷つけてしまう存在なのだから。
でも、この高校はいいな。
なぜって?
それはもちろん——。
「晴様。お迎えにあがりました」
「ああ、叶羽か。はよ」
いつもつるんでいる奴らが在校生だからだ。
こいつは赤羽叶羽、2年生で同学年だ。
ツンツンとした金色の髪の前髪はあげていて、深緑の瞳が特徴の常に無表情に奴だ。
母さんが有名な経営会社の社長で、俺はいわゆる御曹司ってやつだから護衛権世話係みたいなのをつけたいって話だったんだ。
それが幼馴染の叶羽になったってわけ。
「おはようございます。荷物お持ちしますよ」
俺はその言葉に甘えて、荷物を渡す。
すると、今度は後ろから声がかかった。
「あれ、晴じゃん。転校って今日だっけ?」
「ほんとだ」
「えっ、ちょっと目立つから話しかけなくていいって…!!」
俺が振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた3人。
「琥珀と柊弥。それに心結も今日は来たのか」
藍色の髪が特徴の黒マスクをつける女顔のこいつは、郁野琥珀。
華道の郁野家の跡取りで、ちょっと口が悪くて女嫌い。
その隣で俺を見ているオレンジ色のチャラそうなこいつは、上月柊弥。
こんな見た目だけどずっと無口で無愛想。
まあ、俺らに対してはすごい優しいけど。
あとその隣で迷惑そうに俺を見ている金髪ショートの女は、上月心結。
柊弥のひとつ下の妹だ。
サバサバした性格だけど臆病で、クラスメイトにいじめの標的にされてるんだ。
この3人と叶羽もあわせて幼馴染なんだ。
俺が唯一近くにいようと思える存在だ。
それから、柊弥が近づいてきて俺に言った。
「おはよ。てか、クラス聞いた?」
「いや、聞いてないな。でも叶羽と柊弥と同じクラスだといいな」
叶羽と柊弥は同じクラスで、俺と同じ学年の2年。
ちなみに琥珀と心結は1年だから。
「やめてよね!」
そう言って俺たちの間に入ってきた心結。
それから、俺を睨んできた。
「晴がお兄ちゃんと同じクラスになったら、また目立っちゃうじゃん!」
「あそ。まあ、俺はどうでもいいから。じゃあ行くわ」
俺はギロリと心結を見下ろした。
これ以上言っても面倒なだけなので、俺は3人から離れた。
叶羽だけは俺の後を追ってきたけど。
こいつらはちょっと特別なだけ。
俺と関わったら、どうせ不幸になるんだから近づかないほうがいい。
だから、一定の距離を保つんだ。
「晴、変わってないな。俺たちといたくないのかな」
「さあ、どうだろ。でも、それが晴の意思なら仕方ないよね」
そんな言葉は俺には聞こえなかった。
***
俺はそのまま職員室に向かい、扉をノックした。
コンコンッ。
「失礼します。転校生の成瀬晴です。担任の先生いらっしゃいますか?」
そう聞くと、俺に視線が集まった。
そして、奥に座っていた教師が俺の方に来た。
染めてんのかと思うほど明るい茶色の髪に、メガネをかけた無表情の先生。
「初めまして。俺がキミの入るA組の担任、江花晟だ。よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺は一応返事をし、頭を軽く下げた。
それから、江花先生が俺に言った。
「じゃあ教室に行こうか。そういえばキミ、さっき赤羽と上月と話してるの見たけど知り合い?」
教室に向かいながら、先生がそんな質問をしてきた。
そういえば、職員室から正門が見えるんだっけ。
俺は素直に頷いた。
「はい。幼馴染なんです」
「そうか。なら、クラス同じでよかったな」
そう言われて、初めてふたりと同じクラスだと気がついた。
あいつらたしかA組って言ってたな。
俺たちは無言で廊下を進んでいく。
どうやら、教室は階段を上がってすぐ右だったみたいだ。
職員室は2階で、教室は3階。
迷わず教室に入る先生の背中を見て、俺は戸惑った。
「俺も入っていいんですか?」
「ん?ああ、いいよ」
なんともてきとうな先生だ。
そう思いながらも、俺は教室の中に入った。
俺が入ったと同時にしんとするのもいつものことで慣れた。
それから、先生に自己紹介するよう言われた。
「えっと、初めまして。成瀬晴です。よろしく」
先生は頷いた後、俺の席を指定した。
どうやら学級委員女子の隣らしい。
後ろの席なのは感謝だ。
俺は席に座り、カバンを横にかける。
そのタイミングで、隣の女が話しかけてきた。
「初めまして成瀬くん。私は春名栞奈、学級委員長だから困ったらなんでも聞いてね」
そう言ってニコリと笑った。
本当はなにか返事をするとこだが、好かれるのはもう嫌なので俺はふいっと春名とは反対を向いた。
その後、春名が話しかけてくることは無くなった。
休み時間になると、主に女が俺の席に来て話をする。
「成瀬くん、どこから来たの?」
「神奈川」
「そうなんだ〜。結構都会の方だよね。ていっても、ここ東京で都会だけどさ」
「そう」
極力喋らないようにしたが、飽きもせず話しかけてくる。
面倒だと思った俺は、女たちをギロッと睨んでいった。
「あのさ、俺お前らと仲良くする気ないから。話しかけてくんなよ」
空気が凍ったのがわかった。
