何百回でも思う。君に恋してる

君とふたりで

ープロローグー

「何十年先もずっと一緒だ」

そう言った親父は2年後、俺と母さんを置いて家を出て行ってしまった。
なんでも、俺が嫌だったらしい。
だから、自分は誰かを傷つけることしかできない存在なんだと思った。

それからは誰とも関わらないようにした。
でも、お前はそれでも俺に関わろうとした。

「本当は優しいんでしょ、成瀬(なるせ)くん」

何度も突き放したはずなのにいつのまにか隣にいて。
でも、俺もいつのまにか好んで栞奈(かんな)といるようになった。

これが特別な感情だとわかっていた。
けれど、なにかはわからない。
この答えはきっと、君だけが知ってる。

「あのね、私成瀬くんが好きなの」

その感情と俺の感情は同じなのか?
わからない。


でも、栞奈の笑顔を独り占めしたいと思った。


これは孤独な俺と、一匹狼の君との物語。



ー何百回でも思う。君に恋してるー 始

雨でも降りそうな不穏な天気の中。
今日から俺はここ(はなぶさ)高校に転校することになった。

俺は成瀬晴(なるせはる)、高校2年生。
光を通さない真っ黒な髪に、薄い茶色の瞳、整った顔立ち。
そんな容姿を持つ俺は前の学校で問題を起こして退学にされた、いわゆる“問題児”だ。
これで転校は7回目。
全部問題行動を起こし退学。
まあ、全部濡れ衣だけど。
英高校でもそうなる未来しか見えないけど、こればっかりは仕方ない。
俺は人を傷つけてしまう存在なのだから。

でも、この高校はいいな。
なぜって?
それはもちろん——。

「晴様。お迎えにあがりました」

「ああ、叶羽(とわ)か。はよ」

いつもつるんでいる奴らが在校生だからだ。
こいつは赤羽叶羽(あかばねとわ)、2年生で同学年だ。
ツンツンとした金色の髪の前髪はあげていて、深緑の瞳が特徴の常に無表情に奴だ。
母さんが有名な経営会社の社長で、俺はいわゆる御曹司ってやつだから護衛権世話係みたいなのをつけたいって話だったんだ。
それが幼馴染の叶羽になったってわけ。

「おはようございます。荷物お持ちしますよ」

俺はその言葉に甘えて、荷物を渡す。
すると、今度は後ろから声がかかった。

「あれ、晴じゃん。転校って今日だっけ?」

「ほんとだ」

「えっ、ちょっと目立つから話しかけなくていいって…!!」

俺が振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた3人。

琥珀(こはく)柊弥(とうや)。それに心結(ここな)も今日は来たのか」

藍色の髪が特徴の黒マスクをつける女顔のこいつは、郁野琥珀(いくのこはく)
華道の郁野家の跡取りで、ちょっと口が悪くて女嫌い。

その隣で俺を見ているオレンジ色のチャラそうなこいつは、上月柊弥(うえづきとうや)
こんな見た目だけどずっと無口で無愛想。
まあ、俺らに対してはすごい優しいけど。

あとその隣で迷惑そうに俺を見ている金髪ショートの女は、上月心結(うえづきここな)
柊弥のひとつ下の妹だ。
サバサバした性格だけど臆病で、クラスメイトにいじめの標的にされてるんだ。

この3人と叶羽もあわせて幼馴染なんだ。
俺が唯一近くにいようと思える存在だ。
それから、柊弥が近づいてきて俺に言った。

「おはよ。てか、クラス聞いた?」

「いや、聞いてないな。でも叶羽と柊弥と同じクラスだといいな」

叶羽と柊弥は同じクラスで、俺と同じ学年の2年。
ちなみに琥珀と心結は1年だから。

「やめてよね!」

そう言って俺たちの間に入ってきた心結。

それから、俺を睨んできた。

「晴がお兄ちゃんと同じクラスになったら、また目立っちゃうじゃん!」

「あそ。まあ、俺はどうでもいいから。じゃあ行くわ」

俺はギロリと心結を見下ろした。

これ以上言っても面倒なだけなので、俺は3人から離れた。
叶羽だけは俺の後を追ってきたけど。
こいつらはちょっと特別なだけ。
俺と関わったら、どうせ不幸になるんだから近づかないほうがいい。
だから、一定の距離を保つんだ。

