義妹の引き立て役はもう終わりにします

3. 家を出ます

「殿下、なぜアイリスを選ぶのですか? ジュリアはこんなにも可愛らしくて、聖女の力も持っていますのに!」

 お義母様は私がイアン殿下の婚約者候補になったことが納得できないようで、声を上げた。
 私は殿下の決断を受け入れているけれど、どうしてボロボロの私が選ばれたのか、理解はできない。

 それに……この様子だと、殿下が屋敷を去った後にお義母様が怒り狂うことが想像できてしまう。あまり考えたくないけれど、私はお義母様に命まで追われるだろう。
 だから、殿下をお見送りするよりも先に家を出ようと決めた。

「性格が悪い女性と生涯を添い遂げるつもりはない。これで十分か?」
「あの一言でそんなこと分かるわけがありませんわ!」

 気付かれないように気配を消し、その場を離れようとする私。
 けれど、殿下にチラリと視線を向けられてしまった。どうやら気付かれているらしい。今はここに留まって、殿下をお見送りするときに動いた方が良さそうだ。

「王族を見下さない方が良い。そう遠くないうちに、痛い目を見ることになる」
「どうして私が……性格悪いと思いましたの!?」

 ジュリアは必死に否定しようとしているけれど、説得力のある言い訳は思いつかなかったらしい。
 あれだけ私を虐めているのだから、反論できるわけが無いのよね……。

「姉を見下す視線を見れば分かることだ。さて、そろそろ本題に戻そう」

 そんなことを思っていたら、殿下が前置きをしてから私に視線を向ける。
 一体何を言われるのかと身構えると、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

「アイリス嬢には今日から王宮で妃教育を受けてもらう。相当厳しいものになる上に、好きな時に家に帰れなくなる。それでも大丈夫だろうか?」

 家に帰れないなら、本望だ。こんな家には戻ろうだなんて思わないもの。
 それに、自由に帰れないということは、義両親に連れ戻される心配もないということ。今の地獄のような日々に耐えてきたのだから、厳しいという妃教育も乗り越えられるわ……!

 もし王太子妃の資格が無いと言われ王宮を追い出されても、ここには戻らず平民として生きていけばいい。
 だから、私も笑顔を浮かべて、イアン殿下の言葉に頷いた。

「はい! どんなに辛くても絶対に耐えます!」
「いい返事だね。今日から始めるから、すぐに荷物をまとめて欲しい」
「分かりました」

 イアン殿下に言われ、私は物置小屋に足を向ける。
 中は土の地面に(わら)を敷いただけで、お世辞でも綺麗とは言えない。それでも、絶対に持っていきたいものがあるのよね……。

 そんな時、ジュリアが殿下にすり寄るところが目に入る。
 殿下は嫌そうに押しのけているけれど、ジュリアは胸を押し付けていた。どうしてもイアン殿下の婚約者候補になりたいらしい。

 その隙に、私はお母様の形見のネックレスを藁の中から取り出し、慎重に首にかけた。
 このネックレスはお義母様に盗られてしまったものだけれど、掃除をしているときに机の上に出しっ放しになっていたところを取り返したものだ。

 ドレスにはポケットが無いから、厚く盛られているメイクを塗り付けて目立たなくする。
 そうして殿下の前に戻ると、彼に訝しむような視線を向けられた。

「――荷物は無いのか?」
「ええ」

 私はそれだけ言い、次の指示を待つ。
 すると、お義母様がこんなことを口にした。

「アイリス! ジュリアのドレスを返しなさい! 盗人のような真似、許さないわよ!」

 すっかり気分が舞い上がって忘れていたわ……。
 でも、あのボロ着でイアン殿下の前に出るのは気が引ける。

 正解が分からなくて迷っていると、お義母様に腕を引っ張られる。
 そうして辿り着いたのはおお義母様の部屋だった。

 殿下が近くに居るから暴力は振るわれないと思うけれど、何をされるのか分からなくて、身体が震えてしまう。

「早くこれに着替えなさい!」

 けれど、恐れていたことは起こらなくて、見覚えのあるドレスが出された。
 お母様が着ていたものだ。

 まだ捨てられていなかったことは嬉しいけれど、今はお義母様の前だから、命令に素直に従う。
 慣れないドレスを着るのは大変なのに、侍女は見ているだけで手助けなんてしてくれない。

 そして、お義母様は小声で私の悪口ばかり言っている。
 手は出されなかったけれど、いい気分にはならない。

「着替え終わりました」
「殿下を待たせているから、早く行きなさい! 謝罪を忘れたら許さないわ!」

 追い出されるようにして部屋を後にし、私は殿下の待つ玄関に戻る。
 ネックレスに気付かれなかったことは嬉しいけれど、お義母様の目はまだあるから気が休まらない。

 そして殿下の前に立つと、いつものように床に額がつくまで頭を下げた。
 後ろからはクスクスとジュリアやお義母様が笑う声が漏れ聞こえてくる。

 でも、これはいつものこと。気にせず、殿下に謝罪の言葉を口にした。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「頭を上げて。僕はこれくらいで怒ったりしない」
「……ありがとうございます」
「準備はもう大丈夫かな?」

 お礼を言うと、彼は柔らかな笑顔を浮かべて問いかけてくる。
 それが嬉しくて、私も笑顔を浮かべた。

「はい、大丈夫です」
「では、王宮に行こう。この馬車に乗って」

 十年前を思い出しながら馬車の前に立つ。
 すると、王家の使用人と思わしき人が手を貸してくれて、あっという間に馬車の中に入った。

「遠慮せずに座って」
「失礼します」

 イアン殿下に少し遅れて腰を下ろすと、ふかふかのクッションの感触が伝わってくる。
 今までずっと、座ることが許されたのは硬い床や地面だったから、この感覚には慣れそうにない。

 ……なんて思っていると、馬のいななきに続けて馬車が動きだす。
 しばらく庭園を進と、ついに門を通り過ぎた。

 最初に思っていた家出とは違うけれど、私の計画は成功したらしい。
 これからの妃教育に不安が無いといえば嘘になるけれど、明るい未来が待っているかもしれないと思うと、嬉しくて涙が出そうになった。
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