役目を終えたはずの巫女でした―――選ばれなかった時間の続き
第82章 最後の修正――終わりを告げる手
3月末まで、あと2週間となった金曜日の朝だった。
私はまだ、何も決められていない。
時間だけが、ただ過ぎていく。
焦っている自覚はあるのに、どうしていいのか分からない。
考えても、同じところに戻ってしまう。
お母さんとお姉ちゃんに、話を聞いてもらおうかな。
ふと、そんなことを思った。
何を相談したいのか、自分でもよく分からない。
ただ、このまま一人で考えていても、きっと同じところをぐるぐる回るだけだ。
そんなことを考えていると、部屋の扉が軽く叩かれた。
「サクラ様」
聞き慣れた声だった。
扉を開けると、クロトさんが立っている。
結界修正部屋までの護衛。
いつも通りの朝。
「おはようございます」
「おはようございます」
短い挨拶を交わして、私は部屋を出た。
クロトさんがほんの少し前を歩く。
私はその背中を見ながら、廊下を歩いていた。
あと、何回だろう。
こうして姿を見られるのも。
こうして言葉を交わせるのも。
そんなことを考えてしまう自分に、少しだけ苦笑する。
こんなことなら、前みたいに突然交代した方が良かったのかな、なんて思ったりもする。
でもリエット様の話では、強制交代のあとには1か月間の余韻期間がある。
凜ちゃんに頼めば、こちらに戻る選択肢が完全に消えるわけではないらしい。
それはそれで、また悩むのだろうけれど。
だって、巫女でもない立場で突然戻ってきて、「何しに来たの?」って思われたら、さすがに居場所がない気がする。
それに、日本の家族とは1年に1週間しか会えなくなる。
こっちにいたって、クロトさんの姿を今までみたいに見られるわけじゃない。
仕事の人間関係なら、正直こっちの方が気に入っているけれど。
……結局、また同じところに戻ってしまう。
堂々巡りの考えのまま、私は歩き続けていた。
「着きました」
クロトさんの声で、我に返る。
いつもの結界修正の部屋だった。
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げて中へ入る。
私は一度だけ、軽く頭を振った。
今は考えない。
今は仕事だ。
私は結界へと手を伸ばし、意識を集中させた。
いつものように、ほころびを探す。
弱くなっている部分を見つけて、縫い合わせる。
……はずだった。
「あれ?」
思わず、小さな声が漏れた。
触れてみても、手応えがない。
まだ弱いと思っていた部分に触れてみる。
縫う。
けれど、何も変わらない。
おかしい。
もう一度、同じ場所に触れる。
……変わらない。
なら別の場所。
そこも触れてみる。
でも、同じだった。
何も変わらない。
私は少しだけ焦りながら、次、次と別の場所を確かめていく。
それでも結果は全部同じだった。
その時だった。
「サクラ様」
リエット様の声が聞こえた。
私は振り返る。
リエット様は静かにこちらを見ていた。
そして、ゆっくりと首を振る。
それは言葉ではない合図だった。
もう修正する場所はありません。
そういう意味。
私はしばらく、そのまま立っていた。
それからゆっくりと、結界に触れていた手を下ろす。
(ああ……)
終わったんだ。
「どうされたんですか?」
クロトさんの声が聞こえた。
振り向くと、クロトさんがこちらを見ている。
まだ状況が分かっていない顔だった。
リエット様は何も言わない。
ただ、静かに私を見つめている。
私は何か言おうとして口を開いた。
でも、言葉が出てこない。
今ここで口を開いたら、たぶん泣いてしまう。
……これを言ったら、本当に終わってしまう。
それでも、言わないわけにはいかなかった。
「……おわ……り……で……す」
一言目を言った瞬間に、涙があふれた。
最後までちゃんと言えたのか、自分でもよく分からない。
でも、それでも。
私は確かに伝えた。
結界修正が終わったことを。
クロトは、少し離れた場所からそれを見ていた。
桜の頬を伝う涙を見た瞬間、思わず一歩踏み出す。
手を差し伸べかける。
だが、その手は途中で止まった。
桜とクロトの間には、わずかな距離があった。
その距離は、思ったよりも遠かった。
リエットは静かに目を伏せる。
クロトは何も言えなかった。
