【コミカライズ原作】幸せな政略結婚 〜記憶喪失となった辺境伯様には秘密がある〜
「ニーナ。俺は今から最前線に出る」
「魔力を、失っているのにですか!」
「俺が魔力を使えない状況に、騎士達は大きく落胆するだろう。だからこそ、俺は前線に行かないと」
「なぜですかっ!」
「近頃はずっと一緒に鍛錬してきた。騎士団の皆はもう、俺にとっての大切な仲間だ。俺だけ尻尾を巻いて逃げ出したら、現場はどうなると思う? 魔力はなくとも共に最前線に立つ。それが、現場の士気を上げるのに必要な行為だと俺は経験で知っているから」
そう言った後、フランツ様がそっと私の体を引き寄せた。
「炎の中で苦しんでいる人を助けに行く。それが、俺の仕事なんだ」
迷いのない真っ直ぐなその声に、私はハッと息を飲む。
『消防士の救助隊に所属している』
あの夜に、私はフランツ様の誇りを知った。
そのご職業にどれだけの強い想いを持たれているのかを知ってしまった。
「ニーナ。最初は本当に、君の事を助けたいと思うだけだった。君を妹みたいなものと言ったその言葉に嘘はなかったんだ。それでも、君と過ごす時間が増えるにつれて、君の事を想う気持ちばかりが増えていった。それでも俺はずっと、物語の結末を、変えてはいけないのだと思っていた。結末通りに死ぬ俺が、他の男と幸せになる君に愛を告げてはいけないと、そう思っていたんだ」
フランツ様の甘さを帯びた低音が、私の耳元で初めての愛を囁く。
「本当は、その男が君に触れるのかと思うと嫉妬した。君の名を呼んで、君に愛を告げて、君がそいつに微笑むのかと思うと……」
そして温かい指先が、愛しくてたまらないモノに触れるかのように私の頬を包み込む。
「ニーナ、好きだよ。俺は、君が好きだ」
強く私を抱き締めたフランツ様が、今度は願いを込めるような声で告げた。
「従者と一緒にこの城から逃げろ。出来るだけ中央の領地へ逃げて、援軍を待つんだ」
私は首を横に振る。
「この城でフランツ様が戻るのを待ちます。私はっ……私は、あなた様の妻です! ここでずっとお待ちしています。だから……」
私は真っ直ぐにその碧い瞳を見つめ、決意を胸に微笑みを返した。
「だから、必ず戻って来て下さい旦那様。どうか……どうか、ご武運を!」
王都の宮殿で話をしたあの夜、私の手の甲にフランツ様が口付けてくれたように、私は全てを捧げる思いでフランツ様の手の甲に自分の唇を重ねた。
顔を上げて、もう一度微笑む。
私の体は逞しい腕に引き寄せられ、熱い吐息と一緒に、私とフランツ様の唇が重なった。
角度を変えて何度も、衝動を抑えきれないような口付けが降る。
そして────。
「必ず戻る」
駆け出していくフランツ様の背中が、涙の向こうに遠ざかっていった。