BitterSweet
第3話 真実は甘い誘惑
― 古川 恭子(ふるかわ きょうこ)
大野井大学弓道部三回生。
疾風の彼女。
何度か練習試合で顔を合わせているから、面識はある。
両大学の弓道部で、ふたりの仲の良さは有名だった。
古川さんは、身長155センチ。
小柄で、ふわりとした雰囲気の可愛らしい女の子。
お菓子作りが趣味です、と言われたら
誰も疑わないような、そんな印象。
――自分とは、正反対
そんな彼女が、浮気?
「……しそうにないイメージだったんだけど」
「心、心。考えてること、口に出てる」
「え、うそ?」
「相変わらずだな。
俺もそう思ってたよ。するような子じゃないって」
「じゃあ……なんで確信したの?」
少しの沈黙。
疾風は、言葉を選ぶように視線を逸らした。
「昨日さ……病院の帰りに、ばったり会った」
「どこで?」
また、間が空く。
「……疾風?」
何なのよ。
早く言えばいいのに。
「……ある場所から、出てくるところに」
嫌な予感が、胸を掠める。
男女の浮気を決定づける場所。
しかも、言い淀む理由がある場所。
「……まさか」
口に出す前から、答えはわかっていた。
「そういう……ホテル?」
「……正解」
思った以上に、胸が痛んだ。
古川さんには、縁がないと思っていたから。
勝手に、そう思い込んでいただけなのに。
「一回きりかもしれないけどさ。
仲良さそうだった。俺に気づいたら、逃げてったし」
「……そっか」
「情けないよな。
心が乱れると、射に全部出る。
最後のリーグ戦なのに……」
鎖が軋むような音が、
疾風の心音みたいに聞こえた。
あたしはブランコを止めて、足元を見る。
「……疾風は、どうしたいの?」
「……恭子から『別れよう』って言わせたい、かな」
「は?」
思わず顔を上げると、
疾風は勢いよくブランコを漕ぎ出した。
「俺から言ったら、傷つくだろ」
「何それ!傷ついてるのは浮気されたアンタでしょ?」
「どっちが悪いとか、そういう話じゃない。
俺にも原因があったのかもしれないし。
どう切り出せばいいか、ずっと迷ってた」
頭ではわかる。
でも、納得なんてできなかった。
「だったら話し合えばよかったじゃん。
なんで……」
「俺に気を遣ったか、言えなかったか。
どっちにしても俺が振られることで、次に進めるなら――」
「バカみたい!!
それ、自己犠牲って言うんだよ!」
「それでもいい。
恭子が幸せになるなら」
「じゃあ、疾風の気持ちは?」
答えは、わかってる。
――疾風は、今も彼女が好き。
行き場を失った想いが、
涙になって溢れそうになる。
意味なんてないのに。
「……変な話して、ごめんな」
疾風はブランコから降りて、
あたしの頭にそっと手を置いた。
優しすぎて、苦しい。
「……甘すぎるんだよ、疾風は」
「そうかもな。
それだけ、好きだったんだ」
(違う)
“だった”じゃない
“好きなんだ”
あたしは、意を決してブランコから降りる。
「……疾風。
今日から、あたしの彼氏になって」
「……え?」
冗談じゃない。
からかってもいない。
「期間限定でいい。偽の恋人」
「……なんで」
「向こうから別れを切り出すのを待つんでしょ?
でも、このままだと――」
最悪の想像が、頭をよぎる。
「だから、きっかけを作る。
疾風も最低な彼氏を演じるの。
幻滅させて、終わらせる」
「名案かもしれないけど……
心までわざわざ悪役買う必要はない」
「あたしのことは気にしないで。あたしはあたしのためにやるだけだから」
疾風は、黙ったまま考え込んでいた。
きっとあたしが折れないのも、お見通しなはずだ。
湿った夜風が、髪を揺らす。
沈黙が、やけに長く感じられる。
「……わかった」
顔を上げた疾風の瞳は、
いつもと同じ、優しい色だった。
「ひっぱるのもよくないから、リーグ戦が終わるまで、だな」
「うん」
拳を突き出す。
「リーグ戦ともどもがんばろ」
「ああ」
軽く触れた拳。
――ごめんね、疾風
この気持ちにつけ込むことを、許して。
「……一つ、お願いがあるんだけど」
「報酬?」
「違う」
距離を詰めて、背伸びをする。
シャツの襟を掴んで、顔を近づけた。
ほんの一瞬。
唇が、そっと触れる。
隠してきた
『好き』という想いを、
ほんの少しだけ込めて。
これは、
この片想いの――
終わりの始まりのキス。
大野井大学弓道部三回生。
疾風の彼女。
何度か練習試合で顔を合わせているから、面識はある。
両大学の弓道部で、ふたりの仲の良さは有名だった。
古川さんは、身長155センチ。
小柄で、ふわりとした雰囲気の可愛らしい女の子。
お菓子作りが趣味です、と言われたら
誰も疑わないような、そんな印象。
――自分とは、正反対
そんな彼女が、浮気?