ただ、目の前の現実を理解したまま――
クロトはその場に立ち尽くしていた。
私はまだ、何も決められていない。
時間だけが、ただ過ぎていく。
焦っている自覚はあるのに、どうしていいのか分からない。
考えても、同じところに戻ってしまう。
お母さんとお姉ちゃんに、話を聞いてもらおうかな。
ふと、そんなことを思った。
何を相談したいのか、自分でもよく分からない。
ただ、このまま一人で考えていても、きっと同じところをぐるぐる回るだけだ。
そんなことを考えていると、部屋の扉が軽く叩かれた。
「サクラ様」
聞き慣れた声だった。
扉を開けると、クロトさんが立っている。
結界修正部屋までの護衛。
いつも通りの朝。
「おはようございます」
「おはようございます」
短い挨拶を交わして、私は部屋を出た。
クロトさんがほんの少し前を歩く。
私はその背中を見ながら、廊下を歩いていた。
あと、何回だろう。
こうして姿を見られるのも。
こうして言葉を交わせるのも。
そんなことを考えてしまう自分に、少しだけ苦笑する。
こんなことなら、前みたいに突然交代した方が良かったのかな、なんて思ったりもする。
でもリエット様の話では、強制交代のあとには1か月間の余韻期間がある。
凜ちゃんに頼めば、こちらに戻る選択肢が完全に消えるわけではないらしい。
それはそれで、また悩むのだろうけれど。
だって、巫女でもない立場で突然戻ってきて、「何しに来たの?」って思われたら、さすがに居場所がない気がする。
それに、日本の家族とは1年に1週間しか会えなくなる。
こっちにいたって、クロトさんの姿を今までみたいに見られるわけじゃない。
仕事の人間関係なら、正直こっちの方が気に入っているけれど。
……結局、また同じところに戻ってしまう。
堂々巡りの考えのまま、私は歩き続けていた。
「着きました」
クロトさんの声で、我に返る。
いつもの結界修正の部屋だった。
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げて中へ入る。
私は一度だけ、軽く頭を振った。
今は考えない。
今は仕事だ。
私は結界へと手を伸ばし、意識を集中させた。
いつものように、ほころびを探す。
弱くなっている部分を見つけて、縫い合わせる。
……はずだった。
「あれ?」
思わず、小さな声が漏れた。
触れてみても、手応えがない。
まだ弱いと思っていた部分に触れてみる。
縫う。
けれど、何も変わらない。
おかしい。
もう一度、同じ場所に触れる。
……変わらない。
なら別の場所。
そこも触れてみる。
でも、同じだった。
何も変わらない。
私は少しだけ焦りながら、次、次と別の場所を確かめていく。
それでも結果は全部同じだった。
その時だった。
「サクラ様」
リエット様の声が聞こえた。
私は振り返る。
リエット様は静かにこちらを見ていた。
そして、ゆっくりと首を振る。
それは言葉ではない合図だった。
もう修正する場所はありません。
そういう意味。
私はしばらく、そのまま立っていた。
それからゆっくりと、結界に触れていた手を下ろす。
(ああ……)
終わったんだ。
「どうされたんですか?」
クロトさんの声が聞こえた。
振り向くと、クロトさんがこちらを見ている。
まだ状況が分かっていない顔だった。
リエット様は何も言わない。
ただ、静かに私を見つめている。
私は何か言おうとして口を開いた。
でも、言葉が出てこない。
今ここで口を開いたら、たぶん泣いてしまう。
……これを言ったら、本当に終わってしまう。
それでも、言わないわけにはいかなかった。
「……おわ……り……で……す」
一言目を言った瞬間に、涙があふれた。
最後までちゃんと言えたのか、自分でもよく分からない。
でも、それでも。
私は確かに伝えた。
結界修正が終わったことを。
クロトは、少し離れた場所からそれを見ていた。
桜の頬を伝う涙を見た瞬間、思わず一歩踏み出す。
手を差し伸べかける。
だが、その手は途中で止まった。
桜とクロトの間には、わずかな距離があった。
その距離は、思ったよりも遠かった。
リエットは静かに目を伏せる。
クロトは何も言えなかった。
ただ、目の前の現実を理解したまま――
クロトはその場に立ち尽くしていた。