メンヘラちゃんとヤンデレくん!?
過去のトラウマ
その音は、突然だった。
放課後の廊下。
誰かが強くドアを閉める音。
――バンッ。
依音の身体が、びくりと跳ねた。
胸が、ぎゅっと潰される。
息が、うまく吸えない。
視界が歪んで、
昔の記憶が一気に押し寄せる。
「……っ」
指先が冷たくなって、
足が動かなくなる。
――まただ。
責められた声。
置いていかれた背中。
「重い」「面倒くさい」って言われた、あの時。
頭では違うって分かっているのに、
身体が言うことを聞かない。
「依音?」
怜の声が聞こえた。
でも、うまく返事ができない。
呼吸が浅くて、
喉がひゅっと鳴る。
「……っ、や……」
怜は、すぐに依音の前に立った。
周囲を見る。
人がいないのを確認してから、低く、落ち着いた声で言う。
「大丈夫」
「俺がいる」
その言葉だけで、
少しだけ意識が戻る。
怜は、依音の肩にそっと手を置いた。
強くは触れない。
逃げられない位置で、確実に。
「過去のこと、思い出した?」
依音は、かすかに頷く。
「……また、嫌われるって……」
声が震えて、涙が滲む。
「私、やっぱり……」
最後まで言えなかった。
怜は、依音の額に自分の額をそっと寄せる。
視界を、怜だけで塞ぐ。
「違う」
即答だった。
「依音は、何も悪くない」
「悪いのは、依音を傷つけた人たち」
断定。
揺るぎのない声。
「だから」
怜は、囁く。
「もう思い出さなくていい」
「俺が、全部引き受けるから」
依音の呼吸が、少しずつ整っていく。
「……でも、また……」
「起きないよ」
被せるように言う。
「俺が、起こさせない」
優しい言い方。
でも、その中身は絶対だった。
怜は、依音の背中を一定のリズムで撫でる。
逃げ道のない、安心。
「依音はさ」
「一人で耐える癖がある」
「でも、それ、もう必要ない」
依音の涙が、怜の制服に落ちる。
「……怜くんが、いないと……」
その言葉を聞いた瞬間、
怜の胸の奥が、静かに熱くなる。
「うん」
否定しない。
「いないと、困るでしょ」
「だから、俺は離れない」
――離れさせない、とは言わない。
でも、意味は同じだった。
「怖くなる原因も」
「不安にさせる人も」
「全部、俺が遠ざける」
依音は、怜の服をぎゅっと掴む。
「……ありがとう……」
怜は、依音の頭に顎を乗せて、静かに目を閉じた。
守っている。
守っているはずだ。
でも同時に、
依音が自分以外を必要としなくなる感覚に、
確かな満足を覚えていた。
「ほら」
「もう、俺しか見えないでしょ」
冗談みたいな口調。
でも、依音は否定できなかった。
怜は微笑む。
過去が、依音を壊すなら。
その過去ごと、世界から切り離せばいい。
依音が怜に縋る限り、
怜は、何でもできる。
それが、守るってことだから。
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