気弱令嬢は我慢の限界を迎えたので、今から「御礼」いたします~レアスキルを活かした結果、いつの間にか隣国で大活躍していました~

29・愛する人と、共に生きることにしました

 ――ヴィルフォードが化け物を討ってから、七日間が経った。
 私達は一度ティランジアのスカビオサ領に戻り、公爵邸で身体を休めていた。

「……ふう」

 公爵邸の庭園を散歩しながら、彼は空を眺める。

「なんだか、まだ信じられない気分だ」
「はい……そうですね」

 あれから、ゼラニウムの新たな国王は、選挙方式で決めることになった。もうすぐ王選が始まる。ヴィルフォードもその候補だ。他の候補者は、レヴィシアの息子やゼラニウムの公爵子息などが立候補しているが……。

 ただ、私にはヴィルフォードが圧勝する確信があった。

 婚約者としての欲目ではなく、今の彼は、腐敗した王家を粛清した英雄として民衆の支持を受けている。彼があの化け物とレヴィシアに断罪を下した姿は、ゼラニウムの人々の目にも焼き付いている。もともと、能力にも何の不足もないヴィルフォードだ。じきに、彼はゼラニウムの国王として迎えられるだろう。

 ゼラニウムの化け物達は片付けたが、彼が育ったティランジア王宮も腐っている。対抗するためには、ゼラニウムの国王として力をつける必要がある。……きっと、それも間もなく叶う。ヴィルフォードなら、レヴィシアと繋がっていた王子に断罪を下し、ティランジア王家も浄化してくれるだろう。

 ゼラニウムの国王が討たれ、王妃が捕まったという報せ……そして次期国王はヴィルフォードになるだろうという報せに、今まで彼を虐げてきたティランジア王宮内の人々は震え上がっているに違いない。

 ともかく、今は王選に向けて準備中である。一度スカビオサ領に戻ったのも、次期公爵や、今後この領地をどうするかを決めるためでもあった。

 ……とはいえ、あの二週間は復讐のため、いろいろと準備してきたし、精神的な疲労も大きかった。今の私達は、束の間の休息に、力が抜けてしまっている。

「……そうだ、フィオーレ」
「はい」
「君の前世の記憶を、もう一度見せてくれないか?」
「ああ、そうですね」

 ルシアヴェール様の前世が、私の同級生だった松宮君なのだ。
 それは、アランさんと話した時点でわかっていたが。とはいえあの七日間は、国王への復讐や今後のことを考えるので一杯で、それについて深く考える余裕がなかった。

 私は前世、松宮君と過ごした時間を、もう一度映像として見せる。

「それにしても、以前松宮君のことを見たときは、なんだか複雑そうな気がしましたが。もしかしてあのとき何か、感じるものがあったんですか?」
「いいや、違う。あれは……」
「……? どうかしたんですか、ヴィルフォード」
「……あれは、嫉妬していたんだ」
「えっ?」
「……君と親しい男というのが、許せなかった。俺は、あのとき……気付いたんだ。自分の手で、君を幸せにしたいと思ってしまっていること。君を、他の誰にも渡したくないことを……」
「ヴィルフォード……」

(そんなことを、考えてくれていたんだ……)

「真実を知った今となっては、愚かしいことだがな」
「ふふ……いえ。それならルシアヴェール様が、ヴィルフォードの心に転機をくれたのかもしれませんね」

 以前の彼は、王を殺して自分も死のうと思っていたはずだ。
 そんな彼の悲しい決意が、私への想いで、少しでも揺らいでくれたなら……そんなに嬉しいことはない。
 記憶の中の映像は流れてゆき、やがて出てきたのは、彼の日記だ。以前その内容に関しては、松宮君に失礼だと思って映さなかった。
 だけど、今度は……あえて、映した。
 この世界の人間は本来、日本語を理解することはできない。だけど私のスキルを通した場合、「私が理解している記憶」を見ることになるからか、喋っている言葉も、紙に書かれた文字も、不思議と全て理解できるようになるのだ。つくづく便利なスキルである。
 冷たい家庭で育った彼の日記には……こんなことが書かれていた。


『今はまだ、子どもだけど。もう少しして大人になったら、家を出るんだ。仕事して、金を貯めて。それでいつか、叶うことなら……子どもがほしい。
 もちろん、好きになった相手が子どもを産みたくない人だったら、二人だけでも幸せだけど。簡単に望んでいいことじゃないし。
 でも、温かい家族が、ほしい。今の家族みたいなのじゃない、他の皆が当たり前に持ってるような家庭に、どうしても憧れる。
 もしも自分の子が生まれたら、心から愛して、大切にしたい。何があっても守り抜きたい。
 ……こんなこと、誰にも言えないけど。
 でもこの夢があるかぎり、少しだけ、人生に希望を持てる気がする』


「こうして見ると、前世と性別は違っても……やっぱりルシアヴェール様ですね。あの手紙の通り……」
「……ああ」

 ヴィルフォードが、一通の手紙を取り出す。
 それは、アランさんに渡されたものだ。世間に公表してほしいというのとは別の、ヴィルフォード宛の手紙。
 ルシアヴェール様は、ゼルビスが殺人者であることを、ヴィルフォードに隠したがっていた。だけど、もしもヴィルフォードが自分からその事実に気付き、アランさんに接触したときはこの手紙を渡してほしい、と告げていたそうだ。
 そこには、こう書かれていた――


『ヴィルフォード。これを読んでいるということは、あなたは真実に辿り着いてしまったのですね。あなたの父が人を殺していたこと。そして私が、それを知っていながら沈黙を貫いていたことを。