「晴、変わってないな。俺たちといたくないのかな」

「さあ、どうだろ。でも、それが晴の意思なら仕方ないよね」

そんな言葉は俺には聞こえなかった。

***

俺はそのまま職員室に向かい、扉をノックした。
コンコンッ。

「失礼します。転校生の成瀬晴です。担任の先生いらっしゃいますか?」

そう聞くと、俺に視線が集まった。
そして、奥に座っていた教師が俺の方に来た。
染めてんのかと思うほど明るい茶色の髪に、メガネをかけた無表情の先生。

「初めまして。俺がキミの入るA組の担任、江花晟(えばなじょう)だ。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」

俺は一応返事をし、頭を軽く下げた。
それから、江花先生が俺に言った。

「じゃあ教室に行こうか。そういえばキミ、さっき赤羽と上月と話してるの見たけど知り合い?」

教室に向かいながら、先生がそんな質問をしてきた。
そういえば、職員室から正門が見えるんだっけ。
俺は素直に頷いた。

「はい。幼馴染なんです」

「そうか。なら、クラス同じでよかったな」

そう言われて、初めてふたりと同じクラスだと気がついた。
あいつらたしかA組って言ってたな。

俺たちは無言で廊下を進んでいく。
どうやら、教室は階段を上がってすぐ右だったみたいだ。
職員室は2階で、教室は3階。
迷わず教室に入る先生の背中を見て、俺は戸惑った。

「俺も入っていいんですか?」

「ん?ああ、いいよ」

なんともてきとうな先生だ。
そう思いながらも、俺は教室の中に入った。
俺が入ったと同時にしんとするのもいつものことで慣れた。
それから、先生に自己紹介するよう言われた。

「えっと、初めまして。成瀬晴です。よろしく」

先生は頷いた後、俺の席を指定した。
どうやら学級委員女子の隣らしい。
後ろの席なのは感謝だ。
俺は席に座り、カバンを横にかける。
そのタイミングで、隣の女が話しかけてきた。

「初めまして成瀬くん。私は春名栞奈(はるなかんな)、学級委員長だから困ったらなんでも聞いてね」

そう言ってニコリと笑った。
本当はなにか返事をするとこだが、好かれるのはもう嫌なので俺はふいっと春名とは反対を向いた。
その後、春名が話しかけてくることは無くなった。

