消えるはずだった予知の巫女は・・・ の番外編

帰る場所―――消えるはずだった予知の巫女は・・・ の後日談

「どうかな?」

私はリリアに、レイスさんの洋服のほつれを直したところを見てもらう。

普段着なら適当に縫ってしまうけれど、レイスさんの騎士服はさすがにそうはいかない。偉い人の目にも触れるし、激しい動作をするから、しっかり、しかもきれいに縫わないと、すぐにまたほつれてしまうんだよね。

こっちの世界では、向こうの世界ほど縫い物をする環境じゃなかった。だから、ちょうどいい機会だと思って、リリアに縫い物と料理を習いに来た。

ちなみにレイスさんは、1週間前からロイド様と一緒に女王様の警護で隣国へ赴いている。それもあって、6日前から私は、リリアの家――つまりロイド様の屋敷に泊まっていた。

裁縫もだけど、料理、特にこちらの世界の料理は、まだ全然うまく作れるわけじゃない。だから、レイスさんと結婚することが決まったときから、リリアに時々料理を教えてもらっている。

「うん、これなら大丈夫ですよ。ちゃんときれいに縫えてます」

「本当? よかった……とはいえ、リリアにはまだまだ程遠いかも」

縫い目を見て、思わずため息が出る。

「そんなことないですよ。前より、ずっとうまくなってます」

リリアはそう言って、にこっと笑った。

ロイド様が惚れてしまうのも、すごく分かる。本当にきれいで可愛い。……あぁ、私にもこのきれいさが少しでもあればなぁ、なんて、内心でさらにため息をついた。

「ありがとう」

そう言うと、リリアは少し残念そうに言う。

「でも……せっかくですし、今日も泊まっていかれてはどうですか?」

「ありがとう。でも……明日、レイスさんが家に帰ってくるから。できるだけ、家にいたくて」

自分で言っていて、どんどん顔が熱くなる。

「あら、まあ……ごちそうさまです」

くすっと笑うリリアを見て、これ以上言い返しても勝てないのは分かっているから、私はそれ以上何も言わなかった。

レイスさんは、私がまたどこかへ行ってしまうかもしれない、という不安をずっと抱えている。だから、彼が家に帰っているときは、前もって出かける用事を伝えていない限り、私はなるべく家にいるようにしていた。

――――――――――――――――――――

「ぎゃっ……!」

真っ暗な家の中で、突然立ち上がった人影に、色気も何もない悲鳴を上げてしまう。

でも、その驚きもすぐになくなった。その人影がレイスさんだと分かったから。

「び、びっくりしました……レイスさん……」

そう言い終わる前に、気づいたら腕の中に引き寄せられていた。

「あ、え……えっと……レイスさん?」

少し強いくらいに抱きしめられて、頭が追いつかない。

それに、なんだか様子がおかしい。……震えてる?

私はドキドキしながらも、そっと抱きしめ返す。

「……どこか、出かけてた?」

「あ、えと……泊まり込みで、リリアに裁縫と料理を習ってて。その、急に決まったことで……でも、レイスさん、明日帰るって言ってたから……」

慌てて説明すると、レイスさんは、はぁ……と大きく息を吐いた。

「……美桜が一瞬いなくなったと思った。情けないな……」

「もう……私の居場所は、レイスさんのそばですよ。勝手に消えたりしません」

照れくさくなって、最後は少し冗談めかして言う。

しばらく抱きしめられたままでいると、腕の力が、少しずつ緩んでいくのが分かった。

……と思った、次の瞬間。

「え……?」

体がふわっと浮いた。

抱き上げられたまま、そのままソファへ運ばれる。

レイスさんが腰を下ろし、私はその膝の上に座る形になっていた。

「……え、えっと……」

頭が追いつかない。

心臓だけが、やたらとうるさい。

顔が熱い。

たぶん、真っ赤だと思う。

レイスさんの腕が、そっと背中に回される。

「……すこしだけ」

低い声でそう言われて、ぎゅっと抱きしめられた。

声を出す余裕もなくて、私はそのまま、腕の中で小さくコクっと、うなづく。

いくら経っても、こういうのには慣れない。

ドキドキも、全然おさまらない。

それなのに。

抱きしめられているうちに、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。

レイスさんの胸の上下に合わせて、自然と息をする。

……あったかい。

ドキドキは残ったままだけど、

さっきまでの強ばりが、ゆっくりほどけていく。

私は、そっと体重を預けた。

――――――――――――――――――――

■レイス視点

腕の中の美桜は、まだ分かりやすいくらい落ち着かない。

触れるたびに、ほんの少し体が強張って、すぐに顔が赤くなる。

それがもう、どうしようもなく可愛い。

結婚してからも、ここは変わらない。

慣れないまま、でも拒まない。

腕の中で、少しずつ力を抜いていくのが分かる。

ここを、自分の居場所だと、ちゃんと受け止めてくれている。

その事実が胸の奥に静かに落ちて、

張りつめていたものが、ゆっくりとほどけていく。

まだ、離す気にはなれない。

「……ご飯にしませんか?」

美桜が、遠慮がちにそう言う。

視線を落とすと、まだ少し赤い顔で、こちらを見上げていた。

「……もう少し」

そう答えて、また軽く抱き寄せる。

美桜は一瞬だけ迷ったあと、何も言わずに身を預けてきた。

その重みと温もりを感じながら、

レイスは、ようやく本当に落ち着いた呼吸を取り戻していた。

腕の中で、美桜の体温が静かに伝わってくる。

さっきまでの不安が、嘘みたいに遠くなっていた。

ここにいる。

戻ってくる。

そう思ってくれている。

それだけで、十分だった。

レイスは腕の力を少しだけ緩めて、

それでも、離さないまま、もう一度息を整える。

――ここが、帰る場所だ。
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