それから、中心だった女が言った。
「あ、ごめんねぇ。初日で疲れてるよね〜」
そう言って俺の周りから人が離れていった。
去り際。
「ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ」
そう言われた。
別に、これでいい。
誰かを傷つけるよりマシだ。
その時、俺は横から視線を感じた。
春名が俺をじっと見つめていた。
俺はギロッと睨んで言い捨てた。
「うざ」
これで、こいつもきっと関わらなくなる。
そうして、授業開始のチャイムが鳴った。
放課後になり、俺が横にかけたカバンを取ると叶羽と柊弥が俺のところに来た。
「晴様。カバンをお持ちします」
「帰ろうぜ〜」
俺が叶羽にカバンを渡そうとすると、突然女から声がかかった。
「成瀬くん。今日この後、私に時間くれない?」
声の主は春名だった。
俺はため息をついた。
こいつ、まだ話しかけてくんのか。
「無理」
「あ、いきなり言われても困るよね。あのね、先生に校舎の案内を頼まれたの」
そういうことか、と納得した。
後ろからは先生が冷たい視線で俺たちを見てくる。
俺が断れば、なにか言われるのは春名の方だろう。
「わかった。じゃあ、頼む」
そう言うと、春名はホッとした表情を見せた。
俺のせいで気分悪くされるのは嫌だから。
それがわかっていたように、叶羽と柊弥は俺を見つめてきた。
「おい、お前ら。視線がうるさい」
「申し訳ありません。でも、校門でお待ちしておりますので」
「俺はお先」
そう言ってふたりは教室から出ていった。
相変わらず、って感じだな。
***
「ここが第一音楽室。これで教室全部まわったけど、なにか質問とかあるかな?」
「いや、ない」
「そっか。じゃあ、帰ろうか」
部活動まで紹介してくれて、30分以上かかった。
けれど、助かったのは事実だ。
「ありがと」
俺は一応お礼を言っておいた。
その言葉に、春名は目を大きく見開いて立ち止まった。
それから、春名が真剣な顔になって言った。
「ねえ成瀬くん。ひとつ、質問していい?」
「…なに」
「成瀬くん、本当は優しいんでしょ」
「は…?」
突然意味不明なことを言われて、俺は固まってしまった。
俺が、優しい?
嫌な態度ばかりとる俺のどこが優しいと言うのだろうか。
「だって、本当に悪い人だったらお礼なんて言わないし。そもそも、私のことを考えて校舎案内してって言わないでしょ?」
そこまで気がついていたのか、と少し驚く。
でも、ダメだ。
これ以上こいつに踏み込ませれば、こいつは不幸になる。
そんなことあっちゃいけない。
俺は無視して春名の横を通り過ぎた。
「だから、そういうのうざい」
その後すぐに再開することになるなんて、思いもしなかった。
***
叶羽に下宿先まで送ってもらい、俺は家のドアを開けた。
「あら、おかえりなさい。夕飯できてるから」
リビングのソファに座っている紬希さんの姿が見えた。
彼女はここの管理人で、すごく穏やかな人だ。
昨日からここに下宿した俺の面倒を見てくれることになっている。
「ただいまです。今日もありがとうございます」
「いいのよ〜。あ、そうだ。昨日紹介できなかった娘を紹介したいの。ちょっと待っててね〜」
紬希さんは娘と隣の家に住んでいる。
そうして、紬希さんは数分後娘と一緒に戻ってきた。
桃色の髪と澄んだ茶色い瞳、その全てを俺は知っていた。
「春名…」
俺は彼女の名前を呼んだ。
娘と言って紬希さんが連れてきたのは、春名栞奈だった。
俺は驚きで言葉が出てこない反面、春名はニコリと微笑んだ。
「さっきぶりだね、成瀬くん」
「あら栞奈知り合いなの?」
きょとんとして聞いてくる紬希さんに、春名は平然と答えた。
「クラスが一緒だったんだ。私、学級委員だから面倒を見てくれって頼まれたんだよ」
「あら〜そうだったの!だったら仲良くできそうね。安心したわ〜」
「そう…だね」
今度は歯切れの悪い言い方をしていた。
きっとさっきの態度が効いたのだろう。
これでいい。
紬希さんには悪いけど、春名と仲良くすることはできない。
「春名、俺はお前と仲良くする気はないから。部屋戻ります」
こうなっては紬希さんにも嫌われるしかない。
俺はふたりを突き放すように、視線を飛ばした。
「えっ!ちょっと晴くん!?」
追いかけてくる紬希さんをよそに、俺は部屋に戻って鍵をかけた。
そのまま俺はズルズルと床に座り込んだ。
仕方ない、こうなるのは当たり前なんだ。
自分にそう言い聞かせる他なかった。
きっとまた追い出されて、転校する羽目になる。
なにを期待していたんだろう。
バカバカしい。
そのままリビングには戻らずベッドに横になり、眠ってしまった。
***
朝早くに目が覚め、俺は飲み物を取りにリビングに行った。
すごく静かで誰もいない。
当たり前か、まだ5時だもんな。
俺はコップ一杯の水を飲み、ラフな格好に着替えて外に出た。
習慣づけされた散歩だ。
ホッと一息ついたところで、声をかけられてしまった。
「成瀬くん?」
「…春名か」
避けてこなかったことに疑問を持った。
俺、昨日きつい態度とったよな?
