【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―
第32話 強すぎるオジさまの冷酷な内側
――魔眼……左眼……普段隠してる眼帯……蜂蜜色に輝く瞳……黒濁の……
……悪意の『感情色』!
まさか……まさかっ……!
一瞬で様々な事が浮かんでくる。
胸がざわめき、苦しくなって、切なくて、でもなんだか嬉しくて……
それを飲み込む暇も無く、金髪ゲスバックの怒号があたしの考えを散らせた。
「黙れ!! ワケわからない事言いやがって! だが……どうやらもうバレちまってるみたいだな!」
ついにインテリの欠片も無くなり、表情にもゲスさが滲み出てきた金髪ゲスバック。
急に声が大きくなり、殴られた頬を押さえ、青い眼鏡を掛け直す。
「まぁいい。 お前らの与太話なんぞ関係ない。 ここでお前らをブチ殺しちまえばいいんだからな!」
金髪ゲスバックは、丸出しの悪意と焦りを見せながらも、余裕の表情を見せていた。
「兄者ァ!! 出てきてくれ! 兄弟ッ!!」
怒鳴り声が店の奥に吸い込まれる。
すぐさま響く、ドスンドスンという床板を揺らす足音。
……あ、コレすごく強い人が出てくる流れだ。
あたしは、冷静にそんな事を考えていた。
のんきにそんなことを考えられるのは、オジさまが隣にいるから。
絶対守ってくれるって信頼があるから。
それでも、床板が鳴り響くほどの体格の大男が出てくるのかと思うと、少し緊張を伴ってくる。
オジさまの上着を掴む手に力が入った。
――ドスン……ドスン……
……どんどんと足音が近づいてくる。
そしてついに現れた。
「弟よ、何かありましたか?」
見た目にそぐわぬ礼儀正しい口調を伴いながら、扉の鴨居を潜って出てきたのは……
頭が輝かしい、巨漢の男が一人。
その額には、でっかく【壱】と書かれていた。
「????…………うん?」
意味を咀嚼するのに、思わず三回ほど瞬きをしてしまった。
「へっへっへ……まぁた、くだらねえイキった客でも現れたかぁ?」
同じ声だが口調が違う。
続けて、扉の鴨居を潜るように頭を屈めて出てきたのは……
頭がつるつるの、同じ顔の巨漢の男がまた一人。
その額には、でっかく【弐】と書かれていた。
「ふくっ…………」
思わず口を抑える。
マズイ! そういう空気じゃないのに!
これは非常にマズイ!
あたしのそんな深刻な悩みの解決を待つ間もなく、
「…………」
今度は無言で、扉を潜るように頭を屈めて出てきたのは……
頭がピッカピカの、同じ顔の巨漢の男がもう一人。
その額には、でっかく【3】と書かれていた。
「あはははははははははは!!!!」
もう耐えらなかった。
「「「「なにがおかしい!!!」」」のだ?」
「あははははははははははは!!!!」
なんで声揃えてんのさ!
なんで3だけ数字なの!?
最後の「のだ?」って言ったの誰よ!?
くひーっ! もうダメ……ツボに入っちゃった!
「うふ、うふふふふふふふ………くっ……ダメよハルネ……笑っちゃ……」
「く、くそっ……バカにしやがって……おい兄者達ィ! この女を捕らえて、そこの男をぶちのめしちまいなァ!」
っ!
そうよ、オジさま!
隣のオジさまを見ると、一つの笑みも浮かべず、真剣な表情でヤツらを睨んでいた。
さすがオジさまだ……アレに耐えるなんて……
いや、そこは感心するところじゃない。
あんな大きい男たちが3人も…………大丈夫かな?
「安心しなさい弟者よ。 すぐに締め上げて…………ほぶぅ!!!!」
――ドォンッ!!
礼儀正しい壱男が、何か言いかけたと思ったら、天井に貼りついていた。
オジさまが一瞬で距離を詰め、壱男のお腹を蹴り上げたからだ。
……人間って蹴り上げただけで、天井に貼りつくものなの? あんな大男を?
――ドザっ!
天井磔になっていた壱男が地面に落ちた音だ。
つっっよ。 オジさま、つっっよ。
「「「兄者ァッ!!」」」
「……次は誰だ?」
オジさまは手袋を嵌め直すような仕草で、男たちを挑発する。
手、使ってないじゃん。
でも、その手袋を嵌め直す仕草、すき。
「よ、よくも兄者をやりやがったなァ!?」
弐男が小型のナイフを取り出し、オジさまと相対する姿勢を見せた瞬間……
オジさまは、弐男のナイフを持った手を掴み、もう片方の手で顔を掴み……
近くの棚に物凄い勢いでその顔を叩きつけた。
――ゴシャァッ!!
