死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。
バスに揺られること二十分。
辿り着いた水族館の入り口は、巨大なジンベエザメのモニュメントが私たちを迎えてくれた。
薄暗い館内へ一歩足を踏み入れると、そこは地上とは切り離された、深い深い蒼の世界だった。
「わあ⋯⋯すごい!」
見上げれば、頭上を覆う巨大なトンネル水槽。
光の屈折でキラキラと輝く水面を背景に、悠然と泳ぐエイや、銀色の鱗を光らせる魚の群れが頭上を通り過ぎていく。
「咲菜ちゃん、見て。あのアジの群れ、まるで一つの生き物みたいじゃない?」
「本当だ⋯⋯。あ、あそこに大きな亀もいますよ! 先輩、早く!」
私は瀬口先輩の手を引いて、水槽のガラスに張り付いた。
「見て見て、先輩! あのチンアナゴ、ゆらゆらしてて可愛い⋯⋯!」
「どれどれ? ⋯⋯本当だ。あっちのやつなんて、隣のやつと喧嘩してない? 砂の中に引っ込んじゃったよ」
「あはは! 本当ですね。なんか、誰かさんに似て意地っ張りな感じ」
「それ、僕のこと言ってる?」
先輩が可笑しそうに私の頭を軽く小突く。
私たちは子供のように水槽から水槽へと駆け回った。
色鮮やかな熱帯魚が踊るサンゴ礁の海では、どちらが珍しい魚を見つけられるか競い合い、幻想的なクラゲのゾーンでは、刻一刻と色を変える照明に照らされて、ぼんやりとその美しさに二人で見惚れた。
「あ、咲菜ちゃん。あそこにペンギンのコーナーがあるよ。行ってみよう」
ペンギンのプールでは、ちょうど餌やりの時間だった。
ヨチヨチと歩く姿からは想像もつかないほど、水の中を弾丸のように泳ぐペンギンたちを見て、私たちは声を上げて笑った。
「あの子、飼育員さんに必死にアピールしてます」
「食いしん坊だなあ。あ、でもあの動き、どことなく鈴ちゃんに似てない?」
「ちょっと、鈴に失礼ですよ! ⋯⋯でも、確かに、食べ物を前にした時の勢いは似てるかも」
そんな他愛もない会話が、今は何よりも愛おしかった。
瀬口先輩は、時折首から下げたカメラを構えては、魚を撮るふりをして私にレンズを向けた。
「あ、また撮った! 先輩、私じゃなくて魚を撮ってくださいってば」
「いいじゃん。魚より咲菜ちゃんの方が、いい顔してるんだもん」
そう言って悪戯っぽく笑う彼の顔は、冬の入り口の寒さなんて微塵も感じさせないほど、晴れやかで温かかった。
私たちはさらに奥の、深海魚のコーナーへと進んだ。
暗闇の中に浮かび上がる奇妙な形の魚たちに、私は少しだけ身を縮める。
「⋯⋯なんか、ちょっと不気味ですね。宇宙人みたい」
「でも、こんな暗くて冷たいところで、誰にも知られずにずっと生きてるんだよ。かっこいいと思わない?」
瀬口先輩の言葉に、私は改めて水槽の中を見つめた。
深い深い海の底。
過酷な環境。
それでも、彼らは確かにそこで呼吸し、その命を全うしている。
「⋯⋯そうですね。かっこいい、かも」
一通り展示を見終えて、私たちは少し疲れた足を休めるために、大水槽の前のベンチに座った。
視界いっぱいに広がる濃いブルー。
ジンベエザメがゆっくりと横切るたび、水槽の底に差し込む光のカーテンが揺れる。
隣に座る瀬口先輩の肩が、私の肩とわずかに触れ合っていた。
香水の香りが、水の匂いに混じって、心地よく鼻をくすぐる。