こいつはいつもそうだ。
なにもなかったような顔をして笑う、今もだ。
「おはよう。昨日夕飯食べにこなかったけどお腹減ってない?」
「俺の心配してるわけ?やめろよそういうの。うざいって何度も言った」
そう言うと、春名は笑顔をなくして俺に言った。
「それってさ、本心で言ってる?私にはそう聞こえないんだよね」
「っ…!どうでもいいだろ」
俺は春名とは反対方向に歩き出した。
図星だった。
本心で言うわけないだろ。
でも、俺は誰かを傷つける存在だから。
俺のせいで誰かが傷つくのは嫌なんだ。
春名は俺に背中をじっと見つめていた。
***
次の日、春名が俺になにかを言ってくることはなかった。
そのことに、少しだけほっとした。
こいつと話すのは危険だと、そう心が言っているから。
放課後になり、俺は叶羽と柊弥と正門を通った。
そんな時、ふと教室が気になって振り返った。
自分でもどうしてこんな行動をとったかなんてわからない。
そこには春名がいた。
様子が変だった。
春名は俺を見つめていた。
「たすけて」
そう口が動いた気がした。
気のせいということにすればよかったはずなのに。
——抗えない。
「叶羽、柊弥。教室に戻る。送りはいらないから帰れ」
「はっ!?ちょ、晴!?」
そんな声も、もう俺には聞こえていなかった。
俺は教室に向かって走り出した。
「行ってしまいましたね」
「いやいや、あいつどうしたの?めっちゃ焦ってなかった」
「さあ?なんでしょう」
「お前絶対わかってるだろ…」
叶羽にはわかっていた。
成瀬晴にとって、春名栞奈という人間が特別な存在になりつつあるのを。
***
俺は教室の扉の前で立ち止まって身を隠した。
中からはクラスの中心的女子3人と春名がいた。
「やっぱり最近調子乗ってるよね〜?お前みたいな奴が成瀬くんに関わっていいわけないでしょ!」
「そうよそうよ!成瀬くんは柚葉のものなんだから!」
その言葉にイラッとした。
なんこか前の学校でもこういうことがあった。
まるで俺と恋人であるかのように接して、気持ち悪い視線で、声で言った。
『晴くんは私のものでしょ…?どうしてそうやって私を拒否するの?』
その後そいつを突き放した。
それがダメだったのだろう、後日俺はそいつに暴力を振るったということで退学になった。
ここでもそうなのかと思った。
こいつらにとって俺はまるで“ブランド品”で、顔にしか興味ないのだ。
そんなことを考えていると、春名が言った。
「成瀬くんはあなたのものじゃないでしょ?そして、私のものでもない。そうやって無意識に彼を傷つけてしまうあなたでは、不釣り合いだよ」
真っ直ぐな言葉とは裏腹に、春名の手は震えていた。
恐れている、こいつらを。
おそらく日常的にいじめを受けているのだろうと思った。
春名は今までの女子とは違うなにかを持ってる。
なにか特別な感情を持ち始めていることに、自覚した瞬間だった。
俺は勢いよく教室の扉を開けた。
ガラッ。
大きな音がすると共に、春名をいじめていた女子が俺を見た。
その瞬間顔が青ざめた。
「誰がお前のものだって?言ってみろよ」
威圧的な態度で俺は主犯のやつの前に立った。
それからひどく冷たい視線で見下ろす。
「あ…えっと…」
「言葉を出てこないってか?ふざけんなよ。俺はお前のものになったつもりはねぇよ。あと、今後春名を傷つけるようなことしてみろ?絶対許さねぇから」
その言葉をを言うと、女子たちは慌てた様子で教室を出ていった。
そうしてしばらくして、春名がその場に崩れ落ちた。
俺は春名に声をかけた。
「おい、大丈夫か!?」
「えっと…。だ、大丈夫。慣れてるから。でも、安心しちゃって」
そう言って無理矢理笑顔を作った。
すごく胸が苦しかった。
そんな顔させたかったわけじゃないのに。
俺は春名を抱きしめた。
「へっ?ちょ、ちょっと…!」
「ごめん。助けんの遅くなって。それに、俺のせいだよな…」
そう言って優しく春名の背中を撫でた。
俺の肩が濡れていくのがわかった。
——春名が泣いている。
「違うよ…!成瀬くんのせいじゃっ…ない…から。もともといじめられてて…それで…」
その後の言葉は出てこなかった。
ずっと耐えてきたんだ。
それを悪化させてしまったのは俺だ。
それが悔しかった。
やっぱり俺は誰かを不幸にすることしかできない。
そう絶望した。
そんな俺に春名が言った。
「心配してくれてありがとう。もう一度言うけど、これは成瀬くんのせいじゃないから」
いつの間にか春名は泣き止んでいた。
その瞳は真っ直ぐ俺を捉えていた。
きっと嘘は言ってない。
でも、またこんなことがあったら?
俺は耐えられない。
「春名がそう思ってたとしても、これから先俺の存在が春名を傷つけるかもしれない。そうなったら…俺は自分を許せない…!!」
そう言った俺の手を、春名が優しく包んだ。
まるで、大切なものを扱うように。
「じゃあ、成瀬くんが守ってよ。一緒にいられないのは嫌だな」
そう言ってふわりと笑った。
——守る。
俺にそんなことができるんだろうか。
「もし、守りきれなかったら…」
「じゃあ、さっき助けてくれた時の気持ちは嘘だったの?」
「違う…!!」
とっさに言葉が出た。
「違う。嘘なんかじゃない。俺は春名を守りたいって、助けたいって思ったんだ」
「そっか。うん、ありがとう。その気持ちだけでとっても嬉しいよ。だから、大丈夫」
俺に優しい笑顔を見せてくれた。
そうか、助けられたんだ。
そう気がついた。
「春名が傷つかなかったならよかった」
そして、俺の言葉に春名が固まった。
まるで時が止まってしまったような、そんな錯覚を受けた。
春名の唇がゆっくりと動いた。
「好き」
そう言った後、春名は慌てて自分の口を塞(ふさ)いだ。
無意識のうちに出たのだろう。
なら、今の言葉の意味は?