休み時間になると、主に女が俺の席に来て話をする。
「成瀬くん、どこから来たの?」

「神奈川」

「そうなんだ〜。結構都会の方だよね。ていっても、ここ東京で都会だけどさ」

「そう」

極力喋らないようにしたが、飽きもせず話しかけてくる。
面倒だと思った俺は、女たちをギロッと睨んでいった。

「あのさ、俺お前らと仲良くする気ないから。話しかけてくんなよ」

空気が凍ったのがわかった。
それから、中心だった女が言った。

「あ、ごめんねぇ。初日で疲れてるよね〜」

そう言って俺の周りから人が離れていった。
去り際。

「ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ」

そう言われた。
別に、これでいい。
誰かを傷つけるよりマシだ。

その時、俺は横から視線を感じた。
春名が俺をじっと見つめていた。
俺はギロッと睨んで言い捨てた。

「うざ」

これで、こいつもきっと関わらなくなる。
そうして、授業開始のチャイムが鳴った。

放課後になり、俺が横にかけたカバンを取ると叶羽と柊弥が俺のところに来た。

「晴様。カバンをお持ちします」

「帰ろうぜ〜」

俺が叶羽にカバンを渡そうとすると、突然女から声がかかった。

「成瀬くん。今日この後、私に時間くれない?」

声の主は春名だった。
俺はため息をついた。
こいつ、まだ話しかけてくんのか。

「無理」

「あ、いきなり言われても困るよね。あのね、先生に校舎の案内を頼まれたの」

そういうことか、と納得した。
後ろからは先生が冷たい視線で俺たちを見てくる。
俺が断れば、なにか言われるのは春名の方だろう。

「わかった。じゃあ、頼む」

そう言うと、春名はホッとした表情を見せた。
俺のせいで気分悪くされるのは嫌だから。
それがわかっていたように、叶羽と柊弥は俺を見つめてきた。

「おい、お前ら。視線がうるさい」

「申し訳ありません。でも、校門でお待ちしておりますので」

「俺はお先」

そう言ってふたりは教室から出ていった。
相変わらず、って感じだな。

***

「ここが第一音楽室。これで教室全部まわったけど、なにか質問とかあるかな?」

「いや、ない」

「そっか。じゃあ、帰ろうか」

部活動まで紹介してくれて、30分以上かかった。
けれど、助かったのは事実だ。

「ありがと」

俺は一応お礼を言っておいた。
その言葉に、春名は目を大きく見開いて立ち止まった。
それから、春名が真剣な顔になって言った。

「ねえ成瀬くん。ひとつ、質問していい?」

「…なに」

「成瀬くん、本当は優しいんでしょ」

「は…?」

突然意味不明なことを言われて、俺は固まってしまった。
俺が、優しい?
嫌な態度ばかりとる俺のどこが優しいと言うのだろうか。

「だって、本当に悪い人だったらお礼なんて言わないし。そもそも、私のことを考えて校舎案内してって言わないでしょ?」

そこまで気がついていたのか、と少し驚く。
でも、ダメだ。
これ以上こいつに踏み込ませれば、こいつは不幸になる。
そんなことあっちゃいけない。
俺は無視して春名の横を通り過ぎた。

「だから、そういうのうざい」

その後すぐに再開することになるなんて、思いもしなかった。

***

叶羽に下宿先まで送ってもらい、俺は家のドアを開けた。

「あら、おかえりなさい。夕飯できてるから」

リビングのソファに座っている紬希(つむぎ)さんの姿が見えた。
彼女はここの管理人で、すごく穏やかな人だ。
昨日からここに下宿した俺の面倒を見てくれることになっている。

「ただいまです。今日もありがとうございます」

「いいのよ〜。あ、そうだ。昨日紹介できなかった娘を紹介したいの。ちょっと待っててね〜」

紬希さんは娘と隣の家に住んでいる。
そうして、紬希さんは数分後娘と一緒に戻ってきた。
桃色の髪と澄んだ茶色い瞳、その全てを俺は知っていた。

「春名…」

俺は彼女の名前を呼んだ。
娘と言って紬希さんが連れてきたのは、春名栞奈だった。
俺は驚きで言葉が出てこない反面、春名はニコリと微笑んだ。

「さっきぶりだね、成瀬くん」

「あら栞奈知り合いなの?」

きょとんとして聞いてくる紬希さんに、春名は平然と答えた。

「クラスが一緒だったんだ。私、学級委員だから面倒を見てくれって頼まれたんだよ」

「あら〜そうだったの!だったら仲良くできそうね。安心したわ〜」

「そう…だね」

今度は歯切れの悪い言い方をしていた。
きっとさっきの態度が効いたのだろう。


これでいい。


紬希さんには悪いけど、春名と仲良くすることはできない。

「春名、俺はお前と仲良くする気はないから。部屋戻ります」

こうなっては紬希さんにも嫌われるしかない。
俺はふたりを突き放すように、視線を飛ばした。

「えっ!ちょっと晴くん!?」

追いかけてくる紬希さんをよそに、俺は部屋に戻って鍵をかけた。

そのまま俺はズルズルと床に座り込んだ。
仕方ない、こうなるのは当たり前なんだ。
自分にそう言い聞かせる他なかった。
きっとまた追い出されて、転校する羽目になる。
なにを期待していたんだろう。
バカバカしい。

