クールな(ふりをする)後輩くんと、涙活はじめました

15 氷山side

 会議室を出て、兼森さんは戻っていった。
 あんな話を聞いて、大丈夫だろうか。
 心配だけれど、今は仕事中だ。

 帰る前に瀬川部長に挨拶して帰るという桜田さんと営業部へと向かった。
 彼女にはラウンジで待ってもらい、俺はデスクで仕事をしている部長を呼びにいった。

「瀬川部長、桜田絵里花さんがいらしています」

 パッと顔を上げた部長は驚いた表情をしている。

「すぐ、行く」

 立ち上がった部長と営業部を出て、桜田さんが待つラウンジへ戻った。
 対面する二人は長年の婚約者だというのに、よそよそしい雰囲気だ。

「絵里花さん、突然どうされたのですか」
「仕事の挨拶にちょと寄っただけよ。ついでにあなたの顔を見ておこうと思って」

 困った表情をする瀬川部長は、彼女に会いたくなかったのだろうか。

「仕事の話は伺ってます。事前に連絡をいただけるとありがたいです」
「まあ固いこと言わないでよ。今日は楽しかったわ。兼森さんともお話できたし」
「え? どうして……」

 ここで兼森さんの名前を出すのか。
 瀬川部長はあからさまに動揺している。
 桜田さんはどういうつもりなんだろうか。
 
「たまたま会ったから誘ったの。とても可愛らしい方だったわね」
「絵里花さん、僕は――」
「込み入った話は後日にしましょう? 祖父たちも交えてね」

 桜田さんはにこりと微笑むと俺に「そろそろ帰るわ」と言って歩き出す。
 見送りに行ってきますと部長に伝え、ロビーに向かった。

 フロントを出たところで足を止める。

「樹くん、またね」
「はい、これからよろしくお願いします」
「次はちゃんと仕事の話をしにくるから心配しないで」
「心配なんてことは……」

 仕事の心配は特にしていない。
 ただ、兼森さんのことは気がかりだ。
 婚約の話を聞いてどう思ったのだろう。
 つらい思いをしていないだろうか。

「会議室でいる時、樹くんずっと兼森さんのこと大切そうに見ていたわよ。ちょっと妬いちゃった」
「妬いた?」
「見たことないような顔してるから。陽一さんだけじゃなくて樹くんも彼女と仲良いのね」

 なんと返事をすればいいかわからない。
 『陽一さんだけじゃなくて』という話からして兼森さんと瀬川部長の関係を知っていたのだろう。
 仲が良いと肯定すれば、兼森さんの立場が悪くなってしまわないだろうか。
 
「兼森さんには、お世話になっています」

 当たり障りのない返事をしたつもりだったが、桜田さんはクスクスと笑う。

「随分と慕っているみたいね。ますます彼女に興味が湧いたわ。樹くんにいいこと教えてあげる。私、四年前に陽一さんから婚約を解消してほしいって言われたの。もちろん私個人は了承したけどおじい様といろいろあったみたいで九州に転勤になったのよね。それで今回うちと仕事で関わることが決まって急遽戻ってきたのよ」
「それは、どういうことなのでしょう」
「天田側の事情は私にもよくわからないわ。でも、陽一さんもいろいろと大変なのよ」

 どこか同情のような、哀れんでいるような含みがある。
 
「桜田さんは、もしこのまま瀬川部長と結婚することになってもかまわないのですか?」
「子どもの頃からずっとそのつもりで生きてきたしね。別に結婚に理想とか憧れを抱いているわけでもないから」
「そうなんですね。込み入ったことを聞いてすみません」
「いいのよ。私は隠すようなことはないから」

 それじゃね、と言って帰っていく背中をしばらく見送った。

 営業部に戻ろうとすると、ラウンジで瀬川部長が待っていた。
 あまりいい表情はしていない。
 俺が戻ってきたことに気づくと近づいてくる。

「すみれと、三人で何を話したの?」

 唯一出る名前が兼森さんか。
 瀬川部長は口にはしないけれど、彼女のことが好きなことは一目瞭然だ。
 きっと桜田さんもそれをわかっている。

「新しい企画の話と……あとはお二人の婚約の話を少し」

 はあ。とわかりやすくため息を吐く瀬川部長。
 
「すみれはなんて?」
「兼森さんは話を聞いていただけで何も」
「そっか……」

 そんな顔するならちゃんと自分で説明すればいいのに。

「俺も兼森さんも瀬川部長のプライベートな話に口を出すつもりはありませんよ」

 そうだ。瀬川部長がいつから、誰と婚約していようが関係ない。
 兼森さんだって前を向こうと頑張っている。
 俺たちには関係ないことだ。

 軽く頭を下げて、営業部へと戻った。
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