俺はそれが知りたくなった。
「それ、どういう意味?」
俺の言葉に、春名は赤くなった顔を隠した。
かわいい。
ふと、そんなことを思った。
「やっ…あの、えっとその…。い、今のは…!友達としての好き…で」
すごく自信のない声、しどろもどろで聞き取りづらい。
でも、はっきり聞こえた。
なんとなく嘘なような気もしたが、確信はなかったのでこれ以上聞けない。
「ごめん、変なこと聞いた。忘れ——」
「う、嘘だよ…!!」
立ちあがろうとした俺の腕を思いっきり掴んだ。
俺はバランスを崩し、また座ってしまった。
春名と視線がしっかり合った。
「違うの!今の好きは、異性として…です…。成瀬くんのこと、好きになっちゃったみたい…」
少し不安そうな顔で俺を上目遣いで見てきた。
きっと、俺がまた突き放すんじゃないかと不安に思っているのだろう。
でも、俺はそんなこともうしない。
春名ともっと仲良くなりたいって思ってる。
この気持ちに名前をつけることはまだできない。
かといって、ここでフリたくない。
どうか、曖昧な俺を許してほしい。
「春名に対して、今は同じ気持ちは持ってない気がする。でも、ここで春名を突き放したくない。ごめん、こんな曖昧な答え方で」
「う、ううん。全然いいよ」
そうして、俺たちは一言も交わすことなく家に帰った。
けれど、その時間は苦痛ではなかった。
むしろ俺は心地いいとさえ思った。
ー春名栞奈sideー
火曜日の夜はお母さんとゆっくり話ができる唯一の時間。
お母さんは忙しいから。
私はこの時間が大好きだった。
でも、今はなんだか違う。
それもこれもきっと、成瀬くんに告白してしまったからなんだろう。
気持ちを自覚したら、思わず口に出てしまった。
私がため息をついていると、お母さんがきた。
「あら、今日はため息が多いのね?なにかあったの?」
「お母さん…」
私の前に座るお母さんの姿を眺めてから聞いた。
「あのさ、成瀬くんってどうしてあんなふうにしてるのかな?」
「…それは、どういう意味?」
少し間を置いて、お母さんが私にそう言った。
「だって、成瀬くんはとっても優しいんだよ。今日も困ってた私を助けてくれたの。でも、嫌われようとしているように見えるの。お母さんは、なにか知ってるんじゃないの?」
お母さんは成瀬くんの秘密を知っている。
直感だけど、そう思ったんだ。
すると、お母さんはニコッと笑って言った。
「栞奈は成瀬くんのことが好きなのね!」
「えっ!?い、いや別に…」
「隠さなくていいのよ〜?いいと思うわ!栞奈と成瀬くん」
私をからかうような口調で言うお母さんに対して、私はプクッと頬を膨らませた。
その様子を見てくすくすと笑った。
そして、お母さんは話してくれた。
「そうね。成瀬くんがいくつもの学校を退学になってここに来たのは知ってるでしょう?」
私はコクコクと頷いた。
「問題行動を起こして退学ってなってるけど、全部濡れ衣なのよ」
「え…?」
思わずそう声が漏れてしまった。
問題行動を起こしてばかりの問題児。
噂でもそう聞いていた成瀬くん。
でも、全部濡れ衣…?
「前の学校ではいじめがあって、いじめられてた子を成瀬くんがかばったみたいなの。その時先生に見つかってね。『成瀬くんがいじめた』って言葉を信じた先生が上に報告して、退学になったみたいなの」
言葉が全く出てこなかった。
彼はただ人を助けただけなのに、無実なのに罰を受けたというのだろうか。
どうしてそれを受け入れてしまったのだろうか。
「私もね、なんで本当のこと言わなかったんだろうって思ったのよ。そうして調べたら、ひとつ悲しい事実が出てきたのよ」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「父親がね、『晴がお父さんとお母さんを不幸にしたんだ。お前のせいだ』って言って出ていってしまったみたいなの」
息が止まった、そう錯覚を受けた。
成瀬くんが人を避ける理由がわかった気がした。
誰かを傷つけるのが怖いんだ。
「成瀬くんのお母さんが教えてくれたのよ。それ以来自分は誰かを不幸にするんだ!って言って、誰とも関わらなくなってしまったんだって」
「そう…なんだね。そんなことないのにね」
でも、幼かった成瀬くんはお父さんの言葉を信じてしまったんだ。
言葉は人を簡単に傷つける。
きっと、こういうことを指すのだろう。
成瀬くんには深い傷が心にあるんだ。
それを私が一緒に背負っていけたらいいのに。
「私、成瀬くんには幸せになってほしいな。いい人だもん。私が守ってあげられたらいいな」
「…そうね。栞奈が成瀬くんのそばにいてあげて」
そう言ってお母さんは微笑んでくれた。
私が成瀬くんを守れる存在になろう。
そして、いつか彼の恋人になれるといいな。
ー春名栞奈side 終ー
次の日の朝、俺はいつもより早く起きて支度をした。
昨日の夜紬希さんが作ってくれた食事を食べてから、カバンを持って隣の家に向かった。
自分でもらしくないことをしている自覚はある。
けれど、今度こそ守り抜きたいって思うから。
また春名がいじめられないように俺が守る。
そう決意して、俺はチャイムを鳴らした。
「はいはーい。どちら様…って、成瀬くんじゃない〜い。おはよう。どうしたの?」
そう言ってニコッと微笑んでくれた紬希さん。
俺はいつものように無愛想な態度で言った。
「おはようございます。春名を迎えに来ました。まだいますよね?」
そう俺が言うと、とても驚いた表情をされた。
その後ニコッと笑って、家の中に招いてくれた。
「準備までもう少しかかると思うから、リビングで待っていて!そのうち来るから〜」
俺はありがたくリビングで待たせてもらうことにした。
しばらくして、2階から春名が降りてきた。
「おはようお母さん。…えっ!?な、なんで成瀬くんがいるの!?」
俺を見るなり目を丸くした春名。
すでにメイクがされていて、服も制服、髪もきれいに整っていた。
「迎えにきたんですって〜。ほら、早く朝ごはん食べちゃって!」
「う、うん!」
そうして、急いでイスに座るなり朝食を食べ始めた。
それはその様子を正面から見つめる。
すると、春名の動きがピタリと止まった。
「ね、ねえ…なんでそんなに私を見てるの?」
そう言って不思議そうに首を傾げた。
どうやら、見つめすぎたみたいだ。
俺はそれを隠すみたいに、フイッと顔を横に向けた。
「別に」
「…そう」
春名は食事を再開させた。
俺の方を見ていないのを感じて、再び春名に視線を戻した。
それから、俺は言った。
「あんまり無理すんなよ。なんかあったら頼っていいから」
俺の言葉に驚いたように顔をあげた。