そのままリビングには戻らずベッドに横になり、眠ってしまった。

***

朝早くに目が覚め、俺は飲み物を取りにリビングに行った。
すごく静かで誰もいない。
当たり前か、まだ5時だもんな。

俺はコップ一杯の水を飲み、ラフな格好に着替えて外に出た。
習慣づけされた散歩だ。
ホッと一息ついたところで、声をかけられてしまった。

「成瀬くん?」

「…春名か」

避けてこなかったことに疑問を持った。
俺、昨日きつい態度とったよな?
こいつはいつもそうだ。
なにもなかったような顔をして笑う、今もだ。

「おはよう。昨日夕飯食べにこなかったけどお腹減ってない?」

「俺の心配してるわけ?やめろよそういうの。うざいって何度も言った」

そう言うと、春名は笑顔をなくして俺に言った。

「それってさ、本心で言ってる?私にはそう聞こえないんだよね」

「っ…!どうでもいいだろ」

俺は春名とは反対方向に歩き出した。
図星だった。
本心で言うわけないだろ。

でも、俺は誰かを傷つける存在だから。


俺のせいで誰かが傷つくのは嫌なんだ。


春名は俺に背中をじっと見つめていた。

***

次の日、春名が俺になにかを言ってくることはなかった。
そのことに、少しだけほっとした。
こいつと話すのは危険だと、そう心が言っているから。

放課後になり、俺は叶羽と柊弥と正門を通った。
そんな時、ふと教室が気になって振り返った。
自分でもどうしてこんな行動をとったかなんてわからない。


そこには春名がいた。


様子が変だった。
春名は俺を見つめていた。

「たすけて」

そう口が動いた気がした。
気のせいということにすればよかったはずなのに。

——抗えない。

「叶羽、柊弥。教室に戻る。送りはいらないから帰れ」


「はっ!?ちょ、晴!?」

そんな声も、もう俺には聞こえていなかった。
俺は教室に向かって走り出した。

「行ってしまいましたね」

「いやいや、あいつどうしたの?めっちゃ焦ってなかった」

「さあ?なんでしょう」

「お前絶対わかってるだろ…」

叶羽にはわかっていた。
成瀬晴にとって、春名栞奈という人間が特別な存在になりつつあるのを。

***

俺は教室の扉の前で立ち止まって身を隠した。
中からはクラスの中心的女子3人と春名がいた。

「やっぱり最近調子乗ってるよね〜?お前みたいな奴が成瀬くんに関わっていいわけないでしょ!」

「そうよそうよ!成瀬くんは柚葉のものなんだから!」

その言葉にイラッとした。
なんこか前の学校でもこういうことがあった。
まるで俺と恋人であるかのように接して、気持ち悪い視線で、声で言った。

『晴くんは私のものでしょ…?どうしてそうやって私を拒否するの?』

その後そいつを突き放した。
それがダメだったのだろう、後日俺はそいつに暴力を振るったということで退学になった。

ここでもそうなのかと思った。
こいつらにとって俺はまるで“ブランド品”で、顔にしか興味ないのだ。
そんなことを考えていると、春名が言った。

「成瀬くんはあなたのものじゃないでしょ?そして、私のものでもない。そうやって無意識に彼を傷つけてしまうあなたでは、不釣り合いだよ」

真っ直ぐな言葉とは裏腹に、春名の手は震えていた。
恐れている、こいつらを。
おそらく日常的にいじめを受けているのだろうと思った。

春名は今までの女子とは違うなにかを持ってる。
なにか特別な感情を持ち始めていることに、自覚した瞬間だった。

俺は勢いよく教室の扉を開けた。
ガラッ。
大きな音がすると共に、春名をいじめていた女子が俺を見た。
その瞬間顔が青ざめた。

「誰がお前のものだって?言ってみろよ」

威圧的な態度で俺は主犯のやつの前に立った。
