「魔王の定義」魔王になる運命の私は、その運命にあらがいたい
濁流にのまれたのか聖女はずぶ濡れの状態で、倒れていた。
こんな所に寝かせておくことは出来ず、我は聖女の体を休めることが出来る所まで引きずって行った。目覚めた聖女はジェシカと名乗ると、我にリトという名前を与えてくれた。
我が名はリトだ。
聖女と暮らし始めてからはいろいろとあった。規格外な薬を作って皆を驚かせたり、勇者と出会ったり。本当にいろいろなことがあったが、今は平和にジェシカとジュウドと暮らしている。
そんなある日、この国の王に報告があると王城に来ていた。
何の報告なのだろうか?
王との謁見前に、メイドたちがブラッシングをしてくれた。
なかなかに気持ちがいい。
思わず喉をグルルと鳴らせば、メイドが嬉しそうにブラッシングを丁寧にしてくれる。
しかし……。
「お犬様、気持ちが良いですか?」
「お犬様、喉は乾きませんか?」
「お犬様、おやつはいかがですか?」
我はけして犬ではない。
しかし我の声は誰にも届かない。
不憫なものよ。
ブラッシングも終わり、ジュウドとジェシカと共に王の前まで進んで行く。我もジェシカの隣を守るように颯爽と歩き、ジェシカとジュウドが頭を下げたため、頭を下げた。
「面を上げよ。して、今日は報告があるとか?」
王に問われ、ジュウドがそれに答えた。
「ジェシカが懐妊しました」
「まことか、それは喜ばしい……」
王の言葉は耳に入ってこなかった。我はジェシカの腹部に鼻先を当てた。確かに腹部が膨らんできている。最近ジェシカの魔力が乱れていたのはこのせいだったか。
ここに聖女の子がいる。
我は今以上にジェシカを守ることを強く誓う。
我が忠誠を誓っていると「キャー」と小さな悲鳴が聞こえて来た。
「お犬様が今日も可愛らしいわ」
「お犬様が聖女様のお腹に興味を示されているわ」
お犬様……。
我はけして犬ではない。
そう叫びたいが、我の声は誰にも届かない。
不憫なものよ。
リトの耳と尻尾が床に向かって悲しげに下がったが、それに気づく者はいなかった。
自分が聖獣だと気づかれないままジェシカと過ごしていたリトだったが、ジェシカが子を産んだ数年後、その声がジェシカに届くこととなる。
ジェシカは可愛い女の子を産むのだが、その子は動物と話すことの出来る能力を持っていた。そこで我と会話をし、我が聖獣だということが分かり、それはそれは皆を驚かせることとなる。
我は聖獣リト。
けして犬ではない。
今は……不憫ではない。