気弱令嬢は我慢の限界を迎えたので、今から「御礼」いたします~レアスキルを活かした結果、いつの間にか隣国で大活躍していました~

16・魔獣と戦ってみました

 とうとう、私達が隣国ゼラニウムへと出発する日が訪れた。

 加速魔法が付与された馬車で山中を移動し、いくつもの転移門を抜け、目的地を目指す。
 そうして、いくつ目かの転移門へ向かっていたところで――

「!」

 順調に飛ばしていた馬車が、急停車した。

(何……?)

「ひ、ひいい……! 大変です、ヴィルフォード様!」

 御者さんの悲鳴が聞こえてきて、窓の外を見ると――

「魔獣……!?」

 翼のある、ドラゴンにも似た魔獣に、別の馬車が襲われている。

「君は馬車の中にいてくれ、フィオーレ」

 ヴィルフォードは馬車から降り、魔獣に掌を向けた。

「水よ。刃となりて魔獣を斬り裂け」

 水魔法だ。ヴィルフォードの魔法陣から、ウォータカッターのように水が噴き出し、魔獣を斬りつけようとする。しかし魔獣は、防御魔法でそれを防ぎ、彼へと向かって突進した。

「ヴィルフォード!」

 たまらず、私は馬車から飛び出して魔法陣を展開させた。

「灼熱よ、紅蓮の渦となりて、悪しき獣を焼き尽くせ!」

 指先に火を灯すような魔法や、野球ボールくらいの火球を出すような一般魔法とは桁が違う。私が今まで見てきた、他の貴族達の高度な魔法を記憶し、解析することで習得した魔法だ。魔獣を覆い尽くし、呑み込むような炎の渦が生まれる。

(だけど私じゃ、魔力が足りない……!)

 魔獣を焼き尽くす前に、魔力切れによって炎が消えてしまった。
 するとヴィルフォードが、私を守るように前に立ってくれ、呟く。

「ふむ、なかなか手強い魔獣だな。……なら、あれを試してみるとするか」

(……! 『あれ』を使うのね……)

 魔法とは、魔力を用いた技術の力であるが、同時にイメージの力でもある。
 火・水・雷、土……。人々はこれまで、自然界にあるものを魔力によって真似ることで、「魔法」を形成してきた。それらがこの世界の人間にとって身近であり、イメージしやすいもの・既知のものであるからだ。

 この世界で、コンロやお風呂はあってもカメラやビデオがないのも、「撮影」という概念が人々にとって未知なものだからだろう。

 魔法は「見たことのないもの」を再現することは困難である。
 なら――「見たことあるもの」なら?

 ――「フィオーレ。あれは、なんだ?」

 先日、ヴィルフォードが私の前世の記憶を見てそう尋ねたのは――
 刑事ドラマにでてきた、銃である。
 彼はそれを観察し、その攻撃力を魔法に応用できないかと考えたのだ。
 魔法で発生させられるのは、火や水などの、自然にあるものだけだが。
 なら、代わりのものを用いれば?
 そう考えたヴィルフォードが用意したのは、大量の火の魔石である。
 それを風魔法によって、豪速で敵に飛ばすのだ。
 ヴィルフォードの魔法陣から、銃弾に似た魔石の粒……魔弾が、雨嵐のように飛ぶ。
 魔弾魔法、とでも呼ぶべきだろうか。こんな魔法、今までこの世界のどこにもなかった。
 初めての魔法に、魔獣も狼狽している様子だった。魔獣の防御魔法の展開が遅れ、その身体に無数の穴が空く。

「グッ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 魔獣は地を轟かすような呻き声を上げると、バサリと翼を広げて空高く飛び、逃げていってしまった。
 仕留められなかったのは残念だけど、今はそれ以上に優先すべきことがある。

「大丈夫ですか……!?」

 魔獣に襲われていた男性に近寄ると、彼は既に虫の息だった。全身から血を流し、重傷だ。

「回復薬ポーションなら持っているが……」

 ヴィルフォードが上級回復薬を取り出すが、ここまで重傷だとそれでも全回復は難しいだろう。そのため、私は心の声でヴィルフォードに語りかけた。

『では私、治癒の効果を増幅する魔法を使います』
『君は、そんなこともできるのか?』
『以前、別の貴族が使っていたところを見て記録していたので』

 そうしてヴィルフォードが瀕死の男性に回復薬を飲ませ、私が魔法を使う。
 治癒魔法ではなく、もっと下位の「効果増幅の魔法」であるため、私の魔力でもなんとか効果を発揮できた。すると、瞬く間に男性の傷が癒えて――

「うわっ、すげえ! 身体が楽になった!?」

 彼は、がばっと起き上がる。

「いやー、もう死ぬと思ってたのに! まさか助かるなんて! ありがとうございます!」

 長身の男性だ。年齢は三十代半ばくらいだろうか。明るい茶髪に、陽気な笑顔。良くも悪くもライトな印象を受ける。

「どういたしまして。ところであなたは、何故こんなところに?」
「俺は行商人でして。ゼラニウムに行く途中で魔獣に襲われてしまったんです。いやあ、助けていただいて本当にありがとうございます! あなた達は命の恩人ですよ。できれば何か俺の商品でも差し上げて、少しでもご恩をお返ししたいんですが……」

 ちらりと、彼は自分の荷馬車へと目を向ける。
 荷馬車は魔獣によって完全に転倒させられたうえ潰されており、詰まれていた商品も無事ではないだろう。おまけに、馬は走って逃げていってしまったようで、どこにも見当たらない。これではお礼どころか、彼はこのままゼラニウムに行くことすらできないだろう。