それから、控えめに頷いた。
「う、うん…!ありがとう!」
春名の表情が和らいだ気がした。
人に関わりたいだなんて、久しぶりに思った気がする。
春名のおかげで、前に進めている気がする。
俺がふわっと笑うと、春名は顔を赤らめた後下を向いた。
俺は春名の食事が終わるのをじっと見つめながら待っていた。
ようやく春名の準備が終わって、俺たちは学校への道を歩き出した。
英高校は家から近いから徒歩で行ける。
俺たち以外にもそういう奴はいるわけで、学校に近づくにつれ生徒が増えてきた。
春名が居心地悪そうにしている。
周りの目を気にしているんだろう。
「ねえ、あれって成瀬くんと春名さん?一緒に登校してるよ?」
「え〜付き合ってるのかな〜?成瀬くんのこと狙ってたのに」
「絶対不釣り合いだって!」
春名の悪口を言う奴を見つけて、俺は冷たい目で睨んだ。
噂をしていた女子たちは、そさくさと校舎に入っていった。
「あ、あのっ…ありがとう」
春名に礼を言われたので、軽く頷いた。
それから春名の手を引いて、一緒に校舎に入っていった。
そのまま一緒に教室に入った。
教室に入ると俺たちに視線が集まる。
シンとした空間の空気が重苦しい。
そんな空気を破ったのは、柊弥の一声だった。
「晴〜おはよ。あ、春名さんもおはよう」
いつもとなにも変わらない様子で、俺はどこかホッとしていた。
それから、叶羽も俺たちのところに来て言った。
「おはようございます晴様。それに春名さんも」
ふたりはなんら変わる様子がなかった。
だから、俺はこいつらとつるむのがいいと思ってるんだ。
噂には絶対影響されない。
「おはよ。春名も席つけよ」
そう言って、俺は自分の席に向かった。
その後も、俺は極力春名と一緒にいるようにした。
朝の陰口の件もあるし、俺と一緒に春名がいることをいいと思っていない奴も少なくはないだろう。
手を出せないように一緒にいることにした。
そうして、今日1日を終えた。
ー??side 始ー
「あー、ほんっとムカつく!!なにあの女!晴様の近くにいていいとも思ってんの!?そこは私の場所なのに…!」
私はあの春名栞奈とかいう女にムカついている。
だって、私の晴様に手を出したんだもの。
あいつに向ける視線だけ、なぜか特別なように感じる。
だから許せない。
晴様を追って転校までしてきたのに、なにも意味がなくなってしまう。
——奪わなければ。
晴様の隣は私のものなの。
あんなブスにその座を取られるわけない。
と、そんなふうにイライラしていると。
突然甘い声が私にかかった。
「ほんとそう〜!晴くんに近づくなんておこがましいよね」
そう言って笑顔で近づいてきた女の顔に、見覚えがあった。
上月心結…?
でも、なんとなく違う気がした。
「初めて会うよね〜!私は上月咲舞!心結の双子の姉っ!」
そう言われて理解した。
心結と顔はそっくりだが、性格がまるで違う。
サバサバしていてかわいげのない心結と、甘い声のかわいらしい咲舞。
全く違う。
「ねえねえ、あなたは晴くんのこと好きなの?だから、近くにいて彼女ヅラする栞奈が憎い?」
そうニヤニヤ聞いてくるのが、少し不愉快だった。
「憎いに決まってるでしょ!?あんなブスが認められるなんておかしいもの!!」
一瞬、咲舞は恐ろしいほど冷たい目を私に向けた。
怒っているとはまた違う、まるで視線で殺せそうなほど冷たい視線だった。
けれどすぐにそれはなくなって、ニコッと笑った。
「そっかぁ。じゃあさ、私と手を組まない?私も栞奈ちゃんのことは嫌いなんだよね〜。だから、ドン底に落としてあげよ!」
その言葉にグラッと揺れてしまった。
差し出されたその手を、とってしまった。
すると、咲舞が私をグッと引き寄せて言った。
「私たち仲間だね!じゃあ、栞奈ちゃんなんか、すぐに排除しちゃお!」
恐ろしかった。
そんな言葉で表せないほどの執着がそこにはあった。
なにか裏があることはわかった。
でも、栞奈に痛い目を合わせるためだから。
そう自分に言い聞かせて、彼女の手を取ってしまったが運の尽き。
私はもう咲舞の思う壺だった。
ー??side 終ー
次の日の昼休み、突然俺らのところに心結が来た。
珍しいこともあるんだなと思っていると、なにやら焦った様子で俺と距離を詰めて言った。
「晴!!どうしよう…咲舞が…」
その名前を聞いて嫌な汗が出た。
俺は咲舞のことが苦手だ。
ガサツだけど面白くて兄想いな心結とは違って、咲舞は策略的でちょっと狂ってるところがある。
あいつはどの学校でも俺に付きまとってきた。
あいついわく、「晴くんが好きだから」らしいけど本当にそうなのか。
俺に近寄る女を徹底的に排除した後、俺の罪を被せてきた張本人だ。
まさか、今度は栞奈を狙ってるんじゃないか。
すぐにそう思った。
「また咲舞が来たのか?」
「う、うん…。明日からこの学校に転校生として通うって。…晴のクラスで」
やっぱりか。
俺のクラスというのもなにか裏があるだろう。
「たぶん、また晴の近くにいる女たちを排除する気だよ!!最初に狙われちゃうのは栞奈ちゃんかも…どうしよう!?」
「落ち着け…!取り乱してどうする」
心結はハッとした表情をした後、うつむいて黙ってしまった。
心結は姉なのに、いつも咲舞を抑えることができないと責任を感じている。
「ごめんね。本当にごめん」
「…そう思ってるなら、俺に協力してくれるか?」
「も、もちろん!」
俺は心結の頭を優しく撫でた。
「俺に作戦がある。心結、頑張れるか?」
心結はコクコクと頷いた。
***
次の日の朝、心結が言っていたように本当に俺のクラスに咲舞が転校してきた。
「初めまして!上月咲舞だよ〜!みんなと仲良くしたいな!よろしく」
ニコッと満面の笑みで笑った。
バカな男たちはずいぶんとチョロいらしく、あいつをかわいいだとかなんだとか言ってる。
あいつはかわいくなんてねーんだよ。
咲舞が手を振ってきたが、俺は無視した。
面倒なことになると思ったから無視したのに、先生がその様子を見て面倒なことを起こした。
「上月は成瀬と知り合いなのかな?じゃあ、上月の席は成瀬と隣で」
「は?なんで俺の隣なんすか?」
俺は江花先生を睨んで言った。
あいつと隣の席なんて絶対拒否だ。
「知り合いが近くにいたほうがいいだろ?ほら、転校してきて後ろの席で隣もいないんだからいいだろ?」
そうやって勝手に進んでいき、結局は咲舞は俺の隣の席になった。
俺が動きにくくなったせいで心結の負担が増えるな。
そんなことを思ったが、まあ仕方ない。
それから、咲舞は突然俺の手を握ってきた。
「わ〜い。また席隣だね!よろしく——」
バシッ!!