それからひどく冷たい視線で見下ろす。

「あ…えっと…」

「言葉を出てこないってか?ふざけんなよ。俺はお前のものになったつもりはねぇよ。あと、今後春名を傷つけるようなことしてみろ?絶対許さねぇから」

その言葉をを言うと、女子たちは慌てた様子で教室を出ていった。
そうしてしばらくして、春名がその場に崩れ落ちた。
俺は春名に声をかけた。

「おい、大丈夫か!?」

「えっと…。だ、大丈夫。慣れてるから。でも、安心しちゃって」

そう言って無理矢理笑顔を作った。
すごく胸が苦しかった。
そんな顔させたかったわけじゃないのに。


俺は春名を抱きしめた。


「へっ?ちょ、ちょっと…!」

「ごめん。助けんの遅くなって。それに、俺のせいだよな…」

そう言って優しく春名の背中を撫でた。
俺の肩が濡れていくのがわかった。


——春名が泣いている。


「違うよ…!成瀬くんのせいじゃっ…ない…から。もともといじめられてて…それで…」

その後の言葉は出てこなかった。
ずっと耐えてきたんだ。
それを悪化させてしまったのは俺だ。
それが悔しかった。

やっぱり俺は誰かを不幸にすることしかできない。
そう絶望した。
そんな俺に春名が言った。

「心配してくれてありがとう。もう一度言うけど、これは成瀬くんのせいじゃないから」

いつの間にか春名は泣き止んでいた。
その瞳は真っ直ぐ俺を捉えていた。
きっと嘘は言ってない。
でも、またこんなことがあったら?
俺は耐えられない。

「春名がそう思ってたとしても、これから先俺の存在が春名を傷つけるかもしれない。そうなったら…俺は自分を許せない…!!」

そう言った俺の手を、春名が優しく包んだ。
まるで、大切なものを扱うように。

「じゃあ、成瀬くんが守ってよ。一緒にいられないのは嫌だな」

そう言ってふわりと笑った。


——守る。


俺にそんなことができるんだろうか。

「もし、守りきれなかったら…」

「じゃあ、さっき助けてくれた時の気持ちは嘘だったの?」

「違う…!!」

とっさに言葉が出た。

「違う。嘘なんかじゃない。俺は春名を守りたいって、助けたいって思ったんだ」

「そっか。うん、ありがとう。その気持ちだけでとっても嬉しいよ。だから、大丈夫」

俺に優しい笑顔を見せてくれた。
そうか、助けられたんだ。
そう気がついた。

「春名が傷つかなかったならよかった」

そして、俺の言葉に春名が固まった。
まるで時が止まってしまったような、そんな錯覚を受けた。

春名の唇がゆっくりと動いた。

「好き」

そう言った後、春名は慌てて自分の口を塞(ふさ)いだ。
無意識のうちに出たのだろう。
なら、今の言葉の意味は?
俺はそれが知りたくなった。

「それ、どういう意味?」

俺の言葉に、春名は赤くなった顔を隠した。
かわいい。
ふと、そんなことを思った。

「やっ…あの、えっとその…。い、今のは…!友達としての好き…で」

すごく自信のない声、しどろもどろで聞き取りづらい。
でも、はっきり聞こえた。
なんとなく嘘なような気もしたが、確信はなかったのでこれ以上聞けない。

「ごめん、変なこと聞いた。忘れ——」

「う、嘘だよ…!!」

立ちあがろうとした俺の腕を思いっきり掴んだ。
俺はバランスを崩し、また座ってしまった。
春名と視線がしっかり合った。

「違うの!今の好きは、異性として…です…。成瀬くんのこと、好きになっちゃったみたい…」

少し不安そうな顔で俺を上目遣いで見てきた。
きっと、俺がまた突き放すんじゃないかと不安に思っているのだろう。

でも、俺はそんなこともうしない。
春名ともっと仲良くなりたいって思ってる。
この気持ちに名前をつけることはまだできない。
