【コミカライズ原作】幸せな政略結婚 〜記憶喪失となった辺境伯様には秘密がある〜
しばらくして部屋にノック音が響き、フランツ様がいらっしゃった。けれどフランツ様は、その手に何も持っておらず……。
「フランツ様、見せたい物というのは?」
首を傾げる私にフランツ様が微笑む。
「両手をこちらに出して」
その言葉に、私はおずおずと左右の手の平を前に出した。
そこにフランツ様が左手をかざし、ゆっくりと詠唱する。巨大な氷の壁を出現させるはずのその手が、細く繊細な氷を生み出し、少しずつ、何かを形作っていく。
しばらくして、私の掌の上には一輪の『氷の薔薇』が出来上がっていた。
思わず息を飲む。
繊細で、どこまでも美しい透明な薔薇に──。
「俺にしか贈れない花を、君に」
フランツ様が、碧い瞳を細めて笑う。
私は胸が熱くなって、泣き出してしまいそうだった。
「でも手が冷たいだろ。欲しければまた作るから、それはここへ」
私の手から氷の薔薇をとり、部屋にある花瓶にそれをさす。
「ずっと、この魔力を調節できないかと考えていたんだ。フル出力で障壁を作りだす以外にも、訓練すればもっと繊細なものが作り出せるんじゃないかって……。そうすれば、氷の剣も槍も、盾だって作り出す事ができる。失敗すれば周りを傷付けてしまうから、遠くまで出掛けて試していたんだ」
現状の力に満足する事なく常に最良を求めるフランツ様に、私は改めて尊敬の念を抱く。
「きっかけは、君への嫉妬だけど」
小さくつぶやき、フランツ様が視線を逸らした。
「花を貰った君が、あんまり嬉しそうに笑うから……。俺が一番最初に君に花を贈りたかったと悔しくなった。城に咲く花を贈っても、それは庭師のトーマンが愛情をかけて育てた花だ。俺だけが君に贈れるものはないかと考えた時に、魔力を調節して使う事ができないかと思いついた」
フランツ様が私を抱き寄せ、言葉を続ける。
「でも、君の手を絶対に傷付ける訳にはいかないから、完璧に扱えるようになるまで随分時間が掛かってしまった。それでも、どうしても見たかったんだ。君があいつに見せた顔より、ずっとずっと嬉しそうに笑う顔を……。自分でも少し呆れてる。俺はこんなに、嫉妬深い男だったなんて」
嬉しさと愛しさで心の中が充満する。
私は背伸びをして、フランツ様の首元に抱き付いた。
「嬉しいです。とても、とても、嬉しいです。フランツ様だけの贈り物を有り難うございました。けれどフランツ様、私はフランツ様が側で笑って下さる事が一番の幸せです。どんなに高価な物より、美しい花束より、あなた様の優しい心が映し出されたその笑みに、私は心を奪われています」
フランツ様と、愛しい口付けを交わす。
それは息が上がるほどの熱い口付けで……。
花瓶の中で氷の薔薇が溶け、カランッと軽快な音を響かせたのが小さく聞こえた。