『……ヴィルフォード様、どうするんですか?』
『助ける義理はない。怪しい人物ではないとも言い切れないしな』
『そうですね……』
『……だが』

 ひと息ぶんの間のあと、彼は言葉を続けた。

『俺の評判は、婚約者としてそのまま君の評判にも繋がる。君に、困っている者を見捨てたという汚名を着せたくはないな』

 心の声だけでの会話だ。だけど、ぽんと頭を撫でられたかのような錯覚に陥る。
 私が、心の奥底では、この男性をこのまま見捨てたくないと思っていたのを、見透かしてくれたのだろう。

 ヴィルフォードの言う通り助ける義理はないし、怪しい人じゃないとは言い切れない。だが同時に、確実に悪人であるという証拠もないのだ。

 こんな山中に置き去りにすれば、また魔獣に襲われる可能性だってある。残していけば、死ぬ可能性の方が高い。それは後味が悪い。

『もしこの男が怪しい奴だったとしても、君は俺が守る』
『ありがとうございます、ヴィルフォード』

 ヴィルフォードは、笑顔で男性に声をかけた。

「恩返しなど必要ありませんよ。ゼラニウムに行くところだったのでしょう? どうぞ、私達の馬車に乗ってください」
「いいんですか!? うわあ、何から何まで本当にすみません!」
「はは。困っている人を見捨てることなどできませんし、これも何かの縁というものです」
「あの、俺はアランと申します。あらためまして、誠にありがとうございます」
「私はヴィルフォード・スカビオサです」

 アランさんは、大きく目を見開く。

「ヴィルフォード様……?」
「おや。私をご存じですか?」

 ヴィルフォードは、微笑みを浮かべたまま首を傾げる。口調も笑顔も余所行きだ。

「ええ、そりゃあもちろん。ティランジアの筆頭公爵様ですからね。ちなみに、そちらのお嬢様は……?」
「私は、フィオーレ。ヴィルフォード様の婚約者です」
「ヴィルフォード様、婚約者がいらっしゃったんですか!?」
「ええ。少し前に婚約したばかりで」
「なんと、それはおめでたい! では、お幸せでしょう」
「ええ」

 ヴィルフォードが、私の肩を抱く。

「私はフィオーレを愛しています。彼女と婚約できて、とても幸せです」

 演技だとわかっていても、やっぱり心がくすぐったくて、頬が熱くなってしまう。
 アランさんは目を輝かせ、まるで自分のことのように喜んでくれた。

「はは……! そりゃあよかった! ゼラニウムに着いたら、ぜひ何かお祝いさせてください!」

 身を乗り出す勢いで祝福してくれるものだから、私はつい遠慮してしまう。

「そ、そんな。気を遣わないでください」
「気を遣ってるわけじゃないですって! 本当におめでたいし、そもそも俺は命を助けてもらった身ですから。お二人に、感謝と祝福を込めてぱーっとやりたいんですよ!」

 アランさんは本当に嬉しそうに笑っている。これが演技でなければ、だけど、悪い人という感じはしない。

「ふふ……ともかく、アランさん。よろしくお願いします」
「こちらこそです、フィオーレ様」

 私達は馬車に乗り込む。魔獣を見たときは怯えていた御者さんも、もう落ち着きを取り戻したようで、問題なく馬を走らせてくれた。

「それにしても、さっきの魔法。すごかったですねえ」

 談笑しながら、馬車は進んでゆく。いくつもの転移門をくぐり、隣国ゼラニウムへと近付いてゆく。

「魔石を高速で発射しているのですか。あれなら、技術が進めば、魔力を持たない者でも使える武器にもなりそうですよね」
「そう……ですか?」

 もとが銃をアイディアにしている魔法なので、それはそうだろう。だけど、「よくわかりませんわ」という顔で首を傾げておく。悪用されたら大変だしね。

「いえ、ちょっとそう思っただけです。まあ、魔力を使わず技術力だけでそんな道具を作るなんて骨が折れるでしょうし、誰もやらないと思いますがね。ははっ」

 ……彼はへらりと笑っているが、瀕死の状態であの魔法を見ただけで、そこまで考えるなんて。ちょっと鋭すぎやしないだろうか。

(まさかこの人、転生者とかじゃないよね?)

 この世界で、自分以外の転生者に会ったことはない。だけど、存在してもおかしくはない。
 疑り深いかもしれないけれど、会話しつつ探りを入れてみることにした。

「アランさんは商人としていろんな場所に行かれているのでしょうし、もしかしてそういう武器をどこかで見たことがあるのですか?」
「はは。いえ、そんな武器、この大陸のどこにもありませんて。夢物語みたいなもんですよ」
「そう……ですか? この大陸にはなくとも、ここではないどこかには、実在するのでは?」
「別の大陸ってことですか? いくら俺が行商人っていっても、海を越えたことはないんですよねえ」
「いえ、海ではなく……」

 時空を超えたことはないか。前世は異世界人だったのではないか。
 いくらなんでも、それを聞くのは踏み込みすぎだし、こちらが怪しまれそうなので、聞けなかった。どうするべきか考え、じっとアランさんを見つめていると……。

「フィオーレ様、じっと見つめてくれるのは嬉しいですけどね。俺とばかり話していていいんですか? 婚約したてで新婚さんみたいな時期なのに、ヴィルフォード様が妬いちまいますよ」

 不意打ちでひやかすようなことを言われ、思わず頬が熱くなってしまう。

「え……っ、そ、そんな……」
「おやおや。大丈夫だよフィオーレ、俺は君の愛を信じているからね」
「も、もう。ヴィルフォード様まで……」

(探りを入れるどころの雰囲気ではなくなってしまった気がする……。わざと? それとも偶然……?)

 不思議な同乗者とともに、馬車は進んでゆく――
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