かといって、ここでフリたくない。


どうか、曖昧な俺を許してほしい。


「春名に対して、今は同じ気持ちは持ってない気がする。でも、ここで春名を突き放したくない。ごめん、こんな曖昧な答え方で」

「う、ううん。全然いいよ」

そうして、俺たちは一言も交わすことなく家に帰った。
けれど、その時間は苦痛ではなかった。
むしろ俺は心地いいとさえ思った。

ー春名栞奈sideー

火曜日の夜はお母さんとゆっくり話ができる唯一の時間。
お母さんは忙しいから。
私はこの時間が大好きだった。

でも、今はなんだか違う。
それもこれもきっと、成瀬くんに告白してしまったからなんだろう。
気持ちを自覚したら、思わず口に出てしまった。
私がため息をついていると、お母さんがきた。

「あら、今日はため息が多いのね?なにかあったの?」

「お母さん…」

私の前に座るお母さんの姿を眺めてから聞いた。

「あのさ、成瀬くんってどうしてあんなふうにしてるのかな?」

「…それは、どういう意味?」

少し間を置いて、お母さんが私にそう言った。

「だって、成瀬くんはとっても優しいんだよ。今日も困ってた私を助けてくれたの。でも、嫌われようとしているように見えるの。お母さんは、なにか知ってるんじゃないの?」

お母さんは成瀬くんの秘密を知っている。
直感だけど、そう思ったんだ。
すると、お母さんはニコッと笑って言った。

「栞奈は成瀬くんのことが好きなのね!」

「えっ!?い、いや別に…」

「隠さなくていいのよ〜?いいと思うわ!栞奈と成瀬くん」

私をからかうような口調で言うお母さんに対して、私はプクッと頬を膨らませた。
その様子を見てくすくすと笑った。
そして、お母さんは話してくれた。

「そうね。成瀬くんがいくつもの学校を退学になってここに来たのは知ってるでしょう?」

私はコクコクと頷いた。

「問題行動を起こして退学ってなってるけど、全部濡れ衣なのよ」

「え…?」

思わずそう声が漏れてしまった。
問題行動を起こしてばかりの問題児。
噂でもそう聞いていた成瀬くん。
でも、全部濡れ衣…?

「前の学校ではいじめがあって、いじめられてた子を成瀬くんがかばったみたいなの。その時先生に見つかってね。『成瀬くんがいじめた』って言葉を信じた先生が上に報告して、退学になったみたいなの」

言葉が全く出てこなかった。
彼はただ人を助けただけなのに、無実なのに罰を受けたというのだろうか。
どうしてそれを受け入れてしまったのだろうか。

「私もね、なんで本当のこと言わなかったんだろうって思ったのよ。そうして調べたら、ひとつ悲しい事実が出てきたのよ」

私はゴクリと喉を鳴らした。

「父親がね、『晴がお父さんとお母さんを不幸にしたんだ。お前のせいだ』って言って出ていってしまったみたいなの」

息が止まった、そう錯覚を受けた。
成瀬くんが人を避ける理由がわかった気がした。
誰かを傷つけるのが怖いんだ。

「成瀬くんのお母さんが教えてくれたのよ。それ以来自分は誰かを不幸にするんだ!って言って、誰とも関わらなくなってしまったんだって」

「そう…なんだね。そんなことないのにね」

でも、幼かった成瀬くんはお父さんの言葉を信じてしまったんだ。
言葉は人を簡単に傷つける。
きっと、こういうことを指すのだろう。
成瀬くんには深い傷が心にあるんだ。
それを私が一緒に背負っていけたらいいのに。

「私、成瀬くんには幸せになってほしいな。いい人だもん。私が守ってあげられたらいいな」

「…そうね。栞奈が成瀬くんのそばにいてあげて」
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