俺は咲舞の手を思いっきり振り払った。
「触んな」
俺は冷たい目で咲舞を睨んだ。
転校初日の時のように、教室が静まり返ったのがわかった。
でも、こいつを庇ったりする理由はない。
俺はフイッと横を向いた。
「あ…ごめんね!晴くんはそういうの嫌いだったよね〜」
ちょっと崩れてきてる。
内心よく思いながら、俺は表情を崩さなかった。
「ッチ。なんでいつもそんな態度取るんだよ!!」
こいつの本性も知ってる。
叶羽と柊弥も同じだからこそ、俺に心配するような視線を向けてきた。
『気にすんな』
俺は目でそう伝えておいた。
事件はすぐ起こることになる。
***
昼休みになり、俺はいつものように春名のところに行った。
「今日も食べるだろ?」
「うん!」
春名は弁当を持って立ち上がった。
俺も弁当の入った袋を持って、一緒に教室を出て行こうとすると——。
「ねぇ〜、ふたりはいつも一緒に食べてるの?」
咲舞が俺たちに話しかけてきた。
ずいぶんと行動が早い。
おそらく、すでに春名と俺が親しいことを知っていたんだろう。
俺は咲舞の質問には答えずに行こうとすると、クラスの女子が声を上げた。
「そうだよ〜!栞奈ってば、いつも晴くんを独り占めしてるんだよ〜!!最低だよね!!」
俺は声を上げた女子のことを見る。
たしか春名をいじめる主犯の硴水柚葉だ。
初日に俺のところに寄ってきた奴だ。
硴水の声に、取り巻きが反応した。
「柚葉の言う通りなんだけど〜。彼女でもないのに厚かましいっていうかぁ」
「だよね〜!成瀬くんは優しいだけっていうか!あ、勘違いしてる〜?かわいそ!」
取り巻きの女が手を叩いて笑った。
クラスメイトも同じように笑い出した。
「春名さんってもともとお高く気取ってたもんなぁ」
「勘違いするのも無理ないって!」
クラスメイトも春名をよく思っていないのだろう。
春名は一歩後ろに下がった。
その時、俺は見ていた。
咲舞がニヤリと口角を上げたのだ。
全てこいつがやったことだと悟った。
「あ…私……」
春名の顔が青ざめている。
俺はそんな春名を守るように一歩前に出た。
「お前らうるせぇんだよ。黙れよ」
教室内が、シンと静まり返った。
その数秒後、春名は背を向けて走り出した。
「ごめんなさい…」
「っ…!春名!!」
俺も春名に続いて教室を出て、走り出した。
その頃教室内では——。
「あんなふうになる晴、初めて見たわ」
「そうですね。よほど春名さんが気に入っているのでしょう。さてと、私も失礼しますね」
叶羽は立ち上がり、心結に報告をするために教室を出ていった。
その姿を、咲舞は冷たい目で睨んでいた。
「どうしてうまくいかないのよっ…!?」
***
「春名っ…!待って!!」
「っ…!」
パンッと乾いた音が鳴って、俺の手が弾かれた。
今まで当たり前に触れられたはずの春名の手が、今は触れられない。
拒絶される。
「ご、ごめん…。今はひとりにしてほしいっ」
そう言って春名は駆け足でどこかに行ってしまった。
俺はその場にしゃがみ込んだ。
春名は、俺以上に傷ついた表情をしていた。
そんな顔させたのは俺なんだ。
やっぱり春名を守れなかった。
俺は誰かを傷つけることしかできない…!
