死にゆく私は、桜の世界で二度と散らない恋をした。
鷹揚
九月。
カレンダーがめくれた途端、世界は「秋」という名札を無理やりつけられたようだった。
校門をくぐると、まだ湿り気を帯びた風が校舎の間を抜けていく。
夏休み明けの登校日は、どこか現実味がない。
自分の下駄箱を見つけ、重いスニーカーを脱ぐ。
その時だった。
「⋯⋯っ」
鼻を突くような、けれど甘みがある匂いが広がっていた。
それは、中学生がつけるような安っぽいボディミストじゃない。もっと重厚で、強い香水の香り。
「おはよ、咲菜!ぼーっとしてどうしたの?」
背後から飛んできた明るい声に、私は弾かれたように振り向いた。
そこにいたのは、隣の三組に通う友人の、髙橋鈴だった。
「あ、鈴⋯⋯おはよう」
「何、今の香り。すごかったね。香水の匂いっていうか、デパートの一階みたいな」
鈴がクスクス笑いながら、私の隣で上履きに履き替える。
その視線の先には、階段を上がっていく一人の背中が見えた。
紺色のカーディガンを羽織った、少し背の高い男子生徒。
その後ろ姿からは、依然としてあの香りの余韻が漂っている。
「⋯⋯あの人、誰かな。うちの学校の人?」
「あ、知らないの?三年生に新しく入った転校生だよ。瀬口先輩って言うんだって。夏休み明け早々、女子の間で話題だよ」
「転校生⋯⋯?三年生なのに、この時期に?」
私は、自分の教室がある二階へ鈴と並んで歩き出した。
「そう、珍しいよねー。なんでも、スポーツ選抜でこの近くの高校に呼ばれたらしくて、それで早めにこっちに越してきたんだって。サッカーだっけな、かなりの実力者らしいよ」
「へえ⋯⋯。でも、あんなに香水つけてて、先生に怒られないのかな」
「あはは、確かに!でも、なんか許されちゃうタイプっていうか⋯⋯。あ、私ここだから。また休み時間ね、咲菜!」
三組の教室前で鈴と別れ、私は自分の二組の教室へ入った。
鈴との会話は、いつも通りの、なんてことない日常。
でも、私の心臓は、さっきの香水の香りに当てられたのか、それとも病気のせいなのか、小さな不協和音を刻み続けていた。