顔と棚が激しくぶつかり、棚が砕け散る音。
その棚に入っていた薬草や粉末が、辺りにボワッと飛び散った。
「わっ……わぷっ…………けほっ、けほっ」
「……あぁ、すまない。 ハルネ嬢、もう少し離れていてくれ」
今やった事をまるで感じさせない穏やかな声で、あたしに声を掛けてくれるオジさま。
……全然余裕じゃん。
そして優しい。 すき。
「「……ひ、ヒィっ!」」
怯えた金髪ゲスバックと3男は、同じようなポーズでビビり散らかしていた。
「…………」
――バァンッ!
何かが激しく壁に叩きつけられる音。
オジさまの放った掌打?が、3男の胸に突き刺さり、壁に磔になった。
何にも見えなかった。
あたしにはいつ近寄ったのかも、何をしたのかも全然見えなかった。
攻撃し終わってるオジさまの構えから想像しただけ。
「…………あっ」
弐男が倒れた時点ですでに戦意を喪失していた所、3男も一瞬で倒され、放心状態の金髪ゲスバック。
何が起こったのか全く理解していない表情だった。
あたしも何が起こったのかよく分かってなかった。
だって30秒も経ってない。
ただ一つ理解しているのは、オジさまが無茶苦茶強いって事。
ああ、もう……ムリ、もうムリだよ……
オジさま、めちゃつよじゃん……! カッコよすぎ……
「……何事ですか? 騒々しい。 ゆっくり昼寝も出来やしない」
落ち着いた口調で、突然、奥から痩せた男が現れた。
一体いつ? 足音も聞こえなかった……
「あ、あ……あっ! せ、先生! ひ、東の先生! 助けてくださいぃ!! こいつが! この男がっ!!」
「……ふむ、なるほど」
鼠色の着流しと袴を着たその痩せた男は、3人の倒された大男たちを見て察したようだ。
「普段威張り散らかしている割に情けない……仕方がありません。 食客としての義務を果たしましょうか」
「せ、先生! お願いします! き、気を付けてください。 コイツ……めちゃくちゃ強いんで!」
その東方の男は腰の刀を左手で持ち上げ、腰を落とす。
この男、きっと強い。 そんな雰囲気がある。
でも、オジさまが負ける絵は、まるで想像できなかった。
「ふっ、その制服、調査局の者か。 確か第二の方に「鬼」と評される冷酷で恐ろしい強さの男がいると聞いたが……もしや貴殿がそうか? ……で、あるならばこれは僥倖。 いずれ刀を交えてみたいと渇望し、その機会を願っていたのだ。 いざ、拙者の刀と貴殿の……へぶぅ!!」
「……長い」
――とさりっ
東方の人の口上の途中だったが、オジさまの裏拳一閃が顎に炸裂した。
静かに崩れ落ちる東方の人。
「つっよーーっ! オジさま、サイコーー!」
肝が冷えるような一撃だったにもかかわらず、逆に、胸が熱くトキメいていた。
ヤバイ、めっちゃカッコイイ……!
なぜだか分からないけど、思わず涙ぐんでしまった。
あたしの架空のシッポも、上下左右にぶんぶんと振れる。
……………
「……ひ、ひぃィィィ!!!!」
「……逃さん」
情けない悲鳴を上げて、奥へと逃げ出そうとした金髪ゲスバック。
オジさまは、電光石火、稲妻のような動きで腕を捕らえたかと思えば……
逃がすものかとそのまま腕を絡め、綺麗な一本背負いでゲスバックを床に叩きつけた。
――ダァンッ!!
「かはァっっっ!!」
うぁ~~、すんごい音しましたよ?
あれはめちゃくちゃ痛いっしょ。
息も出来なくなるんじゃない?
「……かっ……はっ……アッ……」
思った通り、金髪ゲスバックは全く息が出来ないようだった。
う~、見ているだけで苦しそう。
「……苦しいか? 貴様に壊された人々はもっと苦しいんだ」
「……かっ……あっ……た、たすけ……」
「……命乞いか? 貴様も命乞いをされたことはあるだろう? 彼らに対して貴様はどんな態度を取った? 言ってみろ」
「……あっ……あぅっ」
……?
オジさまの様子がちょっとおかしい。
あんだけ圧勝して、もう制圧済みとも言えるのに、ゲスバックに対して、苛立ちをぶつけている。
「……何も言えんのか? 貴様に薬漬けにされ、無言で高値で買っていった者たちに対してはどうだ? 彼らに対しても何も言えんのか?」
「あっ……あっ……ゆ、許し……」
「……貴様らクズはいつもそうだ。 散々他人を踏みにじっておいて、いざ自分がその立場に置かれた時、初めて許しを請うのだ。 ……見せかけのなっ!」
「……ほ、本当、だっ……」
オジさま……
そっか、許せないんだ。 彼らの悪意が。
でも……
「……本当だと? 嘘をつくな。 視えているぞ。 今この場を乗り切ろうとしているだけだろうが。 貴様らはいつもそうだ……いつも私をイラつかせる。 この腐った、汚泥のような、醜い感情色が」
「……か、金、なら……いくら、でも……やる……か、ら、ゆる、して………」
「……っっ!!」
その身勝手な態度に、オジさまは、ついに腰の剣を抜いた。
「ちょっとちょっとちょっと! オジさま! それはダメ! アウトっ!!」
オジさまの腕を掴み、剣を持つ手にしがみつく。
気持ちはわかるけど、それはダメよ!