母さんだって、俺のせいで1番愛していた親父を失った。
俺のせいだ。
そうひたすらに自分を責めている時、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「晴?」
俺はハッとして顔をあげた。
すぐそこに琥珀が立っていた。
弁当箱を抱えていたが、俺の表情を見るなりそれを床に落として駆け寄ってきた。
「どうした…!?なにかあった?」
心配している表情。
俺はそれにすがりたくなってしまって、琥珀の腕をつかんで言った。
こんな弱気な姿、初めて見せる。
「俺…春名を傷つけたかもしれない。俺のせいでっ…みんな不幸になってく!」
俺がそう言うと、琥珀は優しい表情で俺の背中をさすった。
「落ち着いて晴。なにがあったか話して。じゃないと僕もわかんない」
そうだった。
琥珀はいつも俺らの心に寄り添ってくれる奴だった。
俺は一度深く気を吸って、一息ついてから言った。
「咲舞が転校してきたことが聞いたか?」
「え?あ…うん。心結からなんとなく聞いたかも。って、もしかしてもう転校してきてる!?」
琥珀は他人にあまり興味のないタイプだ。
どうでもいい話は聞き流しているんだろう。
特に、心結とはライバル視をしているため仲がいいとはあまりいえないかもしれない。
そんな相手の話は聞いていなかったんだろう。
俺はコクリと頷いた。
その行動で大体がわかったのだろう。
琥珀はため息をひとつついた。
「はぁ…なるほどね。もしかして、咲舞先輩が春名先輩になんかしたわけ?」
「ああ。昼休みにふたりで昼飯食おうとして教室を出る時、咲舞が仕掛けてきやがって。多分、クラスメイトもグルだった」
俺の言葉に、琥珀は暗い表情をした。
「春名先輩は悪女って言われて嫌われてるんだよね。噂だけど、いじめられてるって話も…。その様子だと、本当みたいだね」
春名の噂については知っていた。
周りもそれを信じているからこそ、のっかってきたんだろう。
春名はそんな奴じゃない。
「その話ってさっきのことでしょ?だったらさ、春名先輩と晴が一緒にいないのはおかしいんじゃないの?」
突然そんなことを言われ、俺は首を傾げた。
「いや、だって俺のせいで…」
「晴の悪いところはそこなんだよ」
いつもより強いその言い方に、俺は固まった。
「なんでも自分のせいにすんなよ。自分のせいじゃないって証明して見せろよ。晴は、ただ逃げてるだけだろ。相手に傷ついてほしくない。それ以上に、自分が傷つきたくないだけだろ。そういうのやめろよ。春名先輩を守れよ!好きなんだろ?」
その言葉に俺はハッとした。
琥珀はいつにもなく真剣な顔をしていた。
そうだ、俺はずっと逃げてたんだ。
「俺…ずっと逃げてたみたいだ…」
「今さらじゃん。でも、気づいたんでしょ?なら行きなよ。守って、春名先輩を」
俺がグッと下唇を噛んでから、勢いよく立ち上がった。
それから、琥珀に真剣な顔で言った。
「うん。ありがと、気がつかせてくれて。春名は俺の初恋だ。この気持ちを大事にする。だから、俺の手で必ず守る」
琥珀はふっと笑って、俺の背中を軽く押した。
「うん。行って」
俺は駆け出した。
春名を見つけるために。
side春名栞奈
なぜか流れてしまう涙をふきながら、私は人通りの少ない場所まで来てしまった。
あんなのはいつものことのはずなのに、なぜかいたたまれなくなった。
成瀬くんに聞かれたくなかったからかもしれない。
怖くなってしまった。
私は立ち止まり、また涙をふいた。
——嫌われちゃったかな。
あんなふうに逃げ出す姿を見せたから。
振り返ってみるけど、そこには誰もいない。
成瀬くんが来てくれるのを期待してるのかな。
すごく気持ちが沈んで、私はうつむいた。
とその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ここまで来てなにしに来たの〜?あはっ、結局晴くんは来ないもんね?」
そこにいたのは、にやにやと嫌な笑みを浮かべる上月さんだった。
きっと教室であんな声をあげたのは、彼女の計算のうちだったのだろう。
そう思うと、なんだか悔しい。
なにも変わってないじゃないか。
成瀬くんと出会って、少しは強くなれたって思ってたのに。
「ねえ!!なんとか言ったらどうなの?」
さっき以上に威圧的な態度で、壁を蹴った上月さん。
私はそれに大きく反応してしまった。
それが効いたと確証したのだろう。
上月さんは私にジリジリと近寄って言った。
「あんたさー、実は超弱虫でしょ?そんなんだから、晴くんにも愛想尽かされるんだって。かわいそぉ〜。いい?勘違いしてるみたいだから教えてあげる。晴くんはね、私のことが好きなの」
その言葉に、まるで思いっきり頭を殴られたような衝撃が走った。
成瀬くんは上月さんのことが好き?
きっと冷静に考えたら、嘘だって言えたのだろう。
でも、今の私には冷静さを保つことはできなかった。
「私も親の都合で転校を繰り返してるんだけど、よく晴くんと一緒になるの。晴くんは、私を特別って言ってくれるの〜!」
成瀬くんが上月さんと付き合うなんて耐えられない。
私がいいなんて、わがままなの?
「咲舞!!いい加減にして!!!」
突然、大きな声が廊下に響いた。
現れたのは上月さんの妹、上月心結ちゃんだった。
心結ちゃんは上月さんの肩をつかんで言った。
「全部あんたの自惚れなんだよ!いい加減気がついて!都合のいいように解釈しないで!!」
その言葉にイラついたのか、上月さんが強い口調で言い返した。
「はぁ!?あんただって、晴くんが好きなんでしょ!?だったら、あたしの気持ちだってわかるでしょ!!」
私はその言葉に1番驚いた。
心結ちゃんと言えば、成瀬くんと常に一緒にいるうちのひとりだった。
ふたりとも親友みたいな感じで、距離がすごく近いのは見ていてわかった。
だけど、まさか成瀬くんのことが好きだったなんて。
「わかんないよ!!どうして咲舞は、晴を傷つけてまで自分のものにしたいって思うの?好きなら、晴の幸せちゃんと願ってあげてよ!!」
聞いたこともない大きな声。
それと同時に、心結ちゃんがどれだけ成瀬くんを好きなのか伝わってきた。
私は成瀬くんには釣り合わない。
そう感じさせる言葉だった。
「心結…」
そして、現れたのは成瀬くんだった。
その声に反応して、心結ちゃんは振り返って成瀬くんを見つめた。
「あ…」
そんな声をもらして、固まってしまった。
「なにも聞かないでね」
すがるように震えた声だった。
今にも消えてしまいそうだな声だった。
「…ああ」
私は動くことすらできなかったのに、成瀬くんは当たり前かのようにそう言った。
その絆の深さに直面した気がした。
私は少しだけ嫉妬してしまった。
私は、いつの間にこんなに欲張りになっていたのだろう。
心結ちゃんの方が、よっぽど成瀬くんとお似合い。
成瀬くんは、私のためにここにきたんじゃない気がする。
だから、もう成瀬と付き合うなんて望んじゃいけない。
極端な気はするけど、そんなふうに言われているようでならなかった。
「咲舞、行くよ」
うつむいている私をよそに、心結ちゃんは上月さんを連れてどこかに行ってしまった。
「春名、大丈夫か?」
そんなふうに声をかけてくれたけど、黙っていることしかできない。
「咲舞になにされた」
「別に…なにも…」
上月さんは成瀬くんが自分のことを好きだと言った。
それは本当なの?
