【コミカライズ原作】幸せな政略結婚 〜記憶喪失となった辺境伯様には秘密がある〜

 フランツ様に案内して頂いた図書館には、沢山の本棚が並んでいる。

「この辺りだ」

 窓辺の一角を、フランツ様が指差した。

「君は、物語を読むのが好きなのだろ?」
「は、はい」
「ここから選んで、部屋に持っていくといい」
「……っ……」

 あまりの嬉しさに、上手く言葉が出てこなかった。
 ドレスのお礼や、私を思った優しい配慮、本当はもっと沢山のお礼を伝えたいと思っているのに……。

「私はあちらを見ている」

 遠ざかるフランツ様の背中に向かって、私は今度こそと思って呟く。

「ありがとうございます」
 
 それは小さな声だったけれど、振り返ったフランツ様が嬉しそうに頷くのが見えた。端正な顔立ちから受ける冷ややかな印象が、笑顔を浮かべた瞬間に柔らかく解けていく。途端に大きく跳ねた自分の鼓動に驚いて、私は焦って碧い瞳から本棚へと視線を逸らした。

 それからは、夢中になって本を選んだ。

 ふと見上げた高い位置に、母が好きだった物語を見つける。
 手を伸ばし背伸びをした途端に、体がグラリとふらついた。久し振りのドレスで転びそうになった瞬間、逞しい腕が私の体を受け止める。

「フ、フランツ様……! 申し訳ありま……」
「これか?」

 フランツ様は真後ろから片手で私の体を抱き、もう一方の手を伸ばして本をとる。緊張で固まる私からそっと離れて、その本をこちらに差し出した。

「高い所のものは私がとる。他にはどれがいい?」

 問われても、ドキドキして上手く言葉が出ずに私はうつむく。
 黙ったまま固まっている私の顔を覗き込むように、フランツ様が膝を曲げてこちらを見た。

「君は私の妻だ。これからは遠慮などしなくていい。ただ、立場は妻であるが……。私は君を、妹のような存在だと思っている」

 突然の言葉に驚き、私は顔を跳ね上げる。

「夜、君を私の自室に招く事はないので安心するといい」

 それはつまり、夫婦としての営みがないという事になる。
 フランツ様の優しさは、妻への愛情ではなく、不憫で可哀想な妹に与えられたご慈悲なのだろうか。それなら──。

「どうして私を、妻に……」

 溢れ落ちた私の声に、フランツ様が真意の読めない表情で呟いた。


「ただ、君を救いたかった」


 その言葉で、振り出しに戻るように、最初に浮かんだ疑問が脳裏を過ぎる。

 記憶を失くし全てを忘れたはずのフランツ様が、どうして私が実家で虐げられていた事を知っているのだろう。ご自身の事でさえ、何一つ覚えていない状況だというのに……。

 募る疑問と、胸の奥に痛みを感じて、私はぎゅっと本を抱える手に力を込めたのだった。

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