「……しそうにないイメージだったんだけど」
「心、心。考えてること、口に出てる」
「え、うそ?」
「相変わらずだな。
俺もそう思ってたよ。するような子じゃないって」
「じゃあ……なんで確信したの?」
少しの沈黙。
疾風は、言葉を選ぶように視線を逸らした。
「昨日さ……病院の帰りに、ばったり会った」
「どこで?」
また、間が空く。
「……疾風?」
何なのよ。
早く言えばいいのに。
「……ある場所から、出てくるところに」
嫌な予感が、胸を掠める。
男女の浮気を決定づける場所。
しかも、言い淀む理由がある場所。
「……まさか」
口に出す前から、答えはわかっていた。
「そういう……ホテル?」
「……正解」
思った以上に、胸が痛んだ。
古川さんには、縁がないと思っていたから。
勝手に、そう思い込んでいただけなのに。
「一回きりかもしれないけどさ。
仲良さそうだった。俺に気づいたら、逃げてったし」
「……そっか」
「情けないよな。
心が乱れると、射に全部出る。
最後のリーグ戦なのに……」
鎖が軋むような音が、
疾風の心音みたいに聞こえた。
あたしはブランコを止めて、足元を見る。
「……疾風は、どうしたいの?」
「……恭子から『別れよう』って言わせたい、かな」
「は?」
思わず顔を上げると、
疾風は勢いよくブランコを漕ぎ出した。
「俺から言ったら、傷つくだろ」
「何それ!傷ついてるのは浮気されたアンタでしょ?」
「どっちが悪いとか、そういう話じゃない。
俺にも原因があったのかもしれないし。
どう切り出せばいいか、ずっと迷ってた」
頭ではわかる。
でも、納得なんてできなかった。
「だったら話し合えばよかったじゃん。
なんで……」
「俺に気を遣ったか、言えなかったか。
どっちにしても俺が振られることで、次に進めるなら――」
「バカみたい!!
それ、自己犠牲って言うんだよ!」
「それでもいい。
恭子が幸せになるなら」
「じゃあ、疾風の気持ちは?」
答えは、わかってる。
――疾風は、今も彼女が好き。
行き場を失った想いが、
涙になって溢れそうになる。
意味なんてないのに。
「……変な話して、ごめんな」
疾風はブランコから降りて、
あたしの頭にそっと手を置いた。
優しすぎて、苦しい。
「……甘すぎるんだよ、疾風は」
「そうかもな。
それだけ、好きだったんだ」
(違う)
“だった”じゃない
“好きなんだ”
あたしは、意を決してブランコから降りる。
「……疾風。
今日から、あたしの彼氏になって」
「……え?」
冗談じゃない。
からかってもいない。
「期間限定でいい。偽の恋人」
「……なんで」
「向こうから別れを切り出すのを待つんでしょ?
でも、このままだと――」
最悪の想像が、頭をよぎる。
「だから、きっかけを作る。
疾風も最低な彼氏を演じるの。
幻滅させて、終わらせる」
「名案かもしれないけど……
心までわざわざ悪役買う必要はない」
「あたしのことは気にしないで。あたしはあたしのためにやるだけだから」
疾風は、黙ったまま考え込んでいた。
きっとあたしが折れないのも、お見通しなはずだ。
湿った夜風が、髪を揺らす。
沈黙が、やけに長く感じられる。
「……わかった」
顔を上げた疾風の瞳は、
いつもと同じ、優しい色だった。
「ひっぱるのもよくないから、リーグ戦が終わるまで、だな」
「うん」
拳を突き出す。
「リーグ戦ともどもがんばろ」
「ああ」
軽く触れた拳。
――ごめんね、疾風
この気持ちにつけ込むことを、許して。
「……一つ、お願いがあるんだけど」
「報酬?」
「違う」
距離を詰めて、背伸びをする。
シャツの襟を掴んで、顔を近づけた。
ほんの一瞬。
唇が、そっと触れる。
隠してきた
『好き』という想いを、
ほんの少しだけ込めて。
これは、
この片想いの――
終わりの始まりのキス。