「成瀬くんは、上月さんが好きなの?」
そう聞いてしまった。
成瀬くんの答えを待ってる時間が、とてつもなく長く感じた。
次の言葉を聞くのが、怖いからかもしれない。
でも、成瀬くんは言った。
「いや、好きじゃない」
そう言って成瀬くんは私の横に座った。
私はホッとした。
「咲舞とは幼馴染だよ。…あのさ、今から話す俺のこと全部信じてくれる?」
私はハッとして顔をあげて、強く頷いた。
ー春名栞奈side 終ー
俺が最初に通っていたのは、ある程度偏差値の高い私立高校だった。
母さんが会社を経営していて、うちは案外金持ちだった。
母さんは会社を継いでほしいとは一度も言わなかった。
ただ、やりたいことをやればいいって。
俺は剣道に興味があって、その私立高校に決めた。
その歯車が狂い始めたのは、入学して2ヶ月経った頃だった。
あの日、俺は屋上で弁当を食べようと思って来てみた。
そうしたら、そこでいじめられているのを見たんだ。
俺が来た途端いじめっ子たちは、なんでもないように去っていった。
俺はいじめられてた、クラスメイトの大神紅葉に近寄った。
「おい!大丈夫か!?」
「な、成瀬くん…」
大神は泣いていた。
だから、守ってあげようって思った。
いじめなんて俺がやめさせるって。
そうしているうちに、大神といる時間が増えた。
登下校だって一緒にしたし、なんならめちゃくちゃ仲良くなって土日に一緒に遊んだりした。
惹かれてたんだろうな、大神に。
だけど、それが歯車が狂った原因になった。
「晴くん、好きだよ」
「え…?」
ある日突然告げられた言葉に、驚いて頭が真っ白になっていた。
その反面、俺は嬉しいと思った。
紅葉のことが好きだったし、付き合いたいとも思っていたから。
だから、すぐに返事をした。
「俺も…紅葉が好き」
そうして付き合って1ヶ月が経った。
いつものように、俺は日直の仕事が終わった後紅葉を迎えにいった。
その時、聞いてしまった。
紅葉は、自分をいじめていた子たちと話していた。
「あんたよく晴くんと付き合えたよね。どんな手使ったの?」
またなにかされるんじゃないか、そう思って俺は教室の扉を開けようとした。
だけど、俺はピタッと動きを止めた。
「え〜ふたりが協力してくれたからじゃん!私のこと、いじめてくれてありがと!」
「ちょっと〜。その言い方、勘違いされるって」
そう言って笑っていた。
なんだ、俺は騙されてたのか。
なんだか嫌だった。
「ごめんごめん。おかげで優良物件ゲットだし、マジ感謝してるんだって」
“優良物件”。
妙にその言葉が耳から離れなくて、自分の気持ちがよくわからなくなった。
その日から、俺は紅葉を避けるようになった。
今までの日々が嘘みたいだった。
そうして日が過ぎていって、限界がきたのか紅葉が俺に電話をしてきた。
『もしもし晴くん。最近どうしたの?私、なにかしちゃったのかな…?』
少し涙声になっているその声も、どうも嘘のように感じてしまった。
そして、俺は言ってしまった。
「紅葉、別れよう」
その言葉はもう、取り返しのつかないものだった。
そして、通話越しの紅葉の声がワントーン下がった。
『は?どうして?晴くんはもう…私のこと好きじゃないの?』
「いや…信じられなくなったんだ。この前教室での会話聞いてたよ。俺が“優良物件”でよかったって言ってたよな?」
俺は少し間を開けて、紅葉に聞いた。
「紅葉は本当に俺のことが好きなのか?」
『…当たり前じゃーん。晴くん以上にいい人いないし。顔もいいし、成績もいいしみんなが羨む晴くんと恋人なんだもん。最高だよね。だから、これからも私の見せ物になってくれるよね?』
これが紅葉の本心だったのだと、ようやく気がついた。
紅葉は俺をこうやって騙していたのだ。
俺と同じ“好き”じゃなかったんだ。
「紅葉のことがよくわかったよ。だから、やっぱり別れよう」
『は?なに言ってんの?恋人ってそういうもんでしょ?てか、学校いちの美少女の私が付き合ってあげてんだから、感謝してほしいくらいなんだけど』
もう聞いていられなくて、俺は通話を切った。
その後何度も着信があったけど、全て無視をした。
そしてついに送られてきたのが——。
『絶対許さないから。覚悟してて』
というメッセージだった。
次の日から、学校でいじめが始まった。
最初は無視なんて軽いものだったけど、どんどんエスカレートしていった。
それでも、俺は学校には通い続けた。
そんなことのせいで自分が好きな勉強も学校生活も、諦めたくなかったから。
それが調子にのってるように見えたんだろう。
ある日、事は起きた。


