おはよう
「おーっと何をなさるおつもりで?」
化け物に向かって駆け出そうとした身体は彼に止められる。怒りに似た焦燥で目眩がした。
「放して!」
「いやはや先程まで逃げ一択でしたのに。どうなさいました?」
「皆あの子を忘れてた!」
どこにもあの子が居ない。
誰の記憶にも、なんの記録にも残っていない。
あり得ない。そんなことできるわけがない。
だけどあの化け物が本当に邪神で、生贄なんてあったのなら。
「あの子が生贄にされたってことでしょう!」
オカルト宗教組織。
彼の言葉を信じるなら――親に。
何も知らない顔をしていたあの子の母親。
生贄にした本人ですら、そのことを忘れるというのか。
「やっぱりお知り合いでしたか」
「昨日まで居たのよ。まだ間に合うかもしれ」
「いいえ間に合いません。あの子はもう食べられました」
喰い気味の断言に、喉が引きつる。
ゆらゆら揺れる人の形をした化け物は、私を誘うように細長い手を手招いている。
「何を根拠に」
「だってあれは貴方を誘い込んでいますから」
手招く手招く。
こっちへおいでと手招く。
「あなたはあの子の最後の一欠片。かの邪神が求める完成へ繋がる最後のピース」
手招いた手が地面に落ちて。
それは、不格好な四つん這いになった。
それが動くより早く、彼は私の手を引いて走り出した。
先ほどより早い粘着質な音が、私達を追いかけてくる。
「ちなみにあれは倒せません! 曲がりなりにも神なので! 曲がりなりにも神なので! 貴方が近付いた瞬間美味しく一口で丸呑みです!」
「じゃあどうしろって言うのよ!」
「簡単です! 貴方は表の人間なので、表の人間が呼べば出られます。それまで走り回ればよろしい!」
「呼ぶって…」
「遅かれ早かれ出られます。だって貴方学校サボっていますから! 学校からお家の方に連絡が行って、お家の方から連絡が来るでしょう!」
その言葉とほぼ同時に、無料通話の呼び出し音が響いた。