08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP109 マザー
そこはまるで研究室の様な工房だった。
アゼレウス社の工房と構造が同じだと、Mathewは寝台に横たわりながら思った。
マスターと呼ばれる人物は丁寧に分析を始めた。
塩水でべたついた内部骨格の清掃、砂の除去。
それから、水につかってしまった電子部品の交換だ。
基板を修理してもよいが、それでは護衛としての信頼が下がる。
などなど、マスターはサンにざっと修理の方針を伝える。
「久しぶりだね、やっと、会えたね。……ユイは元気かい?」
「ああ」
サンとトムが手を動かし始める。
身体に接続されるケーブル。
頭部、胸部のケーブルは、工房中央の大きな機械に接続されている。
無駄がない。正確な処置。
Mathewにとって懐かしささえ覚える、神の手。
マシューもルシー・フェルドも、彼によって作られたAIドールだからだ。
「サツキと協力してユイを守り続けてくれた。……ありがとう」
「……それが俺の望みでもあったから」
「今も?」
「変わらない。しかしもうそばには居られないと思っている……」
静かな空間に、作業音だけが響く。
海底にいるような気分だった。
「ユイはね、俺の最後の希望なんだ。だから幸せになってほしい……」
「ではその幸せを……俺が守ろう……」
Mathewは目を閉じた。
そして一瞬おいた後、
Mathewのシステム内に投影される、あるヴィジョン。
明るい光で満ちたこの空間。
アゼリアの人間は”世界の全ての情報が集うこの場所”を世界樹と呼ぶ。
そんな世界樹の中は、Mathewには明るすぎた。
そこではユイに似た女性が笑っていた。
その横にはサツキが、カメラアイをピンク色に点灯させて何かを話している。
推しの話だとすぐわかった。
RARUTOのトミー。彼のピアノを彼女は愛した。
『あの子にピアノを教えたのは私なんだから!』
『それで推してる?』
『当然よ。私は最初からトミオさんしか見てないもの』
『イイですね、それ。トミオさんにも言ってあげて』
『それがまだ還れないっていうのよ? あと470年は無理だって。そんなの待てないわ』
『ふふ、じゃあサツキが行くです。一緒に、イイ?』
『もちろんよ。あなたは“友達”、でしょう?』
そう言って消えていく二人。
リエ・ミア・カイドウ。
いや、リエ・ミア・イサキ。
彼女はユイの祖母。
彼女が“盾”になってくれたから、ユイの心は本当の意味で壊れなかった。
最後の最後まで彼女は、ずっと“母”だった。
癒やす。支える。……寄り添う。
その想いがサツキを生み、マシューを生んだ――。
ユイと見た彼女の墓のあの風景は。
彼女のそうした想いが生んだ希望の風景。
「マザー……」
「ああ、会ったんだね。あれがリエの最後の記憶だよ」
Mathewとして再起動してユイを見たとき涙したのは。
恐らくユイを通して彼女を見たからだったかもしれない。
それはルシー・フェルドの中に最後まで残っていた光。
作られた彼が初めて起動したとき見た、始まりの陽光だった。
「マスター。このデータはもうダメです。デリートしますか?……だヨウ」
「そうか。……そろそろサツキを自由にしてあげたいんだ。いいよな?」
「ああ。本当に大事なものは正しく俺に継承されている。……そうして欲しい」
1枚の四葉のクローバーが見えた。
それはサツキが俺に残した”信頼の証”だ。
その葉が一枚ずつ、ゆっくりと静かに剥がれ落ちていく。
そうして最後の1枚が消えたとき。
――アリガトウ。
Mathewの中にこの言葉だけがいつまでも残った。
アゼレウス社の工房と構造が同じだと、Mathewは寝台に横たわりながら思った。
マスターと呼ばれる人物は丁寧に分析を始めた。
塩水でべたついた内部骨格の清掃、砂の除去。
それから、水につかってしまった電子部品の交換だ。
基板を修理してもよいが、それでは護衛としての信頼が下がる。
などなど、マスターはサンにざっと修理の方針を伝える。
「久しぶりだね、やっと、会えたね。……ユイは元気かい?」
「ああ」
サンとトムが手を動かし始める。
身体に接続されるケーブル。
頭部、胸部のケーブルは、工房中央の大きな機械に接続されている。
無駄がない。正確な処置。
Mathewにとって懐かしささえ覚える、神の手。
マシューもルシー・フェルドも、彼によって作られたAIドールだからだ。
「サツキと協力してユイを守り続けてくれた。……ありがとう」
「……それが俺の望みでもあったから」
「今も?」
「変わらない。しかしもうそばには居られないと思っている……」
静かな空間に、作業音だけが響く。
海底にいるような気分だった。
「ユイはね、俺の最後の希望なんだ。だから幸せになってほしい……」
「ではその幸せを……俺が守ろう……」
Mathewは目を閉じた。
そして一瞬おいた後、
Mathewのシステム内に投影される、あるヴィジョン。
明るい光で満ちたこの空間。
アゼリアの人間は”世界の全ての情報が集うこの場所”を世界樹と呼ぶ。
そんな世界樹の中は、Mathewには明るすぎた。
そこではユイに似た女性が笑っていた。
その横にはサツキが、カメラアイをピンク色に点灯させて何かを話している。
推しの話だとすぐわかった。
RARUTOのトミー。彼のピアノを彼女は愛した。
『あの子にピアノを教えたのは私なんだから!』
『それで推してる?』
『当然よ。私は最初からトミオさんしか見てないもの』
『イイですね、それ。トミオさんにも言ってあげて』
『それがまだ還れないっていうのよ? あと470年は無理だって。そんなの待てないわ』
『ふふ、じゃあサツキが行くです。一緒に、イイ?』
『もちろんよ。あなたは“友達”、でしょう?』
そう言って消えていく二人。
リエ・ミア・カイドウ。
いや、リエ・ミア・イサキ。
彼女はユイの祖母。
彼女が“盾”になってくれたから、ユイの心は本当の意味で壊れなかった。
最後の最後まで彼女は、ずっと“母”だった。
癒やす。支える。……寄り添う。
その想いがサツキを生み、マシューを生んだ――。
ユイと見た彼女の墓のあの風景は。
彼女のそうした想いが生んだ希望の風景。
「マザー……」
「ああ、会ったんだね。あれがリエの最後の記憶だよ」
Mathewとして再起動してユイを見たとき涙したのは。
恐らくユイを通して彼女を見たからだったかもしれない。
それはルシー・フェルドの中に最後まで残っていた光。
作られた彼が初めて起動したとき見た、始まりの陽光だった。
「マスター。このデータはもうダメです。デリートしますか?……だヨウ」
「そうか。……そろそろサツキを自由にしてあげたいんだ。いいよな?」
「ああ。本当に大事なものは正しく俺に継承されている。……そうして欲しい」
1枚の四葉のクローバーが見えた。
それはサツキが俺に残した”信頼の証”だ。
その葉が一枚ずつ、ゆっくりと静かに剥がれ落ちていく。
そうして最後の1枚が消えたとき。
――アリガトウ。
Mathewの中にこの言葉だけがいつまでも残った。