08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

EP117 QUEEN(4)

 レイハはグレンに抵抗することなく、冷ややかな眼差しでグレンを見つめた。
 そのグレンの後ろにはレイラのAIドール、ラナンが立っている。
 ラナンは無表情のまま、ユイに長銃を突き付けている。

「ラナン! どうして……」
「こいつの主は俺に書き換えたよ。悪いが……ここで死んでもらおうか」

 レイラがグレンを睨む。
 グレンが銃をレイハに向けたその時だった。

 左側から何かの音が聞こえた。
 それは機械の音だ。
 駆けて来るそれは――。

「ユイ!」

 黒い護衛のスーツを着た銀髪のAIドールが、ユイを守るように立つ。

「Mathew!」

 ユイが叫んだ。
 レイハはMathewを見て安心したかのように微笑む。
 刹那、レイラとレイハの目が合う。二人は同時に動き出す。
 グレンの拳銃を蹴り飛ばすレイラ。
 レイハはユイの手を握り、その場からの逃走を試みる。
 ラナンは標的をMathewに変更し、発砲。
 しかし、グレンがすぐにユイを狙い、何かを投げつけた。

「ユイ!」

 それに気づいたレイハがユイを庇うようにユイに抱き着く。
 それは小型のナイフ。レイハはユイを庇いその背中で受け止めた。
 白い花嫁装束が血に染まる。

「わたくしに仇なすなど、……絶対に許しませんわ」

 懐からレイハは扇子を取り出す。
 その扇子に仕込んだナイフを、レイハはグレンを狙って投げ付けた。
 グレンの腕に命中。腕を抱えるグレン。

「小娘が、生意気な……!」
 
 腰元から素早く拳銃を取り出したグレンが、レイハに銃口を向ける。
 
「どこ見てんのよ。アンタの相手は私だよ!」

 口から血を流したレイラが、グレンにしがみつく。
 ラナンとMathewもまだ戦っている。
 
「ユ……イ……」

 レイハの声が聞こえた。

「けがは……?」
「ないよ……レイ! ううん……レイハ! しっかりして……!」
 
 倒れるレイハ。
 体中からあたたかい赤いものが流れ出す。
 レイハの左手の甲に浮かび上がる“ミシルシ”。
 それが金色に輝きながら、ユイの身体を包み込む。

「良かった……。ユイ……わたくしのために、……泣いてくださるの……?」
「レイ……レイ!」

 口から血が流れる。
 ユイはレイハの左手を両手で包むように握る。
 右手の“ミシルシ”が、じわじわと熱くなってくる。
 何かが起きていると思った。
 でも、今はそんな事はどうでも良かった。
   
「泣かないで……ユイ……会えて……幸せ……でした……わ」

 どうしてそんなに優しく微笑むのだろう。
 レイハの目がゆっくりと閉じられる。

「レイ!!」

 レイハの表情は、満ち足りた穏やかなものだった。
 やっと役目を終えたような、喜びに満ちたその顔……。
 ユイは泣きながら、そんなレイハを抱きしめた。
 しかし今度は少し離れた場所で数発の銃声がその空間に響いた。

「レイラ!」

 離れた場所でレイラがグレンと共に倒れる。
 そして動きを止めたラナンが崩れるように倒れ、海へ沈んでいった。
 降りしきる雨の中、レイハの右手に握られていたのは。
 あの日ユイが渡した“四葉のクローバー”。
 変わらぬ想いを閉じ込めた、人工水晶だった。

 ―*―
 雨の中、Mathewはユイを抱えて森を走る。
 ユイの足からは血が出ているからだ。
 降りしきる雨がユイの足から流れる血を洗い流す。

「ユイ、もうすぐだ」

 Mathewに抱えられたまま、ユイは力なく頷いた。
 本来ならFOSを尊守しなくてはならないのに、境界線を引く力さえも残っていない。
 頭の中はただ真っ白で空っぽだった。

 やがてトムの家が見えて来る。
 そこでは、ギーヴとツーがMathewとユイを待っていた。

「おかえり、だよう。ゆいゆい、ツーだよ。わかるよう?」
「戻ったか。嬢ちゃんもよく無事で……」
「ああ……」

 家に着くと、Mathewはユイを降ろす。
 ユイは何も言わない。
 なにもその目には映っていない。
 ギーヴはふわふわの大判のタオルをユイの肩に掛ける。
 Mathewがユイの手を引き、あたたかい暖炉の前の椅子に導いた。
 
「嬢ちゃん、足、怪我してるじゃねえか。手当すんぞ。ツー、救急箱どこだ?」
「持って来るよう」

 ユイは燃える暖炉の火を見つめる。
 先ほどから右手のミシルシが激しく脈打つ。
 レイハの記憶が走馬灯のように流れて来る。
 その痛みに、深い悲しみに、ユイは涙が止まらない。
 ツーが救急箱を抱えて飛んでくる。

「マスターの具合は?……サンとイチは無事か?」

 Mathewがギーヴに状況を確認する。
 ギーヴは居間の床に残る僅かな血の跡をみて、答えた。

「トムは大したことねぇよ、たぶんな。あいつらは、トムの代わりになんかやってる」

 救急箱を持ってきたツーが、ギーヴに手渡す。
 ギーヴが消毒薬を付けた綿を傷の患部に付ける。
 少しだけ痛みを伴ったのか、ユイの表情が歪む。

「痛いか?」
「ちょっとの辛抱だよう」

 ユイは答えられない。

「もうしばらく我慢しろよ?……っておい……どういうことだ?」

 ユイの足の先ほどまで在った傷口が塞がっていた。
 傷一つない白い足。
 右手の”ミシルシ”が金色に輝く。 

「……ありがとう」

 心臓がドクンと動いた。
 何かが始まる、そんな気がした。
 ユイの髪が伸び始める。次第に黒から銀髪に変わる。
 失われたレイハの遺志がユイの髪に宿ったかのように。
 それはどんどん長さを伸ばし続けた。

「……嬢ちゃん、一体……」

 ユイは暫く無言のまま自分の銀髪を眺めていた。
 それから、誰も映さない瞳をゆっくり閉じて、告げた。
 
「私……本当に“女王”になっちゃった……みたい」 

 伝う最後の涙。
 それは暖炉の光を受けて真珠色に輝いていた。

 ―*―
 リージョンF。
 マガミ家本邸の、ミカゲの執務室。
 護衛が控えるその空間で、ミカゲはこみかみを抑えながら雑務をこなしていた。
 ミカゲの元に、アハド家から通信が届く。
 ユイの居所が確認できたとのことだ。

 ――“神の島”(クレスコア)

 ミカゲは、すぐに部下に指示をだした。
 同時にタクマに自ら知らせる。
 しかしその通信の途中で崩れるように床に伏す。
 体力の限界だった。

 “同調”を長時間使ったことの代償が、じわじわと体にのしかかる。
 猛烈な睡魔に抗えないまま遠のく意識。

 携帯端末からタクマの声が聞こえる。
 ユイを迎えに行かなければ、とミカゲはうわごとを呟いた。
 
『彼女はおまえのモノにはならない。……永遠にな』

 遠くから聞こえる声。

(……シュゼルト)

 しかしそれに異議を唱えるだけの力はミカゲには残っていなかった。
< 121 / 124 >

この作品をシェア

pagetop