 そう、あなたの父も、そして私も、罪深いのです。自分の親がそんな人間だったと知って、あなたは愕然としているでしょうか。……無理もありませんよね。

 私がデルビスの罪を黙っていたのは、あなたに、殺人者の息子という汚名を着せたくなかったからです。……だけど、それが人の道に背くことだとはわかっていました。

 許してほしい、などという勝手なことは言いません。許すか許さないかは、あなた自身が決めることです。許せないなら、それでいい。悪いのは私達であり、あなたには何の罪もないのだから。もし私達を許せないのだとしても、それはあなたが狭量なのではありません。自分を欺いていた相手を、許せないのは当然なのだから……どうかそのことで、自分を責めないでください。

 ヴィルフォード、私は愚かな人間です。ただ、自己満足だとわかっているけれど、これだけは言わせてください。
 私は、生まれてくる前から、あなたを愛していた。
 天使のように可愛らしく、聡明な子。
 きっとあなたに会うために、私はこの世界に生まれてきたのでしょう。
 あなたを産むことができた。それだけで、私は幸せだった。

 ヴィルフォード。愛している、あなたを、愛している。
 罪深い私でも、祈ることが許されるというのであれば。
 どうか、あなたも。心から愛せる人に、出会えますように』


 ……ルシアヴェール様は、「許せ」と言わないでくれた。「許さなくていい」と言ってくれた。
 だからヴィルフォードは、ゼルビスのことを許せない自分を受け入れ、化け物を討って過去を絶つことができた。
 あれからの彼は、以前までより晴れやかな顔を見せることが増えた。
 だけどふと……彼は、ぽつりと呟く。

「……俺は。母の人生とは、なんだったのかと思っていたんだ。ずっと虐げられ、無残に殺される人生など、救いがないと……」
「……でも。手紙にも記されているように、ルシアヴェール様は幸せだったのだと思います。あなたが、いたから……」
「…………そう、か」

 ヴィルフォードは、静かに目を伏せる。胸中は複雑だろう。
 本人が「幸せだった」と書き残していても……遺された者からしたら、生きてもっと幸せになってほしかっただろう。
 彼を励ましたい。そう思い、私は慌てて言葉を紡ぐ。

「あ、あの……。私とルシアヴェール様の存在で、この世界には、転生があるって証明されていますし。もしかしたら彼女も、また転生しているかもしれませんよ。また、どこかで出会える可能性も……」
「フィオーレ……」
「それに! も、もしもまだ、どこにも転生していないなら……私が、ルシアヴェール様を産みます!」
「……んっ?」

 ヴィルフォードは、珍しく目をぱちくりさせる。

「ルシアヴェール様は、幸せだったんだと思います。でもヴィルフォードは、もっともっと幸せになってほしかったんですよね? 今の私達なら、それができるんじゃないかと……。私達の間にルシアヴェール様の魂を持つ子が産まれてくれたら、すっごく大事にして、絶対に守って、めちゃくちゃ幸せに……してあげたいなぁ……と……」

 かーっと顔が熱くなり、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。……いや、ヴィルフォードを励ますために慌てて言ったことだけど、冷静に考えると何言ってるんだ、私?

「……すみません、馬鹿なことを言いました。忘れてください」

(ていうか、何さらっと、私とヴィルフォードが結婚して子どもを産むこと前提で話してるんだ、私……!)

 頬が、爆発してしまいそうなほど熱くなる。いたたまれなくて、思わず手で顔を覆った。

(うあああああああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……)

 馬鹿なことを言って呆れられてしまっただろうかと、指の隙間からヴィルフォードの様子を窺うと……。

「ふ……あはははははははっ!」
「ヴィルフォード……?」

 彼は青空に響くような大きな笑い声を上げ、思わずこちらが驚いてしまう。

(ヴィルフォードがこんなふうに笑うところ、初めて見た……)

 優美さや妖艶さ溢れる微笑は、これまでも見てきた。だけど、こんなに曇りのない笑い声は……初めてだ。

「……君は、俺には思いつかないようなことばかり言ってくれるね、フィオーレ。まるでびっくり箱だ」
「う、うぅ……恥ずかしいです」
「恥ずかしがることなんてないのに。可愛いよ。……すごく、可愛い」

 ……可愛い、とは、婚約者になったばかりのときも言われたけど。あのときより、彼の声も微笑みも、ものすごく甘さを増している。まるで、砂糖菓子に蜂蜜をかけたかのようだ。もはや耳まで熱くなり、湯気が出そうだった。

「え、えっと、あの。変なことも言いましたが、とにかく私が言いたいのは……。私達の人生、これまでは、ろくでもなかったかもしれませんが。だからこそ、これからはめいっぱい楽しんでやりましょう?」

 彼と出会う以前、私の人生はどん底だった。
 あの結婚式の場で、彼と出会ったから、今がある。
 そして未来は――これから、二人で築いてゆく。

「あなたがこの先、笑顔で生きていくこと。それこそが、あなたのこれまでの人生に対する、最大の復讐でしょう?」
「…………ああ。そうだな」

 ぎゅっと、彼の腕の中に閉じ込められた。

「……フィオーレ」
「はい」

 そこで、気付く。彼は、泣いている。
 さっきの彼の笑顔も初めてだったけど……彼の涙も、初めて見た。
 きっと、とても久しぶりに泣くことができたのだと思う。
 悲しみの涙じゃない。もっと温かな涙だ。

「……俺は、君を幸せにしたい。君と、幸せになりたいんだ」
「私もです、ヴィルフォード。一緒に、たくさんたくさん……幸せになりましょうね」
「ああ」

 彼は涙を浮かべたまま、笑う。
 それは今まで見たどんな笑顔よりも、一番綺麗だった。


「愛している、フィオーレ。この先も、ずっと……俺と共に生きてくれ」

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