「……なぜ止める?」
「いや、決まってるでしょ! 殺しちゃダメだよ、オジさま」
オジさまは少し冷静さを失っているだけ。
そんな軽い気持ちで止めたハズだった。
オジさまだって、すぐ「……わかった」って言って止めてくれる。
そんな返しまで予想して、深い事はホントに何も考えていなかった。
でも、こちらを振り向いたオジさまは、いつもの優しい表情じゃなく……
「……なぜ止める? コイツらはクズだぞ?」
あたしに対しても、苛立ちの顔を返してきていた。
その表情に、あたしの心が怯んだ。
「え?……え?……だ、だって、ダメだよ。 オジさま、あのまま剣でトドメ刺そうとしてたじゃん! そりゃ止めるわよ!」
え? あたし、何かおかしい事やった?
「……だから、なぜ止める? コイツらクズは、生きてる価値など無い。 ただ生きてるだけで害をまき散らす。 トドメを刺して何が悪い?」
その時初めて、オジさまの凍るような冷酷さを感じた。
オジさまは、本気でそう思っている。
「ゴミを掃除して何が悪い?」 そう言っている。
そして、ずっとあたしに優しかったオジさまが、あたしに対して苛立ちをぶつけている。
いや、ずっとじゃない……あの時も……
「い、いや、ダメだよ! 殺しちゃダメ! いくらオジさまでも、そんな簡単に命を奪っちゃダメ!」
オジさまがちょっと怖い……それでもちゃんと言い返す。
だって、あたしが間違ってるとは思わない。
オジさまは興奮してるだけ……もしかして違うの?
「……だから、なぜだ? ……キミは、先日もそうだったな。 ドルマールの店主も安易に許そうとした。 そのような……安易な優しさは、回り回って、キミの大切な人を傷付けるかもしれないんだぞ?」
「いやいや! 安易じゃないよ! 許してもないよ! そこまでする事ないでしょ! って言ってんの!」
あたしの語気も強くなる。
オジさまが間違ってるとも思わないけど、あたしだってここは譲れないからだ。
「許そうとしているではないか! こいつらクズに許す価値などアリはしない! 生きる価値なぞアリはしない! 裁かれて当然だ! それはキミにだって分かるだろう!」
「違うよ! 全部許すなんて言ってないよ! こいつらがクズだって……反省しない人たちだってのも分かるよ! 罰だって必要だよ! でも……!」
あたしだってそこそこ生きてる。
自分を省みることなく、他人に迷惑をかけ、自分勝手に生きる人たちがいるのは知ってる。
……それでも、さぁ!
「でも……今すぐ命を奪われる程の罪じゃないよ! 仕方なく命が犠牲に……そういう成り行きになっちゃう事があるのも分かるよ! でもさ、今はそうじゃないでしょ! オジさまだってわかるでしょ! それくらい!」
「……なぜそう思えるんだ……理解できない。 なぜだ? ハルネ嬢……キミも……あの、醜悪な感情の色を視ただろう! 腐って、歪んだ、視るに耐えない……この、おぞましい黒濁の悪意の色を!!」
そう言ってオジさまは、胸倉を掴んだまま、既に気絶しているゲスバックを指差す。
「そりゃ視たよ! そりゃムカツくよ! 許せないよ! でも、悪意の色を視るたびにさ! 誰かを殺すなんて間違ってるよ! そこはオジさまが違うってハッキリ言えるよ! 何回だって言うよ! 悪意だけで、殺しちゃダメっ!」
「……くっ」
あたしの勢いが強かったのか、オジさまはそこで初めてひるんだ。
いや、そうじゃない……オジさまは左眼を抑えている。
魔眼の……痛み?
「オジさま……眼、痛いの?」
「……くっ、いや、そうではない……」
つらそうなオジさまは、そのまま眼を抑えながらフラフラと立ち上がる。
……そうだ、ゲスバックのせいですっかり忘れてたけど、大事な事を聞かないといけないのを忘れていた。
魔眼、感情の色、悪意の黒濁色、もしかしたらオジさまの感情色だけが視えない理由。
そして、あの時怒った……今怒っている理由も……全部なんとなく分かってしまった。
「オジさま……やっぱり、視えるのね? ……あたしと、おんなじ……」
「……ああ、その通りだ。 私には、他人の感情が色となって視える。 キミと同じように……」
つらそうにその言葉を吐く、苦しそうなオジさまの表情と裏腹に……
あたしは何故だか、ちょっと嬉しかった。