メンヘラちゃんとヤンデレくん!?
言わなかった理由
朝の教室は、いつも通りだった。
チャイムが鳴って、椅子を引く音がして、
怜は少し後ろの席から、変わらず依音を見ている。
視線に気づいて、目が合う。
一瞬だけ、怜が安心したように微笑む。
――それが、苦しかった。
依音は、視線を逸らしてノートを開いた。
胸の奥が、ずっとざわついている。
昼休み。
友達と話していても、言葉が上滑りする。
怜の名前が出るたび、心臓が強く跳ねた。
放課後。
廊下で呼び止められる。
「月城さん」
振り向くと、怜のことが好きだと噂されている女の子が立っていた。
「……少し、話せる?」
人の少ない場所に移動した瞬間、
空気が張りつめる。
「怜くんと、別れて」
前触れもなく、そう言われた。
「あなたと一緒にいるようになってから、怜くん変わった」
「周り見なくなって、あなたしか見てない」
「それ、普通じゃないよ」
依音は、何も言えなかった。
「怜くん、本当に優しい人だよ」
「だから、壊れる前に離れてあげて」
“壊れる”という言葉が、頭の中で何度も反響する。
その夜。
依音は、怜を呼び出した。
公園のベンチ。
街灯の下、二人きり。
「……どうしたの」
怜は、すぐに気づく。
依音の様子が、いつもと違うことに。
依音は、何度も口を開こうとして、閉じた。
説明したら、
引き止められる。
理由を聞かれたら、戻ってしまう。
だから――言わない。
「……別れよう」
小さな声。
でも、はっきりと。
怜が、固まる。
「……え?」
間の抜けた声。
「なんで?」
「何かあった?」
「誰かに、何か言われた?」
問いが、重なる。
依音は、首を振る。
「何も、言えない」
「ごめん」
それだけ。
怜の手が、伸びる。
「待って」
指先が触れる寸前で、
依音は一歩、後ずさった。
「追ってこないで」
声が震える。
「怜くんは、悪くない」
「私が……無理なだけ」
それ以上、何も言わず、
依音は走り出した。
呼び止める声が、背中に刺さる。
「依音!」
止まりたい。
でも、止まったら――全部、失敗になる。
だから、逃げる。
足音が遠ざかっていく中、
怜はその場に立ち尽くしていた。
「……別れよう、か」
呟いた声は、静かだった。
怒りも、悲しみも、
表に出ていない。
スマホを開く。
依音の名前。
電話は繋がらない。
既読もつかない。
怜は、ゆっくり息を吐いた。
「言わないんだ」
「理由も、原因も」
そして、微笑む。
「じゃあ」
「俺が、全部見つけるしかないよね」
逃げた理由。
逃げさせた原因。
依音をそこまで追い込んだ“世界”。
「修正しよう」
淡々と。
「依音が戻れる形に」
夜の公園で、
怜の影だけが長く伸びていた。
依音はまだ知らない。
何も言わずに逃げたその瞬間から、
怜の中で、この関係は終わっていないことを。
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